2024年08月分 天上界からの伝言板


                      尚、※は北川による。

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 (会員用「大和民族」と「神々(正法)」との歴史
      /日本神話に刻まれた神々の叡智(2022/01/10)

  悪魔の血流と「真の信仰」

  宗教と科学の一致「より正しく理解しようとする姿勢」

  銀河種族:琴座⇒プレアデス⇒ニビル⇒地球

  地球・ニビル人類と同盟星の方々
        (プレアデス/火星/シリウス/オリオソン/琴座)
    第四の長老から(pdf)(工事時中)

  神々と人類史:Ⅰ/Ⅱ/Ⅲ/Ⅳ/結び

  [一般向け:日本神話に刻まれた神々の叡智(pdf)(R4/1/16)]
 


2024/08/10 伝言に代えて






1.人類の永続を願った「イザナギ・イザナミの12氏族」
 /天地創造は永遠の「双子の原理」を踏まえた、イザナギ夫妻の聖婚。
      (⇒[合成された「巫」の意味/②.合成文字「巫」の意味]参照)
      (⇒[永遠の「双子の原理」=「ウス」の原理は天地創造の原理]参照)
 /聖婚から生まれた「国土」と「12氏族」は、神々から与えられた宝物である。
 /ニビル星人の叡智が与えた聖婚から生まれた
  イスラエル12氏族やモーセの民に継ぐ、イザナギの「国土」「12氏族」。
 ❑.12は聖なる数、それはニビル星が第12番惑星だから。
  他にも、ニビル星人が定めた横道12星座(12方位、12時計、12氏族)。
 ❑.赤い惑星ニビル星の色は高貴の色
  高貴の色=邇=朱=丹 ⇔ ニビル (⇒[高貴の色=邇=朱=丹 ⇔ ニビル])参照
 ❑.黄泉の色=青は、暗黒太陽の色だろう。
 ❑.ニビルは古代大和語で「天照」の意味
  /つまり、ニビル星の統一王朝の日嗣は「天照」だということ。
  /ただし、プレアデスの皇統との関係は今のところ不明です。
1.1.皇室が四国を訪問されない理由は、四国が黄泉の世界だからだ。
1.2.二人の天照(2023/10/01 北)
1.3.黄泉と現世の比較

2.「委」「倭(わ)」そして、「倭(やまと)」
 ◇.[日本列島が倭と呼ばれた経緯と時期について]参照
 ◇.[考古資料が明かす。黥面文身・習俗]参照

3.エリヤ&エリシェ(司祭族・レビ族)⇒エリコ
 /「エリヤ」とは ヘブライ語 で「ヤハウェは我が神なり」

4.世界最古のペトリグリフは日本。※ペトリグリフ=線刻,岩刻。
 /日本の三種の神器&菊花紋とシュメルの三種の神器&菊花紋
 /前5千年頃に縄文人⇒中国大陸、シュメル他へ。
 /天皇は、日本語で「スメラミコト」、シュメル語で「スメラ」。
 /言語と信仰形態が似ている。
5.エリア&エリシェ⇒エリコ
 5.1.ウ /禹,鵜,鴉
6.欠史八代  … 実質ウガヤ・フキアエズ
7.日本人の源流:「出雲と東北」知られざる血脈。
8.呪文土偶
 /保食神と月夜見尊 /縄文時代と食物
 /シュメルの女神 ⇒[縄文イナンナ] /異星人=神々
9.裸国と黒齒国はペルーだった『縄文文明 P111-113 (小名木 善行著)』


1.人類の永続を願った「イザナギ・イザナミの12氏族」
 /天地創造は永遠の「双子の原理」を踏まえた、イザナギ夫妻の聖婚。
     (⇒[合成された「巫」の意味/②.合成文字「巫」の意味]参照)
     (⇒[永遠の「双子の原理」=「ウス」の原理は天地創造の原理]参照)
 /聖婚から生まれた「国土」と「12氏族」は、神々から与えられた宝物である。
 /ニビル星人の叡智が与えた聖婚から生まれた
  イスラエル12氏族やモーセの民に継ぐ、イザナギの「国土」「12氏族」。
 ❑.12は聖なる数、それはニビル星が第12番惑星だから。
  他にも、ニビル星人が定めた横道12星座(12方位、12時計、12氏族)。
 ❑.赤い惑星ニビル星の色は高貴の色
  高貴の色=邇=朱=丹 ⇔ ニビル (⇒[高貴の色=邇=朱=丹 ⇔ ニビル])参照
 ❑.黄泉の色=青は、暗黒太陽の色だろう。
 ❑.ニビルは古代大和語で「天照」の意味
   /つまり、ニビル星の統一王朝の日嗣は「天照」だということ。
   /ただし、プレアデスの皇統との関係は今のところ不明です。

