2022年08月分 天上界からの伝言板


                      尚、※は北川による。

 千乃正法の法灯を守ろうとして、数名の有志が集まり「善と悪の闘い」を立ち上げて(R4/2/4)約12年になりました。
 これまでなんとか自力でしのいで来ましたが、この武漢ウイルス禍の影響と、一年半前の入院以来の体調不良が重なり、資金が枯渇している実情です。ご支援して頂ける志がある方は、是非、下記のメールアドレスにご連絡をお願いいたします。(--)m よろしくお願いいたします。
            メールアドレス<info@bewithgods.com>
 

 ☆ ☆ 「愛と希望と光」へ ☆ ☆
    / ☆ ☆ ショートメッセージ集項目一覧へ ☆ ☆

  正法について「基礎編」 … 過去の説明資料より

  神々の苦悶と、人類への励ましの詩篇より

  正法について「社会編」

   ※.憲法も領土も国軍も、日本人の決意次第だ(pdf)(R3/10/5)
     令和版の大化改新令和改新の実現を!

 (会員用「大和民族」と「神々(正法)」との歴史
      /日本神話に刻まれた神々の叡智(2022/01/10)

  悪魔の血流と「真の信仰」

  宗教と科学の一致「より正しく理解しようとする姿勢」

  銀河種族:琴座⇒プレアデス⇒ニビル⇒地球

  地球・ニビル人類と同盟星の方々
        (プレアデス/火星/シリウス/オリオソン/琴座)
    第四の長老から(pdf)(工事時中)

  神々と人類史:Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ/Ⅳ/結び

  [一般向け:日本神話に刻まれた神々の叡智(pdf)(R4/1/16)]
 


2022/08/10 伝言に代えて … (2022/03/17~)

 ローマ教皇は昨年5月、「数年前、世界は部分的に第3次大戦を経験している」と述べていたそうだ。数年前、神父らによる幼児虐待が明らかにされてカソリックから多くの敬虔なキリスト教徒が去って行き、その影響は現在にまで至っている。信徒の信頼を失ったバチカンは中国国内での信徒獲得に希望をつなぎ、バチカンは中共の軍門に降ったのです。つまり、中国国内の司祭は中共が選ぶというもので、神が悪魔に平伏したのです。
 現在、欧米精神と文明の基盤はキリスト教精神(神の威厳を持つバチカン)にあるのだから、バチカンは悪魔に支配されていることが世界中に公表されて、これまでのキリスト教精神を基盤とする社会精神は根底から破壊されてしまい、欧米が共産主義革命へと傾斜していくことは火を見るより明らかだった。
 バチカンの堕落による精神文明の荒廃に楔を打ち込んだのは、ヒラリーには絶対勝てないのが既定路線だとメディアに大宣伝され続けたトランプ政権 ── 彼はレーガン大統領を師として育った ── だった。そして、彼の相棒である秋葉原で奇跡の復活を果たした安倍二次内閣であった。
 トランプ大統領は、自信を失いかけ、希望を失いつつあった米国民に対して、「神への信仰の自由が米国憲法を支えている (2020/11/03)」の中で「米国の国体の本質:米国の偉大さはどこにある」を訴え、行動で示して、勇気と誇りと希望をもたらしたのです。
 トランプ大統領の出現により、悪魔の使徒であるオバマ・ヒラリーによる第三次世界大戦を経て、軍事大国を支配する金融・企業独裁米国が出現したことでしょう ── ジーン・ディクソン「2020に善悪の大決戦が到来と予言」が成就していたのかも知れません。
 ただ、トランプ政権当時、ヒラリーが大統領に就任する予定で、軍産複合体は戦争を引き起こす計画の為に、トランプ政権時代においても米国内の軍事工場はフル稼働を開始していた。そして、第三次世界大戦による世界征服に向けて、悪魔の手先を総動員して不正選挙により、トランプ大統領を引きずり下ろして、脳無し操り人形のバイデンを大統領に据えて、「2021/02/01にミャンマーで軍事クーデターが勃発」させ、米国を弱体化させた上で、中露の野望を利用して「ウクライナ戦争」を引き起こさせたのです。もし、ウクライナの士気が高くても、NATOと東欧が一致団結せずに、同義よりも利益を優先させて露中の脅しに負けてウクライナを見捨てていれば、バイデン政権は米国内を破壊した上で中共との関係を復活させて、次はノルウェーやスウェーデン、日(沖縄・北海道)台が侵略されたことでしょぅ。
 一方、露はウクライナの支配地域において同化政策を淡々と行っている ── 通貨をルーブルへ、ロシア語と歴史の教育 … 。中共がウイグル・チベット・内モンゴルで民族弾圧・浄化を行っているように、ウクライナ人の民族浄化を行っている。それは、日本民族の危機をも意味している。(7/2)

  ❑.(6/29)NATO首脳会議:中露対抗明確化/北欧二カ国NATO加盟に合意
   /NATO覚醒、露の世界も中国の夢も粉砕(2022/7/1)

 【ローマ=共同】第3次世界大戦は布告されている
 ローマ教皇フランシスコは14日までに、ロシアによるウクライナ侵攻に関して、「私にとって今日、第3次世界大戦は布告されている」と警鐘を鳴らした。
 2022年5月19日、イエズス会系の雑誌編集者らと会った際に発言した。ローマ教皇庁(バチカン)の公式メディアが報じた。
 教皇は「私は数年前、世界は部分的に第3次世界大戦を経験していると言った」と指摘。同時にウクライナが欧州から近く人々の関心を集めているのに対し、遠くのアフリカ各国やミャンマーでも紛争が続いていることについては「誰も気にしていない」とも強調した。
 ウクライナでの戦争は何らかの方法で引き起こされたか、妨げられなかったものだとも述べ、その背後には武器の売買などがあるとの見方を示した。

--- 青山繁晴、総裁選立候補宣言(41:20)
 自民党総裁選に立候補宣言!参院選2022最終日
 /安倍さんのとの思い出&これからの進む道
 https://www.youtube.com/watch?v=-RZ4NvDZnVo

 安倍一次政権で、親中派、親韓派、親北派の力に勝てない。安倍二次政権では少し前に進むが、結局これらの勢力により、現役総理は盗聴もされているし、前に進めなくなる。だから、長期政権でもこれを突破できない、だから突破口が必要だ。
 青山さんが国会に来たら、自分(安倍総理)にはできなかった、突破口になってくれと言われた。今の外務省ではダメ、経産省ではダメ、自民党ではダメ、だからあなた(青山さん)が変えろと、6年前の電話だが、それは作戦でも、思い込みでもなく、それは安倍さんの本音だと思いました。
 罪務省,総理官邸,防衛省の変革よりも、日本を変えるのは外務省・経産省の方が重要だ。
 安倍さんは専門分野がない代わりに、天才的にどこが重要なポイント化を見抜く力があった。安部首相は幹事長と官房長官の経験しかない。大臣(外務省や計算症や農林省 … )経験がないので、専門分野がない。だから、核心を突く直感があると。青山氏自身も大臣経験や閣僚経験がなくても、総裁選へ立候補できると。
 自前資源を使わないこと、自虐史観外交が、自由民主党の(親米・親中・親韓・新北)を変えてくれ。
 自前資源も、自虐史観だから、露や中東から資源をネタにゆすられる。軍事的にも虐められても何も出来ない。ところが、米国の庇護下にいれば、米国に依存していれば、石油も軍事も安泰だ。だから、日本の政治家は選挙に勝つことだけを考えていればよい。それで、利権を確保して政治家が緩みきっているから、SPが安倍さんを守ることが出来なかった。

