2−1章.歴代天皇と旧約聖書



 ノア=天御中主だと仮定すれば、天御中主からイザナギ尊まで10代。かたやノアからテラまで10代なのだから、テラ夫妻=イザナギ夫妻に相当します。テラには3人の子(アブラハム、ナホル、ハラン)があり、イザナギにも3人の子(アマテラス、ツクヨミ、スサノオ)がある。加えて、スサノオとアマテラスは兄弟で結婚、アブラハムとサラも兄弟で結婚しています。このように、ノア=天御中主とした場合、古事記と旧約聖書の記述がピッタリ符合してしまうのです。ただし、正確に一致しないのは、藤原氏による改竄があるゆえです(男神である天照大神を女神とするなど)。
 加えて、ノアの洪水後水が引き大地が出現するまでの期間の記述が、古事記の天地創造にある「天地が初めておこったとき、高天原(天にも届くような高所の原っぱ=アララト山から血族が始まった)に成りました神の名は、天之御中主」「国がまだ若く、浮いている油のように、或いはクラゲが海水に漂っているかのような状態」に相当するのだと推測されます。また、5代までを「別天神」としているのは、部族の人数が増えて狭くなり、6代目の皇統から故郷を離れて新天地に移住したという意味だと思います。
 気になる一文として「是の多駝用幣流国(ただよへるくに)を修理固成」があります。『ねずさんと語る 古事記 壱』によれば、多駝用幣流国とは、神々への祭壇や供物も定まっていないという意味だそうです。つまり、ノアの大洪水で水没してしまった祭壇や供物=国のことでしょう。次の「修理国」は、国の再建という意味だと思うのです。
 それから、古事記では十代なのに、ハムとヤペテを入れて無理矢理十二代としているのは、イスラエルの十二支族を暗示しているのでしょう。
 以上の推論を元に、アブラハムの家系から、神武天皇までを推定しています。更に、孝霊天皇,孝元天皇,開化天皇は、それぞれモーセ,ヨシュア,ユダに、対応することが推測されます。


◇ノア(1:天之御中主)+三兄弟(セム、ハム、ヤペテ)
  ⇒ハムとヤペテが、2:高御産巣日神と 3:神産巣日神
  ⇒セム(4:宇摩志阿斯訶備比古遅神)⇒アルパクシャデ(5:天之常立神)
  ⇒セラフ(6:国之常立神)⇒エベル(7:豊雲野神)⇒ペレグ(8:宇比地迩神)
  ⇒レウ(9:角杙神)⇒セルグ(10:意富斗能地神)⇒ナホル(11:於母陀琉神)
     尚、夫婦神は一代とした。
◇ テラ(イザナギ)
      ⇒ アブラハム (スサノオ
      ⇒ イサク   (オシホミミ
      ⇒ ヤコブ   (ニニギ,イギギの命=黒い頭の王、イスラエル)
      ⇒ ヨセフ   (山幸彦、ホホデミ、エジプトの統治者)
      ⇒ エフライム (ウガヤフキアエズ
      ⇒ ベリア   (神武天皇、エフライムの4男)
         :
      ⇒ ヨシュア  (ベリアの7代後。モーセと一緒に出エジプト後、
                モーセの後継者としてカナンを征服。)

◇ ヘブライ(戸来)の由来について
   アブラハムの父テラは、シュメル・ウルの神官でした。
   神託司祭の一族はイブリ(ヘブライ)と呼ばれていた。[12番惑星ニビルか
  らやってきた宇宙人]によれば、この家系のルーツはエンリルの礼拝センター・
  ニップールをシュメル語では、ニ・イブルであり、美しい住居地を意味している
  という。