 『古事記』には、イザ・ナミイザナギ一族の各氏名族と、『秀真伝』に明示されている8方位の領地が明記されている。イスラエル(ヤコブ)の12氏族は男子だけで、彼には妻レアとの間に娘ディナもいたが氏族には入れていないので、古事記においても女子を氏族から除くと、12氏族になる。
     
 『秀真伝』によれば、イザナギ夫妻の最初の子は長女「昼子姫」で、次に未熟児で夭折した子が生まれ、次に待望の長男「天照=若仁=大日霊杵」の姉である。次に月読(月夜見/月黄泉)、最後にスサナ尊(イザヤの長男スサナウェ)が生まれる。
 昼子やモーセが流された理由については、(⇒[1.1.モーセや昼子は「汚穢」を清められた存在!?])を参照。
①.淡道の穂の狭別島(淡路島) ※.淡島と水蛭子は対象外。
②.伊予の二名島(四国)
   粟国は、大宜都比賣
   讃岐国は、飯依比古
   伊予国は、愛比賣
   土佐国は、建依別
③.隠伎の三子島天之忍許呂別
④.筑紫島(九州)
   筑紫国は、白日別
   豊国は、豊日別
   肥国は、建日向日豊久士比泥別
   熊曾国は、建日別
⑤.伊伎島(壱岐島)天比登都柱
⑥.津島(対馬島)天之狭手依比賣
⑦.佐渡島
⑧.大倭豊秋津島 天御虚空豊秋津根別(エフライム族,ユダ族)
   ユダ族=ヘフジバ(女神天照)&スサナ命 … イザヤ一族
   エフライム族=天照(若仁)
 天地創造は永遠の「双子の原理を踏まえた、イザナギ夫妻の聖婚から生まれた「国土①~⑧」と「大和民族の12氏族」は、神々から与えられた人類への法灯であると、天地創造の著者は明確に主張している ── 勿論、それは現天上界の御計画であった。
 天地創造の著者は、『秀真伝』『聖書』『古代シュメルの叡智「メ」』を踏まえて、日本の永続を願ってエフライム族・天照(若仁)と、ユダ族・ヘフジバ(女神天照)&スサナ尊とを「永遠の双子」とみなし、エフライムを黄泉(阿波=四国)の王統とし、大和の皇統をユダ族とした。この皇統の交替を後世に残すために、『秀真伝』とイザヤ一族の物語を知る古事記の著者は「天磐戸」神話を創造したのです。
 それは、第3代ヤハウェ・マルドウク様が、正当な王位継承者である長子ダビデの資質と人格を見て後継者とせず、養子としてエル・ランティ様を迎えられ、王位を禅定されました。その時、ダビデとエル・ランティ様を、永遠の双子とみなして、天と地の永続を願われたのでした。尚、マルドウク様の父エンキとエル・ランティ様の父エンリルは、ニビル星統一王アヌの異母兄弟だった。兄エンキは第二王位継承者,弟エンリルは王位第一継承者だった。
 そして、若仁の皇統に、ユダ族の男子を養子とされ、エフラム・天火明命と、ユダ・瓊瓊杵命の二人に、三種の神器が与えられ、二朝制へ移行した。しかし、天火明命の人格が王位に相応しくなく、双子の原理から、彼は阿波・黄泉の統治者とされた。そして、皇統は大和の国を豊葦原瑞穂国とした瓊瓊杵尊に与えられた。さらに、『秀真伝』には、最終的には月読(月黄泉)命が四国の統治者として就任している。

❑.高貴の色=邇=朱=丹 ⇔ ニビル

 皇室では「邇=朱=丹」が古来、高貴の色とされている。それは、古代では、この色は朱(ニビ,ニブ)と呼ばれていた。
 エルは天上語で正義を照らすなので、ニビルは赤く照らすの意味になるので、ニビル星の赤い色を高貴の色としたのだとわかります。つまり、古代大和では、ニビル星とニビル星人のことを、ニビル星人の神々が王国の王として生きていた時代である古代シュメルと同じく、知っていたと推測できます。

❑.黄泉の色=青は、暗黒太陽の色だろう。

 竪穴石室には、阿波の青石(三波川帯)が敷き詰められているます。阿波(徳島)は古事記では黄泉の国とされている。
 竪穴式石室(たてあなしきせきしつ)は、古墳時代前期から中期にかけてよく見られる古墳の埋葬施設である。そして、青石は常に阿波の国から運ばれた。
 地球とニビル星は双子で、そして、太陽系の我が太陽と、ニビル星を引き連れている暗黒太陽は双子の太陽である。この阿波の青石は暗黒太陽の印だろう。
 下図:鳴門市西山谷古墳二号墳 竪穴式石室(忌部文化研究所)
  

❑.ニビルは古代大和語で「天照」の意味
 /つまり、ニビル星の統一王朝の日嗣は「天照」だということ。
 /ただし、プレアデスの皇統との関係は今のところ不明です。
 /ニビル色の前は、翡翠信仰があった。