※青山氏の自民党総裁選出馬について(7/18-20)

 青山氏は突破口として絶大な力を秘めていると思います。安部首相でも出来なかった、罪務省/経産省/NHK/外務省/国交省/農林省などの、強力な官僚・企業・政治家の合体した利権団体の掃除ができるのかもしれないです。NHKの正常化は高市氏は頑張りましたが、力不足だったのは、記憶に新しいです。
 だから、例えば安部首相の第三次内閣の閣僚として、高市氏も青山氏も、岸氏も入閣すればよいのです。青山氏は、財務副大臣・経産副省大臣・外務副大臣総・務副大臣・国交省副大臣を歴訪し、そして自民党議員の選挙に直結する副幹事長に就任すれば … 。
 そしてその後、高市・岸・青山氏が競って、自民党総裁選に立候補すればよいのだと思います。つまり、安部首相が生きていて影響力を持っているということが前提で、高市氏や青山氏や岸氏の総裁選出馬を肯定したのでしょう。

❑.高市政調会長

「私の心身の状態、ご心配おかけしましたが、しっかり再始動しております」
「高市氏は昨年、総裁選に出馬の際、『安倍さんにもう一度総理をやってほしい。断わられたから代わりに私が出馬します』と公言したほどの安倍崇拝者。一方の安倍氏も、思想信条が合い勉強家の高市氏を引き立てようとした」

❑.実弟の岸氏、遺志継ぐ

「安倍元総理の積極的な発信が、防衛力強化を進める上で後押しとなった」
 ※ ※ ※
 ウクライナが負ければ、日本・台湾にも直接響いてきます。それで、日本の安全保障の観点からウクライナ情勢に注目していた所、米国ではトランプ大統領の人気が絶大になり、暗殺や体調について気になっていた。前回は、奥様がご主人への暗殺を止められました。JFK家の二の舞いになるところでした。
 そうした所、罪務省・増税(岸田)氏と、日本の安全保障を左右する参議院選の最中、安倍首相が警察やSPの防御を解除された状況での暗殺が実行されました。
 どう見ても、現行犯の派手行動と大き過ぎる銃声は陽動で、内部犯行者と狙撃犯が別にいるのは明らかで、勇気ある人物がリークしたのか安倍首相を暗殺した銃弾が、身体内にも現場にも一個しか見つからず、もう一個が見つからないのだそうだ。
 JFK暗殺事件、中川昭一暗殺事件に続く、迷宮入りの模様だ ── 国民の熱い想いにもかからず、安全神話の日本には厚い厚い壁が存在している。誰も責任を取らないし、徹底した調査も行われていないように見えてしまう。
 そうこうしていると、トランプ大統領を貶め続けているペロシ氏が、訪台するとの表明に対して、三期を目前にした習近平氏が激怒してしまい、ペロシ氏を飛行機ごと撃ち落とすと言い出した、お得意の戦狼外交で世界中に俺様は激昂しているのだとアピールした。
 あかたも、中・米台が一触即発の状況だった。当然、自衛隊及び米軍基地は臨戦態勢だった。驚いたことに、日本の最高指揮官である「増税・岸田」氏は、ニューヨークへ出張を命じられていて、のんきに、日本国民のことには無関心で、核廃絶のスピーチをしていた。
 それはそうだろう、こんな緊迫した状況では、増税岸田・媚中林・シェシェ茂木は、非核三原則や九条や中共に忖度するので、日米台の防衛体制には邪魔なのです。実質、台湾軍と自衛隊を米軍がコントロールしていた。
 それで、ペロシ氏はあっさりと訪台して、しかも一泊までして、朝食には優雅にアイスクリームまで食べて、ゆっくりしたそうだ。
 面子を潰されたのは、習近平と、「罪務省・増税(岸田)内閣」だ。
 習近平様は米軍にびっびて手も足も出ない状況の憂さ晴らしに、日本の排他的経済水域に中距離弾道ミサイル5発を撃ち込んでみせた。中露製のミサイルだから、10発程度発射して半分がEEZまで飛んだのだろう。
 罪務省・増税(岸田)内閣と林・茂木氏は、それでも遺憾砲を発射するだけで、何の役にも立たないし、おバカにされた増税岸田氏には日本人としてのプライドもないようだ。まったく、不幸な日本人達です。
 重ねゞ、中川・安倍両氏を失ったのは、残念で仕方ないです。 (2022/08/05 北)


❑.京都(大和)の出雲-鳥取の出雲
 /殷:ト部、戸部、十倍、出雲=伊豆毛
❑.山海経翻訳まとめページ
❑.秦王国(ユダ王国)
 /羽田(ヘブライ語でユダ)=ハダ=秦
 /日高見 = ヒダ神 = 日田 = 飛騨 = ヒダ ⇒ ユダ(倭奴)
 /“日出ずる国の天子云々”
ヤハウェに守護されたイスラエルの日本渡来
 /神道は「縄文/ユダヤ教/原始キリスト教/原始仏教」の融合
 /❑.古代日本と流浪のユダヤ人参照
 /ヨブとその一族が日本へ
 /イザヤ一族が、イザヤの三兄弟(女神天照/月読/須佐之男)を中心に日本へ
 /徐福や秦氏一族が日本へ
 /❑.高見産霊王朝の日高見国 = ウガヤフキアエズ王朝
❑.日本神話と旧約聖書
❑.「清く/正しく/美しく」、そして「来たときよりも美しく」
❑.「愛と義と信義」と自然との関係
❑.穢れを清める禊から産まれた三貴神
 /「死」から再生する食物・蚕は、「禊」と意味合いとしては同じ。
❑.ホドと箸の関係
 /食べ物・死・種・蚕・食物
 /対の箸=ペアーの道祖神=クナト神
❑.土蜘蛛=土雲 ⇒ 土毛 … 出雲/伊豆毛
 /土蜘蛛=原人や雪男や地底人や大災害を地下で生き延びた種族
 /神武東征時の料理係:七掬脛(ナナ・ツカ・ハギ)
 /小さな美しい蛇=水銀・金・銀・宝石(山の鉱山)
❑.「弓月」のヤマトゥ
❑.月氏国
❑.蘇我氏は十氏族 …「月氏国」を経由した
❑.大化の改新はヤマトの復活
 /大化の意味/奴隷の子/神の前の平等はシュメールから/うそ
 /神倭磐余彦の意味/遣日使/神楽・かぐや姫・カゴメ歌
❑.殷の文字の起源はト文字、そして忌部氏 … 阿波/粟。
 /殷の甲骨文字とアヒルクサ文字はほとんど同じ、アヒルクサ文字は縄文文字
❑.地球の各地から月や火星、ニビルやプレアデスに飛ん
 /『太古日本の王が世界を治めた P55-56』
❑.エクアドルで発見された黄金板を神代文字で読み解いた
 /『太古日本の王が世界を治めた P46-49』
❑.『土偶を読む ―― 130年間解かれなかった縄文神話の謎』小学館 竹倉史人著
 /土偶は女性像ではない!
 /土偶は植物霊の祭祀に用いられた道具では?
 /フレイザー『金枝篇』(1890)
  人類学者ブレイザーが蒐集した古今東西の未開社会の
  「呪術・神話・儀礼・タブ」ーをまとめた大著。