◇ 男系男子の皇統は日本を最終目的地とした
 シュメル古文書によれば、人類を創造したのは天から降りてきた人々、つまり二ビル星人だった。彼らは、二ビル星人の精子と地上の霊長類の卵子を融合させて、黒い頭の人類を創造した。だから、Y遺伝子をたどれば、人類を創造した二ビル星人にたどり着きます。二ビル星人の覆う畏敬商も男系男子なので、これをまねて、日本だけではなく、古代エジプトでも、他の古代の王室はほとんどが男系男子でした。
 ところが、二ビル星人を創造したプレアデス星人は、二ビル星人が人類を創造したように、二ビル星人を創造したといいます。だとすれば、文明の発生は琴座Aといわれており、彼らは二ビル星人を創造したのですから、琴座王家、プレアデス王家、二ビル王家、人類の最初の王家のY遺伝子は連綿と受け継がれ、同じなのです。そして、母星を離れ移住した惑星の環境に適応するべき、移住先の霊長類の卵子と融合させたのです。そのことは、天照大神がニニギの命に日本に下るように命じられた時、沢山の技術集団を連れて降臨されましたが、妻は連れて来られず、豪族の娘を妻とされています。同じく、神武東征の時、神武天皇は各地の豪族との婚姻によって和睦を結ばれました。このようにして、平和をもたらす為、知的文明の血統を絶やさない為に、男系男子が皇統として定着したのだと思います。
 尚、図3はミトコンドリアの類似性を示していますが、日本人の母系を示すミトコンドリアは赤破線に類似しています。一方、男子のY遺伝子は、図4のように中国大陸とは別物で、海のシルクロードを経由して日本に渡来しています。おそらく、これが神武天皇の渡来ルートだと思います。ここで大切なのは、大和民族は海路で渡来する途中で現地の民族と交わらなかったと言うことです。つまり目的地が日本で有り、日本に定着する為に、記紀にあるように先住部族から后をめとり和を保っていたと言うことが、遺伝子的にも納得できます。下図は『DNAでわかった日本人のルーツ』を参照しました。
  
  
 それから、AOBの血液型ですが、アダムとイブは3種類居るのかと思ってました。でも、人類最初の血液型は、旧A型なんだそうです。この旧A型が変異して、B型、次にO型ができたそうです。その後、B型とO型が互いに変異して、現在のA型が生まれたのだそうです。現在において、旧A型は見つかっていないそうです。旧A型が二ビル星人に近かったのかもしれません。
 尚、チンパンジーは圧倒的にA型が多く、ゴリラはB型のみだそうです。
 尚、日本人は私も含めアルカリ分解酵素ができない人が多いのですが、これもまた日本語と同じで、中韓やアジアなどと異なっているそうで、日本人のルーツがどこなのかは不明とのこと。本書では、バビロニア地域と日本人との関係が無視されており、他の地域との関連が薄いのだから、きっとこの地域との関連が出てくるに違いありません。
 ■ 三種の神器について
 鏡は天照大神が降臨するニニギの命に与えた。剱はスサノウの尊が金属精錬を生業とする民族から手に入れた。天照大神系民族はユダ族・レビ族、金属精錬はイスラエル王国ソロモン王が世界の現地に派遣していたいイスラエル人、スサノウはエフライム族に違いありません。そして、勾玉は縄文人のシンボルですから、三種の神器は、これらの種族が大和王権を支える同盟の誓いを意味したものだと思います。だから、大和族、アイヌ族、琉球族は、DNAが示すように縄文人の兄弟なんだと思います。
 ■八百万の神々について
 古事記には明確に「八百万の神」は出現しない。明らかに、伊弉諾伊弉冉に始まる皇統の歴史です。
 思うに、同盟の上に神話が成り立ち、同盟の強化を訴え、そして大和国の結束を強めて、多民族の族長制から、国家へと変貌するための全種族が納得する神話が必要だった。
 特に、記紀が編纂されたのは、白村江の戦いで、唐・新羅の連合軍に敗北した直後からのことで、当時は唐の軍勢が太宰府に来て植民地化してました。そこで、部族制から、これらを統一した国家へと改革することで、植民地化を跳ね返す必要がありました。天武天皇は風俗を改め、国家の名前を日本とし、おそらく各部族が使っていた多数の神代文字を統一してひらがなカタカナ漢字交じりとし、文化の統一を図りました。明治維新と同じですね。
 日本には、縄文人の他、シュメル人、ソロン時代のイスラエル人、バビロニア他からの民族が海や陸や高原のシルクロードを通じて、日本に来ていた。それぞれが祭る神々、そして歴史を踏まえた上で、主流であるエフライムとユダ・レビの信仰と歴史を縦糸に、他の部族の信仰と歴史を横糸にして編み込んでいったのが、日本神話だ考えられたのだと推測します。
 つまり、全部族の神々を総て認めてしまえば、八百万の神々というわけです。
 元々、古代シュメルやバビロニアの神々を信仰していた部族達ですから、多神教であり、神々のシンボルとして海、河、星、惑星、建物、都市、花、 … 精霊のようにあまたの神々が崇敬されており、縄文人の信仰とも違和感が無かったのでしょう。

◇ 縄文人のルーツは?

