27-16.私の宇宙論T:宇宙の始まり、神の呟き




 私の思い浮かべる宇宙論を、天地創造になぞらえて述べたいと思ったのですが、そこまでの智恵がありません。天地創造を描いた神々の叡智を−−−彼らは高度な科学知識を持ち、人類を創造したのだが−−、私の知る科学を通して再認識し、旧約聖書の弊害である「進化論否定、神への劣等感、善悪を知ることによる原罪、他生物に対する人間の優越感(選民意識)、男尊女卑、他」等々について正していくことができないものかと思いました。
 また、この旧約聖書の天地創造の部分は、失われた古代シュメルの科学とその教えの真髄そのものであった。それというのも、例えばチャーチワードのムー文明の教えのその90%以上が科学的な事柄であり、教義と科学的な内容が互いに補完し合う関係にあったと言われているからです。一方、先生を通じて啓示されてきた科学的な真理「ミクロからマクロまでの統合された全体像と高等感情すなわち前頭葉と人間性」の溝が徐々に取り払われ、正当な太古の高度な科学に段々と接近してきたようにも思えます。
 また[BLUEBACKSの地磁気の謎]によれば、地磁気が逆転する時に、極端に地磁気が弱くなる期間があり、理由は不明だがその期間の始まりと氷河期の開始がほぼ同期していることが確かめられています。このことは、地球の気温は単純に日光の照射量だけでは無く、受け手の地球の状態にも関連している事を証明したのだと思います。



◆大審問官の問いかけ

 第1の問いかけは「自由の代わりにパンを与えてはどうか?」であった。か弱い殆どの人間は自由を差しだし、パンを下さいと言うだろう。自由は重荷である。この重荷を背負ってあげる我々を神と崇めるだろう。



◆.テレパシーは食物の消化と同じ(八正道は必要だ)

 脳波受信により意識が誘導されますが、そのメカニズムは食物の消化過程とそっくりだと思われます。そこで、食物の消化過程を簡単に思い出してみましょう。
 食物を唾液と混ぜ噛み砕く、胃液で消化し必要な成分を吸収する。腸では更に消化され胃で吸収できなかった成分を吸収する。最後に大腸で必要な成分を吸収して、不要な物を体外に排泄する。このようなメカニズムで消化が行われているのはご存じだと思います。ここで大切なのは、腸で消化吸収できる成分は、口や胃で消化された物だということ。つまり、咀嚼されない食べ物をそのまま腸に流し込んでも消化できないのです。つまり、各消化臓器でその臓器に特有な成分を吸収するためには、口から始まる消化の過程を手を抜くことなく、行う必要があるのです。
 口に入れる食物を発信者の脳波に、口を脳幹や網様態に胃や腸を、記憶領域の側頭葉や三大欲求の辺縁系に対応させると、テレパシーが食物の消化と同じメカニズムだということがはっきりします。
 脳波には発信者の感情/イメージなどの栄養成分が含まれています。この情報ははじめに大脳や脳幹や網様態等に取り込まれ、細かく砕かれて電気信号に変換されます。エーテル波は元々電気信号でエーテル。次に、この電気信号は側頭葉や辺縁系に持ち込まれ、言葉や風景や感情を探し出します。ここで問題なのは、受信者の記憶や感情の中に当てはまらないものがたくさんあり、貴重な情報の一部しか前頭葉に伝えられないことです。曰く、「科学的なことは分からない」「特にSFに興味がある」「思いやりとは何だろう」「都合の悪いことは無いこうとにしよう」・・。
 前頭葉は、脳幹や網様態に取り込まれたままの脳波の状態では何も理解できませんから、脳幹や網様態や側頭葉や辺縁系で消化され欠落した情報でしか判断でなくなっています。このために判断を間違えて、結局困ったことになってしまうのです。
 哺乳類は環境に適応する方法として子育てを選択しました。このことにより、自分だけではなく家族や群のことを考えられるだけの意識に進化したのです。さらに、人類は環境に適応する方法として、牙や鋭い爪よりも、社会性を選んだのです。だからこそ前頭葉が発達しました。この前頭葉の発達は、神の意志でもあったのでしょう。
 教育や文明は予防接種に相当します。予防接種をすると、大病をすることがありません。もし、予防接種をしなければ、高熱と苦しみの後、やっと免疫を獲得し健康に戻ることができます。自分の知らない情報を理解できるようになるためには、これと同じ苦しみが必要で、それをしないことには、真実を把握することはできない。例えば、あなたが電子顕微鏡で素粒子の世界を覗いたとしましょう。ただ小さな粒が飛び交っているだけで、ただこれまでの認識方法を続けていれば、これが宇宙を支えている根元だということに気づくことはない。それに気づくには、これは何なんだろうと考え、追求し悩まなければなりません。そして脳の中に、免疫に相当する回路を自らの手で構築しなければならないのです。それはあたかも、生命が新しい環境に適応するため、遺伝子に新しいタンパク質の情報を書き込むときのように何世代にも渡る強い意志と幸運が必要なのです。
 食物の消化手順はDNAにその詳細が記述されていますが、頭脳に関する情報の消化の過程については、親や社会広くは文明により教育されるしか頭脳の使い方を知る方法はないのです。蟻では体つきからその社会生活までもがDNAに書き込まれています。ところが人類の場合、ほとんど何も書き込まれていないのです。だからこそ、八正道が必要であり、八正道は、情報の消化過程を正しく行うための手法だということです。更に、自由意識を持つからこそ八正道が可能であり、人間の尊厳でもあるのです。従って、マインドコントロールに打ち勝つには、愛情を持つこと、正しく見、正しく考えて、見落としていた、見落としたい、もしくは気づかない情報を捉えて、前頭葉で考えることであり、それこそが人間の尊厳を高め、これから迎えようとしている文明に相応しい人格への進化が必要なのだと思います。



