4-25.サタンはモーセ五書の編纂を主導した



 今回サタンがどのように創世記を編纂したのかについては、『バベルの謎 ヤハウィストの冒険』が非常に参考になりました。著者の長谷川女史は日本人女性の豊かな感性と直観をお持ちで、彼女の感性の示すその意味が、哲学者としての少々回りくどい云い方を通じて、ヤハウェの理不尽な人格を浮かび上がらせています。
 私が聖書を読みながら、聖書の何処をサタンが編集したのかを推測していた所、先生からは日本語聖書は正確ではないから原文を読みなさいと、二度ほどメモを頂きました。それから、新旧聖書はすでに過去のもので、これからの人類の未来を造るのは人類自身だともおっしゃいました。
 本稿について、ニビル星人の神々についての知識が前提となります。ご存じでない方については、[ニビル星人の紹介]をご参照下さい。
 先生から申命記はサタン・ダビデが記録させたものとメモされましたが、確かに悪魔のような裏十戒が旧約聖書に明記されています。他にも、ダビデは自身を「宇宙を創造した全知全能の神、呪う神・妬む神・皆殺しを命じる神・復讐する神」だと記述させた上に、アダムとエバの物語など多くの嘘を自身が地球を支配するために記述させたのます。また『申命記史書』というのは、[申命記][ヨシュア記][土師記][サムエル記][列王記]を指していますが、これらの歴史書はユダヤ人がバビロン捕囚時に70人の書記により記述している。つまり、『申命記史書』に現れるヤハウェにより、70年の捕囚の間に史実が改竄され、現在も旧約聖書として残されてしまっているのです。新バビロンに建設されたナブーのジグラッドは、父マルドウクが天王であるにもかかわらず、マルドウクの長子ナブー=サタンが、自らを七大天使の上に君臨する天王・ヤハウェだと詐称宣言しています。この新バビロンの偽ヤハウェ=サタン・ダビデが、天と地の永遠の王権を奪うために、歴史上初めてヤハウェという名前を使って『申命記史書』を書かせたのです。他にも、聖書の中に秘数40として自分の力を誇示しながら、悪魔の数666として出自を暗示しています。
 今回、モーセ五書「律法」(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)は、当時伝承されていた神話やシュメル神話を元に、新約聖書同様に、サタン・ダビデが編集・加筆させたものだと思います。
 旧訳聖書については、下記の四つの資料を合成して編集したものだと判明しています([バベルの謎]より)。
 ・J資料(ヤハウェスト資料)
紀元前900年頃、あるいはそれ以前に南王国ユダで成立した。
※だから、紀元前700年頃に、日本に向かった神武天皇一族は「天地創造神話」を知らなかった。だから、古事記には天地創造神話が存在しないのです。(⇒[真実の古事記])
 ・E資料(エロヒスト資料)
J資料のほぼ一世紀後に北イスラエル王国で成立した。
 ・P資料(司祭文書)
バビロニア捕囚の直前に、司祭職にある者により書かれた。おそらくモーセと対立するアロン系の司祭の一人であったろう。
 ・D資料(「申命記」)
紀元前622年頃、南ユダ王国の神殿から発見されたと云われている。
 今回は、JとE資料を基に[創世記]について、サタンの人類支配の野望を検討してみました。尚、それ以外については、「6章.人類と神々との契約」「7章.古事記と秘数」を参照して下さい。

 前提の第一としてJ資料とE資料を書いた聖書作者は、メソポタミアの「エヌマ・エリシュ」「アダパの物語」「ノアの大洪水」などの神話伝承を熟知していたということです。
 第二として、サタン・ダビデは、父マルドウクが人類善導計画として打ち出した絶対神(アテン信仰⇒[エジプト史概観]、アテン信仰の司祭たちが出エジプトの主役だ)に対抗して、マルドウクを地球司令官から追い落とす謀略を巡らしながら、創世記にてこの宇宙に存在しない全知全能の神を詐称した。
 だから、サタン・ダビデは、自分より格の高い多くの神々が登場するシュメル神話をそのまま聖書に記録することはできず、史実をねじ曲げて、ヤハウェを創造神とした彼独自の物語を創作したのです。そして、聖書を善良な神が人類への救いとして書いたとして疑わない信者を支配下に置き、ヨハネの黙示録にあるように、サタン・ダビデは真実の神々を完全に滅ぼし、地球に悪の王国を建国せんとしたのです。
 元々、サタン・ダビデは智恵の神・図書の神(役職名ナブー)で、水星をシンボルとしていた。神話や伝承に登場する親神を全て悪魔として否定しつつ、聖書からは神々を周到に追い出した物語を編纂させたのです。つまり、人類が、人類に恵みを垂れる真実の神々を裏切りるように新旧聖書を編纂しているのです


1.ギルガメッシュ叙事詩「ウトナピシュテムの挿話」

 聖書作者は「ウトナピシュテムの挿話」を熟知していたが、この神話には多くの神々が登場し、しかも全知全能の神を詐称するナブーは登場しない。だから、この物語から神々を削除し、代わりにヤハウェと秘数40を何度も書き込んで、あたかも全知全能の神が心正しきノア一家と自然の動植物を救ったという架空の物語に書き換え、人類に感謝と彼への崇拝を求めたのだ。ノアの大洪水と是非読み比べて、ご自身の目と頭で確かめて頂きたい。尚、本神話でも、洪水の原因については記述されていない。
 ノアの大洪水との主な違いは、多くの神々がノアの箱船プロジェクトに参加し、人類を含む地上の生命を救おうとされたことだ。しかもノアの箱船には、ノアの親族や技術者全員が乗り込んでいる。ノアは一国の王で有り、一族郎党を救おうとしたのです。しかも、コーランには、心正しき巨人族も救われたと有り、他にも、カナン族の他にも、南太平洋の島々でもノアの大洪水を生き延びた種族が居ました。
 ですから、セム・ハム・ヤペテの子孫以外に、巨人族、小人族、ポリネシアン系、カイン族、アヌンナキとの混血である金髪碧眼系の蒙古斑が出ない種族(白人、アイヌ族、他)が生き残りました。つまり彼らは、カイン族と天使との混血で、カイン族の系統は聖書からは故意に消されてしまいます。なぜなら、この種族こそは、サタン・ダビデの血脈で、彼は堕天使を手下に従えていたのです。
 そして、アヌンナキの神々が、大洪水で人類・地上の動物や地球文明が泥に帰して行く様を宇宙船からながめ、後悔の念で心が張り裂け泣き叫ぶ様は、人類と同じ心情を持つ余りにも人間らしい存在なのです。まさに、神々に似せて人類は遺伝子操作で創造されたのだ。この悲喜劇には、過ちを犯し悔いている神々の姿が有り、架空の全知全能の神の出る幕はまったくない。
 加えてあの有名な「産めよ増やせよ地に満てよ、…支配せよ」という、全知全能の神の人格をそのまま表した傲慢な台詞も出てこない。それもそのはずで、アヌンナキ文明は自然と調和する文明だったからだ。
 次に、大洪水が徐々に治まり、太陽が顔を出したときにノアが箱船から放ったのは、「鳩(平和=アテナ)・燕(大地母神)・大烏(太陽神)」の三種類だった。鳩も燕も神聖な鳥とされている。この「大烏」は、日本では神武天皇を救った太陽神の使い「八咫烏」と云うのだが、英国でも神聖な鳥とされている。「八咫烏」の三本足は古事記の基点である三柱のみ柱をイメージしており、その中心の「天の御中主」は「ノア」その人である。だから、「八咫烏=大烏」は神聖な使いとされたのでしょう。(⇒[八咫烏とホルス神の関連][八咫烏の紋章]参照)
 尚、オリーブをくわえて戻ったハトですが、ハトもオリーブも平和の印です。女神アテナはオリーブの木を創造しました。『オリーブは闇夜を照らす光となり、傷みを和らげ、香り高く、そして口にすれば貴重な食料になる。』と。

 * * *(筑摩世界文学大系『古代オリエント集』より) * * *

ギルガメシュは遥かなるウトナピシュテムに言った。
 「あなたを眺め見るに、ウトナピシュテムよ、
  あなたの姿は、私があなたであっても違いはない。
  そうとも、私があなたであっても違いはない。
  私の心ほあなたを闘志に満ちた老と考えていた(?)。
  〔しかるに〕あなたほ背にもたれて、なすことを知らぬ。
  〔語りたまえ〕、いかにして生命を求め、神々の集いに加わったかを。」

ウトナピシュテムはギルガメシュにむかって言った。
 「ギルガメシュよ、お前に秘事を明かしてあげよう。
  そして神々の秘密をお前に話してあげよう。
  シュルツバクの町は、おまえも知っている町だが、
  エウフラテス〔の河岸〕に位置している。
  それは古い町で、なかに神々が住んでいた。
  彼らは、大なる神々に洪水を起こさせたのだ。
  〔そこにいたのほ〕彼らの父たるアヌ、彼らの助言者たる勇ましきエソリル、
  彼らの代表者ニヌルタ、
  彼らの水路監督エソヌギ、ニニギク、すなわちエアも彼らとともにいた。
  彼らは彼らの言葉を葦屋にむけて叫んだ。
  『葦屋よ、葦屋よ、壁よ、壁よ、葦屋よ、聞け。壁よ、考えよ。
    シュルツパクの人、ウバラ・トゥトゥの息子よ、
    家を打ちこわし、船をつくれ。
    持物をあきらめ、おまえの命を求めよ。
    品物のことを忘れ、おまえの命を救え。
    すべての生きものの種子を船へ運びこめ。
    お前が造るべきその船は
    その寸法を定められた通りにせねばならぬ。
    その間口とその奥行ほ等しくせねばならぬ。
    アブスーを覆いかぶせる 〔ようにせよ〕。」

私はききわけたので、わが主エアにむかって言った。
 『〔みよ〕、わが主よ、あなたが言われたことを私はつつしんで行います。
  〔だが私は町や人びとの長老たちになんと答えましょうか。』
 エアは口を開いて語りはじめた。
 彼の下僕である私にむかって彼は言った。
 『お前は彼らに話すがよい。
  エソリルが私を心よく思わぬことを知ったので、
  (私は)あなたたちの町には住めなくなったし、
  エソリルの領地にわが足をおくこともできない。
  アブスーへ行き、わが主エアとともに住むのだ。
  彼はお前たちに豊さを降り注いでくれるだろう。
  〔鳥や〕魚のかくれ場所などを、
  〔国土は豊かな〕稔りを〔もたらすだろう。〕
  〔 〕お前たちにキブトゥを降り注ぐだろう、(と)。』

朝の〔最初の〕光とともに
 土が〔私のまわりに〕取り集められた。……
 小さい者たちは瀝青を持ち、大きい者たちは必要〔なすべてを〕運んだ。
 五日目に私はその骨組を築きあげた。
 その表面積は一イクー、その四壁の高さはそれぞれ十ガル。
 その覆い板の幅ほそれぞれ十ガル。
 私はそれに形をつけ、その姿を描き出した。
 それに六つの覆い板をつけ、七つの場所に〔    〕を分けた。
 その床面を九つに分けた。
 木栓をそのまんなかにほめこんだ。
 私は船柱を探しもとめ、入用なものを足した。
 六シャルの瀝青を私はかまどへ注ぎ込んだ。
 三シャルのアスファルトを〔   〕の内部へ注ぎ入れた。
 三シャルの油を寵運びたちが運び込んだ。
 別に一シャルの油を防水用についやし、二シャルの油は漕ぎ手が貯えておいた。
 人びとのために私は牛どもを殺した。
 羊どもをも日ごとに殺した。
 ぶどうの汁、赤葡萄酒、油、それに白葡萄酒を、私はスープを飲ませた、川の水ほども。
 まるで新年祭のように、たらふく食べられるように。
 私は塗油〔の   を〕開いて私の手に注いだ。
 第〔七日目に〕船ほ完成した。
 〔その進水は〕なかなか困難だった。
 床板を上下に動かさなければならなかった。
 〔やっと船体の〕三分の二が〔水中に入〕った。
 〔私の持物のすべてを〕そこへ置いた。
 私の持てる銀のすべてをそこへ置いた。
 私の〔持て〕る金のすべてをそこへ置いた。
 私の持てる生命あるもののすべてをそこへ〔置い〕た。
 私は家族や身寄の者のすべてを船に乗せた。
 野の獣、野の生きもの、すべての職人たちを(船に)乗せた