❑.京都(大和)の出雲-鳥取の出雲
 京都には「出雲」がある。スサノヲが天降りして王となり、妻を娶って宮殿を構えたその地こそは「出雲」であるが、その「出雲」という地名は出雲族とともに出雲国へと遷ってきた。

大和の出雲大社「元出雲大社」

 京都市亀山市には亀山があるが、そこに出雲大社大神宮が鎮座している。大和の出雲から出雲へと遷宮した。

※殷王朝の正当な後裔は、伊豆と名乗っている。 … 『山海経』
 /殷:ト部、戸部、十倍、伊豆、「伊豆毛」=出雲

 出雲は元は「伊豆毛」と表記したもので、元々は三輪こそが伊豆毛族の故地であったが、その後三輪の地を追われて数力所に分かれて収容されることとなる。そして斉明天皇の時(六五五~六六一年)に、それらはいずれも「出雲郷」という呼び名で設定された
 『和名類聚抄』(九三五年頃成立)には「以都毛郷有上下」(いづも郷に上下あり)とある。島根県(出雲市:樋川郡、松江市:八束郡)にも出雲郷という地名がある。
 正倉院文書に当時の収税帳(計帳)が残っており、その記録によれば、京都の山城国愛宕郡出雲郷に居住の出雲族の人々は三〇〇人余である。雲上里と雲下里に居住ている。
 古くは国境においては、道祖神を祀って「塞の神」と称した。道祖神は様々な形状のものがあって、一般には男女一対の石像で、元々自然石をそのまま据え置いた一種の目印である。これが縄文由来の石神信仰となる。道祖神の原型はシュメルのエンキと地母神である。つまり、シュメルから渡来したクナト大神によるものだろう。

❑.山海経翻訳まとめページ
  http://prometheusblog.net/2017/02/06/post-2990/

 成立期は今から2000年以上前。山海経自体には禹の家臣の伯益が書いたとあり。山海経の地理の中心地は洛陽で、中原一帯は九州と呼ばれていました。この九州の外側をぐるりと四海が取り囲み、さらに四海の外側の果てにある場所が大荒とされています。四海と言っても実際の海ではなく異民族たちの住む場所を指しています。
夏=か=日=火=霊
かがみ=日神=夏神
子は殷王家の姓
殷=い=伊豆、出雲
伊逗氏は、殷の密矩(みこ)王の子孫が(養子に)入って継承したものである。
 伝によると、神は光輝く体を持ち、いわく言い難いものであり、これを形容できる言い方がない*。しかし鏡はこれをよく かたどることができる。そこで鏡を称して日神体(日神の御姿という意味の言葉)で呼ぶが、その 読みは戞珂旻かかみのように発音する。
 次に、西族の進入についてであるが、ここでは、漢民族は西からやってきて東族のいる地に入りこんだということを述べている。これが本書の特色の一つである。
 ここで西族が漢民族を指すことは、伏犠・神農・黄帝・少昊・堯・舜という。史記の三皇五帝の登場人物を 挙げていること等から明白である。これらは、本来は東族の君王であるのを西族がアレンジして自分達の歴史に仕立て上げたということを述べているわけである。そして最後の方にでてくる「東族」とは、神祖の子孫である各族(しうから)を指すことも明白であろう。
 西族の進入時期であるが、最後の方の記述から夏王朝の禹王以前であることは明白だが、具体的には示されていない。(漸入とあるので、時間をかけて少しずつ移住してきたのかもしれない。)
 夏王朝のときに「渾(こん)族が君主を戴いた」というのは、「混血した西族自体から君主を出した(君主が混血)」という意味にもとれるし、 「君主は東族だが、このころ西族が東族に侵入したため西族がこの五原の地で東族と入り混じって君主の支配に属したのはこの時から」という意味にもとれる。 ただ、前者の意味だとしても、夏王朝の次の殷王朝はれっきとした東族の王朝であったということになる。「牛首を神とする者、蛇身を鬼とする者」の、「鬼とする」について、「特別な存在として崇拝する」と解する
 辰沄殷の復興が語られるが、紀元前の日本にあったと思われる「東表」の王についての言及がある。鞅あ委い王が何を指すかは難解である。ただ、日本に所在する東表が鞅あ委い王経由で贈り物をしている
 夫胥は秦始皇帝の長男扶蘇のことらしい。その子とされる有秩のことは他の書に見えない。ただ、辰沄殷が秦の皇族を保護している様子は窺える。よって、秦が東族に属することは確かであろう。
 燕瞞が前漢の兵力を用いて辰沄殷を滅ぼした。
 辰沄殷の王が移動した先である辰については36章以下参照。前章で辰沄殷を頼って来ていた秦の皇族も共に移動したと。BC756年頃
 周の諸侯国「宋」は殷の子孫とされ、周が祭祀を継承させたことで知られる が、子孫であっても王位を主張していない以上、正統の本宗家ではないということに なるのではなかろうか。
 伊逗氏は、殷の密矩王の子孫が(養子に)入って継承したものである。
--------
 西暦926年である。この年の元日に契丹(遼)の皇帝(太祖、耶律阿保機:太祖天皇王)が太陽を拝んだ。このように契丹王家には太陽信仰があった。皇帝は自らも神祖の子孫である。契丹は殷の継承を主張しているのであり、辰王国の継承を主張しているのではない。
 『遼史』に、「君基太一神(道教の福の神)がしばしばあらわれた」という記述があり、本書の神と同じ神と思われる。ただし契丹王家の先祖とは書かれていない。道教は、儒教文化に比べ基層に存在する文化で、それは西族文化によって覆い隠された東族の文化の名残を伝えている可能性が高い。
 皇帝の母である応天皇后が思いだした夫の言葉というのは、葛か禹う図と可か汗かんが名乗っていた可汗という称号は、実は神宝の最上位にある物の名を 冒称した呼称であって、それは古語で日神の体を意味するというものであった。日神体であるとされるから、鏡ということになる。ということは結局、可汗という有名な称号が、東族古語に由来することになるわけである。

❑.秦王国(ユダ王国)
 /羽田(ヘブライ語でユダ)=ハダ=秦
 /日高見 = ヒダ神 = 日田 = 飛騨 = ヒダ ⇒ ユダ(倭奴)
 /“日出ずる国の天子云々”