 しかし、古代バビロニアに法典を与えた月神(エル・ランティ様)、モーセに十戒を与えたヤハウエと、海を渡って日本に渡来した天照大神と七福神は日本神話・十七条憲法=「和の精神」を与えたのですが、確かに同じ天上界の神々です。しかし、余りにも法典のあり方が異なっていますいます。現在、アフリカから人類が世界に移住したのは約10万年前で、日本の縄文時代は30万年前には打製石器があった。しかも、縄文時代から日本人は樹木を大切にし、武器を持たず、治安が良く、争いごとは法に基づいていたそうです。だとすれば、平和な縄文時代は、ヤハウエとは別の神々により文明が与えられていたのではないのだろうか。例えば、ドゴン族やブッシュマンは科学文明は低いが精神性は高いのだが、ヤハウエの神々とは別の異星人に導かれている。天照大神が古代日本に「十戒」を与えるのは、当時の日本の風土や縄文文明に合わないと思うのです。
 エル・ランティ様は二ビル星との定期通信で、父祖であるプレアデスの神々と人類の進歩について相談されていたとメッセージされています。日本人にはプレアデス星人の「和」を大切にする遺伝子と古い種族である証拠の垂れ目が組み込まれたそうなので、おそらく日本神話・十七条憲法=「和の精神」は、縄文時代からの文明を基盤として、プレアデスの神々とエル・ランティ様が相談された上で与えられたのではないかと推測されます。それは、ニビル星系文明の後裔であるイスラエルの二氏族が新天地として目指したのは父祖の地であるプレアデス星系文明の日本を目指し、日本で統合・融合した。あたかも、先生が、山上の垂訓に加え、自然との共存共栄を天の秤とされた事と一致しているように思われます。つまり、人類が文明の垣根を越えて理解し合う未来の地球文明の姿を与えられていたのだと思うのです。だからこそ、最新で最終の救世主は日本でなければならなかったのだと思います。例え、最後の審判の地をダビデが日本に定めたとしてもです。
 蛇足ですが、縄文人に大陸からの人々が渡来し混血しましたが、渡来人と縄文人はY遺伝子が異なっています。そして、日本に渡来したユダ族(レビ族を含む、レビ族は司祭族です)・エフライム族は、Y遺伝子の分布から、縄文人と同じ遺伝子を有していたと思われます。しかし、もしかしたら出アフリカをした人類とは別遺伝子かもしれませんが … 。
 おそらくは、ニビルの遺伝子を持つノアの三人の息子の嫁が、各同盟星の女性だったのでしょう。そして、ニビルのY遺伝子とプレアデスの母親との間に縄文人が誕生し、レムリア大陸で生活していたのかもしれません。平和を愛するプレアデス星人だから、縄文人には、武器製造や、争う理論みたいな争う心を伝えず、人との和・自然との和の精神を与えた。だから、平和で精神性の高い縄文文明が1万年も続いたんですね。その証拠に、イザナギとイザナミの和合により、物事は発展し調和することが新座の基本哲学とされています。この互いに補い合うことで発展し、調和するという生命哲学こそ、プレアデス星人が縄文人に与えた文明の土台だったのだと思われます。
 尚、騎馬民族説とか、縄文人と弥生人とは別民族とされていますが、それはGHQの圧力により嘘をついたと云う事も分っています。更に、縄文時代から稲作も行っており、高度な文明が存在していて縄文文明と呼ぶべきです。だから、渡来人は縄文文明に吸収されてきたというのが本当だと思います。それは、外来文明を日本式に吸収してきた歴史そのものでもあります。


◇ 海を渡った縄文人〜最初のアメリカ人は縄文人!?

 最初のアメリカ人を巡る論争はある人骨から始まった。この人骨を調査したのは、考古学者のジェイムズ・チャターズだ。
 米国で最も古い人類の頭蓋骨で、ワシントン州で見つかった。9500年前のもので、特徴は目から口までが短く、鼻は上向いている。後ろに長い頭蓋骨で、40才くらいの男性と判明した。ケネウィック人と呼ばれている。彼の歯から、ヨーロッパ人ではなく、海洋生物、鮭などを食べていた。DNA調査から、ケネウィック人はアジアに起源を持つ事。北米に来る前には、シベリアとアラスカ当たりに住んでいた事が分ったのです。
 以上の事から、ケネウィック人のルーツはアジアの東側沿岸にあり、アイヌの祖先と共通であった事がわかります。アイヌ民族と関係しているのです。
    