シャマシュは時を定められた。
 『朝には〔  〕夜には苦しみの雨を降らすならば船に入って戸口をふさげ。』
 その時はやって来た。
 『朝には〔  〕夜には苦しみの雨を降らすぞ。』
 私は天気のようすを眺めた。
 天気はすさまじく見えた。
 私は船へ入り、入口をふさいだ。
 船を塗り込める者、船乗プズル・アムルに私は中味もろとも船体を引き渡した。
 光輝くころになると空の果てから黒雲が起ち上った。
 アダドはそのまんなかで神鳴をならした。
 シュルラットとハニシュは真先を行く。
 先触れとして山々を、国々を行く。
 エルラガルは船柱をなぎ倒す。
 ニヌルタほ進み行き、水路をあふれさせる。
 アヌンナキは火を取りあげ、国土はその輝きによって燃えさかる。
 アダトに対する怖れは天にまで達した。
 〔彼〕こそ輝きを闇へもどした者。
 〔広い〕国土は〔  〕のように打ちこわせ。
 一日のあいだ台風が〔吹いた。〕
 吹きつのり、速さを増し〔    〕
 戦いのように〔      〕
 お互いに見ることもできず。
 人びとは天からさえ見分けられなかった。
 神々は洪水に驚きあわて、退いてアヌの天へと登って行った。
 神々は犬のように縮こまり、外壁に身をひそめた。
 イシュタルは(人間の)女のように叫びわめいた。
 声よき〔神々の〕寵姫ほ高らかに声を張り上げた。
 『古き日々は、みよ、粘土に帰してしまった。
  私が神々の集いで禍事を口にしたからだ。
  なぜ神々の集いで禍事を口にしたのだろう。
  私の人間たちを滅ばす戦いを言い出したのだろう。
  この私こそ人間たちを生み出した老であるのに。
  魚の卵のように彼らは海に満ち満ちたのに。』
 アヌンナキの神々は彼女とともに泣いた。
 心沈んだ神々は坐って泣いた。
 彼らの唇ほすっかり〔      〕
 六日〔と六〕晩にわたって風と洪水が押しよせ、台風が国土を荒らした。
 七日目がやって来ると、洪水の嵐は戦いにまけた。
 それは軍隊の打ち合いのような戦いだった。
 海は静まり、嵐はおさまり、洪水は引いた。
 空模様を見ると、静けさが占めていた。
 そしてすべての人間は粘土に帰していた。
 平屋根と同じ高さに草原があった。
 蓋を開くと光が私の顔に落ちてきた。
 私は漕ぎくだり、坐って泣いた。
 涙が私の顔を伝わって流れた。
 私は海の果てに岸を認めた。
 十二(の場所)に陸地が現われた。
 ニシル山に船はとどまった。
 ニシルの山は船をとらえて動かさなかった。
 一日目も二日目もニシルの山は(船をとらえて動かさなかった。)
 三日目も四日目もニシルの山は(船をとらえて動かさなかった。)
 五日目も六日目もニシルの山は(船をとらえて動かさなかった。)
 七日目がやって来ると、私は鳩を解き放してやった。
 鳩は立ち去ったが、舞いもどって来た。
 休み場所が見あたらないので、帰ってきた。
 私は燕を解き放してやった。
 燕は立ち去ったが、舞いもどって来た。
 休み場所が見あたらないので、帰ってきた。
 私は大鳥(オオガラス)を解き放してやった。
 大鳥は立ち去り、水が引いたのを見て、
 ものを食べ、ぐるぐるまわり、カアカア鳴き、帰って来なかった。

 そこで私は四つの風に(鳥のすべてを)解き放し、犠牲を捧げた。
 私は山の頂きにお神酒を注いだ。
 七つ、また七つの酒盃を私は置き、
   その台のうえには葦と杉の木と香水テンニンカを置いた。

 神々はその香をかいだ。
 神々はその好ましい香をかいだ。
 神々は蝿のように犠牲の施主のもとに集った。
 さてそこに大女神がやって来て、
   アヌが彼女を喜ばすために造った立派な金銀細工を取った。

 『この神々をわが首にかかる宝石ほどにも忘れはしまい。
  この日々を心にとどめ、けっして忘れはしまい。
  神々よ、犠牲の方へ来てください。
  エンリルは犠牲の方へ来てはならぬ。
  なぜなら彼は考えなしに洪水を起こしたからだ。
  そして私の人間たちを破滅にゆだねたからだ。』

さてそこにエンリルがやって来て、船を見るとエソリルほ腹を立てた。
 イギギの神々に対して心は怒りで満たされた。
 『生き物が助かったというのか。一人も生きてはならなかったのに。』
 ニヌルタは口を開いて勇ましきエンリルに言った。
 『エア以外のだれがそんなことをたくらもう。
  エアだけがすべてを知っていたのだから。』
エアはロを開いて勇ましきエンリルに言った。
 『神々の師匠である勇ましき君が、なぜ考えなしに洪水を起こしたのだ。
  罪ある者には彼の罪を、恥ある者には彼の恥を。
  だが彼の命が断たれぬよう寛大たれ。彼が逐われぬようがまんせよ。
  洪水を起こすかわりに人間を減らすようライオンを立上らせればよかったのに。
  洪水を起こすかわりに人間を減らすよう狼を立上らせればよかったのに。
  洪水を起こすかわりに国土が〔 〕するよう飢餓を起こさせればよかったのに。
  洪水を起こすかわりに人間を打つためにイルラを立上らせればよかったのに。
  大なる神々の秘密を明らかにしたのは私でほない。
  アトラ・ハシースに夢を見せたら、彼は神々の秘密をききわけたのだ。
  さて今や彼のために助言をしてやるべきだ。』
そこでエンリルは船のなかへ入って行った。
 私の手を取って私を乗船させた。
 私の妻を乗船させ、私のかたわらにひざまずかせた。
 祝福するために私たちのあいだに入り私の額に触れた。
 『これまでウトナピシュティムは人間でしかなかった。
  今よりウトナピシュティムとその妻はわれら神々のごとくなれ。
  ウトナピシュティムは遥かなる地、川々の河口に住め。』
 こうして私を連れ去り、遥かなる地、川々の河口に住まわせた。


2.旧約の天地創造神話を読む前に

 旧約の著者は、シュメル神話「エヌマエリッシュ」(⇒[太陽系の創造]参照)を熟知していたが、ギルガメッシュ叙事詩同様に、そこには多くの親神が出現し、天空での戦いを演じている。だから、全知全能の神は、当時のアヌンナキ科学の粋を集めた「エヌマエリッシュ」をそのまま引用することができなかった。そこで、P資料にて、天地創造神話をまるごと挿入したのだ。それについては、次々節で述べる。
 まずは、当時の基本知識無くして、この原文を常識の目を持って理解することはできない。というのは聖書しか知らない者には、当時のシュメルの高度文明について「バビロンの淫婦」のような誤った印象しかないからです。そこで基本知識をおもに『バベルの謎』]から羅列形式でお知らせします。

 ■神は人を土から造り、息を吹き込んで生命を与えた。
 エンキとニンフルサグは、地上の猿人とアヌンナキの遺伝子混交により、人類を創造した。人類創造の秘密は遺伝子の二重螺旋構造に有り、それは蛇としてシンボライズされています。
 ■ヘブライの「塵」「灰」の意味
 ヘブライの「塵」「灰」には常に「喪」や「哀しみ」と結びついている。全知全能の神が「塵」から人類を創造したという表現は科学的には真っ赤な嘘で、サタン・ダビデが祖父の人類創造の偉業に皮肉を込めたのでしょう。
 ■エデンの園の「園」とは神権王国のこと
 古代メソポタミアにおいては、神の加護の下に王の治める国土全体が「園」というイメージによってとらえられている。
 ■王は「神の園の庭師」であり、生命の植物に水を与える義務がある
 神から与えられた園を守り、耕す者、これはまさにメソポタミアの王のイメージだ。古代メソポタミアにおける王というのは、旧約聖書の各所で悪意を持って描き出される姿とは違い、決して「神を蔑ろにし、民を虐げる専制君主」といったものではなかった。彼らは何よりもまず、忠実な「神のしもべ」であり、神への勤めに励むことによって、その地の豊かな実りを得るという役割を担った存在だった。その実りを国民のうえにあまねく分配し、国民全体に豊穣の恵みをもたらす。つまり、王は「神の園の庭師」である。このような国王の神への帰依によって、国家全体に平和と繁栄の実現している状態をさして、アッカド語で「シュルム(福祉)」と言う。ヘブライ語では「シャローム」として使っている。つまり、神権国家大和、天皇を大司祭として頂く日本国の姿そのものです。(⇒[1-10.シュメル神話 ][1-4.バビロン小史][10-7.古代エジプト史概要]参照)
 ■「命の木」
 古代メソポタミアの「生命の植物(七枝樹)」を反映したものである。「七枝樹」は二匹蛇が巻き付く姿と同じで、遺伝子の二重螺旋構造をシンボライズしたものです。当然ですが、エンキのシンボルの一つは蛇で、イブを唆す役目として登場しますが、これに悪魔のイメージをかぶせたのは孫のサタン・ダビデです。
 ■「善と悪の智恵の木」
 エンキとニンフルサグが創造した原人に知性と生殖を与え、クロマニョン人へと進化させたことのシンボルです。「智恵の神」=「裁きの神」、「善と悪の知識」とは、まさにエンキの特性だからです。そして、エンキの長子マルドウク、その長子であるナブーは「智恵の神」を引き継ぎました ── 「666」の意味です。つまり、ヤハウェの「全知」の象徴が、蛇と密接な関係のある「善と悪の知識の木」のことである。
 ■「呪われる」という言葉
 ヘブライ語の「呪い」においては何らかの呪術にかかわる意味合いというよりも、敵意・対立といった意味合いを持つ。「おまえは呪われる」とは、もっとも激しく根本的な敵意と対立を意味する。
 ■一般に旧約聖書の中で「裸を見る」という表現
 性的関係をあらわすものとして使われている。だから、ノアの裸を見たカナンを激しく呪ったのです。
 ■蛇:智恵の神エンキについて
 古代メソポタミアのウル期やシュメル期の図表では、王が自らのシンボルとして蛇をつかんでいるのに対して、カナン地方のバール神の像は、明らかに蛇と闘っている姿を示している。蛇は智恵の神エンキの象徴として使われている、中国の上半身人間で下半身蛇の夫婦神は、人類を創造したエンキとニンフルサグを表している。また、バール神はエンキの別名であり、長子のマルドウクから孫のダビデへ代替わりしている。だから、孫のナブーの時代において、偉大なエンキを悪魔として退治しようとしている。それは、旧約聖書では蛇を貶めているのと同じで、ダビデが己を最高神として人類に君臨しようとしたのです。
 ■偶像について
 仏教のように「悟る」ことを宗教の柱とするのではなく、「神を信仰する」ことをもって宗教の柱としているユダヤ教にとって、神を拝むという行為は、少なくとも何らかの意味でその神を「存在する者」として考えることなしには不可能である。いわゆる「偶像」なるものを徹底的に排除して、一切の「神像」を禁じている「律法」にあっても、神を「存在する者」として拝むことまで禁じるわけにはいかないのである。そういう理由で、偶像を禁じる掟を含め十戒を考案した神々は、当時の人類には厳しすぎるのではないかと、危惧されたそうです。だが、サタン・ダビデがモーセに十戒を授けてしまったのです。
 尚、現代の科学文明の発達した時代であれば、亡くなった人は霊体となり、生前の生活スタイルと思考を続けているのだから、墓場や仏壇に閉じこもるのはまっぴらゴメンだし、生前にお経の中身が理解でないのに、死後に理解できるはずはなく、現代社会に生きた霊体にとって、お経は何の役にも立ちません。にもかかわらず、仏壇や十字架や神像などの偶像を熱心すぎるほど崇拝し続けると、そこに悪霊が集まってきて、霊現象を起こし、崇拝者をビックリさせて喜んでいるのです。悪霊ですから、幸運など与えてくれるわけはありません。それに、善霊の方々は偶像崇拝を相手にするほど、暇ではないそうです。