 ここで、新たに、中国の史料に表れる「秦王国」について検討してみよう。
 『隋書倭国伝』には、第一回遣隋使派遣(日本書紀に記述がない。九州王朝の記録だからだ。)に関して、次のような記述がある。
《日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙まきや≫
 日本は(山島)(三十余国)と書かれている後に、
《東 秦国に至る。その人、華夏と同じ。以って夷州とするも、疑い明らかにする能はず。又十余国を経て海岸に達す。竹斯国(筑紫国)より以東、皆倭に附庸す≫
 この「秦王國」は『北史』巻九十四の列傳第八十二にも現れる。遣隋使が持参した 妥国(倭国)多利思比孤(『隋書』では多利思比孤)から隋の煬帝へ宛てた国書に現れる「日出處天子(日出る處の天子)」の文章の直後に記述されている。
 開皇二十(600)年、倭王、姓は阿毎(あめ)、字は多利思比孤(たりしひこ)、阿輩鶏彌(おおきみ)と号す、使を遣して闕(みや)に詣る。
 上、所司に其の風俗を訪わしむ。
 使者言う「倭王は天を以って兄と為し、日を以って弟と為す。天未だ明けざる時、出でて政を聴き、跏趺(あぐら)して座し、日出ずれば便ち理務(つとめ)を停め、云う、我弟に委ねん」と。
 高祖曰く「これ太いに義理無し」と。
 是に於て訓して之を改めしむ。王の妻、彌(きみ)と号す。後宮に女六、七百人有り。太子は名を和歌彌多弗利(わかみたほり)と為す。
※[4-7.聖徳太子の出自と謎解き]参照

 倭王が「天足彦大皇」であれば、九州の数カ国を統治する大王である
 日本書紀の孝昭天皇の子に天足彦国押人命(ワニの臣らの祖先)、日本足彦国押人尊(孝安天皇)とある。九州王朝は海神であり、ワニ臣も海神であり合致する。もしかして、九州王朝では「天足彦の称号を代々踏襲していたのかもしれない。
 また、十、十一世紀の中国の資料では、もともと日本は、二つに分かれていたことを述べている。この「小国日本」という存在があり、そこと倭の地方を合わせて『日本』と言ったと言う。それが『祝詞』の「大倭日高見国」という言葉に対応するのである。
 一方、中国の唐代の正史である『旧唐書』には、唐の成立(六一八年)から滅亡まで(九〇七年)の間のことについて書かれている。そこでは、日本列島について、「倭国伝」と「日本伝」と分けて得て論じている。
 下記のように明確に両者が別国され、そして『旧唐書』において、初めて「日本」は中国史上に明記されることとなった。
  ≪倭国は古の倭奴国なり≫(『旧唐書』倭国伝)
  ≪日本国は倭国の別種なり≫(『旧唐書』日本伝)

ヤハウェに守護されたイスラエルの日本渡来
 /神道は「縄文/ユダヤ教/原始キリスト教/原始仏教」の融合
 /❑.古代日本と流浪のユダヤ人参照
 /ヨブとその一族が日本へ
 /イザヤ一族が、イザヤの三兄弟(女神天照/月読/須佐之男)を中心に日本へ
 /徐福や秦氏一族が日本へ

 古代日本には、陸と海のシルクロードを通じて、中東、アッシリア、インドなどから多くの民が迫害を逃れ渡来している。多くの民族を束ねるために、個別の宗教の神よりも“和を持って貴しとする”精神により、天皇制を通じて一つにまとまった。神社を守る二頭の狛犬ですが、一頭は一角獣でエフライムを、もう一頭はライオンでユダ族を表しており、日本はイスラエルの正統な末裔であること、神ヤハウエの民=大和民族であることを表しています。ユダヤ人の渡来の様子は下記のとおりです。尚、画像及び景教については[聖書の国日本]を参照しています。




 第一波:アヌンナキの神々の民が地球に移住してきた。
    :前5000年頃、九州の縄文人が大陸や関東やその以北へ移住。
 第二波:ヤハウェに守護されたヨブ
     前1900年頃(夏殷の時代)、イッサカル族のヨブ一族が日本「島」へ渡来
     北海道から入国、クナト大神/アラハバキ神として東北から大和地方まで統治。
 第三波:前1400年頃、エフライムのベリアがインド・デカン高原経由で日本へ
     エフライムはユダヤの兄に当たる。
     邇邇芸の兄に当たる饒速日と富長髄彦系(アラハバキ系)で17代、大和地方を
     統治。これがウガヤフキアエズだと思うのです。そして、神武天皇は7代で神武
     東征を成功させたのが、葛城王朝9代として録したのでしょう ── 邪馬壱・邪
     馬台=神ノ島(ヨブ系)/委奴倭奴(ユダ)/大和朝廷(神の民)/日本(神の国)
     ⇒([葛城王朝9代(神武天皇から開化天皇)の謎]参照)
     

❑.ウガヤフキアエズ51代
 /高見産霊王朝の日高見国 = ウガヤフキアエズ王朝

 徐福が日本に渡来し、蓬莱山=富士山にある富士王朝(高天原)に帰順し、記録した古史子伝の一つである宮下文書(当時は神代文字で書かれ、書き写す過程で漢字化され、原本は消失したのだと推測)には、ウガヤフキアエズ王朝(※高見産霊王朝の日高見国)は51代とある。他の古史子伝にも、70代などと記されている。
 約2000年前に書かれた「契丹古伝」によれば、「漢字以前の文字を天字といい、天字以前を卜字、卜字というのは殷字であり、殷は元これ倭国(日本)」だと。 
 宮下文書によれば、男系男子だが、皇位は王と女王の両者が引き継ぐとされているので、実質、男王は25代です。また、旧約の皇統からすれば、天御中主=ノア、テラ=イザナギで、神武はヤコブ→ヨセフ→エフライム→エフライムの四男ベリアに相当します。アダムから勘定すると、丁度25代目です
イスラエル王国は南北に分裂し、エフライムを含む十氏族は北イスラエル、ユダ族とレビ族は南ユダ王国に分かれた。この時点で、正当なイスラエルの皇統はユダ族に移っている。従って、ユダ族系であるニニギの命が日本を統一する時、十氏族が支配する日本国内の地域においては、十氏族は皇統を優先して禅譲したのです
 同じく、日本神話の始まりである高天原についても、各部族で故郷が異なっていますが、高天原として統一したのです。一方、唐などの書物には、日本は大倭日高見国、小国である日高国が大倭を併合したとある。だから、日高見国を明示せず、日高見国を暗示する高天原として、各部族の合意を得たということでしょう
 高天原とは、「高天」地域にある平野のこと高天原はアマテラス系の人々の呼び名で、土地神系の呼び名は「日高見/日高」になります

❑.前1225年 日高見国が東北で初めて日本を統べる 『秀真伝』
  /日高見の高見産霊(高御産巣日)が東北地方で初めて日本を統べた。
  /初代・大物主(大国主)=大己貴
   第二代・大物主=事代主=奇彦(クシヒコ)は、第七代・高見産霊高木の   娘と結婚