 大ヒルメは、大・日霊女と書いて、生きている女天照(ヘフジバ)の事である。また、大ヒルギ=大・日霊杵=男天照(若仁)の事を示している。つまり、ヒル=日霊が天照を意味している。一方、エルは天上語で「正義を照らす」なので、ヒルは太陽が照らすの意味となるのでしょうから、天照の意味となる。
 ここで、ニビルは、「ニ・ビル⇒邇・ヒル⇒朱・日霊⇒朱・天照」となり、赤い惑星にビル=天が正義を照らしているという意味になると思われます。
 以上の推理が正しければ、「アワ」を「天地」,「1234」を「ひふみよ」と読む古代大和語(シュメル語から派生したヘブライ語よりも古い,古拙シュメル語と古代大和語は類似だと思われるが、縄文文化が古いので … )で、ニビルは赤い天照と読め、皇室はニビル星の赤い輝きを「邇=朱=丹」として、高貴な色として伝えてきたことから、ニビル星の言葉を親とすれば、古代大和語と古代シュメル語は直径の言語なのだと推論できるのです。
 天皇家は世界で一番古い家長制度象徴で国の基盤でもあります。共産主義者に取ってはこの象徴を破壊する事はニビルを破壊するにも等しく常々国の形を無くす努力をしています。 … 読者より(2023/10/01)

追記:「天照」と「天照」

 それから、エフライム族の天照・若仁は、男天照で、生まれたのは日本、BC1100年頃です。
 天照は代々継がれていて、当時の「天照」の読みは「AMATERU」「あまてる」です。天が地上を正義で照らすという意味なのでしょう。天が未熟な人類を導くという意味合いが強いのだとと思います。
 そして、南ユダ王国の滅亡の予見から、ユダヤ人イザヤの一族が日本に渡来してきます。イザヤの長女ヘフジバ女王、弟二人がリーダーで海のシルクロード経由で日本へ。このヘフジバが、女神・天照です。この時の「天照」の読みは「AMATERASU」「あまてらす」です。天にある正義を照らし、地上の人類に知らせるの意味でしょう。だから、人類史の主人公は人類の手に移譲されたのでしょう。
 だから、同じ「天照」でも、天上界の「天照」に込められたご意思とご計画が違っていることが明らかです。

1.1.皇室が四国を訪問されない理由は、四国が黄泉の世界だからだ。
 ※(⇒[天国と地獄はどのようにして作られたか 千乃 裕子)]参照)
 ※(⇒[10-13.冥界の支配者]参照)
 ※(⇒[1-2.ニビル星人の紹介]参照)
  ◆ 『エンリル神とニンリル女神』
  ◆ エレシュキガル[冥府の女王][大いなる地(冥界)の女主人]
  ◆ ニンアズ(エン・アズ)「蛇神、シュメールの医術の神」
  イナンナ(イシュタル)の冥界下り … 『メソポタミアの神話』より抜粋
  ネルガルとエレシュキガル … 『メソポタミアの神話』より抜粋
 ※(⇒[1-10.シュメル神話の紹介]参照)

 古代シュメルには、「エンリルの冥界への追放と復帰」,「イナンナの冥界下り」など、有名な物語が残され、ウガリット神話にも貴重な物語が残されている。物語の中では、冥界が世捨て人、王位を放棄した人々、犯罪者の行く所で、一度入ったら抜け出せないところとされている。しかし、そこには優秀な医学者や科学者、技術者、軍人、政治家、皇族、芸術家などが、集っている。だから、現世の人々から、食料や軍事力や医学などなどで頼られる存在でも有る。そして、冥界から抜けるには、身代わりが冥界にとどまる掟になっていて、冥界にも王位継承があり、国を治める制度が整っている。
 日本では「逃げ込み寺」のような存在だと思っていましたが、阿波(徳島)を中心とする古代日本の神社などを資料などで見てると、まるで双子のような神社系列が見て取れ、これまで謎で包まれていた黄泉での暮らしが窺えるのです。

1.2.二人の天照

 『日本書紀』によれば、八咫鏡は「真(ま)経津(ふつ)鏡」ともいう。
 天岩戸開きの時に2枚の神鏡が造られたのだが、一つは八咫鏡である。一方、和歌山県の日前神宮・國懸神宮には、八咫鏡に先立って鋳造された鏡である日像鏡・日矛鏡が、御神体として祀られている。つまり、先に作られた日像鏡・日矛鏡は天照(amateru:若仁)であり、八咫鏡が女神・天照(amaterasu:ヘフジバ)である。

 ▼日前神宮・國懸神宮 和歌山県和歌山市秋月
  〔日前神宮祭神〕日前大神(神体は日像鏡)【相殿】田-兼命、石凝姥命
  〔國懸神宮祭神〕國懸大神(神体は日矛鏡)【相殿】玉柤命、明立天御影命、鈿女命

