第10-14.魔族:支那人と韓国人



 支那人は興奮すると失神してしまう。韓国人は興奮すると自傷したり、自分の家に火を付けてしまう。以下、これを支那病と火病と呼ぶ。
 失神と自傷癖で思い出すのは、障害児に多いと云うことだ。言葉や身体が不便だったりして、相手に自分の気持ちを伝えられない精神的ストレスが嵩じて、起こる病気だ。例えば、学校などで自分の嫌いなことできないことを度々強制され、我慢の限界を超えると、通常児であれば自分の不満を友人や先生や両親に訴え、相互に話し合う。先生方は児童の気持ちを考慮すること、そして、児童は自分の悪い点や学校としての活動に自分なりに納得するのだ。
 しかし、養護学校だったらどうだろう。嫌いで仕方ないことを何度も強制されてしまうと、言葉でも身振りでも伝えることができないので、まずは逃げ出そうとする。それでも先生は子供の気持ちを無視して強制すると、突然に大声を出したり、暴れ出したりする(断っておくが、障害児は純粋なので、決して他人を傷つけようとしているのでは無い)。それでも先生が児童を温和しくしようとして身体を拘束しようとすると、児童は壁に頭をぶつけたりなどの自傷を行い、抗議をする。それでも、駄目な時には、癲癇(テンカン)を引き起こし、意識を失ってしまうのだ。その様子を見た先生は、まさか自分の教育が自傷や癲癇の原因だとは思いたくないので、児童に責任を負わせ医師に注射をさせる。児童は意識が朦朧(もうろう)としてしまうので、強制によるストレスを感じなくて済むのだ。ここにしか逃げ込む場所が無いのだ。
 長々と、自傷と癲癇について説明したが、私にはこれが支那病と火病の原因だと思えて仕方が無いのです。つまり、支那・韓国人はその抑圧された歴史から、自分の気持ちを表現できない、自分の内面を見つめられない、他人と妥協できない、という特徴が形成されてしまったのだと思う。だから、彼らは、暴力的・自傷的になり、他人に責任を全て転嫁し、もっとくれもっとくれと要求するばかりで、自らの科学的な発展と人格的な深みは期待できないのだ。例えば、対馬の寺から韓国人が盗んだ仏像を、韓国の僧侶は歴史的事実を無視し、倭寇により盗まれたものだと主張して返還しない。彼ら韓国僧侶には八正道は通じないのだ。ほかにも、慰安婦事件、南京事件、尖閣問題、陛下侮辱事件、官製ヤラセデモ事件、などの現実の被害を忘れてはならない。日本人は支那式漢字文化と支那式儒教は素晴らしいと思い込んでいますが、それは大間違いです。ここでは何故、このような気質(遺伝形質)を持つに至ったのかを、検討してみました。
 最後に、民主党政権に見るように、戦後の日本は理由も無く、支那韓国に謝り続けている。これが、日本の自虐史観だ。周辺諸国や同盟国のため、何よりも日本人自身のために、この自虐史観から脱出する必要がある。
 ■産経:韓国で家族間凶行が多発 「怒り抑えられない病」。2015/02/10
 韓国で家族間凶行が3割増と多発している。背景に“経済苦”で「怒り抑えられない病」により、殺伐とした社会に陥っている。例えば、人質の娘を殺害した犯人が、「私も被害者だ」と主張。娘の死亡は「警察のミス」「母親の陰謀」などと訴えたという。※「火病」は民族自滅の遺伝子だった!中国人の失神病もだ。
 