 第四波:(出南ユダ王国)ヤハウェに守護されたイザヤ一族、モーセ様が導かれる。
     前721年、アッシリアにより北イスラエル滅亡に伴い、
     南ユダ王国滅亡を予見し、ユダヤ人・預言者イザヤの民が日本へ。
     インド経由で「東の地の果の島々」に渡来し、「倭奴国」を建国
 第五波:前660年、神武天皇即位
 第六波:前612年、新バビロン建国。
     前587年、南ユダ王国滅亡。ユダヤ人のバビロン捕囚。
     前552年頃、孔子誕生 … 支那式のユダヤ教。
     前515年、ユダヤ人捕囚を解かれる。
     前486年頃、釈迦誕生、35歳で悟りを開く ── 釈迦族はユダヤ人。
ブッダ:ユダ族の子孫 ── ユダ王国の末裔。
 釈迦族は、イザヤ時代の日本移住の際、一部が分かれてインドに定住したユダの末裔。
 第七波:前400年頃、周/呉の一族が鹿児島に渡来
     ダビデは北イスラエル(十部族)の民を日本へ移住させた
     ダビデの北イスラエルの民が、物部氏の主流を滅ぼし、日本に偶像崇拝の密教
     を国教とし、皇室の上に君臨しようとした「蘇我氏:十氏族」なのでです。
     尚、浅草神社の紋章は「ガド族」の紋章だったのが、ある時に変更されている。
     浅草神社の祭神「真仲知(まなち)」は「マナセ族」のことでしょう。
    :秦の始皇帝(在位:前246年 - 前210年)の時代
     中国の北方では東胡と月氏国(ウルの月神が主神)が強盛であった。
     そして、月氏国(メディア人)に十氏族が合流し、日本へ渡来した。
     尚、月氏国 ⇒ 大月氏国 ⇒ 日本・大月へ
 第八波:前200年頃、徐福一族が渡来し、富士高天原と合体
    :前3年頃、イエス・キリスト誕生
 第九波:後199年、トマスの原始キリスト教徒・弓月国「巧満王」が渡来
 第十波:後283年、弓月国から巧満王の子等、秦氏一族が渡来
     原始キリスト教徒・秦氏は、七大天使・七福神、ヤハウエとともに渡来。
     後538年、仏教伝来、メシア密教徒が日本に渡来。
     後651年頃、弓月国は秦の始皇帝により亡ぼされる。

❑.日本神話と旧約聖書

 旧約聖書を読むと、全知全能の神が六日間で宇宙と生命を創造し、七日目に一休みしています。そして、人類を自らの姿に似せて創造するのだが、アダムとエバの物語にあるように人類に原罪を追わせてしまう。その後、女性は男性に比べ一段下の存在とされ、父から子へと男系男子の皇統が続いてゆくのですが、人類はどのように努力しても神の様な存在になることは不可能で、自力で原罪から逃れることもできないとされている。更に、新約聖書では、人類はイエス殺しの十字架を背負い、ひたすら神の救済を祈り待ちつづけなければならないという自虐人類史感を植え付けられてしまっている。それ故、人類の意識に悪魔教が広がり、共産主義が誕生したのです。
 一方、日本神話では、自然の中に突然ですが、独り神・天御中主(ノア)が出現し、数代続きます。その後には夫婦神が続き、七代目に伊弉諾・伊弉冉の夫婦神から物語が展開して行きます。そして、伊弉諾と伊弉冉は、祖先神の忠告を素直に受け入れ、互いの足りない部分を補い合い和合して、家庭を作り、国家を作り、子をなしました。
 一方、旧約聖書には全知全能の神・ねたむ神・のろう神と男尊女卑と原罪の弊害があり、これを修正すべく、旧約聖書からのつながりを持たせるために天の御中主を独り神として出現させ、次に伊弉諾伊弉冉の夫婦神を男系男子の皇統として、夫婦和合を家庭と国家の基礎に位置づけたのです。それ故、日本神話には旧約聖書の弊害が見当たらないからといって、全くの別物という
のは誤りで、本当は旧約聖書の正当な後継者なのです。
 その精神を引き継いで、神武天皇は和合を第一義として東征を終えられ、ついに即位されました。大和建国の最初に、国うみ神話に従い、妻とのむつまじさを歌われ、国家の基礎を固めるには民が一つの家族のように仲良く暮らすこと、即ち道義国家を目指すと宣言されたのです。つまり、家庭、国家の基礎を固めることは、十七条憲法の根本精神と同じで、神に仕えることだったのです。
 伊弉諾夫妻の子、その孫・ニニギ尊(ヤコブ)に、天照大神は三種の神器を授け、天孫降臨を命じるのですが、日本神話としてはここから人間としての皇統が始まります。
 ご存じのように「鏡・剣・勾玉」が三種の神器なのですが、これらの神宝は、科学兵器や財宝などの物質的なものではありません。「鏡」は神の前に“誠実”であり、神の正義(“義”)のことで、あなた方には“誠”と言った方が分かり易いのかも知れません。「剣」は日本武尊に代表される“武”のことで、現在では政治・軍事に相当して本来は“信義”のことです。「勾玉」は思いやりのことです。天照大神は、精神の支柱として三種の神器をニニギ尊に与え、大和民族の始祖とされました。この三種の神器こそが、大和魂そのもので、あなた方人類の精神的な成長の目標であり、神という捉え難い概念を分かり易く象徴で表現したものなのです。
 三種の神器(「愛・義・信義」)を生活の指針とする民族が大和民族であり、天の地における映し鏡でもあるのです。例えば、大和民族の一形態が、天上界と酷似する天皇制なのです。つまり、天皇は神と対峙して“義”を貫き、政治家と武人は“信義”を通す、天皇と民は互いに思いやりをもって接する。だから、当時において、人権とか平等とか自由とか福祉などと云う価値観は不要だったのです。
 大和朝廷の時代を現在と比べれば、医療も科学も裁判制度も人権も福祉も未発達で、医療・科学・法治については神々の知恵に頼らざるを得ないのが実情でした。しかし、科学的知識の未発達なこの時代の人々には、神の法を理想とする大和魂が有りました。よく考えれば、それは、あなた方が言うところのユートピアではないのでしょうか。
 あなた方の目指すユートピアとは、大和朝廷に現代科学・医療・法治の叡智を加えた世界のはずです。そこでは、神に求めすがるのではなく、各人が「愛・義・信義=大和魂」を理解しようと努力をし、人類自身が自力で諸問題を解決しようとする世界のはずなのです。
 例えば、東北の大地震と原発事故が重なった大混乱時でさえも、やむにやまれず店を開けたスーパやガソリンスタンドの入り口に、被災者の人々が整然と並んでいました。そして、救出され支援物資を貰った被災者が、自分よりも他の被災者の救援をと、両手を合わせるその姿は、小さユートピアではなかったのでしょうか。

❑.「清く/正しく/美しく」、そして「来たときよりも美しく」

 これは現在でも宝塚の校風だそうです。
 「清く」は見かけや服装のことではありません。心を「清く」して物事に当たる、私心や私利私欲を廃するという意味です。日本の三種の神器では「鏡」です。
 「正しく」とは、日本式で言えば、「お天道様が見ている」「世間様に顔向けが出来るのか」という意識です。神の判断基準、公共の判断基準に照らし合わせることで、前者は「義」、後者は「正義」です。三種の神器で言えば「剱」ですね。
 「美しく」は躾や身だしなみ、対人関係での所作という意味合いもあります。ですが、一番大切なのは、以前はトイレなどに「来た時よりも美しく」とありましたが、この精神です。
 つまり、「清い心」を磨き続ける、「濁った心」を綺麗になるまで磨き続けるという意味です。他者との関係では互いの信頼に相当し、「勾玉」です。
 日本人として記紀を読まれた方なら、「清く正しく美しく」が、三種の神器に対応していることは直観として理解されていたのではないでしょうか。