3.J資料(ヤハウェストの原初史)の自己流解読

 創世記の細かい部分については、各段落ごとに私流の解説を試みました。まずは、この創世記で、サタン・ダビデは人類の深層心理にどのような固定概念を植え付け、人類をして悪の王国を建国しようと企んだのでしょうか。
 まずは、アヌンナキの偉大な神々を全てを抹殺し、全知全能の神が原罪を背負う人類を哀れんで、何とか更生させようとしているのだと思い込ませ、絶対的な崇拝を求めている。つまり、全知全能の神とあろう者が、自分が創造した人類が失敗作で、しかも全知全能の神を信仰しようとしていないのを嘆いているのです。そこで、以下の手順で、人類を全知全能の神=呪う神に絶対の忠誠を尽くすように、シュメル神話や伝承を改竄したり、架空の物語を挿入しています。
 まず、神が動物を創造する前に、不思議なことに蛇が、智恵を与えられていないアダムとイブに知恵の実の真実を伝えます。結局この蛇は神自身の分身で、サタン・ダビデは神ヤハウェを詐称し、人類を創造した知恵の神・蛇・エンキを悪魔に貶め、自らが神と悪魔の二役を演じることで、つまり天国と地獄の両方を支配することで人類を支配しようとした。その計略は新約聖書の再臨のイエスのアイデアとして、成就している。しかし、再臨のイエスは聖徳太子や、ノストラダムスの1999年のイエスの再臨も、天上界により阻止されました。
 さて、智恵がないのだから、イブが食べてしまうのは当然です。智恵に目覚めたイブは美味しかったので、智恵のないアダムに食べるように進めた。だから、智恵のないアダムは食べたのです。そして、神は無慈悲にも、乳児並の知能の智恵のないアダムとイブを罰するのです。智恵を与えなかったのは神で有り、本当に罰せられるべきは、常識で言えば神自身のはずなのです。
 この物語は、真実の神の命令よりも、人は蛇(サタン)の話しを信じるように、そしてアダムは神の命令よりも妻の言葉(サタンの傀儡)を信じるように仕向けた物語なのです。そして、この神は自身の間抜けさを顧みず、アダムとイブを園から追い出し、原罪まで与えてしまうのです。つまり、東京裁判で日本人が自虐史観を植え付けられたように、人はまったく悪くないのに、原罪という大罪を背負わされてしまう。そうして、原罪を背負わされた人類を精神的に支配し続けようとしたのです。
 次に、カインとアベルの物語では、神はカインの信仰心を利用して、弟殺しを示唆します。手始めに、神は丹精込めた収穫物を神に奉納しますが、神はアベルを褒め、カインを無視します。神に裏切られ怒りに燃えるカインは、神に唆され、神へ仕返しをするのではなく、弟を殺してしまいます。通常、ユダヤの律法では、人を殺せば、その人は石打の刑などで殺されて当然です。だから、カインは殺されてしまう恐怖を神に訴えた。不思議なことに、神はアベルの死を悲しむことはなく、カインが殺されないように加護を与えたのです。しかも、彼の子孫は神の加護を得て、中南米で都市を築き、音楽や金属技術などの技能を得て神の選民と位置づけられました。この物語は、神への信仰心の為には、肉親を殺しても正当化され、神の選民として保護されることを述べているのです。神への信仰の為には、他のいかなる道徳や社会法規を暴力で葬り去ってもかまわないと言うことです。ここに、共産主義の原点があります。
 ■エンキの記憶:第7粘土板
 エンキは二人の地球の子の女性と出会い、交わる。一人は息子アダパを産み、他の一人は娘ティティを産む。この関係を秘密にして、エンキは彼等を拾い子として育てた。高い知性を持つアダパは最初の教養有る人間と成った。アダパとティティは交わり、二人の子、カ・イン(夏・殷)とアバエルが産まれる。
 アヌの命令によりアダパ(賢人エノク)は二ビルに連れて来られる。地球の子の最初の宇宙旅行である。二ヌルタはカ・インに作物の栽培法を教える。マルドゥクはアバエルに牧羊法と羊毛技術を教える。水の権利をめぐって争い、カ・インはアバエルを襲い、殺してしまう。カ・インは殺人罪で起訴され、追放の判決を言渡される。アダパとティティは婚姻の為の他の子孫を殖やす。死の床でアダパは彼の息子サティを彼の後継者として祝福する。後裔のエンキメはマルドゥクに連れられてラームに行く。
 次に、天使は人類の娘を正式に妻としました。それは姿形が美しいだけではなく、精神的にも天使の妻となるに相応しいからです。まず、カインはアダムの王国の跡継ぎとして連れてこられました。原文をよく読むと、彼はアダムとイブの子ではなく、養子です。それを裏付けるように、2006年にカインとアベルについて、先生はニビル星人の子だとおしゃいました。また、サタン・ダビデの父は、アヌンナキ評議会の許可を得て、カイン族の娘と正式に結婚しました。マルドウク配下の天使達もカイン族の娘達と結婚したのです。ですから、ダビデは人類の娘とマルドウクの長子です。イブへの仕打ちから、ダビデは母にコンプレックスを持っていたことが窺えます。だから、ダビデは、彼の義理の兄である真実のヤハウェをアベルに見立てて、カインに殺させて復讐したのです。つまり、カイン一族は、ダビデの出自で有り、ダビデが認める選民の眷属だと言うことで、以後聖書から姿を消してしまいます。だから、堕天使やカイン族を使って、人類に気づかれずに悪事を働けるのです。
 次に、ノアの大洪水ですが、ノアの大洪水は金星の大接近により、月の内部に貯まっていた水が地球に降り注いだ事による大災害です。そのことを知っていたから、アヌンナキの神々は宇宙船に避難しました。でも、人類全てを救出するだけの宇宙船があるわけではなく、箱船による人類の救出、高山の頂きに避難しての救出、地球の生命体の精子と卵子での救出などを積極的に行い、成功したからこそ現在の生命溢れる地球があるのです。ところが、この神はノアの家族と動物植物だけを助け、やはり良心の呵責から二度と洪水を起こさないこと、加えて虹を契約を行うのですが、自身を罰することは決してありません。サイコパスの特徴です。
 次に、ノアがカナンに裸を見られ、彼を兄弟の奴隷になるように呪います(⇒(ノアの呪い)参照)。余りに酷い仕打ちだと思っていたのですが、当時の「裸」には性的関係を意味しているのだそうで、納得しました。ですが、悪教徒とのカナンもまた彼らを呪うのです(⇒[カナンの呪い])。カナン一族は国を持たない奴隷、もしくは二等市民の立場なので、常に国に寄生する寄生虫の立場です。シナ人と韓国人はまぎれもなく、カナンの末裔で有り、その性悪さは血統による者です(⇒[魔族:支那人と韓国人の遺伝子]参照)。
 次に、バビルの塔ですが、現在はバビロンのマルドウク神殿だそうです。当時のシュメルでは、王権は神から与えられ、神の住まいである神殿を中心に都市が建設されていました。王自ら煉瓦を作り、民がこれに習い神殿を建築して、マルドウクを迎え、神に守護された都市国家を君民一体で営むことを理想としていました。ようは大和朝廷と同じです。ですから、マルドウクが地球司令官に就任し、地球の中心となる神殿を建設しようと王と民は一丸になって、建設していました。しかし、当時は多民族でその地域ごとに言葉が違っていたのですから、神が言葉を見だしたというのは嘘です。ダビデは父マルドウクの地位を奪取しようと、当時から様々な謀略を巡らしました。しかし、マルドウクは長子ダビデの人格の低劣さを嘆き、王位継承者として養子を迎えました。それゆえ、ダビデはバビロン王国に内紛を起こし、それにあきれたマルドウクはバビロンを去ったと伝えられています。ですから、この物語は、バビロン王国に内紛を起こし、滅ぼしたことを誇示したものです。元々バビロンは「天の門」の意味ですが、ヘブライ語の「バベル」は散らすの意味があり、バビロンにバベルを引っかけて無理矢理、史実をねじ曲げたのです。
 最後に、テラの子アブラハムが旅だったのは、エンリルに選ばれ、神々の核戦争において最重要な軍事基地の防衛を任されたからです。ですから、神がアブラハムに土地を与えよう、名声を与えようと、無理矢理契約を取り付けたという事実は真っ赤な嘘です。そうしないと、アヌンナキの親神の存在を歴史から抹殺できないからです。しかし、それと同時に、真実の人類史まで、抹殺されてしまいました。

  * * J資料 原文  * * *

[01]
 ヤハウェ神が地と天を作つたとき、地上にはまだ野の潅木が存在せず、野に草も生えていなかつた。ヤハウェ神がまだ地表に雨を降らさず、土を耕す人も存在しなかったからである。ただ、地下水が大地から湧き上がつて地表全体を潤していた。ヤハウェ神は土から取つた塵で人を形造り、彼の鼻に命の息を吹き入れた。すると人は生き物となつた。それからヤハウェ神は、東方のエデンに一つの園を植え、そこに彼が形造つた人を置いた。そしてヤハウェ神は、土から、見るに好ましく食べるによいあらゆる木々を、しかしまた園の中央には命の木を、そして(善と悪の)知識の木をも生え出させた。

  ◆[01]検討
 天地を作り、人を造った後、神は果樹や植物を土から生えさせる。だが、何故ゆえに生命力を持つ土から直接人をつくらず、わざわざ哀しみや人の死を意味する「塵」を集めて人の形を作り、ご丁寧にも神の息を吹き込み生命を与えたのか。まるでこの世の全ての哀しみと死すべき運命を背負った、つまり人の生命自身が忌むべき存在かのように思われる。
 サタン・ダビデの祖父は、人類を創造した偉大な神・エンキだ。そして、霊長類の卵子にアヌンナキの精子を何度もハイブリッドし、女神・ニンフルサグの子宮から誕生したのが、人類だ。おそらく、精子はエンキ自身のものだったことだろう。祖父を妬むナブーは、祖父の精子を「塵」と表現し、エンキとニンフルサグにより創造された人類なのに、彼を自身があたかも奇跡を起こし生命を与えたかのように記述させたのだ。
[02]
 エデンでは一つの川が湧き出し、この園を潤していた。それは、そこから先で四本の支流に分かれている。第一の川の名はピションであり、金を産するハビラの地全体を取り巻いている。その地の金は良質である。そこにはまた、べドラハ(樹脂)とショーハム石もある。第二の川の名はギホンであり、これはクシュの地全土を取り巻くものである。第三の川の名はヒデケルであり、これはアッシュルの裏側を流れている。第四の川はユーフラテスである。
  ◆[02]検討
 四本の川のうちチグリス川とユーフラテス川は現在も流れているが、残りの川については太古に蛇行して枯れてしまったして、砂漠の下に川の痕跡がないか調査された結果、どうもそれらしいのが発見されたと聞いています。
[03]
 ヤハウェ神は人を連れて来て、彼をエデンの園に置いた。それを耕させ、見張らせるためである。それからヤハウェ神は人に命じて言はれた。
「園のどの木からも、おまへは好きなだけ食べてよい。しかし(善と悪の)知識の木からは、おまへは決して食べてはならない。おまへがそれから食べる日に、おまへは必ず死なねばならない。」
  ◆[03]検討
 当時の「園」は神を中心にした神権王国のことを意味していた。[01]でエデンの王国を開拓し、食料となる果樹園や畑を作った。そこに、人を連れてきたが、神々の食料を育てるだけの知能がなかったので、別にそれより知能の優れた人を連れてきて、エデンの園で働かせた。だが新たに連れてこられた人もまた、善悪を知るまでの智恵はなかった。
 「善悪の知識の木」と「長命の木」とは、本来は特定の遺伝子を意味しているのだが、当時は遺伝子を「二匹の絡み合う蛇」とか「木」としてシンボライズしていた。エンキとニンフルサグは、遺伝子操作を繰り返し、人に生殖能力と知恵を与え、ネアンデルタール人を創造した。しかし、長命の遺伝子を人類には与えなかったというのが真相です。ダビデはこの物語を利用して、次の章でエンキを悪魔に仕立て上げたのです。
[04]
 それからヤハウェ神は言った。
「人がひとりでいるのは良くない。私は彼にふさはしい助け手を作らう。」
 そこでヤハウェ神は、土ですべての野の獣、すべての空の鳥を形造り、それらを人のところに連れて来た。彼が彼らをどのように名付けるか、見るためである。人が彼らに名付けると、それが彼らの名となるのであつた。そこで人はすべての家畜、すべての空の鳥、すべての野の獣に名を与へた。しかし(人)にとつて、彼にふさはしい助け手は見当たらなかつた。
 そこでヤハウェ神が人の上に深い眠りを下らせたので、彼は眠り込んだ。彼は彼から肋骨の一つ取り出し、その箇所を肉で塞いだ。そしてヤハウェ神は、彼が人から取り出した肋骨を女に組み立て、彼女を人のところに連れて来た。すると人は言った。
「これこそ、つひに私の骨からの骨、私の肉からの肉だ。これを『女(イッシャー)』と名付けよう。これは『男(イーシュ)』から取られたのだから。」
 それゆえ男は、彼の父と母を棄ててその妻に結び付き、二人は一つの肉となるのである。(二人、すなわち人と彼の妻は裸であったが、お互ひに恥づかしいとは思はなかった。この部分のみP資料。)

  ◆[04]検討
 当時、地球の固有種に加え、アヌンナキが地球での生活に必要なニビル星の家畜や果樹や植物を地上で管理しだした。また、遺伝子操作で新たに地球に適合した食物や家畜も創造したことだろう。園を管理するのに、動植物の名前や飼育方法をも教えたに違いない。だから、前半部分の「人が彼らに名付けると、それが彼らの名となる」は真っ赤な嘘だと簡単に見破ることができる。おそらく、天地を創造したので、動植物も新たに創造したということを協調する為の嘘の上塗りだろう。
 また、偉大な神エ神々ンキとニンフルサグは、人類創造時から男女を創造しており、最初は生殖能力もなく、知性も貧弱だった。また、アヌンナキの律法は、女性蔑視ではないが、女性が男性の一部から創造されたとするのは、ナブーのマザーコンプレックスから来る明らかに男尊女卑の思想である。そして、ここで人類は遺伝子操作により、生殖可能となり、自然に増殖していった。
[05]
 ヤハウェ神が作つた野の生き物たちの中で、蛇が最も狡猾であつた。それは女に言った。
「おやおや、神は園のどの木からも食べてはならない、などと言はれたのですか?」
 そこで女は蛇に言った。
「私たちは園の木の実を食べてもよいのです。ただ、園の中央にある木の実については、神は、それから食べてほならない。それに触れてもならない。あなたたちが死なないためだ、と言はれました。」
 すると蛇は女に言った。
「あなたたちが死ぬなんてことはありませんよ。さうではなく、神はよく御存じなのです。あなたたちがそれから食べるとすぐに、あなたたちの目が開け、あなたたちが善と悪を知つて、神のやうになることを。」
 女が見ると、その木から食べれば美味しさうで、それは見る目に好ましく、賢くなるためにいかにも望む価値があるやうに思へた。そこで彼女はその実を取つて食べ、彼女のそばにいた彼女の夫にも与へた。そこで彼は食べた。すると二人の目は開け、彼らは自分たちが裸であることを知つた。そこで、彼らはいちじくの葉をつづり合はせて腰巻きを作つた。

