民族絶滅の危機T


 2009年に発刊された[7.5 ウイグル虐殺の真実][中国の狙いは民族絶滅][ウイグル人に何が起きているのか]を紹介致します。尖閣のみ成らず、2013/05/09には沖縄までも、日本が支那から奪ったと、支那は公式に声明を出しました。勿論、中韓が揺さぶりを掛けても動じない安倍政権への外交圧力で、史実的根拠はまったくありません。もしあるのなら国際裁判所に提訴すればよいのです。 (⇒[東京での世界ウイグル会議へ])
 しかし、シナの謀略を侮ってはいけないこと、甘く見ていると日本全体が、チベットやウイグルの悲劇を繰り返すことにも成りかねません。新しい被害者は何も日本だけとは限らないのです。だから、日米安保を基軸とし、価値を同じくする国々と協力しながら、支那と北朝鮮を封じ込め、支那に追従する韓国を叱りつけてあげる必要があるのです。
 本書を手に取り、最初に感じたことは、共産主義の悲惨さです。支那は儒教精神と同じで間違いなくカースト制度で、ウイグル人のみならず、下級漢人は、仕事も食料も住宅も衣服も水も教育でさえ配給されているのです。少しでも逆らえば、生きて行けない地獄のような政体だと言うことを、思い知りました。例えば、政治に不満が有り逃げ出したとすれば、どこの村の出身かを提示できなければ、仕事も住宅も食料さえ手に入れることはできないのです。仕事を選ぶことも、移住の自由もありません。しかし、上位カーストになれば、全ての国家資産を個人的に利用でき、大きな家に住み、美味しい物をたくさん食べることができるのです。そして、中国はこのように、どこでも“人民が軍隊に奉仕する社会”になっていて、軍は中共の私兵でしかないのだから、人民を恫喝する恐怖支配体制なのです。是非、読破されることをお勧め致します。
        