◆.神の呟き

 樹木,石,空,星,地球、この宇宙に存在するすべてのものは、すべてエーテル波を吸収し放射しています。各々が発するエーテル波にはその情報が書き込まれていて、全体がそしてほんの小さな部分が互いに連絡しあい、バランスを維持している。その中で人間の脳は柔軟、だから宇宙の調べと実在を芸術で、その運動と存在意義を科学として、表現できるのだ。

 下記では、宇宙を神として擬人化し、人類の発生を考えてみました。


 最初に宇宙卵があった。
 前の宇宙の記憶が残っていたのだろう、宇宙卵はさらに収縮し、卵分割していった。
 三種類の胚様ができた頃だろうか、卵に意識が宿った。
 我々は意識の宿った宇宙卵、これを神と呼ぶ。
 神は自分を見て呟いた。これは何だ、私は何なんだ。
 神は考えた、そして悩んだが、答えは見つからなかった。

 丁度その時だった。卵にひびが入り大爆発を起こしたのだ。
 神は、驚きながら、爆発の一部始終を見守った。
 そして、自分の体が、バラバラになり、あるいは小さな固まりになり、
   四方八方に飛び散るのを興味深げに観察した。

 神は呟いた。私はこんな単純な物からできていたのか、何の価値があるのだろうか。
 しかし次の瞬間、雛が卵を割るように、飛び散った固まりから、
   光がそして小さいながら素粒子が、踊りながら生まれ出てきた。
 そしてみるみるうちに、宇宙は多種多様な原子で満ち、ついに銀河が現れ、
   力が全体のバランスを保つようになった。
 神は驚いた「こんな美しい物質で、私はできていたのか」。

 しばらくその躍動と秩序を見つめていたが、何故秩序があるのか分からなかった。
 神は自分を再度まじまじと見て呟いた。これは何だ、私は何なんだ。
 神は更に考え、そして悩んだが、答えは見つからなかった。
 これまでにない、苦しい沈黙が続いた。

 それは偶然だったのだろうか、あるいは神の沈黙が引き起こした必然なのだろうか。
 沈黙の中、母星は小さな卵を抱いていのだ。
 卵は成長し、宇宙の一部でこれまでとは違う何かが生まれたように感じた。
 神はその産声に気づき、それを見て喜んだ。
   それはほんのちっぽけな原始生命だった。
 その中に自分と同質の意識が、今は幼いが、宿っているのを感じたのだった。

 神は、単細胞生物、動植物、そして哺乳類へと進化を見守り続けた。
 進化の過程で現れる様々な生物に、自分の本性を見る思いがした。
 ある時には、その凶暴性に悩み、戯けた様子にほほえみもした。
 だが、毎日がこれまでにない激しい進化を続け、何処に向かうのか、
   自分の本当の姿が何処にあるのか、まったく分からなくなってしまった。
 神は憂鬱になった。私はいったい何なんだ。

 何度かの氷河期が訪れ、生命はその度に苦難を乗り越え、絶滅と繁栄を繰り返した。
 この進化の途中で、子育てをする哺乳類が現れたのだ。
 神の中で何かが変わり始めたのだが、はじめは何なのか分からなかった。
 哺乳類の進化と共に、神は自分自身に驚き、安堵し、感謝した。
 なぜなら、そこに愛の必然が灯されたからだった。
 神の憂鬱は、希望へと変わった。