 天照が造らせた鏡を、皇居で奉斎しようとしたが「畏れ多い」として、レプリカを作り奉斎している。宮中内侍所に御神体として祀る〈鏡〉はアマテラスの御霊代ではなく、天照国照彦火明命、つまりニギハヤヒの御霊代として祀ったというのだ。結局、賢所には新たに製造した「国照天照彦饒速日」の八咫鏡と、猿田彦大神とともに祀った。そのレプリカ神鏡を八咫鏡をおつくりになった石凝姥命の子孫鏡作師が崇神天皇六年九月三日に鋳造した。
 伊勢神宮内宮では千木・鰹木が内削ぎ10本で女神、外宮は外削ぎ9本で男神である。
 つまり、伊勢内宮には天照(あまてらす:ヘフジバ)を、外宮には第五代高見産霊の諱(いみな)玉杵を祀ったのだろう。
 天照(あまてる:若仁)の時、伊勢神宮外宮の豊受大御神は、第五代高見産霊の諱(いみな)玉杵が豊受である。だが、当時も黄泉の国のオオゲツヒメは食物の神である。そして、皇統が邇邇芸に日嗣された後は、豊受大御神はオオゲツヒメとされている。『豊受皇太神御鎮座本記』には、豊受大御神は阿波国の忌部神社や天叢雲神社から移って鎮座していると記述されている。尚、叢雲の命(天叢雲?)は、豊受神(玉杵)の玄孫(やしゃご、4代)である。

1.3.黄泉と現世の比較

 イザナギの冥界下りにおいて、彼がイザナミの見にくい屍を見た後、現世に向かって逃げ出した。冥界の鬼や雷鬼がイザナギを追いかけてくるが、イザナギは葛を投げつけると、それが山葡萄になり、鬼たちが食べる。更に逃げると、櫛を投げつけると、それがタケノコになり、鬼たちが食べる。そして、桃の実を摘んで投げつけると、鬼たちは退散してしまう。イザナギは現世に戻ることができる。
 この物語から、下記の関連が明らかになる。
  黄泉での名称   現世での名称
 ──────── +────────────
  山葡萄       葛
  タケノコ      櫛
  結界        桃の実
  死         生
  生         死
  鬼         神
  三貴神       三貴神
   天火明       天照:太陽:左目 ⇒ 瓊瓊杵命
   香具山       月黄泉:月:右目,⇒ 大国主
   太玉(忌部氏)    スサナ命:海:鼻 ⇒ 天児屋根(中臣氏)
  月黄泉       イザナギ:
             イザナギが黄泉から現世へ、
             身代わりに月読命が黄泉へ。
  オオゲツヒメ    豊受(十四ケ⇒斉死御食)
   鼻や口や尻     食材
   頭,目,耳,    蚕,稲,粟,
   鼻,陰部,尻,   小豆,麦,大豆

2.「委」「倭(わ)」そして、「倭(やまと)」

 倭という文字は日本人を侮蔑する為に当てた文字だとする説も多い。字の成り立ち説明においても、倭は人の象形と穂先の垂れた稲、両手をしなやかに重ねひざまずく女性を表現していると言われる。簡単に言えば、大人しくてよく言いつけを聞く従順な民族だと云う意味だ。

◇.[日本列島が倭と呼ばれた経緯と時期について]参照
 /本来「倭」は儒教の聖地の事。
 /孔子の云う「倭」とは「天性、道理などに従順な民の国、すなわち
  君主国」「道理や仁に従順な国や場所」の意味だった。
 /「わ」と発音されたのは5世紀以降で、それまでは「イ」だった。
  当初「イ」は朝鮮半島の付け根にあるとされたが、探査が進むに連れて、
  未開の朝鮮半島の先端の方だとされ、「わ」と呼ばれる頃には日本列
  島のことを指すようになった。
 『古代中国漢字が解く日本古代史の虚位と真実』中島信文著より