 ■事大主義で独立も文明も滅ぼした韓国。[中国大破局 P180~183]
 中国共産党は組織を挙げて、それも世界的規模で日本批判を続け、嘘宣伝のかぎりを尽くしている。世界に孤立するのは中国のほうだが、その劣勢を「日本が悪い」という政治プロパガンダで挽回しようとするのだ。
 2014年3月末にドイツを訪問した習主席は、記者会見で日本をめちゃくちゃに非難して江沢民の反日路線継承を内外に鮮明にアピールした。日本政府はただちに抗議した。
 オランダで開催された核サミットの機会を利用してオバマ大統領が斡旋した日米韓会談では、安倍首相が笑顔で話しかけても朴大統領は横を向いていた。
 韓国の「反日大統領」も中国に倣って世界を行脚し、「告げ口」外交を展開する。中国の付録的な存在である。ハルビンに安重根記念館を開設できたことを朴が習に感謝したところ、なんと習近平は「あれは自分が指示した」と内情を暴露した。つまり中韓は反日で繋がっているのだ。
 ついでに書いておくと、韓国の「事大主義(ひたすら強いものに追随しようとする精神)」という病理は治癒不能、「自滅」のほかに道はないと呉善花(拓殖大学教授)は『「反日韓国」の自壊が始まった』(悟空出版)のなかで指摘し、韓国の病弊を次のように挙げていく。
 第一に韓国内にいる「親北」の左翼勢力が巧みに「反日」をテコに、いや反日を隠れ蓑として利用し、政治闘争を有利に展開しているため、韓国の保守系は親日を口にできない思想的惨状がある。
 第二が自民族優勢主義という自己チュー。他人のことを慮るという謙譲の美徳がない。へりくだることは壊しい人間のすることという意識が変わらないため、日本人のように、すぐに妥協を求め、自己主張しない民族はバカと総括する
 第三に韓国に多いキリスト教徒だが、土着のシャーマニズムと儒教的要素が強く、およそ欧米のキリスト教的教義とはかけはなれて、韓国独特のものであり、カルト的教団が多いのは、それなりの理由があるのだという。
 第四が伝統的な病理、すなわち事大主義である。呉善花教授の分析では、韓国の近代的出発は日清戦争であるという。日清戦争に負けた清を韓国はすぐに見限って日本についた。ところが「三国干渉」に簡単に屈した日本を、また見限り、次にロシアへなびく。強い者、大きい者にすぐにくつついて媚を売る習性は、「近代化の芽を自らの手でつみ取り、国内独立派を壊滅させ、終始ロシアの庇護を求め続け(中略)、強大国に属してこそ国家安寧が約束されるという事大主義の病理に、王家、高級官僚、儒学知識人らが骨の髄までおかされていた」からである
 李承晩も朴正解も全斗換も慮泰愚も、独立は自らが勝ち取ったものでないことを知っていた。ところが金大中から史観がねじ曲がり、いまや「韓国の独立は、日本の侵略戦争と戦い、闘争によって自ら勝ち取ったもの」などと捏造歴史を公言するに至る。
 強い反日運動の勃興も、事大主義が土台にあって、「日本は衰退過程、だが中国は再興し、今後も発展する」という目先だけの情勢判断であり、その前提が間違っていることは気にも留めず、北京政府にあれほどの媚を売ってなびくのだ。そして「アメリカは駄目、中国がまもなく世界一になる」という未来予測に立って、日米への恩義を弊履のごとく捨てて、いとも簡単に庇護者を変えようとするのも、事大主義の病理だ。
 軍事大国として急激に台頭した中国が、いま直面するのは孤立化というパラドックスだ。しかし自閉症に陥った中国は孤立化に気づかず反日路線を暴走し、韓国もところ構わず告げ口外交を展開するためASEAN諸国はそっぽを向き、EUも苦り切っている。
 北朝鮮は核を持つことによってたかり国家の体制を作り上げたから、簡単には滅亡しない。三代目が暗殺され、軍部の派閥争いで摩滅する可能性はあるが、むしろ危ないのは韓国のほうで、左翼政権になればグローバル企業が海外逃避し、いずれホンコン化するかもしれない。そして中国資本に呑み込まれることになる。