『中国五千年の虚言史 石平著』より抜粋

 中国人はつねに嘘をつき、人を騙す民族だといわれている。かつて、中国の地を訪れた西洋人も、そのことを記録に残している。
 19世紀末から20世紀初頭にかけて、中国で22年間にわたり布教活動を行ったアメリカ人宣教師のアーサー・スミスは、その著書『中国人的性格』において、中国人がいかに不誠実で、よく嘘をつくか、そしてそのために相互不信が社会でも家庭内でも起こつている、と述べている。
 また、1931年から2年間、上海と福建省で副領事を務めたアメリカのラルフ・タウンゼントは、その著書『暗黒大陸 中国の真実』で、「中国に長くいる英米人に『中国人の性格で我々とは最も違うものを挙げてください』と訊いたら、ほぼ全員が躊躇なく『嘘つきです』と答えると思う」と書いている。さらには、「ただ嘘を隠すための嘘をつかれ、些細な事件でも(処理に)数ヶ月、数年もかかる」と嘆いている。そして、スミスもタウンゼントも、中国人は「嘘つき」といわれてもそれを侮辱とは感じず怒ることはない、と驚いている
 だから、何か利害関係に発展する場合、必ず嘘をつく。そしてその嘘がバレても、とにかく嘘をつき通そうとする。中国人が自らの嘘を認めるのは、相手が圧倒的に立場が上で、そのまま嘘をつき通せば、自分の利益にならないときであるみんながみんなそうだから、とにかく嘘だらけの相互不信社会になる
 中国には、「中国ではなんでもニセモノ、本物なのは詐欺師だけ」ということわざがあり、かつて江沢民政権時代に首相を務めた朱鎔基も、そのことを口にしていた。だから、中国人にとって「嘘つき」というのは悪口でもなんでもない。みんながそうだからだ
 現在の中国は、南シナ海や尖閣諸島を「古来、中国の領土」と主張し、各国と対立しているが、そうした主張もすべて嘘である。外交交渉において中国がいかによく嘘をつくかということは、その歴史から明らかだ。「中国は息を吐くように嘘をつく」ということを、ぜひ、本書で理解してほしい。
 なお、本書のタイトルに「中国五千年」とあるが、中国人はよく自分たちの歴史の長さを自慢する。だが、中華の地は何度も王朝交代を繰り返し、ときには数百年間、異民族に支配されてきた歴史すらある。モンゴルに支配された時代は「中国史」というより「モンゴル史」の一部だろう。にもかかわらず、中国ではチンギス・ハーンを自国の民族英雄に仕立て、無理やり「中国人だった」という歴史の捏造を行っている
 本書では、5000年におよぶ中国の「虚言史」を検証していくが、まずは近現代史から始めたいと思う。おそらく中国の歴史上、もっとも大きな嘘をつき続けているのが、中国共産党であり、徹頭徹尾の嘘は、中国大陸に大きな悲劇をもたらし続けている。
 1997年にフランスで出版された『共産主義黒書(アジア篇)』によれば、中国における共産主義による犠牲者は6500万人。これはナチズムの犠牲者2500万人をはるかに上回る、人類史上最悪の犠牲ともいえる。
 私が子供だった時代も、1949年以前が「解放前」、以降が「解放後」ということを教えられ、「解放前、解放前」という言葉が普通に使われていた。だが、よく考えてみれば、解放でもなんでもない。中国はチベットや新虔(束トルキスタン)を侵略・併合し、多くのチベット人やウイグル人を弾圧、虐殺しているが、中国共産党はチベット侵略を「農奴解放」、ウイグル侵略を「新亜和平解放」などと呼んでいる。
 自分たちの戦争は「解放」であると強調するために、中国共産党は中華民国時代を徹底的に否定、あるいはできるだけ抹殺しょうとする(している)。
 中国人はなぜ嘘をつくのか。(⇒[カナンの呪い][魔族カナン人の正体][カナン人の陰謀]参照)
 本書で述べてきたように、そこには繰り返されてきた易姓革命と、それを正当化するための儒教理論の影響が大きかったと私は思っている。
 さらにいえば、なぜ中国大陸でこれほど戦乱と王朝交代が頻繁に起こったかといえば、有限の資源を奪い合ったからにほかならない。中国史では、一つの王朝が成立するとその外戚や宦官、倭(ネイ、わ、やまと)臣らが権力を独占し、腐敗政治が横行し、民衆への苛斂誅求(税金や年貢を手加減せずに、厳しく取り立てること)によって不満が高まり、やがて地方の農民や豪族が反乱を起こして王朝が滅亡するというのがお決まりのパターンになっている。
 要するに、血なまぐさい殺教によって前王朝を倒し、新しい王朝を建てただけなのだが、それを易姓革命だと正当化しているのだ。
 これだけ戦乱が続く世の中なら、誰もが相互不信に陥るのは当然である。他人を信じていては、いつ寝首をかかれるかわからない。
 さらに19世紀の晴王朝時代には人口が4億を超え、現在は13億である。それだけ人口が増えれば、富の争奪戦が起こるのは当然のことで、厳しい競争社会となる。とにかく他人を出し抜くことが重要となる。だから現在の中国は、社会主義国であるにもかかわらず、貧富の差が世界トップレベルなのだ。
 中国人の「嘘つき」体質は、今後も数百年にわたって不変であろう。そもそも習近平体制自体が、政権にとって都合の悪い情報を遮断し、習近平の実績を水増しし、嘘によって神格化しようとしている。表現の自由がないのだから、政権はいくらでも嘘をついて人民をコントロールできる。そして中国人も、その大きな虚構のなかで、保身のために嘘をつき続けなくてはならない。
 中国にいると、何が本当のことなのかわからない。誰もが嘘をついているという疑心暗鬼がつねにつきまとう。結局、自らを守るための嘘が、巡り巡って自らの首を締めている。
 日本に帰化してから、そのような思いが次第に強くなつたことも、本書を企画した大きな一因である。

