1−11.シュメル律法




◇ マルドウクの長男・ナブーの日常と霊言

 シュメルでは、加持祈祷、魔術が非常に発展していた。それはシナの殷王朝以上だった。
 魔術書や賛美歌の類は、その数も多かったので、目録が残っている。ニネヴェ図書館の蔵書には、その由来や王の名前などが記録されている。

  「世界の王、アッシリア国の王、アッシュールバニバルが書き、都ニネヴェに
   居ますところの、わが王なる神ナブーの神殿の図書館にこれを収む。」

  「われ、神殿の技、名匠の秘術なる神エアの英知を泥土版に書き、照合し、
   校訂してこれをニネヴェに居ますわが主なる神ナブーの祀堂エ・ジダの図書
   館にこれを収む。おお、神ナブーよ、この図書館に恵みをたれたまえ。」

 アッシリアの聖職者(前686頃)が、真夜中に夢を見、これを「わが神シンの名において信じる」と付け加えて王に報告している。

 「神シンの台座の上に何か書かれていた。
  書記役の神ナブーは、その碑文を繰り返し読み上げた。“アッシリア王アシュル
  バニバルに対して悪巧みをして、敵意をもつ者には、われは悲惨な死を与えるだ
  ろう。われは、その者の命を鋭い剣の一撃や、大火災や飢えと疾病などによって
  絶つであろう」

 ※ エル・ランティ様はこれまでのメッセージから、このような脅しをされる方では
  ない。サタン・ダビデが神シンを詐称しての謀略だと思われる。



◇ シュメル法より

 当時奴隷には、負債による奴隷、犯罪による奴隷、戦争奴隷、売買奴隷の四種類がありました。ギリシャ,ローマ時代と同じですが、ハムラビ法典[第117条]のごとく、当時の方が人道的でした。これを真似たのが、モーセの律法[ヨベルの年]だと思われます。
 下記の法律は、当時も今もですが、負債などによる止むに止まれる事情があったことを物語っているのではないでしょうか。

  もしも子供が、父に向かって“あなたは私の父ではありません”と言うときには、
  彼の髪を剃って奴隷のしるしをほどこし、そして銀のために父は息子を売る。

 ※ ただし、自由人が負債のために奴隷として働くのは、4年と定められている。
 ※ このシュメル法からの推測ですが、神殿の神官・シュメル人が、頭髪を剃り、
  半身裸なのは、家族と縁を切り、神の僕という意味だと考えられる。




◇ 判決文より

 今も昔も、離婚調停は存在し、お金により解決していたんですね。

  ゲメ(女性)を、ニグの息子なるルが離婚した。
  そこで、ゲメは法廷に出頭して“王の名にかけて、銀10シルクを私に払いなさい。
  そうすれば裁判に抗議しません”とルに言った。
  10シルクの銀を払った事に付いて、ドゥギとカラムが誓いを立てた。



◇ハンムラビ法典より

 ハンムラビ法典が、シャマッシュ神よりハンムラビに与えあられたときには、下記の記述から、アヌは天の王を引退し、エンリルが天の王に、マルドウクが地球司令官に就任している事が明確に分かる。そして、そして、エヌマエリッシュの中で、エアがアブスの光輝を剥奪することから、おそらくアヌを引退させた張本人ではないかと推測される。同じく、カナン神話のエル神は引退しており、その子バアル兄弟にて王位継承の争いが起こっている。このバアルはエンキですから、この物語からもエンキが王位を継ぐために、アヌを退位させたのだと推断される。
 尚、ハムラビ法典でのハムラビ自身の役割は、内外の敵から国を守ること、決断力を持って賢く国を治め、厳格な規律と分別ある行動を人民に課すことである。


[前文]

 崇高にしてアヌンナキの王であるアヌ神と天及び地の主にして国土の運命の決定者であるエンリル神とが、エア神の長子マルドウク神へあらゆる人々に対する最高位を決定し与え、バビロンをその崇高なる名で呼び、四界においてバビロンを傑出させ、その中において天と地のごとくその二つの基礎がしっかりと作られているところの永遠の王国を、彼のために確固としたとき、そのとき敬虔な大公であり神を恐れる私ハンムラビを国土において、正義を顕現させるために、悪者と奸者とを殲滅するために、強者が弱者を損なわないために、シャマッシュ神(日神)のごとく黒い頭へ向かって立ち昇り国を照らすために、アヌ神とエンリル神とは人々の幸福を満足させるために、私の名で呼び給うた。


[第2条]