 一方、倭(やまと)では、「い」が委面(黥面)を連想させるから嫌がった。委面は大和でも中国においても不名誉な事だ ── 尚、伊勢や糸島や伊都国の伊は、ユダヤ系やシュメルでは神々のランク50として使われている。江戸期における日本同様に、古代中国では罪人の顔に入れ墨を入れる刑罰がある為だ。始皇帝の後の世の英雄英布は通称黥布(げいふ)と呼ばれている。黥とは顔に入れ墨があることを言う。彼もまた、罪人であった為、顔に入れ墨があったのだ。
◇.[考古資料が明かす。黥面文身・習俗]参照
 倭人伝にある“黥面文身”を裏付ける考古資料が日本各地から出土しており、設楽博己氏は次のように記していました。
「当時の中国ではイレズミは刑罰の一種だったので、黥面文身を倭人の習俗のトップに持って来たのは『三国志』の編者である陳寿にとってそれなりの驚きがあってのことだろう。(中略)」(『三国志がみた倭人たち』77)
 設楽氏の結論は、倭人の黥面習俗は“考古学の観点から見て正しい”であり、注目すべきは。邪馬台国の平行期、二~四世紀、日本には黥面習俗を持つ地域と持たない地域があった”という指摘です。
 そして、ユダヤ教徒には入れ墨の習俗は存在しないので、太白一族に黥面の習俗があることから、魏志倭人伝の倭人は彼らを示しており、彼らは定期的に中国大陸の王朝に朝貢していたのだろうと推測できるのです ── 卑弥呼が魏に使者を送っていたことはよく知られている。
 『史記』によると、太伯(呉の伝説的な始祖王が太伯である)は華北一帯を支配していた周の王子として生まれたが、王位を弟の季歴に譲り、自身は野心のないことを示すために入れ墨・断髪をして、もうひとりの弟とともに野蛮の地に逃れ、呉を興して王となった(姓は周王朝と同じ「姫」であり、紀州がその本拠地でも有る。)。太伯には子がいなかったため、太伯の後には弟が王に立った(周王室は末子が後を継いでいる)。
 中国南宋(1127年-1279年)末期に活躍した儒学者(朱子学者)の金履祥は、歴史書「通鑑前編」を著した。通鑑前編に「日本から来た使者が、我々は呉の太伯(紀元前11世紀)の後裔だと云う。呉は亡び(BC473年)、その子孫が海を渡り、倭国(わ)を造った」とある。
 類似の記事は多くあり、魏略・晋書東夷伝・梁書東夷伝などにも「自謂太伯之後(自ら太伯の後裔と云う)」と記されているので、中国では交易に来る倭人(日本人)は、(揚子江)江南の呉王の子孫と見ていた。また、周(BC1046年頃-BC249年)の国姓は姫(き)であったので、周から出た呉の国姓も姫(き)であった。平安時代に中国は日本を「姫氏国」と呼んだ時期があるようだ。以上のように、呉王の子孫は、中国大陸の王朝と多々交流があった。
  
 ここで、志賀島の金印「漢委奴国王」は、「委」国のことだから、孔子が理想とした理想の国のことか、日本に亡命した太白一族の国のことである。
  
 以上から、日本では一貫して「倭」を「やまと」と呼んでいたので、「倭(わ)」については、孔子が理想とした理想の国のことか、日本に亡命した太白一族の国のことである。だから、漢字で「倭」とした場合、3個の異なる国を指していたことになる。
 「和」というと、それが漢字であるところから儒教だ仏教だと分析しがちです。しかし、当時の人は「和」を「やわらぎ」と読みました。「やわらぎ」とは、日本人の非常に感性的な人間関係のやさしさ、なめらかな動きを意味しています。だから「和」は「やわらぎ」と読んだほうが、日本人の感性に合うわけです。これを「わ」と読むと、明らかに漢字だという意識が最初に来て、外来のものという感じがしてしまいます。
 古代中国では、ユダヤ教の用語を漢字に取り込み、後に伝播した仏教がこの用語を拝借した。更に、孔子は旧約の教えを儒教とした。しかも、唐の時代に景教(ユダヤ教の一派で、イエスを人間とする原始キリスト教)が大流行し、ユダヤ教、仏教、密教、景教に同じ用語を当てたので、支那から輸入された文献からでは、神道は別として、日本では区別がつかなくなってしまった。
 そして、秀吉の世に渡来したキリスト教徒による布教は、大成功した。見かけや用語の違いからキリスト教と密教が元が同じものだとは誰も思わなかった。キリスト教の元祖がユダヤ教や儒教だとは誰も思わなかったし、旧約の教えが漢字に込められている事も忘れ去られていた。結果、七大天使が船に乗って七福神として日本に渡来し、更に大日如来がヤハウエ、薬師如来はイエス、観音菩薩が母マリアとして密教に取り込まれ、日本式仏教(他力信仰の密教、道教、儒教、科学などの混在)として布教されてしまいました。
 孔子の儒教の原型はユダヤ教(孔子の理想とした「委」のこと)であったのだが、カイン・カナン一族の下で、一族内の道徳として成立した。日本式儒教には公があるが、中国にはない。更に、中国では、各々の一族で掟が異なるため、儒教でもっとも大切な仁や義でさえも、一族が異なれば全く別物なのである。そして、彼らの掟である盗んでは成らないという道徳は、一族の中だけに適応される。つまり、一族を守るためであれば、ウソを付いても、盗んでもかまわないのである。その一族の道徳が孔子の儒教から遠のいた彼ら流の儒教である。
 元は同じ神の教えが、漢字(旧約)や密教(景教)や儒教(ユダヤ教)や神道(ユダヤ教)というように表面的に形を変え、日本に定着し、別のものとして区別して認識されるようになった。その結果、密教、キリスト教、旧約、神道などなど多数の宗教が乱立してしまった。