 ◇ ◇ 中国(漢民族)では人民は最凶の暴力装置

 14億人民一人につき2台の監視カメラがある。そうしたデータは貴州省ほか京津冀(北京、天津、河北)、珠江デルタ、上海、河南、重慶、遼寧省・瀋陽に展開されているビッグデータ産業基地で集禎され、ビッグデータ市場を形成しつつある。このビッグデータ市場は2020年に1兆元規模に成長するものとして、海外のIT、AI、loT、フィンテック企業もビジネスチヤスを狙っているのですが、中国の場合、こうした膨大なデータは中国共産党及び政府、公安警察と共有され、人民管理・コントロールにも利用されている。つまり、企業の金儲け主義が共産党の人民監視と処罰に献身しているのです。また、こうしたデータ収集は外国人旅行者なども例外でない。
 中国人の友人が、車で遠出するときに余分なガソリンを購入したことがあった。すると夜中に公安警察が家に来て、「何のためにガソリンをそんなにたくさん買うのか?」と尋問されたそうだ。当然だが、とても不快な気分になったそうです。
 一方で、こういう社会を肯定する人もいる。「中国はいまだかつてないほど治安が良くなった」と。置き引きやスリといった犯罪はなくなり、タクシーやレストランのテーブルにうっかり忘れてきたスマートフォンも返ってくるようになった。(※即ち、ウイグルと同じで、監視処罰社会だからです。)
 人や車の信号無視、ゴミやたばこのポイ捨てなどのマナー違反も急減して、快適で安全
な都市になったと言います。「中国人はマナーが悪いという評判が根付いているが、こういう監視システムのおかげで、みんなお行儀よくなった」と言います。
 監視社会を肯定する反応は中国人独特のものではないかと思う。中国人の人間観は、基本的に性悪説です。人類創生の神話というのはどこの国にもありますが、こうした神話はその国の国民性というか人間観を反映している。
 中国の人類創生神話は、女蝸という女神が泥人形を作るところから始まります。最初は丁寧に一体一体作っていたのが、途中から面倒くさくなって、縄を泥に浸して振り回し、飛び散った泥の滴が人間となりました。なので、中華世界では丁寧に作られた優秀で徳の高い選ばれし人間(泥人形から作られた人間)と泥の滴に過ぎないレベルの低いどうでもいい人間と、生まれながらに差があるのです。
 中国の指導者や官僚や知識人、つまり選ばれし優秀な人間は、中国の大衆は無知蒙昧で、きっちり支配し、導いてあげないと動乱が起きたりして、めちゃくちゃになってしまう、と考えている大衆側も、臆病で怠惰なので、自分でものを考えたり決断したりするより、リーダーシップのある強い指導者に導いてもらう方が楽だと思っている人が少なくない。だから、独裁者待望論があり、皇帝制度=共産主義でないと、中国人=漢民族は統制できないのです。
※日本軍が南京城に入場すると、ナポレオン皇帝を迎えるようだったそうだ。つまり、一般中国人にとって、都合の良い指導者なら外国人でも誰でもよく、彼らは皇軍に中国を支配してくれと頼んだという。この話の裏付けがやっと取れました!そして、前頭葉の未発達から、感情が独走して、抑えが利かない遺伝子から、口から泡をふいて気絶してしまうのも理解できる。
 世界最大のサイバー市場を誇る中国は、自国サイバー内では誰であろうと中国共産党の支配ルールに従うことを義務付けました。外国企業は、中国のサイバー内でビジネスチャンスを得るためには、中国のサイバールールに従い、時に言論の自由弾圧に加担することも求められるようになりました。
 個人の内部にため込んだストレスが、それは時に、集団ヒステリーのように全員が一斉に同じ方向を向いて走り出すような熱狂を生むのです。長らく圧政に堪えて心の底に不満や不安を蓄積していた人民が、なにか政治の風向きに異変を感じたとき、あるいは新たな強者を見出したとき、一斉に一つの方向に走り出す「文革」の熱狂など、日本人には到底理解できないと思いますが、中国でしばらく生活して中国社会やその気質を理解してくると、「なるほど、この国では文革のようなことが今でも起こりうる土壌があるのだな」と気づくはずです
 私は1998年の反米デモや2005年の反目デモを、現場で、学生や大衆のど真ん中で見てきましたが、昨日まで米国に留学したいと言っていた学生が米領事館前でシュプレヒコールを叫び、アニメや漫画が好きで日本語を話すような学生までが「造反有理」と叫びながらデモに参加していました。
 その熱気・狂気が一段落したときに、反日デモに参加した日本アニメ好きの学生に、「日本が好きだと言っていたくせに、なぜデモに参加したの?」と問い質すと、「空気に呑まれてしまって……」と気恥ずかしそうに言いわけしていました。鬱憤や不満が心にたまっているとき、「こっちの方向にはけ囗があるぞ」と号令をかけられると、泥の滴から生まれたような大衆は、その方向性が正しいのかどうかを自分で判断するよりも先に、熱気に伝染するように「造反有理」とばかりにワーツと暴れてしまうところがある。(『習近平の敗北 福島香織著』から抜粋 … 令和元年7月9日追記)
 中国では大衆を支配するのに2本の竿が必要だと言います。それは銃竿子(銃=軍事力、暴力)と筆竿子(ペン=メディア、宣伝)です。この2本で大衆心理をコントロールし管理すること、これが独裁の基本なのです。
 逆に言えば、この2本のどちらかでも失い、大衆心理をコントロールできなくなった途端、大衆は方向性を見失い、集団ヒステリーを起こして「乱」を起こす。中国の歴史で王朝の交代というのは、たいてい農民、大衆の反乱から起きました。ですから中国の為政者が最も神経を使うのは大衆の管理とコントロールなのです。
 中国人は泥の滴のように無知蒙昧で、臆病で、怠惰でコントロールしやすく、独裁には好都合な大衆ですが、圧政にいじめられ、恨みや不満をため込んだ大衆へのコントロールカを失うと何か起こるかわからない「乱」となるのです。中国で「人民が最大の暴力装置」といわれるゆえんです。
 中国の泥の滴から生まれたような大衆は臆病で怠惰で嫉妬心が強い。自分が貧しいのは、自分の努力や才能が足りないのではなく、この不条理な社会を作る誰かが悪いと考えるこのとき、中国共産党中央政権が悪いと思っていても、身を守るためには、二番の強者は誰か」ということにも敏感なのです彼らは、一番の強者ではない、中間の強者である官僚や金持ちビジネスマンがやっつけられることに快感と安心を覚えるのです
 偉そうにしていた官僚がテレビカメラに向かって涙ながらに反省し、視聴者に許しを請い、党中央の裁きに従う姿は、貧しい境遇で現状の暮らしに漠然と不満を持つ大衆にとっては格好のうっぷん晴らしになりました。同時にこれは「一番強いのは習近平である」という宣伝にもなりました。ちなみに、このプロセスに司法は関係ありません。司法よりも重要なのは、「彼らをやっつけ、裁きをつけているのは、党の核心にして最強の権力者・習近平である」というアピールなのです
 最初は腐敗官僚や金持ちを習近平政権がやっつける様子に喝采を送っていた庶民も、現実の自分たちの暮らしが一向に良くならず、むしろ若者の失業者は増え、家賃や不動産は値下がりせず、豚肉や食用油、米などの生活費が高騰していることに気づき始めました。
 習近平政権の反腐敗キャンペーンは、実は権力闘争であり、実社会がより良くなることとはまったく別次元の問題であることに気づいてくると、こうした宣伝効果は薄れてきました。