 もしも人が魔法を人に投げつけたが、それを確証しなかったならば、彼に魔法が投げつけられている者は、河(神)におもむき河(神)へ潜り込む。
 もしも河が彼を捕らえたならば、彼に罪を着せた者は、被疑者の家をとる。
 もしも河が無罪を立証し無実ならば、彼に対して魔法を投げた者は殺され、河に潜り込んだ者は彼に罪を着せた者の家を取る。


[第117条]

 もしも人が債務が捕らえて、そして彼の妻、彼の息子、あるいは彼の娘を銀のために、与えたならば、三年間彼らの買手の家において働き、第4年目に彼らの解放が行われる。


[第138条]

 もしも人が子供達を産まなかった妻を離別するならば、彼女の花嫁料に相当する銀を彼女に与え、そして彼女の父の家から持ってきた贈り物を、彼女に完済してから、離別する。


[第196条]

 有名な「目には目を」の条文ですが、本当にその通りに罰するかどうかは、裁判官の裁量に任されており、条文をこのまま行ったわけではない。

 もしも自由人が人の息子の目をつぶしたならば、彼の目を人々はつぶす。


[第199条]

 もしも人の奴隷の目をつぶしたり、または奴隷の骨を折ったならば、彼の購入価格の半分を支払う。


[第200条]

 もしも人が人の歯を打ち落としたならば、彼の歯を人々は打ち落とす。


[第229条]

 もしも大工が人のために家を建てたところが、彼の仕事を堅固にしなかったので、彼が建てた家が倒れて家の主人を死亡させたのであれば、その大工は殺される。




◇シュメルの格言

 「病人はなおよろし、陣痛こそ災いなれ」
 「富は、もてばもつほど、目が離せない。」
 「富は空飛ぶツバメのようだ。休みの場所が見つからない。」
 「パンを食べぬは地獄の野牛、水を飲まぬは地獄のカモシカ。
   (人はそうはいかぬ)」
 「悪口をいうのに、悪口を返すものではない。
    悪口を一つ返せば、一つ悪口がはね返る。」
 「ビールを飲み過ぎるものは、水ばかり飲むことになる」
 「心が憎しみを生んだことはない。憎しみを生んだのは言葉だ。」
 「自分の目で確かめてから妻を娶れ、自分の心にかなうだけ子どもをもて。」
 「出来の悪い妻を娶り、出来の悪い子を作って、不幸が山積みだ。」
 「出来の悪い妻が家に居るのは、疫病神が満ち溢れていることと同じだ。」
 「妻を沢山娶るのは、人の業、子を沢山作るのは神の業。」
 「昼も奏かれ、日暮れてまた奏かれ、悲しき竪琴よ、汝は立ち続け。」
 「私は、キングサイズの女、帯など切ってしまいたい。」
 「おしゃべりの娘を、母親は黙らせた。
    でも、おしゃべりの息子の口は、母親の言うことも聞かず。」
 「新米の書記殿は、食べることに気が一杯、勉強などはそっちのけ。」
 「手が口と同じように働く書記は、それこそ本当の書記。」
 「シュメル語を知らぬ書記は、それは一体どんな書記。」
 「嘘をついて、それから本当のことを言ってみよ。
    すべてが嘘となる。」
 「ある人の楽しみは、ある人の苦しみ。
    ある人の苦しみは、ある人の楽しみ。」
 「狐は自分の家を作らず、友達の家に破って入る。」
 「ロバのように三歳の妻を私は娶らない。」
 「ロバ殿は、おのが寝床(藁)を食べ。」
 「遠国の使者、大法螺を吹く。」
 「我がロバは走るにむかず、おしゃべりが得意。」



◇ナム・タルと呼ばれる悪霊についての格言

 バビロニアの時から現代まで、古代日本でサタン・ナブーが嫌われたように、悪霊は嫌われ続けている。

 「ナム・タルは着物のようなものだ。草原で人にまといつく。」
 「ナム・タルは犬のようなものだ。人の跡をつけて歩く。」
 「ナム・タルは国中を吹き抜ける暴風のようだ。」
 「彼ら悪いナム・タルは七人である。
   彼らは女でもない、男でもない。
   彼らは吹き荒れる暴風である。妻を持たざるものである。
   子どもを産まざるものである。
   祈りも、願いも聞かざるものである。
   かれらは山より出でしウマである。」
 「私の体に近づくなかれ、私の目にいたずらをするなかれ。
   私のあとを歩くなかれ。私の家に入るなかれ。・・・」
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