 アイヌ民族文化伝承会の所明さんは、アラスカのある村で、クリンギット族の人々を導くエスター・シェイさんから、自分たちの先祖は遙か日本列島の千島列島から渡ってきた人達なんだという話が伝わっていると。
 アイヌは母系社会の時期があったが、エスターの所でもどちらかというと母系社会だったような事も聞いている。多神教も一緒なんですが、目に見えないものに対する畏敬、恐れつつ敬うという精神は一緒だなぁと思います。
 2016年、国立遺伝学研究所・遺伝学者の斉藤さん。福島県・三貫貝塚から出土した縄文人の歯髄を核ゲノムの技術により分析。アイヌが縄文人に一番近いことが分った。縄文人の一系統が北米に行ってもおかしくはないと思う。
 従来説では、1万3千年前頃、ユーラシア大陸からベーリング陸橋を渡って陸路で北米に行った。
 更にそれより前、縄文人が北海道→カムシャッカ→ベーリング海→アラスカ→北米へと海路で移住して、最初のアメリカ人になった可能性があるというのだ。
 縄文人は1万6千年ほど前から、沖縄から北海道まで分布し、1万年以上も続いた文化だった。縄文人は、豊かな文化を持ち、水田稲作を行っながら、里山を作って定住していた。つまり、日本列島が複数の島から合体したのは、ノアの大洪水以前だと云う事です。
 例えば、伊豆の神津島から本州で使っていた黒曜石が出土している。縄文時代前の2万年前から日本人は海を渡っていた(人類最古の往復航路とされている)。縄文人は黒曜石や翡翠を求めて、流通の道を持っていたと云われている。
 縄文人の舟に関しては、千葉県で、縄文時代の丸木舟が見つかった。約7500年前のもので、長さ7.2m、厚さ8cm、ムクノキで出来ている。東京湾から舟を出していた。
 オレゴンのペイズリー洞窟から、米国では最も古い人類の痕跡(1万4500年前ほどの人間の糞石)が発見された。洞窟は全部で七つあり、それぞれ5人ずつの家族が暮らしていた。この糞からDNAを採取し、DNAからアジアの人だと分ったのです。
 カナダに住む、世界的なカヤック乗りのジョン・タークさんは、最初のアメリカ人は間違いなく海を渡ってやってきたと主張。1999年、根室からカムチャッカ半島へ、翌年、カムチャッカからアラスカまでの約5千キロを、9日間で小さなカヤックで渡ったのだ。
 彼が言うには、北海道は海産物もアザラシなども豊富で食料には困らない。しかも、敵が襲ってくるような場所でもなかったのに、危険を冒してまで、何故移動したのか?それを知りたかったのだと。(※マヤ、アステカの神話では、巨人の神々は太平洋からやってきたと伝えられている。)

 1950年代、南米エクアドル・バルディヴィアで見つかった土器が、縄文土器に酷似している。その当時から、縄文文化が米国大陸に伝わっていたのではないかと(*マヤ、アステカ人も縄文人がルーツかも? 例えば、巨人の神々と一緒に縄文人が渡来していれば、マヤ・アステカとの遺伝子的なつながりが気になるところです。もし、それがノアの大洪水以前なら、太平洋にあったという巨大大陸からの渡来かもしれない。)。
  
 山形県・日向洞窟で昭和30年代、縄文時代の遺物が次々に発見された。今も発掘が続いている。ここで発見された石器の中で、縄文草創期の有舌尖頭器の加工の後を調べ、北海道から出土した有舌尖頭器と、アラスカ・ブロークン・マンモス遺跡から出土したものがよく似ている。単に形が似ているだけではなく、重要な事は作り方に共通性がある。つまり、有舌尖頭器を作る技術の伝統が共通しているということ。これが、人が移動して行っていると云う事の証拠になるのではないだろうか。
 これで、縄文とアイヌとアラスカまでのつながりが見えてきた。
 加えて、カリフォルニアのチャンネル諸島での発掘により、有舌尖頭器に瓜二つの石器が発掘された。そして驚く事に鏃までも瓜二つだった
    
 縄文人の海路は、ケルプハイウェー(海草の道)だったのだろうか?海草の森には、沢山の魚が集まり、波や嵐を鎮めてくれるので、舟を守る役目もしてくれる。縄文人の海路は「海草の道(肥沃なルート)」に相当し、海の幸を食べながら、北米に達したのだろうとアーランドソン教授は主張している。
 また、日本とカリフォルニアの海には似たような生物が居ます。ラッコ・魚・海草・カモメ・アザラシ、貝の種類も似通っています。つまり、北東アジアから、北米の海伝いに来た人々は、故郷と同じ食材を味わえたと思います。尚、日本とカリフォルニアでは、90%の海産物に共通点がある。
 また、縄文人そのものが北米に渡来しなくても、縄文人が他の北東アジアに移動し、混血しながら、北米に渡ってきた可能性もある。(https://youtu.be/U2C4hmFYiUkより抜粋しました)






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