❑.「愛と義と信義」と自然との関係

 自然界を見渡してみても、「希望・光・信仰」はどこにも存在していないのは、誰の目にも明らかでしょう。人間の本性は「愛」だと伝えましたが、広義の意味では物質や生命体の本性と言い換えることもでき、自然界にも通じる言葉です。
 義は正義を意味し、道徳や社会のルールのことで、自分の心で正しいと認識し、行動しようとすることです。自然界では、個々の物質・生命体の律動や法則に置き換えることができます。
 信義は、個人の中の義を、互いが信じ合うということです。それこそが、自然界では共存共栄の姿です。だから、愛という自然界の本性は、義[律動・法則]により律せられ、信義[共存共栄]により社会[大自然]が営まれている。
 つまり、愛はナルシズムや自己中に負けては成らない。義は無責任や利己主義や無知に負けては成らない。信義は、利権や不道徳に負けては成らない。

春の訪れと、神の恵み

 春の訪れと共に、祭りを催し、その喜びを神に感謝する。足を踏みならし、首を振り、手を叩き、歌を歌い、踊る。体全体で喜びを表すのですが、それは動物も同じです。
 手を叩き、足を踏みならし、リズムを取る。この自然界の生命に共通する感情表現が、人類においては、太鼓やカスタネットへ、もっと進んでピアノなどの打楽器へと進化してきました。このようにして、風土と共に自然発生した風俗や伝統ができあがってきました。加えて、世界中には多くの言語があり、それが人々の心の交流を妨げた要因でもあるのですが、一方で、民族の知的・情緒的な進歩をももたらしてきました。
 春の喜びは生命一般に共通で、その喜びを、民族の風土・風俗・言語、個々人の体質や経験を通じて表現しているのです。だから、外見の違いを超えて人類共通、ひいては生命共通の感情や心情を、芸術家は発見してきました。この芸術家の発見してきた生命の核心について、天上界は人類に宗教という形で与えてこられました。人類一人一人が幸福になるようにと「愛と義と信義」を伝えてこられました。
 科学者は宇宙のリズムや物質の本質を探究し、外見の違いを超えて、そこに法則を発見してきました。その法則は宇宙のみ成らず、人類の心そのものの探究でもあるのです。「愛と義と信義」は、心と宇宙を繋ぐ架け橋であり、そのものでもあります ── 発達した左右の前頭葉を持つがゆえに、人は考え続ける葦である。

❑.穢れを清める禊から産まれた三貴神
 /「死」から再生する食物・蚕は、「禊」と意味合いとしては同じ。

 食物の女神・オオゲツヒメがスサノウに斬り殺された後、その亡骸から多種類の食物の種や苗(縄文時代の食料となるもの)が出現する。それは、ティアマトをニビル星の衛星が砕いた後、その亡骸から地球・月・小惑星帯が創造された物語のアナグラムが、オオゲツヒメの物語であり、イザナギの禊でしょう。
 この姫は蚕と一緒に、十四種の穀物を献上した。これから養蚕が天下に及ぼされることになる。また、一切の穀物をトヨタナツモノと呼ばれる語源も、十四の十四種から起きた呼称だといふ。つまり、縄文時代に五穀と蚕があった。
 縄文時代にすでに五穀があることから、オオゲツヒメは縄文系の食料や蚕の神だったのだろう。これを剣で切ったのは、オオゲツヒメ集団を支配下に置いたという意味でしょう。そして、彼らの五穀や蚕産業を高天原から、平地の豊葦原の国に移植したと考えられる。
 大宣都比売神が須佐之男命に殺され、その死体の顔からは蚕が、両目からは稲種が、両耳からは粟が、鼻からは小豆が、陰部からは小麦が、尻からは大豆が生じたという。さまざまな食べ物が出てきたのもちょうど弥生時代への変遷を告げている。「高天原」の天照大神は稲を耕作し、蚕で絹を作っているのである。
 高天原を追放されたスサノヲは、大宜都比売(大御食都姫)のもとを訪れて食物を乞うた。すると、鼻と口と尻からさまざまな食材を出し、料理した。スサノヲは、それをのぞき見て、汚物を供するものと思い込んで、怒って殺した。
 すると死体の頭から蚕が、目から稲が、耳から粟が、鼻から小豆が、陰部から麦が、尻から大豆が生えた。(『古事記』『先代旧事本紀』)
 アマテラスの命によりツクヨミは、保食神を訪れた。すると、陸に向かって口から米の飯を出し、海に向かって口から魚を出し、山に向って口から毛皮の動物たちを出し、それらを揃えて多くの机に載せてもてなそうとした。ツクヨミは「けがらわしいことだ、いやしいことだ、口から吐き出したものを私に食べさせようとするのか」と怒って、保食神を斬り殺した。
 その死体からは、頭に牛馬、額に粟、眉に蚕、眼の中に稗、腹の中に稲、陰部に麦・大豆・小豆が生えた。(『日本書紀』)

❑.ホドと箸の関係
 /食べ物・死・種・蚕・食物
 /対の箸=ペアーの道祖神=クナト神

 天目一筒神とは、溶鉱炉の温度を知るために火窪(ほど)を見続け、遂には片目になってしまった熟練製鉄技術者への尊称です。鐸とは銅鐸の前の時代につくられた鉄鐸を意味します。
 大分県国東半島には、日本固有のたたら製鉄跡がある。また、約3500年前、稲作と産鉄の技術を持った民がタルシシ船で渡来している。だからこそ、日高見国の王は、一旦、九州王の地に立ち寄り、武器を整えて、東征をおこなったのです。

❑.土蜘蛛=土雲 ⇒ 土毛 … 出雲/伊豆毛
 /土蜘蛛=原人や雪男や地底人や大災害を地下で生き延びた種族
 /神武東征時の料理係:七掬脛(ナナ・ツカ・ハギ)
 /小さな美しい蛇=水銀・金・銀・宝石(山の鉱山)
 http://jyashin.net/evilshrine/gods/tsuchigumo_shrine/tsuchigumo_ancient_list.html
 https://note.com/ai_auwa/n/nf94cc32f2c84