1.古代漢字では、自分の気持ちを伝えることはできない。

 前2072年頃、バベルの塔を神が破壊した。その時、民族ごとに言葉と文字が別々になった。それは、風土や民族の特徴に応じた言語体系をもたらすことにより、人類の精神的な発達を促すための神々の知恵だった。日本語は動詞が後に来るので、自分のことを表現し、相手の気持ちを察するのに都合が良かった。英語は動詞が前に来るので、他人の動きを観察するのに都合が良く、自分のことに対しは一呼吸置くことで、白人の色素不足を補うように強力に知性の発達を促した。(詳細は[古代中国と最高神・女神][日本を取り戻す」を社会常識へ!(2013/02/10)]参照)。ところが、神の意志に反して、民族共通の漢字という絵文字が登場する。
 前2000年頃だろうか、夏の時代に漢字が発明され、それが殷の甲骨文字へとつながり、現代の漢字へと徐々に進化した。黄河流域は、陸と海のシルクロードの交差点(中原)で、巨大な商業地帯だった。中原には周囲からたくさんの民族が集まり、種族ごとの言葉を話していた。そこで、商売に便利なように、言葉の代わりに、並べ方に決まりは無いが、漢字という絵文字をいくつか並べて、交易を行うようになった。だから、漢字には文法は無く、“てにおは”も無く、抽象的な概念や気持ちを表す絵文字も無く、民族ごとに発音はバラバラだった。民族ごとに発音と絵文字が異なり、絵文字の並べ方も異なるので、本を書いたとしても、文字を書いた人物やその学派にしか意味が通じないのが実情だった。師匠が述べたことを思い出すためのに絵文字が並んでいるに過ぎなかった。
 書物があっても、それを書いた人で無ければ意味が分からない。もしくは、個々人が独断で読んでしまい、文法が無いので、誰が本当に正しい解釈なのか判断できない。だから、周囲の人に自分はこう思うと大声で述べ伝え、人気の在る人が正統と見なされてしまう。支那人は夫婦喧嘩が始まると、どちらの言い分が正しいのかについて、お互いに話し合い悪い点を相互に改めると云うことはしない。つまり、漢字に文法が無いので、自己批判ができないのだ。そこで、大声で周囲の人に自分の正しさを吹聴し、周囲の人からの人気でどちらが悪いのかを決めてしまうので、自己批判したり妥協して納得することは無い。それは、人間関係だけでは無く、政治でも、交易でも同じなのです。例えば、現在の皇帝の威信を民に示す最高の方法としては、皇帝と民の信頼関係を確認するのでは無く、外国の大国が支那を訪問し、皇帝に朝貢することだ。国内の皇帝の威信を高める親しい国に対して、最高のサービスを施し、国内外に大々的に宣伝し、最高の名誉である金印(「倭奴国王」「親魏倭王」)を授与するのです。現在の支那のど派手な外交と贈り物は、人民に対し威信を保とうとする卑屈な姿勢なのです。
 前200年頃、秦の始皇帝が支那を統一した。ちなみに、支那流の皇帝とは、王をまとめたナポレオンのような皇帝という意味合いだけではない。「皇」はキラキラ輝く、「帝」は「大地母神」の伴侶という意味で、天から雨が降り大地を潤して、そこから生命が発生するという意味を持つのだ。従って、シュメルの神々に当てはめれば、「大地母神」=人類の母・ニンフルサグ、その伴侶の「皇帝」=人類を創造したエンキを、意味しているに違いない。やっかいなことに、司馬遷により、皇帝は唯一絶対の専制者に仕立て上げられてしまった。そして、権力の継承は男子男系ではなく、皇帝から移譲されるという形式を取りながらも、実質は力のある者が奪い取る覇道が主流となった
 始皇帝は漢字を統一しようとした。有名な焚書だ。医学や農学を除外して、彼の定めた学派の書物以外を燃やしてしまおうとしたが、失敗した。というのも、漢字には文法が無いので、漢字を文書化するのは、庶民では不可能で、学派ごとに文字の意味も発音も異なるから、一子相伝の伝承に頼るしかない。だから、漢字の意味を解釈する手がかりは、書いた当人か、古典を継承している学派の中にしか無い。同じ漢字がどう使われているのか古典の中から探し出し、文脈を探るしかないのだ。つまり、個人の自由な発想や抽象的な概念や気持ちを伝えるようなものではなかった。