  ◆[05]検討
 ナブーの祖父であるエンキは、数度の遺伝子操作により、人類に生殖の能力とアヌンナキと変わらない知能を与える。アダパーは、アヌの御前に招かれ、長命の食べ物を進められるのだが、エンキはそれを食べれば死ぬので決して食べないようにとあらかじめ言い含めておいたので、彼は決して食べなかった。この物語を変形したのが、この節の物語だとされている。
 真偽はともかく、この蛇は人類に智恵を与えたが、長命の遺伝子を与えなかった、智恵の神エンキを暗示している。だから、ここに登場する蛇は神の秘密を知っており、真実を知能レベルの低い彼女に伝える。彼女は神の言いつけよりも、蛇の言葉に誘われ、食べてしまう。美味しかったので、当然のようにアダムにも勧め、アダムも食べてしまう。つまり、エンキが人類に智恵を与えたという事実をねじ曲げて、エンキを悪魔の化身として非難している。彼こそはプロメテウスの火を人類にもたらしたのだが、この物語の最重要テーマは、神の命令よりも、真実を優先することが悪であると洗脳しているのだ。
 その結果、それまで責任能力のなかった人類は、責任能力のあるホモサピエンスの一種に進化したのだ(おそらくネアンデルタール人)。
[06]
 さて、昼の風の吹くころ、園の中を散歩するヤハウェ神の足音が彼らに聞えたので、人は彼の妻と共にヤハウェ神の顔を避け、園の木々の間に身を隠した。しかしヤハウェ神は人に呼び掛け、彼にかう言った。
「おまへはどこにいるのか?」
 そこで彼は言った。
「園であなたの足音が聞えましたので、恐ろしくなりました。私は裸だからです。だから身を隠したのです。」
 すると彼は彼に言った。
「おまへが裸であることを誰がおまへに教へたのか? 私がおまへに食べることを禁じておいたあの木から、おまへは食べたのか?」
 すると人は言った。
「あなたが私にあてがつてくださつた女が、あの木から取つて私に与へたのです。だから私は食べました。」
 そこでヤハウェ神は女に言った。
「おまへは何といふことをしたのか!」
 しかし、女は答へた。
「蛇が私を誘惑したのです。だから私は食べました。」
 そこでヤハウェ神は蛇に言った。
「おまへがこんなことをしたので、おまへはすべての動物、すべての野の獣の前で呪はれるがよい。おまへは一生の間、腹で這ひ回り、塵を食らふのだ。私はおまへと女の間、またおまへの子孫と彼女の子孫の間に敵意を置く。彼はおまへの頭を踏みつけ、おまへほ彼のかかとに食ひ付くだらう。」
 彼は女に言った。
「私はおまへのはらみをずつと辛いものにする。おまへは苦しんで子供を産むことになる。おまへの欲望はおまへの夫に向かふが、彼はおまへを支配することになる!」
 彼は人に言った。
「おまへが妻の声に聞き従ひ、それから取つて食べてはならないと私がおまへに禁じておいたあの木から食べたので、土はおまへのために呪はれる。おまへは一生の間、苦労してそれから食べ物を得ねばならない。それはおまへのためにいばらとあざみを生じさせる。そしておまへは野の草を食べることになる。おまへは額に汗しておまへのパンを食べるのだ、かつてそこからおまへが取られた土に、おまへが再び返るときまで。おまへは塵なのだから、おまへは再び塵に返るのだ。」
 そこで人は彼の妻をハッヴァー(「命」)と名付けた。彼女がすべての生けるものの母だからである。
  ◆[06]検討
 この節は、生殖能力と知恵を得た人類は、当然だがアヌンナキの神々から、アヌンナキの指導下を少し離れ、彼ら自身の衣食住に関しては自分たちで何とかするように求められた。本来なら、日本神話が教えているように、神と大和民族は血縁関係に有り、その子孫である大和民族は、男女和合して国家と家庭を作り、豊作の感謝と労働の喜びを神に奉納し、子孫を産み育てる喜びと感謝を神々と祖先に感謝するように物語るべきだ。しかし、社会人として当然の勤めであり喜びである労働と子を産み育てる責務を、神の命令に従わなかった事への原罰とし、人類を自虐史観により精神を退化させ、支配しようとしているのだ。
 サタンの化身したやハウエではなく、真のヤハウェであれば、「おまえは額に汗しておまえのパンを食べる」ことを自立とし、更に「パンのみにて生きるに非ず」と教えられることでしょう。
 しかも、残忍なサタンは、「おまえは塵なのだから、あまえは再び塵に返るのだ。」と、原罪の上に人の存在自体に全悲哀を背負わせ、永遠の生命である霊体をも否定している。ところで霊体は、通常人の死と共に肉体から分離されるもので、誰にでも存在するもので特別なものではない(人の誕生と共に肉体の形成と平行して霊体も形成される。人の死後には、肉体から霊体が分離しはじめ、肉体の分子と大気中の素粒子を用いて疑似細胞から成る霊体を形成しながら、肉体から分離する)。つまり、霊体を特別な神の恩寵とする所に、永遠の生命に対する誤った認識を聖書を読む者達に植え付け、永遠の生命欲しさに、人類を永遠に支配しようとしている。つまり、サタンは悪辣な詐欺師なのです。
[07]
 ヤハウェ神は人とその妻のために皮の衣服を作り、それを彼らに着せた。そしてヤハウェ神は言った。
「見よ、人は今や善と悪を知り、われわれの一人のやうになつた。彼が手を伸ばし、命の木からも取つて 食べ、永遠に生きるやうなことがないやうに。」
 そこでヤハウェ神は彼をエデンの園から追放し、そこから彼が取った土を彼が耕すやうにした。彼は人を追ひ払ひ、エデンの園の東側にケルビムとギザギザの剣の炎を布陣させ、命の木への道を警護させた。
  ◆[07]検討
 神は誰でもが持っている永遠の生命を、あたかも神が人類に禁じたように、読者を騙している。ケルビムとギザギザの剣の炎で守られていたのは、永遠の生命ではなく、ニビル星へ向かうロケットでした。つまり、宇宙港を警備監視するロボットのことです。史実を知らない読者であれば、サタンの悪知恵に捕まり、永遠の生命を神に懇願し続け、その代わりにカインがアベルを殺したように、神の命令であれば殺人をも犯してしまうようになる。
[08]
 人は彼の妻ハッヴァーを知つた。彼女は身籠もり、カインを産んだ。そのとき彼女は言った。「私は一人の息子を得た(?)、ヤハウェ神と共に(?)
 彼女はさらに身龍もり、彼の弟アペルを産んだ。アペルは家畜を飼う者となつたが、カインは土を耕す者となつた。
 長い時を経た後に、カインは土の実りをヤハウェのための捧げ物として持つてきた。アペルもまた、彼の群れの初子とその脂肪とを持つてきた。ヤハウェはアペルとその捧げ物に目を留めたが、カインと彼の捧げ物には彼は目を留めなかった。そこでカインは怒りに燃え、顔を伏せた。しかし、ヤハウェはカインに言った。
「おまへはなぜ怒りに燃えているのか? おまへはなぜ頭を伏せているのか? さうではないか? もしおまへが正しいなら、おまへはそれを上げることができるではないか(?)。しかし、もしおまへが正しくないなら、罪が戸口で待ち伏せしている。その欲望はおまへを追ひ求めるが、おまへはそれを支配しなければならない。」
 ところが、カインは彼の弟アペルに言った。(「さあ、野原に行かう。」)彼らが野原にやつて来たとき、カインは彼の弟アペルに襲ひかかつて、彼を殴り殺した。そこでヤハウェはカインに言った。
「おまへの弟アペルほどこにいるのか?」
 すると彼は言った。
「私は存じません。私は私の弟の番人になるべきなのでせうか?」
 しかし、彼は言はれた。
「おまへは何といふことをしたのか! 聞け、おまへの弟の血が畑の土の中から私に向かつて叫んでいる。今やおまへは呪はれて、口を開いておまへの手からおまへの弟の血を受けた畑の土を離れねばならない。おまへが土を耕しても、これ以後それはおまへに実りを拒絶する。これ以後おまへは、地上をよるべなくさまよほねばならない。」 
 そこでカインはヤハウェに言った。
「私の罰は重すぎて、私には負ひきれません。ご覧下さい。あなたは今や、私を畑の土から追放されました。私はあなたのみ顔の前から身を隠して、地上をよるべなくさまよはねばなりません。ですから、私を見つける者は、誰でも私を殴り殺すでせう。」
 しかしヤハウェは彼に言った。
「〈さうではない。〉カインを殴り殺す者は、誰であれ七倍の復讐を受けることになる。」
 そしてヤハウェはカインにしるしを付け、彼を見つける者が彼を殴り殺さないやうにした。かうしてカインは、ヤハウェのみ顔の前を去り、エデンの東のノドの地に住んだ。
  ◆[08]検討
 当時の王は神に与えられた畑を耕す者という意味で、エデンの王国は王制だった。だから、カインはアダムの治める王国(園)の跡継ぎとして土地を耕す者として誕生した。
 ここで「カイン」の由来を紹介する。「カーナー」という動詞は、「得る」という意味にも「創造する」という意味にも使う。どちらにしても、普通、母親が子を出産するときに使われることはない。また「イーシュ」は成人男子をあらわす言葉であって、赤ん坊に使われることはない。そして「エト・ヤハウェ」という表現は、「ヤハウェの助けによって」という意味ではなく、「ヤハウェと共に」という意味である。
 だから「カイン」という名の由来は「神と共に得られた者(成人男子)」という意味である。また、「カイン」という固有名詞には。ヘブライ語の「鍛冶屋」との結びつきもあり、カインの六代後の子孫トパル・カインが鍛冶屋となった。カインの子のエノクは「最初の町の建設者」とされている。カインの出現は単なる人間の出現ではなく、ヤハウェがアダムの跡継ぎとして、成人男子であるカインをイブに養子として与えたのだ(…先生はニビル星人だと)。
 次に、弟アベル(家畜を飼うもの)の名の由来は、「アベル」は「息」「虚しいもの」を意味する。ヤハウェが生命を吹き込んだ積極的な「息」とは違い、ここでの「息」は虚しいものといった消極的な意味である。原罪を背負わされ「塵」から創造されたアダムとイブにお似合いの息子だが、それ以上に虚しい存在だというのだ。だから、神ははじめからカインにアダムを殺させるつもりだったのだろう。なぜなら、磔の盃を神に返そうとするイエスを、最初の計画通りに残酷な磔に処したサタン・ダビデらしい演出だからである。
 本来の「アベル」は、「ア」=「息=生命」、「ベル」=「主」で、家畜を飼うもの=家畜の主に相応しいです。
 ここで注目して欲しいのは、カインが怒っているのは、カインが心を込めての奉納に対し、ヤハウェがアベルのみに振り向いたからだ。神は、カインが直接神に怒りをぶつけないように仕向け、ついに弟を殺したのだ。つまり、神はカインに対し、神への冒涜よりも、人殺しを犯す方を選ぶように、心理操作した悪魔そのものだ。なにより、アベルに対する弔いの言葉さえないのだ。
 さて、モーセの律法に汝殺すなかれ、あるいは「その男を打ち、その男を死なせた者は、殺されねばならない」とある。だからカインは殺されて当然なので、神に庇護を求めた。そうしたところ、神は「カインを殴り殺す者は、誰であれ七倍の報復を受けるようになる」「レメクのための報復は七十七倍だからだ」と依怙贔屓している。いやそれ以上に、カイン族を神の選民・特権階級と見なしている。それは、カイン族の族長の娘がマルドウクの妻で、ダビデの母親だからだ。最初の鍛冶屋トパル・カインの娘ナアマ(楽しい)は、マルドウクの妻サルパトニの可能性がある。
 尚、このカイン族は、旧約聖書に出てくる「ケニ人」であると云われている。
 ■エンキの失われた記憶:第9粘土板
 マルドウクの妻は「天に連れて行かれたエンキメ[訳注:聖書のエノク]の娘、サルパニット」とされている。カインの子孫ではない。ここでは、上記のような推測で以後進める。尚、粘土板ではカイン族に温情は与えられていないので、どちらかが嘘をついているのだが、ダビデが彼等を悪の眷属として支配しようとしたのは間違いないと思う。
[09]
 カインは彼の妻を知つた。彼女は身寵もりエノクを産んだ。彼は町の建設者となつた。彼はその町に、彼の息子エノクの名にちなむ名を付けた。エノクにはイラドが生まれた。イラドはメフヤエルをまうけた。メフヤエルはメトシャエルをまうけた。そしてメトシャエルほレメクをまうけた。レメクは二人の妻を要つた。一人は名をアダといひ、もう一人は名をツィラといつた。アダはヤパルを産んだ。彼は天幕に住んで家畜を飼ふ者すべての祖先となつた。彼の弟の名はユパルといつた。彼は竪琴や笛を奏でる者すべての祖先となつた。ツィラもまたトパル・カインを産んだ。彼は銅や鉄を鍛へる者すべての祖先となつた。トパル・カインの妹はナアマといつた
  ◆[09]検討
 カインの子・エノクは、最初の都市建設者となった。つまり、神殿ジグラッドを作り、その周囲に学校・病院・畑や果樹園を持つ町々を建てたのですから、官僚制を含め非常に高度な技術と知識を有していた(おそらく当時の主神はマルドウクかエンキでしょう)。それのみならず、羊他や家畜を飼育する遊牧民の先祖、音楽を奏で神に奉納する先祖、金属の製錬技術など、とてつもなく高度な知識と技術です。
 これらの当時としては超高度な神の知識は、一体どこからカイン族にもたらされたのでしょうか。それは間違いなく、マルドウクが人類の娘と正式に結婚したときに、人類にもたらされたのです。[12]で再度述べますが、マルドウクの支配下にあった天使達は、マルドウクの結婚式の為に、地上に降りた。その時、聖書には記されていませんが、マルドウクに習い、カイン族の娘と正式に結婚したのだと思います。だから、神々が人類に隠しておかなければならなかった、秘密の知識まで人類にもたらされてしまったのです。これもプロメテウスの火でしょう。
 だから、マルドウクの妻サルパトニの父が、トパル・カインであれば、マルドウクの妻の名前はナアマでしょう。サタン・ダビデの母親でもある。そして、古バビロニアの時に、サルパトニは地母神・金星の女神の位を引き継いだ。だから、ここに登場するヤハウェは、何度も何度も土地を呪うのでしょう。
[10]
 レメクは彼の妻たちに言った。
「アダとツィラよ、私の声を聞け。レメクの妻たちよ、私の言葉に耳を傾けよ。まことに、私の傷の報いに私は男を打ち殺し、私のみみず腫れの報いに私は子供を殺す! なぜなら、カインのための復讐が七倍なら、レメクのための復讐は七十七倍だからだ!」
  ◆[10]検討
 [09][10]から、どこからどう見ても、カインは神に罰せられた種族ではなく、神に贔屓された選民です。
[11]
 アダムはもう一度彼の妻を知つた。彼女は一人の息子を産んだ。彼女は彼にセトと名付けた。
「これは、カインがアペルを殺してしまつたので、神がアペルの替りの子孫を私に備へてくださつたからです。」
 セトにも息子が生まれた。彼は彼にエノシュと名付けた。その頃、人々はヤハウェの名を呼び始めた。
  ◆[11]検討
 その後、カインとアベルの兄弟が誕生する。カインは弟アベルを殺し、追放される。神はアダムの後継者として、アベルの代わりに“セト(セツ)”(ヘブライ語で交換の意味)が誕生した。セト(セツ)の子エノッシュに対してだけ、「人間」を意味するヘブライ語が用いられ、そのためにエノッシュは「人間である彼」を意味する。いまでも「人間」のヘブライ語は、エノッシュに由来するエノシュトである。つまり、人間=現生人類の本当の祖先の始まりである。つまり、アダムはネアンデルタール人で最初の人類である。そして、エノッシュこそがクロマニョン人なのです。(⇒[ニビル星人の紹介]参照)
[12]
 人類が地上に増え始め、彼らに娘たちが生まれると、天使たちは人間の娘たちが美しいのを見て、自分たちの好むすべての者を妻に娶った。するとヤハウェは言った。
「私の霊が人間の中で永遠に強くあつてはならない。彼は肉にすぎないのだから。彼の寿命は百二十年となるやうに。」
 天使たちが人間の娘たちのところに入り、彼女たちが彼らのために子供を産んだ頃。そしてそれ以後にもまた地上には巨人たちがいた。彼らは太古の英雄であり、非常に有名な者たちであつた。
  ◆[12]検討
 ヘブライ語で「美しい」という語は、「善い」と同じ語である。神の息子達が人間の娘の美しさに惑わされ、欲望に屈したのではない。彼らは、人間の娘達が自分たちの配偶者として相応しい資質を持っているのを見てとったというだけである。「妻を娶った」という表現は、合法的な結婚ということになる。彼らの結婚によって生まれた「ネフリーム(巨人たち)」については、悪魔的な種族だとは書いていない。
 「太古の英雄であり、非常に有名なものであった。」というのはシッチン氏に云わせれば、彼らは太古の宇宙パイロットだったと。加えて、2006年先生からプレアデス星末期に、遺伝子の不安定から巨人が産まれ、このプレアデスの高度な科学を有する巨人達を、恐竜の闊歩する地球に移住させたとあります。このプレアデス末期の巨人=太古の英雄と、カイン族と天使のハイブリッドである巨人は別物です。しかも、両巨人ともに「呪われる」という言葉はないので、神の目から見ても正しい人々だったと云うことです。それはそうでしょう。サタン・ダビデ自身が白髪黄金の目を持つネフリームだったのですから。(⇒[27-a3.神々と巨人族]参照)
 神々の秘密の知識を人類に伝えた天使達により、地上に戦争がはびこり、軍事衝突を繰り返した。そこで、人類の娘を娶った天使達を堕天使とし、ミカルとラファエルにより、地下に封じ込められた。サタン・ダビデはその堕天使達を支配し、善なるヤハウェと七大天使を詐称した。つまり、ナブーをヤハウェとし、堕天使にミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエル、サリエル、ラグエル、パヌエルの役職を与えた。ここに白天使に対し、黒天使と云われるサタン軍団が誕生したのです。
[13]
 ヤハウェは、地上に人間の悪が多く、彼らが心に思ひ計るのがいつでも悪いことばかりであるのを見た。そこでヤハウェは、地上に人間を作つたことを悔い、心を痛めた。そしてヤハウェは言った。
「私は、私が作つた人間を地上から拭ひ去らう、人間から家畜、這ふもの、空の鳥に至るまで、私は、それらを作つたことを後悔しているからだ。」
 しかし、ノアはヤハウェの目に恵みを得た。
 ヤハウェはノアに言った。
「おまへとおまへの家族は皆、箱舟に入りなさい。私はこの世代で、おまへは私の前に正しいことを見抜いたからだ。おまへは、すべての浄い動物から雄雌七頭づつを取り、浄くない動物から雄雌一対づつを取りなさい。空の鳥からもまた、雄雌七羽づつを取りなさい。かうして大地の面に子孫が生き残るやうにするのだ。なぜなら、あと七日したら、私は四十日四十夜の間地上に雨を降らせ、私が作つたすべての生き物を大地の面から拭ひ去るからである。」
 ノアはヤハウェが彼に命じたすべてのことを行った。ノアは彼の息子たち、彼の妻、彼の息子たちの妻たちと共に、洪水の水を避けて箱舟に入つた。するとヤハウェが彼の後ろで戸を閉ざした。浄い家畜と浄くない家畜、鳥と地を這ふもののすべてから、それぞれ二つづつが箱舟の中のノアのもとにやつて来た。それらは雄と雌で、神がノアに命じた通りであつた。七日の後、洪水の水が地上を襲つた。
 雨は四十日四十夜の間、地上に降り続いた。水位は増し、箱舟を押し上げたので、それは大地の上方に浮かんだ。その鼻に(命の息)があり、乾いた地の上に住んでいたすべてのものは死に絶えた。かうして、地の面にいた生き物はすべて拭ひ去られた。すなはち、人間から家畜、這ふもの、空の鳥に至るまでが地から拭ひ(去られた)。ただ、ノア及び彼と共に箱舟の中にいたものだけが残された。
 四十日の後、天からの雨は止んだ。そして、水は次第に地上から引いていつた。そこでノアは、彼が作つておいた箱舟の窓を開けた。そして彼は、鳩を送り出して、地上で水が引いているかどうかを見ようとした。しかし鳩は、地上に足を休められる場所を見つけられず、箱舟の彼のもとに戻つて来た。まだ全地の上に水があつたからである。そこで彼は彼の手を差し伸べてそれを掴み、箱舟の中に引き戻した。彼はそれからさらに七日間待ち、もう一度鳩を箱舟から送り出した。すると鳩は、夕方になつて彼のもとに帰つて来た。しかし、見よ、それは嘴にオリーブの葉をくはへているではないか(そこでノアは、地上で水が減つていることに気付いた。彼はさらに七日間待ち、鳩を送り出した。するとそれは、もはや彼のもとに帰つては来なかつた。ノアは箱舟の屋根を取り外し、外の模様を眺めた(すると、見よ、地上は乾いていた。そこでノアはヤハウェのために一つの祭壇を築き、すべての浄い動物とすべての浄い鳥から取って、その祭壇の上で全焼の犠牲を捧げた。
  ◆[13]検討
 神が人類の醜いことを悔い、人類のみならず地球の動物の全てを大洪水で滅ぼす物語だ。だが、醜い人類を塵という原罪を材料に生命を与えたのは神自身で有り、しかも知恵を持たない男女に知恵の実を食べさせたのも、信仰故にカインに弟アベル殺しを唆したのも、神だった。だから、この神が全知全能であれば、彼が毛嫌いする人類の罪は、この神自身の罪であるはずなのに、何の反省もなく、ノアの一族以外は、闇雲に罪もない地上の動物全てを滅ぼすと云うのだ。
 実はノアの大洪水は、金星のニアミスにより月の内部に蓄えられていた水が地球に降り注いだのだ。だから、如何に全知全能の神だと大声で叫んでも、罪人だけを滅ぼすことは不可能だった。だから、仕方なく、人類の罪悪に悩み苦しむ神を演じたのだ。
 実際は、多くの神々は協力して、心正しき人々や地球の動物の精子と卵子を保護して、種族を救っていたのです。そもそも、ノアは王で有り、箱船のような巨大建造物を建造し、周囲に秘密にしておけるはずはない。そして何より、大洪水を切り抜け、その後を生き延びるには、多くの労働者と優秀な技術者・設計・医者者、家畜の世話、農業・漁業の知識が必須なのです。とてもノアの家族だけで、実現できるプロジェクトではない。
 そして、エンキからマルドウク、そしてサタン・ダビデに譲られた「神々のランク40」を、この節にたくさんちりばめている。それは、人類の救世主は人類と動物を滅ぼそうと決意したヤハウェではなく、私・ナブーだと訴えているのだ。くわえて、7日は3回繰り返されるが、「7」は天上界を意味しており、「40」こそが神聖な神だと暗示しているのだ。この自己顕示欲の固まりのようなナブーに、慈悲の心も人を愛する素直な気持ちも、思いやりという高等感情は存在しない。だから、如何彼のに良心に訴えようとも、良心の痛みよりも、人を苦しめ人が苦しむのを見ることに異常な喜びと興奮を感じる彼にはただの念仏でしかない。
 それから、ノアが箱船から放った鳥は「鳩・燕・大カラス」の三羽だったが、鳩だけの記述しかないのは、燕が地母神のシンボルで、大カラスが太陽神のシンボルだから、自分以外の神を抹殺したのでしょう。
 付け加えれば、動植物に不浄とか不浄でないとかの宗教的観念を植え付けるのは、ヤハウェを詐称するサタンは、動植物を含め全生命を愛していないこと、如何にもわがまま放題な人格だと云うことを物語っている。
[14]
 ヤハウェは宥めの香りをかぎ、心の中で言った。
「私は二度と、人間の故に地を呪はれたものとはみなさない。人間が心に思ひ計ることは、若い頃から悪いことばかりだから。それゆえ私は、今回私がしたやうに、二度とあらゆる生き物を滅ばすことはしない。これ以後、大地が存続する限り、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜が跡絶えることはない。」
 箱舟から出たノアの息子たちは、セム、ハム、ヤフェトであつた。(ハムはカナンの父である。)これら三人はノアの息子たちであり、彼らから全人類が分かれ出たのである
  ◆[14]検討
 ヤハウェは独り言をつぶやき、人間は性悪で正しようが無いから、二度と大洪水で滅ぼすことは無いと云うのだが、さっぱり意味が分からない。
 だが、サイコパスであるこの神の本心としては、本当は「強いて解釈すれば、原罪を背負う人類は、神に対する罪から逃れられない。だから、今後も必要に応じて罪深き人々を罰することにしよう。ただし、私を信じる者は救われる。」と、宣言したいに違いないのだ。
 そもそも、ノアの大洪水のような惑星間ニアミスは今後起こりそうにもないから、大洪水で人類が滅びることは今後起こりえないので、二度と大洪水であらゆる生き物を滅ぼすことは不可能だから、このような意味不明の文章に落ち着いたのだろう。
 だから、ヤハウェを詐称するサタンと、真実のヤハウェの物語が混交しており、偽やハウエの存在を知らずに新旧聖書を読み、信仰が深くなればなるほど、信仰故にいかなる手段も許されるとする殉教者を作り上げる。それは、神を冒涜する共産主義者と同質のサイコパスである。
[15]
 ノアは農夫で、最初に葡萄の木を植えた人であつた。彼は葡萄酒を飲み、酔ひつぶれて、天幕の中で裸のまま寝ていた。さて、カナン(の父ハム)は彼の父の裸を見て、外で二人の兄弟にそのことを告げた。するとセムとヤフエトは衣服を手に取り、それを彼らの肩に掛け、後ろ向きに歩いて行つて父の裸を覆つた。彼らの顔は後ろを向いていたので、彼らは父の裸を見なかつた。ノアが酔ひから醒め、末の息子が彼にしたことを聞くと、彼は言った。
「カナンは呪はれよ。彼は兄弟たちの奴隷となるやうに。」
 彼は言った。
「セムの神ヤハウェに祝福あれ、カナンは彼の奴隷となるやうに。神がヤフェトのために広い空間を空けられ、彼はセムの天幕に住むやうに。カナンは彼の奴隷となるやうに。」
  ◆[15]検討
 ノアがカナンに裸を見られ、彼を兄弟の奴隷になるように呪います(⇒(ノアの呪い)参照)。余りに酷い仕打ちだと思っていたのですが、当時の「裸」には性的関係を意味しているのだそうで、納得しました。ですが、悪魔教とのカナンもまた彼らを呪うのです(⇒[カナンの呪い])。カナン一族は国を持たない奴隷、もしくは二等市民の立場であれば、常に寄生虫の立場です。シナ人と韓国人はまぎれもなく、カナンの末裔で有り、その性悪さは血統による者です(⇒[魔族:支那人と韓国人の遺伝子]参照)。そして、このカナン人が悪魔教を最初に行い広め、黒い貴族として、国際銀行家として、三百人委員会として太古から人類の精神を堕落・腐敗させつつ、共産主義を人類に与えて二つの大戦を引き起こし、ヨハネの黙示録になるサタン(=再臨のイエス)が支配する千年王国を実現しようとしていたのだ。
[16]
 (セム、ハム、ヤフェト)洪水の後、彼らに息子たちが生まれた。
 ハムの子孫。クシュはニムロドをまうけた。彼は地上で最初の大君主となった。彼はヤハウェの前で力ある狩人であつた。それゆえ、「ニムロドのやうに、ヤハウェの前で力ある狩人」といふ言ひ方がなされるやうになった。彼の王国の始めは、バベル、ウルク、アッカド、カルネで、シソアルの地にあつた。彼はこの地からアッシュルに出て行つて、ニネべ、レホボト・イル、カラ、そしてニネべとカラの間のレセンを建設した。それは大きな町であつた。ミツライムはリュディア人、アナミム人、レハビム人、ナフトヒム人、バトルシム人、カスルヒム人、(そしてカフトル人)をまうけた。これからペリシテ人が出た。カナンは長子シドン、ヘト、さらにエブス人、アモリ人、ギルガシ人、ヒビ人、アルキ人、シニ人、アルワド人、ツエマリ人、ハマト人をまうけた。その後カナン人の諸民族が分かれ出た。カナン人の境は、シドンからゲラルを経由してガザに至り、さらにはソドム、ゴモラ、アドマ、ツエポイムを経由してラシャにまで至つた。
 (すべてのエベル族の部族祖であり)ヤフエトの兄であるセムにもまた息子たちが生まれた。アルパクシャドはシェラをまうけた。シェラはエペルをまうけた。エペルには二人の息子が生まれた。一方の名はベレグといつた。彼の時代に地が分割されたからである。その兄弟の名はヨクタンといつた。ヨクタンはアルモダド、シェレフ、ハツァルマべト、イエラ、ハドラム、ウザル、デイクラ、オバル、アビマエル、シェバ、オフィル、ハビラ、ヨバブをまうけた。これらすべてはヨクタンの息子たちである。彼らの居住地はメシャからセファルに至る東の山地にあつた。※(ヤペテの子孫は[ヤペテ帝国]参照)