 古事記で唯一「土雲」が現れる箇所。神武天皇東征時の逆賊の一つとして登場。「尾が生えている」と書かれている。八十建は人名ではなく、数多くの獰猛な者共、の意と解される。
 神武天皇は、大きな穴倉にいる数多くの土雲に、豪勢な料理を土雲に振る舞う。このとき料理を運んだ料理人に太刀を持たせ、合図とともに斬り付けて、土雲を倒した。
 「尾が生えている」という記述は、古事記の他の箇所にも見られる。忍坂に至る前、神武天皇が吉野に辿り着いたときに出会った、光る井戸から出て来た国津神「井氷鹿(ヰヒカ)」と、続けて岩を押し分けて現れた国津神「石押分之子(イハオシワクノコ)」である。しかも、石押分之子は吉野の国巣(クニス)らの祖だと書かれている。国巣とは今も吉野に「国栖(くず)」の地名を残す、山岳土着民である。彼らは天皇即位の大嘗祭などで食事を献上し、歌や笛を披露したが、常陸国風土記では、「国巣(クズ)」の別称を「土蜘蛛」としている。これらから見て、同じく尾がある井氷鹿や石押分之子は、「土雲」と同族と思って間違いないだろう。神武天皇に味方したか、敵対したかの違いである。※土=国=土着、クモ=土着・毛
 新城戸畔・居勢祝・猪祝の討伐記事に続いて登場する。身長が低くて手足が長く、小人のようだと記されている。天皇軍は葛の網を作って、不意を襲って殺した。それでこの地を「葛城」というようになったと書かれている。常陸国風土記の「茨城」の由来として似たような話が書かれており(詳細はこちら)、関連性が気になるところである。
 古老が言うには、昔、国巣(クズ)、土地の言葉では、都知久母(ツチクモ)または夜都賀波岐(ヤツカハギ)というが、その国巣である、山の佐伯・野の佐伯がいた。至る所に穴倉を掘って、常に穴倉に住み、人が来ると穴倉に入って隠れ、人が去ると、また野原に出て遊んだ。狼のような狂暴な性質、フクロウのような不気味な心情で、ネズミのようにこそこそと窺い、犬のように素早く盗む。招き寄せなだめてくれる人もおらず、ますます土地の風習から遠ざかっていった。
 まず、ここで注目すべきは、土蜘蛛の別称が語られていることである。というよりも、「国巣」の別称として土蜘蛛が挙げられている。国巣は、古事記の「土雲」の項でも書いた通り、吉野の山岳土着民であり、特に奈良・平安時代には天皇即位の大嘗祭などで食事を献上し、歌や笛を披露した。吉野には今も「国栖(くず)」の地名がある。古事記・日本書紀には、神武東征時、「尾が生えている」国巣の先祖が現れ、天皇を歓迎している。古事記では同じく尾が生えている「土雲」が天皇に討たれており、そのことと常陸国風土記のこの記事を合わせて読めば、土蜘蛛と国巣は、ほとんど同じものを指す言葉と分かる。

 ◇.人間ではない緑の子供

 1811年6月、スカンジナビア半島の、ノルウェーとロシアとフィンランドの国境が交錯するあたりにネイディンという小さな漁村があります。ネイディン川の滝の裏側には洞窟があり、そこは地下世界に通じていて、決して足を踏み入れてはならないとされていたそうです。
 ところが、村のイワノフが釣りをしているときに、この洞窟から声がしたため、入ってみると、子供達が居たといいます。そこで、声をかけてみたところ、子供達はびっくりして、洞窟の奥へ逃げ出したが、イワノフと正面からぶつかった子供が一人居た。よく見ると人間の子供ではなく、びっくりしたイワノフは、手近な石を取り上げ、子供を殴打した。見かねて、懸命に看護したが二日後に死亡した。
 二ヶ月ほどして、ロシア正教の大主教の使いが来て「ここで尊きお方が亡くなられたことは明らかになった。来年より毎年夏至の日に、大主教がお越しになり、死に行く神の儀式と復活の儀式を執り行われる。」と告げた。以後毎年儀式が行われているそうです。
 不思議なことに、「死に行く神の儀式」と「復活の儀式」は、古代北欧の異教儀礼であり、ロシア正教の儀礼ではない。

 子供の特徴は、下記の通り。

  a.真っ赤な目、濃い緑色の肌。
  b.髪の毛は黒いが、頭頂部だけがはげている。
  c.身長は1メートルくらい。
  d.手足の指が異常に長い。爪のない長い指。
  e.黒くてぴかぴか光る服を着ている。

◆原住民の収斂進化『ICA 模様石に秘められた謎』P229~

 最も古い部族の生き残りは、アメリカ大陸で最も寒い地方(ティエラーデルーフェゴ)か最も辺鄙な地方(アマゾンの密林)でひっそりと暮らしている。たとえばオナ族や、身長わずか一四〇センチのアルカルフ族などがそれである。ティエラーデルーフエゴで遊牧生活を営んでいるアルカルフ族は、地球の最南端に住む民族である。一九五三年には、彼らの人口はわずか六一人にまで減少してしまった。ティティカカ湖の人工島に住むウル族も、アメリカ大陸最古の民族の一つである。
 ところがウル族は自分たちを「人間ではない」と考えているのだ。他部族との長年の対立や戦争や改宗にもかかわらず、彼らは依然として「非人間」と呼ばれることに固執している。ウル族は人間とは別種の存在なのだ、と。その理由をも彼らは自ら説明している。ウル族と長年生活をともにした文化人類学者ジヤンーヴエーフールは、ウル族から聞き書きして、彼らの自己認識について次のような貴重な記録を残している。
   

 「われら異なる者たち、われら湖の民コトスンは人間ではない。われらはインカ人より古くから存在していた。天の父タティウがアイマラ族やケチュア族や白人といった人開たちを創造する前から、われらは存在していた太陽が地上を照らし始める以前(※天蓋のこと!?/地球軌道が外にずれた氷河期か??)から、われらは存在していた。地上を照らすものといえば月と星々だけで、地上がまだ薄闇に包まれていたそのときから。ティティカカ湖がいまよりずっと大きかったときから。もうそのときには、われらの祖先はここで暮らしていた。われらは人間ではない。われらの血は黒い。だから、われらは凍え死ぬことがないのだ。だから、われらは寒さを感じないのだ。われらは人間の言葉を話さない。人間たちはわれらの言葉を解しない。われらの顔はほかのインディオの顔とは違う。われらは古くから、最も古くからここに住んでいる。われらは湖の民コトスン。われらは人間ではない」(『アンデスの神々と被差別民族』)
 優れた文化人類学者であり考古学者でもあるM・スティングルもウル族を訪ね、彼らについて次のように書いている。
 「『黒い血』を持つ彼ら、自分たちは人間ではないと主張する彼ら、夜のアンデスの寒さもティティカカ湖の嵐もものともしない彼らコトスンは、彼らの歴史を二つの時代に分けている。第一の時代は、人間(現在のコトスン、アイ了フ族、ケチュア族、白人)がまだ存在せず、太陽もまだ地球を照らしていなかった時代。この時代に、ティティカカ湖畔の壮麗な都市ティアワナコはじめアンデス地方の都市は建設されたのだ、と彼らは言う ── 彼らの祖先が都市を建設したのではない。
 コトスン(すでに現在の姿に変化していた)の時代が終わり、人間が現れた第二の時代に、ウル族は災厄に見舞われた。そして、アンデスの石造りの都市もそのときに滅亡したのだという。
 ウル族は、太古の昔には自分たちはいまとは違う姿をしていた、と主張している。腕と脚がいまより長く、頭は後ろへ突き出した格好をしていた、と。彼らは言う。『血もいまとは違っていた ── 黒色。がつてのウル族は、ティアワナコのレリーフに描かれた四本指の神の姿に似ていた。何千年もの時の流れのなかで、まず血が、それから頭の形が、最後に体格が変化し、われらは人間に近い姿になってしまっただが、われらの心のなかはいまでもコトスンのままだ。だから、われらは、自分たちがもともと人間ではないことを忘れないのだ』と」
 シンプソンは、「南米の歴史は生物進化の形態の典型例だ」「地球と比較できるような条件が揃っていたとしたら、どこか他の銀河の惑星でもこれと同じような進化の過程が起きたかもしれない」
 地球環境が激変するたびに、彼らの体型と容姿は変わりました。例えば、ノアの大洪水で重力が増大すると、大型の巨人や恐竜やシダ類が絶滅、巨人も動植物も小型化しました。
 そして、見かけは最後に地上で創造されたホモサピエンスに似てきたのです。
 縄文人が、現日本人に容姿と体型が変化した以上に変化したのです。 北(2021/06/19)