 最後の氷河期の後、母星は成熟し、進化の苦しみの中で、火を恐れないものが現れた。
 類人猿が、その勇壮な姿を現したのだ。
 類人猿は自分の生命が営んでいる手法を用いて、様々な生活上の問題を解決していった。
 それこそは、道具を使い、言葉を話す文明の幕開けだった。

 いつか必ずすばらしい文明が開花するであろうことを信じて、
   喜びと共に、
   神は自分に似せて、人類を創造したのだ。
 それは、神の呟きの答えを探し見つけるためだったのだろうか、
   それとも神の戯れだったのだろうか。
 とにかく、神と人類は喜怒哀楽を共にしてきたのだ。人類の誕生と共に。
 澄んだ心で耳を澄ませていれば、我々には永遠に神の呟きが聞こえてくるのです。


 もし、我々が神の呟きの答えを探しつづけず、八正道や十戒を放棄するならば、爬虫類に逆戻りすることに等しい。いや、それ以上に始末が悪い。なぜなら、爬虫類は残忍なことはしないが、共産主義・社会主義に見るように爬虫類化した人類は残忍だ。人を殺害しても何とも思わないどころか、楽しんでいるからだ。残忍な爬虫類型人類は、自由意志を放棄し「パンのみを選択し」、悪魔に完全に支配されることになる。エル・ランティ様が徳ゆえに王に推挙され御即位されたことに対して、自分の未熟さ故に妬み嫉妬したサタンの歪んだ精神そのもののような世界が誕生するのです。我々の手で、この野望を打ち砕こうではありませんか。



◆.神の輝き

遥か太古に降臨された神々により、人類は創造され、真理と知恵を授けられた。
  アダムとエバに始まる悪魔と人類との戦いの中、天の声に従った義人が居た。
  また、天を求め、真理を愛しながらも、悪魔に殺された義人が居た。
  ノアは信仰を捨てず、エノクは神に信頼され、アブラハムは神と契約を結んだ。
  天に導かれた十二支族は神の国を打ち立てた。
  しかし、多くは偶像を崇拝し、堕落した。

人類を哀れまれた神は、心正しき人のため、一人子を使わされた。
  神を待ち焦がれたイスラエル人は、神を見たが信じなかった。
  おのれの私利私欲のため、悪魔に操られ、神の言葉を信じなかった。
  それゆえ、天国の扉は重く閉じられ、神の言葉を聞くことは無かった。
  ただ、己の心の中に神を求めつづけた人にのみ、神は語り続けられていたのだ。
  そして、神の光も悪魔の闇も、ヤマトへ受け継がれた。

21世紀を迎える直前、突然に神の光が暗雲を通して輝き出した。
  ルシファーとの戦いに、サタン・ダビデとの戦いに、
  心清らかな一人の乙女が、神を信じて立ち上がったのだ。
  この戦いの中、乙女の信義は、悪を浄化し、天をも蘇らせた。
  そして天の栄光のとき、乙女(千乃裕子)を通じて天国の扉が開かれ、
  高貴な輝きが再び地上へ流れ出した。
  この末法の世に、天国の苦渋と喜び、天の秘密が、徳高き神々により証かされた。
  われわれが求め続けていた、神々、歓喜と共に真理がここにある!

果てることの無い、悪魔との戦いの中、先生(千乃裕子)のご病気を知らされた。
  先生の慈悲と愛と信義こそが、我々の指針であることに気づいた者も居た。
  これこそが、我々の内と外の暗夜を照らす灯火であり、
  この光を通して自他を見、そして考えた者達は、お互いを信じ合うことができた。
  これこそが善我の輝きであり、生命を含め全宇宙を生かし続けていたのだ。
  このことに気づいた者は、先生を通じて伝えられる天上の声を聞き、
  知らず知らずのうちに自己欺瞞と戦い続けてる。

サタンに迫害されながらも、真理を愛する者達。
  彼らは神々がそばにおられるだけで、苦しくても慰められ、喜びを見出す。
  それは生命の根本が善我であり、善我の輝きによってのみ育まれるからだ。
  ともすれば、苦しみから逃れるため自己欺瞞に走り、自らを見失いそうなとき、
  先生から叱責され、我に返る。これこそ、高貴な神による哀れみと慈悲の極致。

堕落し、善我を忘れてしまった現代人、太古から繰り返されてきた哀れな人達。
  彼らに、可哀想な生き者達の喜び,
      神の娘の清らかな輝き,
      自然の恵みの中に小さな喜びを感じることができるのだろうか。
  神の救いの手を見つけ出し、すがることができるのだろうか。
  それとも、二度と、神の輝きを見ることはありはしないのだろうか。

だが確実に言えることは、
  神々の叡智は、生命と宇宙に融和しつつ、
  義人の足下を照らし続ける。
  永遠に輝き続ける。




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