2.皇帝と儒教による暗黒時代

 漢の時代になると、それまで宮廷には法学・兵学等々に加え、儒教が認知される。当時の儒教は、一種の科学として、将来を見通すものとされていた。そして、中間管理職を育成するための道具として、つまり皇帝にのみ仕え奉仕する官僚を作り出すことで、皇帝の権威を高めたのです。そして、儒教を国教として実践したところ、漢の時代に人口は三分の一に激減し、三国時代から随の直前までに、人口は十の一までに激減したのです。これは共産主義者・毛沢東による支那人民の大虐殺に相当しており、専制皇帝・儒教時代と共産主義・毛沢東時代は、両者共に支那の大暗黒時代なのです。
 西洋では皇帝の権威を護るためにキリスト教が利用され、暗黒のキリスト教時代を迎える。教会の腐敗と残忍な魔女狩りが横行した。その後、人間性の復興を歌うルネサンス(古代ローマに戻ろう)を迎え、国王とキリスト教のバランスする時代に至ります。このようにして、神の前の平等を唱える民主主義が芽生えました。
 しかし、支那においては、複数の皇帝が名乗りを上げても、唯一無二の皇帝思想と、自分の仕える皇帝のみを支える儒教精神により、互いに妥協することなく、滅ぼすか滅ぼされるまで戦いあったのだと思います。絶対専制と儒教により、官僚は自由な心を失い、暴力的になり、村全体を保存食としたり、妻子を食事として差し出すなど、民と下級兵士がその犠牲になったのでしょう。共産主義のように、目的のためには手段を選ばず、戦乱に次ぐ戦乱は止むことがないのです。
 キリスト教は神イエスの直下に、罪深き人間が、直接つながり、神を守天する使達が人類を裁くのです。そして、このキリスト教の黙示録から、共産主義が生まれました。ところが、キリスト教や共産主義は、それよりも古い「皇帝と官僚と人民という唯一無二の専制政治」と生き写しなのです。しかも、支那人は十分の一に減少するまで殺されているのですから、ヨハネの黙示録そのままです。つまり、初代大サタン・エンキとニンフルサグの地球征服計画を、二代目サタン・ダビデが真似て、キリスト教と共産主義を人類にもたらしたのだと、推断できるのです
 ■魔族
 堕天使から始まる魔族は、カインとカナンが交わった一族で、悪魔教を産み、共産主義を人類にもたらした。だが、その悪魔教と共産主義の原型こそが、専制皇帝とこれを支える儒教システムだ。支那の皇帝とは、キラキラ輝く大地母神の伴侶(「皇」=キラキラ輝く、「帝」=大地母神の伴侶)と言う意味で、天からの雨が大地に生命をもたらすことを表している。つまり、シュメルの神々の中で、大地母神=人類の生命の母で金星の女神・ニンフルサグ、その夫は人類を創造した科学者・エンキに相当する。つまり、蛇身人首の姿で描かれている女蟐(じょか)夫妻=人類を創造した夫妻=人類に嫌われた初代の大サタン夫妻が、支那・韓国人という魔族を作り上げたのだ。尚、カナン一族は二代目サタン・ダビデが操っていた。
 ■原始仏教と儒教について
 仏陀の活躍した当時のインドでは、カースト制度でガンジガラメに縛られていた。だから仏陀は、人の生まれでは無く、人の行いにより、その人の価値が決まると説いたのです。原始仏教は、人々に、精神の自由を与えるために、八正道という形を伴い神々により与えられた教えでした。仏教はあくまでも個人の道徳の問題で有り、政治システムを支える教えではありませんでした。
 一方、儒教は唯一無二の皇帝制に縛られていた当時、忠よりも孝を優先することで、皇帝制に風穴を開けようとしたのです。しかし、儒教が皇帝制を維持する道具として定着し、官僚の自由な精神を縛るものと化してしまった。