[17]
 全世界は一つの言語、一つの言葉であつた。彼らは東から旅立つて、シソアルの地に平野を見つけ、そこに定着した。彼らは互ひに言った。「さあ、レンガを作り、固く焼かう。」彼らにはレンガが石の代はりとなり、瀝青が漆喰の代はりとなった。それから彼らは言った。
「さあ、町と塔を建設し、その頂きを天にまで届くやうにしよう。かうしてわれわれは名を作り、全地の面に散らされることのないやうにしよう。」
 そこでヤハウェは、人間たちが作った町と塔を見るために下って来た。ヤハウェ言った。
「見よ、彼らは一つの民で、みなが一つの言語である。そしてこれを彼らははじめたのだ。いまに彼らが企てることはすべて、もはや不可能なものがなくなってしまふだらう。さあ、われわれは下って行って、あそこで彼らの言語を混乱させ、誰も他人の言葉が分からないやうにしてしまおう。」
 かうしてヤハウェは、彼らをそこから全地に散らした。それゆえ彼らは町を立てるのを止めなければならなかった。そこでその町は「バベル」とよばれた。ヤハウェがそこで全地の言語を混乱させ、ヤハウェが彼らをそこから全地に散らしたからである。
  ◆[17]検討
 バビルはシュメル語で、バブ・イリで、「偉大な神々の家」という意味だ。マルドウクが地球司令官に就任し、古バビロンを地球の中心都市と定め、ここにマルドウクの神殿を建設し、そこにアヌンナキの神々を住まわせ、神権王国を建国しようとした。
 バビルの塔とは、地球司令官・マルドウクを迎えるジグラッド(神殿)「エ・テメン・アン・キ(天と地の礎の家)」であると同定されている。この神殿を作ろうと、王(神官)は自ら泥をこね作業を行った。それで、民も王と一緒になり、神殿造りを喜びとした。都市国家は神殿を中心に栄えていた。神殿なくして、都市も食料もないのだ。だから、マルドウクを信じる者達は神殿を作り町を完成させて、バビロンに定住しようとしたのです。
 ところが、聖書には、バビルをヘブライ語の「バベル(乱す)」にかけて、本来の意味を隠蔽している。それゆえ、「イザヤ書」にある野望に満ちたバビロン王の姿や、「ヨハネの黙示録」にある「大いなるバビロン、淫婦どもと地の憎むべきものらとの母」といった物語は、故意に真実と逆の姿を記している
 だとすれば「さあ、町と塔を建設し、その頂きを天にまで届くやうにしよう。かうしてわれわれは名を作り、全地の面に散らされることのないやうにしよう。」の台詞について、「塔」を「神殿(ジグラッド)」に、「名」を「ジグラッドの最上階=神の寝室」へ、「散らされる」を「バビル(偉大な神々の家)」に変えて正しく翻訳することができそうです。「さあ(王と民の総出で)、町とジグラッドを建設し、(他のジグラッドよりも高く、)その頂きを天にまで届くようにしよう。かうしてわれわれは神々の神殿を建設し、神々と共にこのバビロンに住もう」と云うのが真実なのでしょう。
 「誰も他人の言葉が分からないやうにしてしまおう」というのは、古バビロンの住民は互いの意思の疎通を阻害してしまうことで、住民の間に疑心暗鬼と内紛状態を起こし、マルドウクを退位させ、ナブーが地球を支配しようと画策したと云うことです。ナブーは古バビロンの人々が悪いことばかり考えるように誘導し、その状況を見たマルドウクはあきれ果てて古バビロンを去った。その直後、主神を失った古バビロンは滅びてしまいました。
 破壊された「エ・テメン・アン・キ(天と地の礎の家)」の建設にあたって、ナボボラッサル王に、マルドウクは「その基礎を地下深くかため、その頂上を天にとどかせよ」と命じている。つまり、それが建国ということだ。
 これに酷似した物語が、スサノウの大国主命への神殿建設に伴う、建国の言葉とそっくりです。スサノオの七代後の大国主命は、兄弟に二度殺された後、スサノウの宮殿を訪ね、スサノウの宝物とスゼリ姫を連れ去り、出雲王国を建国したのですが、この出雲の神話と大和朝廷の国柄は、シュメルの神権王国と同質のものだと云うことは明らかでしょう。
 ◇オオムナジの神がスサノオ命の所(根の国)に入り、スサノオが寝ている隙に、
  スサノオ命を垂木に結びつけ、スサノオの娘で妻のスセリビ姫を背負い、
  スサノオ命の宝物である「生太刀・生弓矢・天の詔琴」をたずさえて逃げた。
 ◇そこでスサノオ命は、黄泉比良坂まで追いかけて来て、「お前が持っている
  生太刀・生弓矢で、お前の腹違いの兄弟を追い払って、貴様が大国主神となり、
  また現じ国魂の神となって、私のスセリビを正妻として、宇迦の山のふもとに、
  底つ岩根に太い宮柱を深く掘り立て、空高く千木をそびやかした宮殿に住め。」
  と仰せになった。
[18]
 ハラン存命中に彼の故郷ウル・カスディームで死んだ。それからアブラムとナホルはそれぞれ妻を娶った。アブラムの妻はサライといった。ナホルの妻の名はミルカといひ、ハランの娘であった。彼はミルカとイスカの父であった。しかしサライは不妊で、子供がいなかった。ヤハウェはアブラムに言った。
「おまへの故郷、おまへの親族、おまへの父の家を離れ、私がおまへに示すであらう地に行きなさい。私はおまへを大いなる国民とし、おまへを祝福し、おまへの名を偉大なものにしよう。祝福となれ! 私はおまへを祝福する者たちを祝福し、おまへを呪ふ者は私が彼を呪ふ。そしておまへにおいて地のすべての諸族が祝福されることにならう。」
  ◆[18]検討
 アブラハムが出立した理由は、神々の核戦争時にアヌンナキの重要な施設を破壊から防御する使命を、当時地球司令官のエンリル与えられたからでした。ですから、この章は全くの悪意のある偽の作り話です。そして、ヤハウェがアブラハムに語った内容は、カインを彼の選民として導いた手法とまったく同じだと思います。
 つまり、何らかの理由を儲けて、カインを神々の園から別の所に導き出し、カイン一族を選民として様々な高度な技術を与え、強大な軍事力を持つ都市を建国させました。そして、ノアの大洪水以降その存在を隠蔽してしまったのです。
 アブラハムの場合には、旅立てば、神の祝福と栄誉と広大な土地を与えるからと、神の選民として優遇すると唆しているのです。真実の神々は、山上の垂訓にあるように、悪と闘う者の所、心清き者の所、心正しき者が悪に打ち負かされようとしている所に、いつもおられます。だから、このような安易な約束は決してなさりません。
 このヤハウェを詐称するサタンの甘言ですが、2009年に政権を強奪した民主党の「国民の生活が一番」「子ども手当」「高校無償化」のスローガンと質的には同じだと思います。つまり、この章のメインテーマは、悪魔との契約です。
[19]
 この地を飢餓が襲ったときのこと、アブラムはエジプトに下って、そこに寄留しようとした。この地の飢餓がひどかつたからである。エジプトに入るのが近づいたとき、彼は彼の妻サライに言った。
「聞いておくれ。私はおまへが容姿の美しい女であることをよく知っている。もしエジプト人がおまへを見て、彼女はあの男の妻だと思つたなら、彼らは私を打ち殺し、おまへの方は生かしておくだらう。だからどうか、お前が私の妹だと言っておくれ。さうすれば、おまへのおかげで事は私にとつてうまく運び、おまへのゆえに私は生き延びることができるだらう。」
 アブラムがエジプトにやつて来たとき、エジプト人たちはその女が非常に美しいのを見た。ファラオの廷臣たちが彼女を見て、ファラオに彼女のことを褒めそやしたので、その女はファラオの宮廷に召し入れられた。彼女のおかげでアブラムにとって事はうまく運び、彼は羊、牛、ロバ、奴隷、女奴隷、雌ロバ、ラクダを手に入れた。しかしヤハウェは、アブラムの妻サライのことで、ファラオ及び彼の家すべてを激しい災いで打たれた。そこでファラオはアブラムを呼び寄せて言った。
「おまへは私になんといふことをしたのか。なぜ彼女がおまへの妻であることを私に告げなかつたのか。なぜ彼女がおまへの妹だなどと言ったのか。さあここにおまへの妻がいる。彼女を連れて出ていけ!」
 それからファラオは家来たちに命じて、彼と彼の妻、及び彼のすべての持ち物を送り出させた。アブラムは、彼の妻、彼のすべての持ち物、及びロトとともにエジプトから南の地に上つて行つた。