 
 
 

❑.「弓月」のヤマトゥ

 秦氏の出身地として「弓月君」があるが、この地には何と、「ヤマトゥ」と云う地名があるのです。彼らは景教徒(原始キリスト教はイエスを救世主と見なして居らず、メシアの一人として、人間と見なしている)である。

❑.月氏国

 騎馬遊牧民の元祖は、黒海からカスピ海の北の草原に勢力を誇ったスキタイ・サカ族です。かれらは、一部族では無く、多くの部族を束ねた連合体でした。彼らは、カッシート王国を築き、前千年頃にはバビロニアを征服しており、しかもシルクロード・草原の道を通じての交易で繁栄していました。その後、月氏国を建国しています。 大月氏国⇒大月
 古バビロニアの民は月神とマルドウクを信仰しており、彼らはバビロニア滅亡とともに、中央アジアに逃れ月神の王国という意味で「月氏国」を建国した。加えて、新バビロニアの滅亡時、月神信仰が再び盛んになり、十氏族と同じ月神を信じる「月氏国」へ逃れたことでしょう。つまり「月氏国」には、タルムード・ユダヤ人、バビロン人が混在し、加えて遊牧騎馬民族と合体した。彼らの宗教は、タルムード・ユダヤ教、月神信仰に加え、後に原始キリスト教/景教/仏教/ゾロアスター教/ミトラ教/弥勒信仰までもが混交してしまった(ゾロアスター教の影響については、[10-9章.ヤハウエとゾロアスター教]を参照してください)。結局、彼らの多くはメシア仏教徒であり、ステップシルクロードを経由して日本に渡来している。

❑.蘇我氏は十氏族 …「月氏国」を経由した

 古バビロニア~新バビロニアにいた「月氏国」の民が、騎馬民族(十氏族を含む)と融合して、曽我の地に上陸。以後、蘇我氏と名乗った。この月の神は「弓月国」ではなく、メシア仏教を信仰する「月氏国」の主神でしょう。つまり、サタン・ナブーです。

❑.大化の改新はヤマトの復活
 大化改新では、モーセの律法が復活した。そのことは、[日本書紀と日本語のユダヤ起源]が雄弁に物語っている。また日本式律令制は、宦官と科挙を否定し、神祇官と太政官が、天皇の下にある。この太政官が後に武士に代わり、幕府体制となる。シナの律令制とは別物である。

❑.殷の文字の起源はト文字、そして忌部氏 … 阿波/粟。
 /殷の甲骨文字とアヒルクサ文字はほとんど同じ、アヒルクサ文字は縄文文字

   

❑.地球の各地から月や火星、ニビルやプレアデスに飛ん
 /『太古日本の王が世界を治めた P55-56』

 太古日本の航空機は当時どのようなかたちで使われていたのだろうか。中国に伝わる世界最古の地理書『山海経』を素直に読み解けば、当時の飛行ルートは明らかになる。
 アンデスのティアワナコ遺跡(ボリビア)から飛び立ったヴィマナは、イースター島に着陸し、そこから南西太平洋のトンガに飛行した。トンガからさらにニューギュア上空を越えてヒマラヤ山中の神々の地下の館を目ざしたヴィマナは、当時ヒマラヤにあったシャンバラ(仙洞)と呼ばれる日本の都の一つからヨルダンのバールベック宇宙港に立ち寄った 別の星と地球を往復するときは、アンデスやヒマラヤ、コーカサス山脈が大きな目印になった。
 『山海経』にはこれらの山脈に“天帝の秘密の都”と“天帝の下界の都”があり、神々の(地下都市)が地上の航空標識やピラミッド、人造湖をともなって、世界各地につくられたと記されている。
 太古日本の宇宙船は、地球の七つの地下都市から月や火星へ飛び立ったのである。
 当時のカラ(クル)文明は、現在NASAが計画しているスペース・コロニー(宇宙植民島)をはるかに凌ぐ宇宙ステーションをいくつももっていた。
 わらは月と地球の重力が均衡するラグランジュ・ポイント、特にNASAが注目している
ポイント周辺につくられたとみられる。そして、月のクレーター周辺にはいくつかの月面
が、また、クレーター内部には地球と同じように巨大な地下都市がつくられていた。
  
  

❑.エクアドルで発見された黄金板を神代文字で読み解いた
 /『太古日本の王が世界を治めた P46-49』

 一九六五年にハンガリー生まれの探検家ファン・モーリスによって発見され、七二年にスイスのベストセラー作家E・V・デュケンの著作『神々の黄令』(金森誠也訳・角川書店刊の邦訳参照)で広く世に知られるようになったこの地下都市には、私が「アンデスの黄金板」と呼んでいる謎の碑文が眠っていた。エクアドルの地下都市に潜入したデュケンは、そこで彼のそれまでの知識をはるかに逸脱したものに遭遇して驚き、黄金板に刻まれた文字を解読できなかった。
これなる金の板にイサクとヨセフ記す
ここにわがクルの宝あつめしめ
のちの世に伝へて礎たらしめむ
ヤハウェを我らの神とあがめよ
ヤハウェヲワレラノカムイトアガメヨ
ノチノヨニツタヘテイシスェタラシメン
ココニワガクルノタカラアツメシメ
 

❑.『土偶を読む ―― 130年間解かれなかった縄文神話の謎』小学館 竹倉史人著
 /土偶は女性像ではない!
  
 /土偶は植物霊の祭祀に用いられた道具では?
 /フレイザー『金枝篇』(1890)
  人類学者ブレイザーが蒐集した古今東西の未開社会の
  「呪術・神話・儀礼・タブー」をまとめた大著。



 
 画像のオニグルミを割った形が、縄文の土偶の顔にそっくりです。これまでは、女性像とされていましたが、私自身も違和感がありました。栃の実にそっくりな、縄文土偶もあります。
 縄文土偶で女性像とされていたものの中には、異常に腹が大きかったり、腿や下半身が異常に大きかったりしていたので、高度な土偶を作れるのだから、この不自然な形は故意に作ったのだと思っていましたが、理由がわかりませんでした。
 栃の実とかオニクルミの太い茎や根の部分だとすれば、納得できます。
 しかし、遮光土偶は精霊を模した宇宙飛行士だと思います。なぜかといえば、シュメルのエンキ神が魚のコートを着た彫像が残っているからです。(2022/06/03 北)

 ❑.シュメルやイカとそっくりな、縄文イナンナ他

 
  
 
 
 
 
 (前月へ)
 (次へ)
 (伝言一覧へ)