3.唐の時代~宋の時代

 十分の一に人口が減少し、元は異民族だったのだが数代住み着いた者達=漢人の盗賊団が、隋朝と唐朝廷を建国する。少なくなった人口については、周囲の異民族が流入してきた。そして、唐の時代に、科挙の試験が実施されるようになり、官僚のみ成らず、一般市民にまで不自由な漢字化が進んでしまう。
 ところが、不自由な漢字に縛られない異民族の中から、李白と杜甫が登場し、私情豊かに自然を歌い、これを表現できるように漢字が改善された。それでも、抽象的な語彙や心の内面を表現する語彙はほとんど無かったが、科挙の試験に詩が追加された。しかし、戦乱に明け暮れる支那の歴史においては、僅かに平安の時代であった。漢字には文法が無く、自己反省が不得手なので、科挙の試験に科学は無かった。かつ、過去の文献を記憶することが中心なので、オリジナリティーや個性に乏しくなるから、人のアイデアや特許を盗むことが得意になったのだろう。
 唐の時代が終わり、再び戦乱の時代となった。不安定な宋の時代に移行した。
 宋の時代に、道教を中心に、道教・儒教・仏教の三教が再編された。やがて、この三教が、儒教の用語を用い、古い儒教の教典に置き換えられ、「新儒教」=朱子学が誕生するのだが、周囲のより高度な文明と強力な軍事力を持つ異民族の圧迫を受け、宋は滅ぼされ得てしまう。中原は、世界帝国であるチンギスハンの支配する一地方にまで、落ちぶれ、唯一無二の皇帝がチンギスハンの元に複数並立する時代に移行する。その屈辱の時が、如何に軍事力が強くても、中華の正統性はこちらにあるとして自尊心を慰め、周囲の異民族を野蛮人とした弱者の論理を振りかざす「中華思想」の始まりだった。
 そして、この朱子学は、元朝は科挙の中心に据え、李氏朝鮮では朱子学が唯一無二の学問となり、大陸の思想・文化を大きく縛り付けることになる。また、日本では武家が学んでいる。同じ学問でも、支那韓国式と、日本式ではこうも違いが出てくるんですね。ひとえに、日本神話・和歌などに育まれた人格と伝統の違いです。


5.日清戦争と漢文の日本語化

 元・明・清は、異民族の王朝であり、唐までの文化を引き継ぐことなく、異民族の文化と軍事力で中原を支配した。清の時代、漢民族は二等市民とされ、政治と国家経済に関与できず、便蒙を強制され、チャイナ服を禁止されていた。ただ、科挙の試験に合格すれば、国政には関与できたが、国家経営には関与できなかった。つまり、漢民族は、自由な表現を漢文により奪われ、新儒教により精神を束縛され、国政と国家経営に関与できない二等市民として、生き続けていた。
 ところが、日清戦争に負け、近代化の気運が高まると、科挙の制度は廃止され、清国から日本への留学生が支那国政に関与するようになる。そして、西洋文化に関しては、日本語を通じて漢文に翻訳しようとしたが、これまでの漢文では日本語をそのまま翻訳することはできなかった。また、清から西欧に留学した者達も西洋文化を漢文に翻訳することは不可能だった。そこで、漢字の日本語化が行われた。1918年、魯迅が日本語で考えた文章を、漢文に移す方式を生み出した。これにより、日本文学のテーマなら何でも漢語で表現できるように、漢文が日本語化された。つまり、支那文明が日本文明の一部に組み込まれたのだ。
 やっと、支那人の心を縛る科挙の制度と硬直した漢文から解放され、これから支那人が、支那病から脱出する精神革命が起ころうとしていた


6.支那系魔族:中華人民共和国の暗黒時代

 大東亜戦争で日本が敗戦すると、蒋介石や共産党により、支那人伝統の虐殺が始まった。毛沢東が政権を握り文化大革命が終わるまでに、五人に一人が殺されたと云われている。毛沢東思想を楯にした一般人が、医者・学者・教育者・社会的地位のある人々ばかりを惨殺した。支那病の形質を持つ者達であれば、毛沢東思想を利用して、抑圧された精神からヒステリックに、人々を殺すことでしょう。この精神構造こそが、欧米系サイコパスと異なる支那系サイコパスとも云うべきで、支那系魔族の特徴なのだと思います
 このようにして、支那病の形質を持つ者ばかりが生き残り、支那病が形成され、毛沢東革命により、支那人は原始時代にまで逆行し、日本語化された漢文をも失ってしまった。ここにサタンの謀略無くして何があるのでしょうか。もし、支那が民主主義へと移行していれば、大東亜戦争も起こらなかったのですから。
 一方、資源が無く、食料も乏しい朝鮮は、高句麗の時代から、北朝鮮に似た状況にあり、しかも随~清の圧政により、美女を献上し、奪われないように食物を糞尿に隠した。それ自体が、抵抗できない圧制者に対する自傷行為と同じだ。しかも、朝鮮戦争により、国民の四割が亡くなったと云う。また、半島の捏造された歴史や悪の気質については[半島の捏造歴史]参照。