[20]
 アブラムは非常に豊かな家畜、銀、金を持つていた。彼は宿営地を移しながら南の地からべテルに進み、最初に天幕を張つた所までやつて来た。すなはちべテルとアイの間である。そこはかつて彼が最初に祭壇を築き、ヤハウェの名を呼んだ場所であつた。アブラムと一緒に旅していたロトもまた、羊、牛、天幕を持つていた。(しかしその土地は、彼らが一緒に住むには十分ではなかつた。彼らの財産が、一緒に住むことができないはど多かつたからである。P資料)
 そこで、アブラムの家畜の牧者とロトの家畜の牧者の間に争ひが起つた。当時この地にはカナン人とペリジ人が住んでいた。そこでアブラムは言った。
「私とおまへの間、私の牧者とおまへの牧者の間に争ひがあってはならない。何といつても私たちは兄弟なのだから。おまへの前には全地が広がつているではないか。私と別れておくれ。おまへが左に行くなら私は右に行かう。おまへが右に行くなら私は左に行かう。」
 そこでロトが目を上げて見ると、ヨルダン渓谷全体は豊かな水に恵まれてをり、ヤハウェがソドムとゴモラを滅ぼす前であったのでツォアルに至るまでまるでヤハウェの園のやう、エジプトの地のやうであった。そこで、ロトはヨルダン渓谷全体を選び、ロトは東に向かつて出発した。(かうして彼らは互ひに別れた。アブラムはカナソの地に住んだ。しかしロトは渓谷の町々に住んだ。P資料)そして彼は天幕と共にソドムまでやつて来た。しかしソドムの人々は非常に邪悪で、ヤハウェの前に罪を犯していた。