3.エリヤ&エリシェ(司祭族・レビ族)⇒エリコ
 /「エリヤ」とは ヘブライ語 で「ヤハウェは我が神なり」

カラスによって養われるエリヤ
 「エリヤは私たちと同じような人でしたが、雨が降らないように祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。」(ヤコブ5:17)。エリヤが荒野でイスラエルの神様の御名が汚されていることを思い、イスラエルがバアル礼拝から主に立ち返る道を祈り求め、考えついたのが「雨を降らせない」ということでした。神様はエリヤの祈りに応え、この方法を採用されました。そして 「私(エリヤ)のことばによらなければ、ここ二、三年の間は、露も雨も降らないであろう。」 (Ⅰ列王記17:1)という警告になるのです。
 当然エリヤはイスラエル王国第七代・アハブ王(在位:BC869年~BC850年)から命を狙われることになります。また雨の恵みにエリヤもあずかれないことになります。そこで神様は「ケリテ川のほとりに身を隠せ。そしてその川の水を飲まなければならない。私は烏に、そこであなたを養うように命じた。」とエリヤに告げます。朝と夕、カラスがパンと肉を運んできて、川の水を飲んでエリヤは守られます (Ⅰ列王記17:2~6)。
 『イザヤ書』によればイザヤ(ヘブライ語で「ヤハ(ヤハウェ)の救い」BC783~BC715)は結婚していて、その妻(ツィポラ)は女預言者と呼ばれていた(イザヤ8:3)。息子が2人おり、それぞれに神の啓示により象徴的な名をつけた(イザヤ7:3、8:3)。
 長男シェアル・ヤシュブは「残りの者は帰るだろう」という意味で、捕囚の後イスラエルの民が帰られることを暗示した名前です。
 次男マヘル・シャラル・ハシュ・バズは「分捕りは早く、略奪は速やかに来る」という意味で、これから捕囚にある運命を知らせる名前です。

4.世界最古のペトリグリフは日本。※ペトリグリフ=線刻,岩刻。
 /日本の三種の神器&菊花紋とシュメルの三種&菊花紋の神器。
  ⇒[皇室の「菊の御紋」とエルサレム「ヘロデ門の紋」は同じです]
 /前5千年頃に縄文人⇒中国大陸、シュメル他へ。
  ⇒[シュメル王の一族は船団を組んで、日本へ着いた。]
 /天皇は、日本語で「スメラミコト」、シュメル語で「スメラ」。
 /言語と信仰形態が似ている。
  https://www.youtube.com/watch?v=IjuU0vSuwE0

※1.シュメル文明:前5千~前3千5百年頃。

 前5千年頃、アカホヤの大噴火により、九州他の縄文人が、関東や海外へ移住した。

※2.シュメル人が縄文人の元だという説あり。

 逆に、縄文人がシュメルへ移住した説もある。

※3.前2千年頃、彼らは忽然と消えてしまった。

※4.シュメルと大和は似ている

①.シュメル:スメル、日本語:天皇=スメラミコト
②.信仰形態と文字構造が似ている。
③.同じ三種の神器
 シュメル文明には「日像(がた)鏡」「月像の首飾り」「武神の剣」という三種の神器が存在していたという。また、「武神の剣」は7首を持つ竜「ムシ ュマッヘ」を倒した時に入手したとされている。

④.シュメル王朝は「菊花紋」を使用していた。

 バビロン神殿にも、シュメル子孫のフセイン大統領も菊花紋を使用している。

 また、日本各地にシュメル文字の線刻文字がたくさん残されている。
①国東半島の線刻文字。
 岩に刻まれた神代文字は「トミアキタラシナカオキテンノウ」と。『記紀』には記述がないのですが、ウガヤ王朝の第25代天皇として『古史古伝』に記載されている。
②熊本県弊立神宮の線刻文字。
 日本最古の神社とされ、『古事記』冒頭の天地開闢で最初に登場する天之御中主や、万物の親神とされる神が祀られている。
 線刻文字は、本神社の御神体の鏡石の表と裏の両面に豊国文字で「アソヒノオホカミ」=幣立神宮の主祭神2神が刻まれている。
※アソ・ヒ=火山神と太陽神
③静岡県、縄文時代の水窪遺跡(前600年頃)。
 古代フェニキア文字で刻まれた線刻文字が、残されている。
 フェニキアはアッシリアにより、前8世紀頃には衰退していた。
④山口県彦島、彦島杉田遺跡(縄文時代)。
 シュメール文字で30個もの線刻文字が残されている。前2千年頃~ 300年頃に刻まれたと推測されている。尚、シュメル文明以前の1万3千頃に刻まれたものも発見されている。
 そして、「日の神/大地の神/豊穣」といった言葉が彫られている。
  ⇒(異星人が残したペテログラフ)参照
  ⇒(日彦島に残る最古のペテログラフ)参照
⑤熊本県:押戸ノ石(5mを超す巨岩)。
 およそ4千年前にシュメル文字で「神/雨/祈る」などが刻まれている。