 尚、[悪の進化論][悪の遺伝子]によれば、悪の形質は遺伝するという。だから、決して彼らを侮ってはいけない。
                               2013/03/25 北


7.支那人・朝鮮人の悲劇

 サタン・ダビデ(シュメルの神・ナブー)は魔族カナン人をして、交易で潤い、肥沃な土地を支配した。同じく、大陸での陸と海のシルクロードの終点である中原を、結局魔族で支配した。悪魔は富と財を支配し、人類を退廃させ、正義の人を苦しめ殺すのが大好きだ。(⇒[シュメルの神々=ニビル星人の紹介]参照)
 一方、シュメルやバビロニアの時代、オリエントから亡命したイスラエル人、ユダヤ人、原始キリスト教、シュメル人などなどは、シルクロードを通じて東へ移動し、月氏国などの様々な高度な律令国家を建国し、たくさんの発明を残した。そうした中には、数度のバビロン捕囚時に、神武東征、イザヤの末裔などが、次々に陸と海のシルクロードを通じて、神々に導かれ日本に渡来する。(⇒[古代ユダヤ人と流浪の民]参照)
 夏人は最初長江に居た。三星堆遺跡近辺だろう。おそらく、夏人は迫害を受け、技術者集団は朝鮮半島を経由せず、直接に海を越えて、九州や関東や島根や北陸に移動したとした場合、彼らは縄文人だったかも知れない。縄文人は高度な土器と狩猟採取と稲作と栗などの果樹園を設け、都市国家を営んでいた。その後、長江でジャポニカ米が創造され、彼ら稲人が海を越えて日本に定住型稲作を伝えた。一方、青銅技術者は殷に連れ去られてのでしょう。
 夏・殷・周・秦・漢・魏までは、金印(「親魏倭王」「漢倭奴王」)が示すように倭国とは同盟国で同族だが、隋・唐・清は高度な文明と軍事力を持つ騎馬民族(チベット、モンゴル、契丹)の王国だったので、日本との交易はがらりと変わってしまい、白村江の戦いに敗れてしまう。同時に、日本文明を漢字化・偶像仏教化し、大陸に飲み込ませようとしたが、唐の滅亡も有り、中断された。また、神武天皇により、古事記・日本書紀が編纂されたが、唐の圧力の前に、天照大神が日本固有の女神とされてしまった。(⇒[真実の古事記]参照)

 騎馬民族は、それまでの支那の暗黒の時代から、中原に新風をもたらした。専制皇帝を廃し、不自由な漢文や儒教から脱出し、多民族と多宗教と文芸にも優れた世界国家へと飛躍し、暗黒の支那から脱出したのだ。
 しかし、秦は秦一族を、唐はユダヤ教や原始キリスト教を弾圧迫害し、天照大神は七福神を伴い、彼らと共に日本に渡来する。日本は旧約の正当な末裔であり、神の民として日本を発展させていく。つまり、ダビデは、大陸から神の民を日本へと追放したのだ。以前、先生は、日本で最後の審判を行うことを提案したのは、ダビデだとおっしゃた言葉に、今やっと納得しました。
 日清戦争に負けた清は、日本文明圏に取り込まれ、日本式漢文に改め、科挙の制度を廃止した。それまでの漢文は、信条と思想を自由に表現できず、西洋文明を取り込むことは不可能だったのだが、日本文化圏に取り込まれ日本式漢文により、これから支那人は精神的にも科学的にも、専制皇帝・儒教・科挙の暗黒から、解放される予定だった。
 だが、日本が大陸の内戦に巻き込まれ、支那が共産主義化され、五人に一人が虐殺される。文明を担う人々がほとんど殺されてしまい、原始時代に逆行してしまった。これにより、神々の支那人を救おうとされた遠大なご計画は、一挙に後退させられた。
 その結果、支那人と朝鮮人は魔族に取り込まれ、神の民である日本人と日本国を滅ぼそうとしている。だから、日本人は支那人・朝鮮人に呑み込まれてはならないのだ。
 ■漢と魏は九州王朝を最重要の同等な同盟国とした
 九州王朝は、二個の金印を漢と魏から貰っている。漢の時代前57年の「漢倭奴国王」、魏の時代239年の「親魏倭王」である。当時の金印は、漢・魏にとって、九州王朝は彼らと同等の同盟国という意味であった。ちなみに、新羅の地位は銅印で、九州王朝の植民地もしくは支配地と見なされていた。
 西方から来た秦氏一族(ユダヤ人)が、秦王朝を建国し、秦氏一族の技術者集団・除福が日本に渡来した。秦が滅んで、中原に土着した秦氏一族の残党から漢王朝が建国される。そして、魏は漢王朝の正統な後継者と自認する。つまり、漢・魏は九州王朝を同盟国とした秦の末裔だと考えれば、何故彼らが日本に金印をもたらしたのか、その理由が明らかになる。そして、天照大神(ヤハウエ)と七福神(七大天使)の日本渡来により、大和国=日本が正統なユダヤの末裔となる。
 七支刀…奈良の石上神社に伝わる。表面に「泰?四年」(通説、太和四年(369))の年紀があり、裏面に「先世以来、未だこの刀あらず、百済王世子は、聖なる晋に生まれたるを奇とし、ことさら倭王のために旨して造らしめ、伝えて後世に示す。」[先世以来、未有此刀、百済王世子、奇生聖晋、故為倭王旨造、伝示後世]とある。
※七支刀が東晋で造られたのは太和四年(369年)で、百済肖古王が久氏らを倭国に遣わして七枝刀1口・七子鏡1面を贈ったのが372年で、日本書紀では神功皇后52年ですね。神功皇后52年は正しい西暦では372年であり、252年にはなりません。日本書紀には、神功皇后摂政期(2013~269)にもらったとの記述とは、120年も開きがあります。
※ヤハウエが七福神を引き連れ日本に渡来した。その七福神に、またソロモン神殿の聖なる七枝だの燭台、メノラ、シュメルの生命の木、インドのナーガをも連想する。
 ■新教皇・聖フランシスコはザビエルを崇敬している
 サビエルは日本を植民地化しようとするスペインを思いとどまらせた。彼の意志を継ぐシドッチは、和服を着て刀を持ち、単身日本に上陸する。白石とシドッチの討論から『西洋紀聞』が生まれ、その精神は福沢諭吉につながる。非常に日本に関係深い教皇の誕生なのだ。
                        追加2013/03/28