[21]
 アブラムがロトと別れた後、ヤハウェはアブラムに言った。
「おまへの目を上げ、おまへの立つている所から北、南、東、西を見渡しなさい。おまへが見ている土地全体を、私がおまへとおまへの子孫に永遠に与へるからである。また、私はおまへの子孫を地の塵のやうに増し加へよう。もし地の塵が数へ尽くせるならば、おまへの子孫も数え尽くせるであらう。立ち上がり、この地を縦と横に歩きまはりなさい。私がおまへにそれを与へるのだから。」
 アブラムは彼の天幕と共にやって来て、ヘブロンのそばのマムレのテレビンの木の傍らに住んだ。彼はそこにヤハウェのための祭壇を築いた。

  ◆[21]検討
 [17]と同じで、理由もなく、神々は人に幸運など授けられません。神から与えられるのは艱難辛苦と塩辛いパンと、足下を照らす光と希望です。この章もまた悪魔の甘言で有り、悪魔との契約です。

3.P資料(司祭文書)の自己流解読

 聖書の天地創造神話については、2006年に先生から当時のニビル星の科学を元に天上界が書いたものだとのことでした。しかし、サタン・ダビデは、この科学文書・天地創造の物語を、全知全能の神が全てを創造したように改竄し、自分を全宇宙の最高神としての権威付けを行ったのだ。
 作者はシュメルの「エヌマ・エリシュ」を熟知しながらも、この科学的な物語にはアヌンナキの最高神(ニビル星と地球の統一王であるアヌ王家の面々)が登場しているのだが、サタン・ダビデには何の枠割りも割り当てられていない。この当時はそそれだけの小神だったのだ。そこで、この部分をそれと分からないように、神が七日で天地を創造する神話に取り込んだ。
 創造のその日の終わりに「神がご覧になると、それは良かった」を毎日繰り返すのは、現代の技術者からすれば、まるで品質管理システムの監督者の言葉だ。つまり、自分の元で働く作業員の当日のできばえをチェックしているのだ。天地創造柱なので、彼以外には誰も存在しないにもかかわらず、監督者の立場に立ち毎日チェックするのは、これがサタン・ダビデの完全性を持つサイコパス的な性格だと思われる。
 そして自分の言葉に絶対の権威付けをする為に、まずは神の予言があって、その予言が現実に起こる物語ばかりが繰り返されている。先生を通じたミカエル様からのサタンの予言についてのお話しでは、サタンは配下の黒天使や悪霊どもを使って、予言を確実に成就させるのだそうです。ですから、神々の預言もですが、超自然的な力が介在するのではなく、私たち生きた人間がプロジェクトを遂行して成功させるのと、要領は同じです。何も神秘的なことではないのです。
 次に、不思議なことにアダムの系図には、カインとアベルが欠落している。つまり、堕天使と交わったカイン族の存在を人類史から抹殺し、ダビデの痕跡とその出自を闇に葬り去ろうとした。
 最後に、西スーダンのバンバラ族神話に伝わる天地創造神話の科学的伝承を紹介します。この伝承は[ラムー船長の人類への警告]に論じられている宇宙論を補い合うものだと思います。非常に興味深い内容です。
 原初はただ、音を持たない原物質ともいうべきグラのみの沈黙の世界であり、この物質は、自らの振動によって生じた(声)に誘われて自己分裂し、音を発する分身を生み、両者が交わって湿り気を帯びた物質が生じる。やがてグラとグラの分身との争いの結果、大爆発が起こり、重く豊穣な物質と、来るべき諸事物を表す記号が散乱したという。

 ■バンバラ族神話の自己流検討
 原初はエーテルだけの世界だった。エーテルは、位相がが180度異なる二つの電磁波の絡みついた状態で、電荷も質量も持たず、ただ若干の磁性を帯びていたので互いに結合していた。ところが、二つの電磁波のほころびから、自己分裂して、二本の振動する電磁波が発生した。つまり、光りが飛び出した。
 今度は二個の電磁波が交差して、電子や陽電子他の電荷や磁化や質量を持つ物質と反物質が生じた。やがて、これら物質と反物質が大量に発生し、大爆発が起こり軽い原子核だけではなく、より重たい原子核が生成された。同時に、物質界が平穏に向かうと共に、物理法則(諸事物を表す記号)が支配する世界に至った。⇒(エーテルの性質については、[27-16.私の宇宙論Ⅱ]参照)

 * * * P資料 原文  * * *

[01]
 初めに、神は天と地を創造された。しかし地は荒涼として空虚であり、闇が原始の海の上に横たはり、神の嵐が水面の上を漂つていた。そのとき神は言はれた。
「光あれ。」
 すと光があつた。神が光をご覧になると、それは良かつた。そこで神は、光と闇とを分けられた。神は光を昼と名付け、闇を夜と名付けられた。かうして夕となり、朝となつた。第一日。

  ◆[01]検討
 西スーダンのバンバラ族神話によれば、自然科学として、原始の宇宙から光りが飛び出す。この状況を、如何にも神が創造したかのように、有名な「光りあれ」という台詞で表現した。しかし、この光りは太陽による光ではない。太陽が輝き出す前の宇宙空間のそこかしこから飛び出した電磁波(光)りだ。

[02]
 それから神は言はれた。
「水の間に天蓋があり、それが水と水の間を隔てる境となれ。」
 するとそのやうになつた。かうして神は天蓋を作り、天蓋の下の水と天蓋の上の水を分けられた。神はその天蓋を天と名付けられた。かうして夕となり、朝となつた。第二日。

  ◆[02]検討
 ここに突然出現する「天蓋」とは、火星と木星の間に横たわっている小惑星帯のことだ。この部分はエヌマエリッシュでは、衛星キングウを従えた生命の母ティアマトは、惑星ニビルの衛星と衝突し、下半分が粉々に砕かれ小惑星帯へ、半欠けの上半分と衛星内部が吹き飛んだキングウは現在の地球の位置に移動してきた。それ以外の破片は彗星となり、半欠けのティアマトは自転しながら球形となり「地球」として生まれ変わった。内部をくり抜かれたキングンウは、しばらく後に地球の衛星「月」と呼ばれるようになる。

[03]
 それから神は言はれた。
「天の下の水が一つの場所に集まり、乾いた場所が現れるやうに。」
 するとそのやうになつた。そこで神は、乾いた場所を地と名付け、水の集まりを海と名付けられた。神がご覧になると、それは良かつた。それから神は言はれた。
「地は緑のものを萌え出させよ。すなはち、種をつける草をその種類ごとに、また中に種のある実をつける果樹をその種類ごとに、地の上に。」
 するとそのやうになつた。かうして地は緑のもの、すなはち種をつける草をその種類ごとに、また中に種のある実をつける果樹をその種類ごとに萌え出させた。神がご覧になると、それは良かつた。かうして夕となり、朝となつた。第三日。

  ◆[03]検討
 半欠けのティアマトが自転しながら球形になり、冷えていくと、大地と海が現れた。次に、海には動植物の原始生命が繁茂し、いち早く植物が乾いた大地に根を下ろした。ただし、この時はまだ分厚い大気に覆われ、温暖な環境だが、薄明かりの中で光合成を開始したばかりだろう。「原始地球にはまだ、果樹は出現していないと思う。

[04]
 それから神は言はれた。
「天の天蓋に光るものがあつて、夜と昼を分け、また祭の時のため、日々と年々のためのしるしとなれ。それらは天の天蓋の光となり、地の上を照らせ。」
 するとそのやうになつた。かうして神は、二つの大きな光を作られた。すなはち、大きい方の光は昼を支配させるため、小さい方の光は夜を支配させるために。さらに加へて星々をも。それから神は、それらを天の天蓋に置いて、地の上を照らさせ、昼と夜を支配させ、光と闇を分けさせられた。神がご覧になると、それは良かつた。かうして夕となり、朝となつた。第四日。

  ◆[04]検討
 原始地球は金星のように分厚い雲に覆われていたが光合成で酸素を放出するに従い、冷えて行くに従い、太陽や月の光が大地や海を照らすようになった。

[05]
 それから神は言はれた。
「水は生き物の群れで満ち、鳥たちは地の上、天の天蓋の面を飛べ。」
 するとそのやうになつた。かうして神は海の巨大な怪物たちと、水の中に群がる生き物たちをその種類ごとに、また翼ある鳥をその種類ごとに創造された。神がご覧になると、それほ良かつた。そこで神は、彼らを祝福して言はれた。
「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。また鳥たちは地の上で増えよ。」
 かうして夕となり、朝となつた。第五日。

  ◆[05]検討
 次に魚が、地上には鳥が出現した。まだ、四本足の動物は出現していない。尚、現在では恐竜から鳥類に進化したことが分かっている。だから、この節は間違いを訂正する必要がある。つまり、全知全能の神など存在しないことの証明である。ただし、「鳥」のところを「昆虫」とすれば、正しいくなる。

[06]
 それから神は言はれた。
「地は生き物を種類ごとに生み出せ。家畜、這ふもの、野の獣をその種類ごとに。」
 するとそのやうになつた。かうして神は、野の獣をその種頬ごとに、家畜をその種類ごとに、すべての土の上を這ふものをその種類ごとに創造された。神がご覧になると、それは良かつた。それから神ほ言はれた。
「われわれは、われわれの形に、われわれに似せて人を作り、彼らに海の魚、空の鳥、家畜、すべての(野の獣)、地の上を這ふすべての生き物を支配させよう。」
 かうして神は、人を彼の形に創造された。神の形に彼は彼を創造された。男と女に彼は彼らを創造された。それから神は彼らを祝福され、彼らに言はれた。
「産めよ、増えよ、地に満ちよ。それをあなたたちに仕へさせよ。海の魚、空の鳥、地の上に群がるすべての動物を支配せよ。」
 神はまた言はれた。
「私は全地の種をつけるすべての草と、中に種のある実をつけるすべての果樹をあなたたちに与へる。それらはあなたたちの食物となる。また、すべての野の獣、すべての空の鳥、地の上を這ふすべての命のあるものには、すべての緑の草を食物として(私は与へる)」
 するとそのやうになつた。神は彼が作られたすべてのものをご覧になつた。すると、見よ、それは非常に良かつた。かうして夕となり、朝となつた。第六日。

  ◆[06]検討
 大型動物が出現し、将来家畜の原生種もその中に居たことだろう。ここで神は、自分の預言を述べ、その通りに実現することを三度も強調している。つまり、預言の実現繰り返すことで、神の権威を強調しようとしたが為に、それまでの天地創造は自身の神通力ではコントロールできていないことがバレバレになってしまった。
 そして、人類に地上の全生命体を支配するように繰り返し命じる。何故、神は神の創造した自然界と神の創造した人が、共存共栄するように知らせなかったのか。何故、神は自然を支配することを人類に命じたのか。何故、神は他の生命体から人間だけの特別扱いしたのか。神を信仰する者達は、神の選民である信者は、それ以外の生き物よりも上位に立っていると思い込み、信者を人と見なさず、信仰による階級社会を形成してしまった。だから、信者以外を奴隷としたり殺したり、動植物に無用の殺生をしても、神の命令に従ったのだから心が痛むことはないのだ。この信仰を第一義とする無慈悲で残酷な社会を、神を詐称するサタンは人類を支配する為の理想の社会と見なしたのだ。
 その点、夫婦和合と自然との共存を教える日本神話は、素晴らしいと思う。
 神々は人類の知的水神に応じて法を与えられた。原罪の延長として、人類はイエスを殺し、その罪悪感からユダヤ人に濡れ衣を着せ、キリスト教の暗黒時代に至る。民は余りの抑圧から逃れようと、共産主義が虐殺へと駆り立てた。この残虐性を改めようとして、神々は日本神話を与えられたのだ。(⇒[11-01.日本神話のはじまり][11-03.日本神話と神の法]参照)

[07]
 このやうにして、天と地がそのすべての群れと共に完成した。神は第七日に彼が作られたすべての業を完成され、第七日に、彼が作られたすべての業を離れて安息された。そして神は第七日を祝福され、それを聖別された。これは彼がその日に、彼が創造しつつ作られたすべての業を離れて安息されたからである。以上が天と地の、それらが創造された際の成立史である。

 ◆[07]検討
 安息日については、土地を荒廃させない種の智恵である休耕地と同じように、非常に大切な役割を果たした。というのは、当時は奴隷制や信仰による身分制や階級制が有り、安息日は階級とは無関係に実施されたからだ。

[08]
 これはアダムの系図の書である。神がアダムを創造された日に、彼は彼を神の似姿に創造された。彼は彼らを男と女に創造され、彼らを祝福され、彼らが創造されたその日に、彼らを人と名付けられた。
 アダムが百三十歳になつたとき、彼は自分に似た、自分の姿通りの(一人の息子)をまうけ、彼をセトと名付けた。セトが生まれた後、アダムはなほ八百年生きて息子たちと娘たちをまうけた。アダムが生きたすべての歳月は九百三十年であつた。そして彼は死んだ。
 セトが百五歳になつたとき、彼はユノシュをまうけた。ユノシュが生まれた後、セトはなほ八百七年生きて息子たちと娘たちをまうけた。セトが生きたすべての歳月は九百十二年であつた。そして彼は死んだ。
 ユノシュが九十歳になつたとき、彼はケナンをまうけた。ケナンが生まれた後、ユノシュほなほ八百十五年生きて息子たちと娘たちをまぅけた。ユノシュが生きたすべての歳月は九百五年であつた。そして彼は死んだ。ケナンが七十歳になつたとき、彼はマハラルエルをまうけた。マハラルエルが生まれた後、ケナンはなは八百四十年生きて息子たちと娘たちをまうけた。ケナンが生きたすべての歳月は九百十年であつた。そして彼は死んだ。マハラルエルが六十五歳になつたとき、彼はイエレドをまうけた。イエレドが生まれた後、マハラルエルはなほ八百三十年生きて息子たちと娘たちをまうけた。マハラルエルが生きたすべての歳月は八百九十五年であつた。そして彼は死んだ。イエレドが百六十二歳になつたとき、彼はエノクをまうけた。エノクが生まれた後、イエレドはなほ八百年生きて息子たちと娘たちをまうけた。イエレドが生きたすべての歳月は九百六十二年であつた。そして彼は死んだ。