5.エリヤ&エリシェ(司祭族・レビ族)⇒エリコ
 /「エリヤ」とは ヘブライ語 で「ヤハウェは我が神なり」
カラスによって養われるエリヤ
 「エリヤは私たちと同じような人でしたが、雨が降らないように祈ると、三年六か月の間、地に雨が降りませんでした。」(ヤコブ5:17)。エリヤが荒野でイスラエルの神様の御名が汚されていることを思い、イスラエルがバアル礼拝から主に立ち返る道を祈り求め、考えついたのが「雨を降らせない」ということでした。神様はエリヤの祈りに応え、この方法を採用されました。そして 「私(エリヤ)のことばによらなければ、ここ二、三年の間は、露も雨も降らないであろう。」 (Ⅰ列王記17:1)という警告になるのです。
 当然エリヤはイスラエル王国第七代・アハブ王(在位:BC869年~BC850年)から命を狙われることになります。また雨の恵みにエリヤもあずかれないことになります。そこで神様は「ケリテ川のほとりに身を隠せ。そしてその川の水を飲まなければならない。私は烏に、そこであなたを養うように命じた。」とエリヤに告げます。朝と夕、カラスがパンと肉を運んできて、川の水を飲んでエリヤは守られます (Ⅰ列王記17:2~6)。
 『イザヤ書』によればイザヤ(ヘブライ語で「ヤハ(ヤハウェ)の救い」BC783~BC715)は結婚していて、その妻(ツィポラ)は女預言者と呼ばれていた(イザヤ8:3)。息子が2人おり、それぞれに神の啓示により象徴的な名をつけた(イザヤ7:3、8:3)。
 長男シェアル・ヤシュブは「残りの者は帰るだろう」という意味で、捕囚の後イスラエルの民が帰られることを暗示した名前です。
 次男マヘル・シャラル・ハシュ・バズは「分捕りは早く、略奪は速やかに来る」という意味で、これから捕囚にある運命を知らせる名前です。

5.1.ウ
禹:うさぎ,月
鵜:う
鴉:カラス

6.欠史八代 /実質、ウガヤ・フキアエズ

7.日本人の源流:「出雲と東北」知られざる血脈。
・クナト大神=大国主・大物主
 東北や福島 … ヨブ族
・ナガスネヒコ兄弟が青森へ。
・大国主が遊べ族として青森へ。
・DNA
 縄文人遺伝子:沖縄とアイヌが濃い。
 出雲人と東北人に近縁が有る。
 東北の遺伝子は東北には伝わっていない。
・東北弁と出雲地方の方言が似ている。

・縄文語の発見
 縄文語は弥生時代に引き継がれ、出雲や東北に生き残った。


8.呪文土偶
8.1.食料神
  
  オオゲツヒメと保食神 (ウケモチノカミ)
大気都比売神と須佐之男命
 『古事記』においては、岩戸隠れの後に高天原を追放された速須佐之男命(素戔嗚尊)が、食物神である大気都比売神(おおげつひめ-)に食物を求めた話として出てくる。
 大気都比売は、鼻や口、尻から様々な食材を取り出して調理して須佐之男命に差しあげた。しかし、その様子を覗き見た須佐之男命は食物を汚して差し出したと思って、大気都比売を殺してしまった。
 大気都比売の屍体から様々な食物の種などが生まれた。頭に蚕、目に稲、耳に粟、鼻に小豆、陰部に麦、尻に大豆が生まれた。神産巣日神(神産巣日御祖命・かみむすび)はこれらを取って五穀の種とした。

8.2.保食神と月夜見尊
 『日本書紀』においては、同様の説話が神産みの第十一の一書に月夜見尊(月読命・つくよみ)と保食神(うけもち)の話として出てくる。
 天照大神はツクヨミに、葦原中国にいるウケモチという神を見てくるよう命じた。ツクヨミがウケモチの所へ行くと、ウケモチは、口から米飯、魚、毛皮の動物を出し、それらでツクヨミをもてなした。ツクヨミは汚らわしいと怒り、ウケモチを斬ってしまった。それを聞いたアマテラスは怒り、もうツクヨミとは会いたくないと言った。それで太陽と月は昼と夜とに分かれて出るようになったのである。
 アマテラスがウケモチの所に天熊人(あめのくまひと)を遣すと、ウケモチは死んでいた。保食神の亡骸の頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、陰部から麦・大豆・小豆が生まれた。アメノクマヒトがこれらを全て持ち帰ると、アマテラスは喜び、民が生きてゆくために必要な食物だとしてこれらを田畑の種とした。