 ■民主党政権時代、日本に易姓革命が起ころうとしていた!… … 読者より
 魔族カナンの血を継ぐ漢民族は、つねに二等三等国民(被支配民族)として内部に巣くい、内部を堕落腐敗させ、別棒に追い込んできました。その繰り返しが異民族による中国王朝の伝統である易姓革命です。今回、旧ソ連と共産主義を民主主義の一形態と見誤った米国の力により、被支配民族の漢族が王朝を持った結果、毛沢東は自民族を徹底的に弾圧惨殺し、それを経て民族の文化も伝統までも廃墟と成した後、現在に至っています。現状は、殺人公害、上から下までの財を求めての腐敗が横行し、正義と道徳を守る者は愚か者と蔑まれているのが実情です。
 そして、漢族の一派である朝鮮民族は、大日本帝国により日清戦争で独立を果たしましたが、結局は被支配民族としての遺伝子から、外国勢力を引き入れて内部抗争に明け暮れ、日本に併合してもらい一端は文明化されました。しかし、敗戦と同時に、またもや独立国となったのですが、被支配民族としての遺伝子から、民族内の紛争に中国とソ連と米国を巻き込み、朝鮮戦争が勃発します。多くの朝鮮人難民(多くは罪人や貧困者)が日本に密入国し、朝鮮進駐軍として、略奪と非道を尽くし、財を成します。加えて、韓国の李承晩政権が、李承晩ラインを軍事支配し、竹島を不法占拠して、多くの日本人漁民と船を拿捕・虐待し、一部殺害しました。その後、朝鮮に残した日本の資産、及び在日への永住権を認めさせ、実質棄民しました。その後も、朝鮮進駐軍が日本国内で婦女子を暴行し、財を奪い、生活保護までも認めさせ、遂には日本共産党と主に内乱を起こすに至り、マッカーサーやっと立ち上がりました。
 韓国は在日を棄民しましたが、北朝鮮に関しては、帰国事業が行われ北朝鮮は天国だと宣伝されていたにも関わらず、比豪の生涯を送った日本人妻達が居ます(⇒[]参照)。
 その後、残虐非道の限りを尽くし日本国内に財を築き、永住権と生活保護などの特権を認めさせた在日(漢族)は、今度は自分たちは被害者だとして、日本国内に留まり続けました。彼等は、政財界マスコミに顔を利かせ、日本の生き血を吸いながら、日本の堕落と腐敗を加速させ、遂には民主党政権(2009年7月21日~第46回衆議院議員総選挙)が樹立してしまったのです。この日本の現状こそが、歴代中国王朝を易姓革命で廃し続けてきた漢族の魔手に罹った状況だったのだと思わずには居られません。    追加:2016/06/04


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