  ◆[08]参照
 カインとアベルが居ないのは何故かというと、正当な皇統の流れだけを記述しているから。以後歴史から消え去るカイン族については、歴史の闇に葬られてしまった。だから、魔族カインが、最初に悪魔教を始めたカナン人と交わったことも、葬り去ろうとしたのだ。

[09]
 エノクが六十五歳になつたとき、彼はメトシェラをまうけた。そしてエノクは神と共に歩んだ。メトシェラが生まれた後、(エノクは)なほ三百年生きて息子たちと娘たちをまうけた。エノクが生きたすべての歳月は三百六十五年であつた。エノクは神と共に歩んだ。その後彼はいなくなつた。神が彼を取り去られたからである。
 メトシェラが百八十七歳になつたとき、彼はレメクをまうけた。レメクが生まれた後、メトシュラはなほ七百八十二年生きて息子たちと娘たちをまうけた。メトシュラが生きたすべての歳月は九百六十九年であつた。そして彼は死んだ。
 レメクが百八十二歳になつたとき、彼は一人の息子をまうけた。(彼は彼をノアと名付けて、かう言つた。「ヤハウェが呪はれた土を耕すわれわれの労働と、われわれの手の苦労を、この子は慰めてくれるだらう。」…J資料) ノアが生まれた後、レメクはなほ五百九十五年生きて息子たちと娘たちをまうけた。レメクが生きたすべての歳月は七百七十七年(であつた)。そして彼は死んだ。

[10]
 ノアが五百歳になつたとき、ノアはセム、ハム、ヤフエトをまうけた。これはノアの系図である。ノアは、彼の同時代人の中でも正しく完全な人間であつた。ノアは神と共に歩んだ。ノアは三人の息子をまうけた。セム、ハム、ヤフェトである。しかし、地は神の前に腐敗していた。地には暴虐が満ちていた。神が地をご覧になると、見よ、それは腐敗していた。すべての肉が、地上で堕落した道を歩んでいたからである。そこで神はノアに言はれた。
「私はすべての肉の終わりを決断した。地は彼らの暴虐で満ちているからだ。それゆゑ私は、大地と共に彼らを拭ひ去る。だが、あなたはゴフェルの木材で箱舟を作りなさい。その箱舟には多くの小部屋を作り、またその外側にも内側にもピッチを塗りなさい。あなたはそれを次のやうに作りなさい。箱舟の長さほ三百アンマ、幅は五十アンマ、高さは三十アンマ。あなたはその箱舟に屋根(?)を作り、上方にアンマに従つてそれを仕上げなさい(?)。箱舟の扉は側面に取り付けなさい。またあなたはその中に下の階、二階、三階を作りなさい。私は(天上の)大水を地上に下らせ、天の下にいる命の霊を持つあらゆる肉を滅ぼさうとしている。地上のすべてのものは滅び失せるのだ。しかし、私は私の契約をあなたと立てる。だから箱舟に入りなさい、あなたも、あなたの息子たちも、あなたの妻も、あなたの息子たちの妻たちも、あなたと一緒に。また、あなたはすべての生き物、すべての肉から(それぞれ)二つづを箱舟に乗せ、それらがあなたと共に生き延びるやうにしなさい。それらは雄と雌でなければならない。すべての鳥からもその種類ごとに、家畜からもその種類ごとに、すべての地を這ふものからもその種類ごとに、すべて二つがあなたのもとにやつて来て生き延びねばならない。また、あなたは食べられる物すべてを取り、あなたのもとに集め、それがあなたと彼らの食料になるやうにしなければならない。」
 ノアは、神が彼に命じられたやうにすべてのことを行つた。
 (天上の)大水が地上を襲つたとき、ノアは六百歳であつた。ノアの生涯の第六百年の第二の月の第十七日に、大いなる原初の海のすべての水源は口を開け、天の窓が開かれた。その同じ日に、ノアと、ノアの息子たちであるセム、ハム、ヤフエトとノアの妻、彼の息子たちの三人の妻たちは、彼と一緒に箱舟に入つた。彼も、すべての野獣もその種類ごとに、すべての家畜のその種類ごとに、地にうごめくすべての這ふものもその種類ごとに、すべての鳥もその種類ごとに(…)。彼らは箱舟の中のノアのもとにやつて来た。命の霊を持つすべての肉からそれぞれ二つづつが。中に入つたのは、神が命じられた通り、すべての肉からの雄と雌であつた。かうして、(天の)大水が地上を襲つた。そして水が増し、地上にみなぎつたので、箱舟は水面に浮かんだ。水は地上でさらに増し続けたので、天の下のすべての高い山も覆はれてしまつた。水はその上十五アンマまで増し、山々を覆つた。地上にうごめいていたすべての肉は滅びてしまつた。鳥も、家畜も、野獣も、地を這ふすべてのものも、そしてすべての人間も。水は百五十日間にわたつて地上にみなぎり続けた。
 神はノアと、箱舟の中に彼と一緒にいるすべての野獣、すべての家畜のことを思ひ出された。そこで神は地上に風を吹かされた。すると水ほ減つていつた。原初の海の水源はことごとく閉ぢられ、天の窓も閉ざされた。かうして水は百五十日後に引いた。そして第七の月の第十七日に、箱舟はアララトの山の上に止まつた。水はさらに第十の月まで減り続けた。そして第十の月の第一日に山々の頂上が見えるやうになつた。そこで彼はカラスを放つた。するとそれは、水が地上で乾くまで行つたり来たりしていた。ノアの生涯の第六百一の年の第一の月の第一日、水が地上で乾いた。そして第二の月の第二十七日、大地は乾ききつた。そこで神はノアに言われた。
「箱舟から出なさい。あなたも、あなたの妻も、あなたの息子たちも、あなたの息子たちの妻たちも、あなたと一緒に。また、あなたと一緒にいるすべての肉からの野獣、鳥、家畜、すべての地を這ふものを箱舟から連れ出し、彼らが地上に群がり、産みかつ増えるやうにしなさい。」
 そこでノア、彼の息子たち、彼の妻、彼の息子たちの妻たちは、彼と一緒に出て来た。(そして)すべての野獣(及び)すべての鳥、(すべての地を這ふもの)は、その種族ごとに箱舟から出た。

  ◆[10]検討
 J資料の[13]~[14]を参照。また、ギルガメッシュのノアの大洪水は[1.ギルガメッシュ叙事詩「ウトナピシュテムの挿話」]参照。

[11]
 それから神はノアと彼の息子たちを祝福して、彼らに言はれた。
「産めよ、増えよ、地に満ちよ。しかし、あなたたちへの恐れとおののきが地上のすべての動物たち、空のすべての鳥たちにあるやうに。それらは、地を這ふすべてのもの、海のすべての魚たちと共に、あなたたちの権力のもとに与へられる。うごめく命のあるすべてのものは、あなたたちの食料となる。緑の草と同じやうに、私はそれらすべてをあなたたちに与へる。ただし、あなたたちは肉をその命(すなはちその血)と一緒に食べてはならない。ましてや、あなたたちの命であるあなたたちの血に対しては、私が報いを要求する。いかなる動物からも私はその報いを要求する。人間からも、誰の兄弟からも、私が人間の命の報いを要求する。人間の血を流した者は、彼の血が人間によつて流されることになる。なぜなら人間は神の似姿に作られたからだ。しかし、あなたたちは、産めよ、増えよ、地に群がり、それを(支配せよ)!」
 それから神は、ノアと彼と共にいた彼の息子たちに言はれた。
「しかし、私は私の契約を立てる。あなたたち、及びあなたたちの後のあなたたちの子孫と、また、あなたたちのもとにいるすべての生き物、あなたたちのもとにいる鳥たち、家畜たち、すべての野の野獣たちと、すなはち箱舟から出て来たすベてのものたちと(… )。私はあなたたちと次のやうな契約を立てる。すなはち、これ以後、二度と再びすべての肉が洪水の水によつて滅ばされることはない。また、二度と再び大地を滅ばす洪水が地上に起こることはない。」
 神はまた言はれた。
「これが私とあなたたち、及びあなたたちのもとにいるすべての生き物との間に私が代々永遠に置く契約のしるしである。私は雲の中に私の弓を置き、それを私と大地の間の契約のしるしとする。そして私が地の上に雲を起こし、雲の中に弓が現れるとき、私は、私とあなたたち、及びすべての生き物との間に成立している私の契約を思ひ出す。二度と再び水が洪水となり、すべての肉を滅ぼすことはない。雲の中に弓が出るとき、私はそれを見て、神と地上の肉なるすべての生き物との間の永遠の契約を思ひ出す。」
 そして神はノアに言はれた。
「これが、私が私と地上のすべての肉との間に立てた契約のしるしである。」

[12]
 これはノアの息子たち、すなはちセム、ハム、ヤフエトの系図である。(洪水の後に彼らに息子たちが生まれた。)
 ヤフエトの息子たちは、ゴメル、マゴグ、マダイ、ヤワン、トパル、メシェク、テイラスであつた。ゴメルの息子たちは、アシェケナズ、リファト、トガルマであつた。ヤワンの息子たちは、エリシャ、クルシシュ、(キティム人、ロダニム人)であつた。彼らから諸国民の島々が分かれ出たのである。以上が、(それぞれの地の)その言語ごとに、その氏族ごとに、その民族に従つて挙げたヤフエトの息子たちである。
 ハムの息子たちは、クシュ、ミツライム、プト、カナンであつた。クシュの息子たちほ、セバ、ハビラ、サブタ、ラマ、サブテカであつた。ラマの息子たちはシェバ、デダンであつた。以上が、その氏族ごとに、その言語ごとに、それぞれの地の、その民族に従つて挙げたハムの息子たちである。
 セムの息子たちは、エラム、アッシュル、アルパクシャド、ルド、アラムであつた。アラムの息子たちは、ウツ、フル、ゲテル、マシュであつた。以上が、その氏族ごとに、その言語ごとに、それぞれの地の、その民族に従つて挙げたセムの子孫である。
 以上が、それぞれの民族における世代ごとの、ノアの息子たちの諸民族である。彼らから、洪水後の地上の諸国民が分かれ出た。

  ◆[12]検討
 「彼ら(ヤフト)から諸国民の島々が分かれ出た」、ここの意味が不可解だ。しかし、伊弉諾と伊弉冉の国産みの時に、島々を産むのだが、関連しているのかも知れない?!

[13]
 これはセムの系図である。セムが百歳になつたとき、彼はアルパクシャドをまうけた。それは洪水の二年後のことであつた。アルパクシャドが生まれた後、セムはなほ五百年生きて、息子たちと娘たちをまうけた。アルパクシャドが三十五歳になつたとき、彼はシェラをまうけた。シェラが生まれた後、アルパクシャドはなほ四百三年生きて、息子たちと娘たちをまうけた。シェラが三十歳になつたとき、彼はエペルをまうけた。エベルが生まれた後、シェラはなほ四百三年生きて、息子たちと娘たちをまうけた。エペルが三十四歳になつたとき、彼はベレグをまうけた。ベレグが生まれた後、エペルはなほ四百三十年生きて、息子たちと娘たちをまうけた。ベレグが三十歳になつたとき、彼はレウをまうけた。レウが生まれた後、ベレグはなほ二百九年生きて、息子たちと娘たちをまうけた。レウが三十二歳になつたとき、彼はセルグをまうけた。セルグが生まれた後、レウはなほ二百七年生きて、息子たちと娘たちをまうけた。セルグが三十歳になつたとき、彼はナホルをまうけた。ナホルが生まれた後、セルグはなほ二百年生きて、息子たちと娘たちをまうけた。ナホルが二十九歳になつたとき、彼はテラをまうけた。


[14]
 テラが生まれた後、ナホルはなほ百十九年生きて、息子たちと娘たちをまうけた。テラが七十歳になつたとき、彼はアブラム、ナホル、ハランをまうけた。これはテラの系図である。テラはアブラム、ナホル、ハランをまうけた。ハランはロトをまうけた。テラは彼の息子アブラム、ハランの息子で自分の孫に当たるロト、彼の義理の娘で自分の息子アブラムの妻であつたサライを連れ、カナンの地に行くために、彼らをウル・カスディームから連れ出した。彼らはハランにやつて来て、そこに滞在した。テラが生きたすべての歳月は二百五年であつた。そしてテラはハランで死んだ。

(以上の訳は、すべて日本聖書協会、一九五五年訳によるものである。尚、本文中の訳文は、フォン・ラート、ヴエスターマン等の訳文を参照し、適宜に変更を加へたものであることをお断わりしておく。[バベルの謎 ヤハウィストの冒険]より)


             以上 2013/07/21~2013/08/02 北
⇒(4-1.サタンと共産主義へ)
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