8.3.縄文時代と食物
❑.『土偶を読む ―― 130年間解かれなかった縄文神話の謎』小学館 竹倉史人著
 /土偶は女性像ではない!
 /土偶は植物霊の祭祀に用いられた道具では?
 /フレイザー『金枝篇』(1890)
  人類学者ブレイザーが蒐集した古今東西の未開社会の
  「呪術・神話・儀礼・タブ」ーをまとめた大著。
 ⇒シュメルの女神 ⇒[縄文イナンナ]
④異星人=神々

9.裸国と黒齒国はペルーだった『縄文文明 P111-113 (小名木 善行著)』

 『魏志倭人伝』では、縄文人の居場所として、下記の記述があります。

 「裸国と黒齒国あり、またその東にあり。船行一年にして至るべし」
 ⇒東南に「裸国」と「裸歯国」があり、船で1年かければ行った先にも、縄文人が居る。

 ここで、『魏志倭人伝』がいうところの、船で1年かけてたどり着く「裸国」と「裸歯国」は、ペルーのことではないでしょうか。
 ペルーを旅した時、古い言い伝えで「我々は日本からやって来て、この地に住み着いた」「白い人たちが、さまざまな文化を伝えてくれた(※ペルーの人達からすれば、日本人は白人です)」と語り継がれている。また、南米には黒色顔料にもなるビトという木の実があり、アマゾン流域のシピポ民族が食用にしている。歯が真っ黒になり、付着するとなかなか取れません。さらに、縄文式土器たまったく同じ作りの土器が、中南米・南米、カナダ、アフリカからも見つかっています。

⇒[シュメル王の一族は船団を組んで、日本へ着いた。]
 前1千年頃から前800年頃にかけて、シュメル王族は船団を組んでビルマ、マレーシアを経由して、縄文時代の日本に着いた。加えて、流浪の十氏族(エフライム族)もまた、インド経由の海路、陸路で縄文時代の日本に渡来している。最後に、イザヤの民=ユダヤ人がユダ王国滅亡直前に縄文時代の日本に渡来している。他にも、ソロモン王の時代、鉄器技術者が日本に渡来している。
 岩田明氏は「今からおよそ4000年前、シュメル人は海を渡り、1000年をかけて南インドから東南アジアを経由し、行く先々に根拠地をつくりながら日本に渡来した。……私は、自ら立てたこの仮説を実証するため、古代シュメル船[帆船]を復元し[シュメール古書のなかの造船方法を記述したものを翻訳し、南インドの造船所でそのとおりに建造した。33トン、船長15メートル、船幅4.27メートル]……インドから日本までの実験航海に挑戦した」(『消えたシュメール人の謎』九ページ、徳間書店)と述べている。この航海は、1992年3月17日から6月17日まで3カ月、4032海里を走行し、沖縄久米島沖で転覆、海上漂流中、航空自衛隊機に発見され救助されたと、記されている。岩田氏は船乗り(東京商船大学卒業、三井船舶入社、一等航海士、海上勤務)の経歴ゆえの快挙というべきでしょう。



⇒[沖縄の十支族「鶴(徒)族」と「亀(徒)族」]
 タルシン船で、海のシルクロードを通じて日本に渡来。
 陸のシルクロードを伝って東に向かった一団を鶴族と呼んでいた ── 北回りなので丹頂鶴に例えたのかもしれない。海のシルクロード(南回りに船で海岸線)を伝って渡来した者達を亀族と呼んでいた。


❑.南極からアメリカへの移住,ムーから南極への移住
 /出エジプトでも,米国を目指したときも、神はカナンを指し示した。
 ※カナン(約束の土地)は和語で、カ・ナ・エン⇒輝く導き主。
 /仲哀天皇は、ダビデによるカナン行きを否定した。

 移住はアジアから北のベーリング海峡を経由して行なわれたのではなく、オーストラリアやニュージーランドから、南極大陸を経由して南アメリカへというルートが取られた。このは、最近、チリ北部のペルーとの国境近くで、9000年前の埋葬された人間のミイラが発見されてから、にわかに脚光を浴びていた。
 出エジプトの物語の中では、神は「約束の土地、カナン」のことを、「大麦や小麦、ぶどうやいちじくや、ざくろの生えている土地、そして、オリーブの木や蜂蜜のある土地 … 石は鉄ででき、その山々からは銅が切り出せる上地」だと述べている。アステカの神も、彼らの「約束の土地」について「家々は金と銀でつくられ、色彩豊富な綿や色合いも豊かなカカオの本がいっぱいある土地」だと、彼らに説明している。アメリカ大陸への最初の移住者たちは、もし、誰か神のような者が彼らに進むように指示し、何か期待できる
か説明してくれなかったら、あえて不可能とも思われる苦難の旅を続けられただろうか?
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