漢民族として日本国民として

 中華人民共和国と中華民国、中国の近代史から生まれたこの二つの漢民族主体の猶裁国家は、その「中華帝国再建」の野心実現のために、いわば「少数民族」と呼ばれる人々に対してどれほど惨い仕打ちをしてきたか、本書を通読すればよくわかることである。
 このような残酷な史実を突きつけられたとき、今やすでに日本国民の一員となった私も、漢民族の血を継ぐ者としては、やはり一種の後ろめたさを感じざるを得ない。だからここではまず、本書[中国の狙いは民族の絶滅]に登場する四人の方と、彼らの代表する各民族に対して、平身低頭して心からのお詫びを申し上げたい。本当に済まなかった、と言いたいところである。
 こうした上で、今度は一日本国民としての立場から、私なりの「解説」と所見を述べていくことにしよう。
 一九二年に滴王朝が崩壊したあとに、中国はしばらく分裂の時代に入ったが、一九四九年に中国共産党が全国政権を樹立すると、清王朝の作った版図をそのまま継承した。共産党政権はさらに、チベット族の住む地域を武力をもって征服して中国の一部とした。中国史上最大の領土をもつ多民族国家は、この地上から誕生したわけである。
 言ってみれば、「少数民族」と呼ばれる諸民族を版図内に含んだ今の中国の形は、まさに数百年間にわたる異民族侵略と征服の結果であるに他ならない。そして、チベット、ウイグル、モンゴルなどの諸民族は今でも、「中華帝国」によってその土地と自由を奪われていて、正真正銘の植民地として占領されたままの状態である。それこそが、本書が提示しているところの「民族間題」の本質である。
 「侵略」とか「植民地支配」とかの言葉を聞けば、一般の日本人はたいてい前世紀前半の遠い昔の歴史を思い出すのだが、隣の大国の中国とその周辺では、それがむしろ現在進行形の現実なのである。
 しかも、「中華帝国」による侵略と征服の歴史はけっして終わったわけではない。「帝国」の唯一の正当なる継承者だと自負する中華人民共和国はいま、独立を求めるチベット人やウィグル人に対する血の弾圧を継続する一方、軍事拡大に励んで台湾の征服と併合を企んでいる最中である。
 つまり、本書の著者の四民がその被害者となった民族征服の歴史は、ただいま現在においても、中国の国家戦略として進められているところである。そして予想できる近未来においては、それが東アジア全体の平和を根本からひっくり返すような危険性を確実に孕んでいるのである。
 その焦点の一つはすなわち台湾問題である。中国はどうしてそれほどまでに台湾の併合に執着しているかについて、林建良民は本書において実に冷徹な分析を行っている。解説者の私自身が読んだ多くの「台湾問題論」 のなかでも、これほど簡潔に問題の本質をついた完壁な論述は他にはない。しかもそれは、日本にとっても大変重要な論述であるので、もう一度復習するようなつもりで、ここでまるごと引用しておくとしよう。
 林建良民はこう言う。
「なぜ中国は台湾を取ろうとするのか。一〇〇パーセント中国の立場に立って考えてみよう。
 まず中国の国を守るという観点からいえば、台湾は、中国に対する自由と人権の発信源として、一党独裁体制を揺さぶりかねない存在である。(中略)
 また地政学的に見て台湾は、中国が海洋に出る通路を振す要衝だ。この国の潜水艦が太平洋に出るには、まず台湾軍の守備範囲を通過しなくてはならない。
 私には、台湾は中国の横腹に突きつけた短剣のように見える。中国にしてみれば、中国への攻撃基地ともなり得て放置できない。上海、広東といった中国経済の三分の二を占める中心地の沿海部は、もし台湾が中距離ミサイルを開発すれば、すべてその射程距離内に収まることになる。伝統的に北の守りばかりを重視してきた中国は、海上からの攻撃には国を守ってきたことがない。もちろんこの地域はミサイル攻撃には完全に無防備だ。
 次に逆に中国が攻撃するという観点から見てみよう。もし台湾を取れば、日本のシーレーンを手中にすることになり、それで日本は中国に隷属するも同然ということになる。
 太平洋にも自由自在に進出することができる。こうなると日本だけではない。いちばん困るのはアメリカだ。そこに中国の潜水艦が潜むだけで、アメリカには多大な脅威となる。中国が台湾を核ミサイル搭載の潜水艦の基地にすれば、水深のある太平洋に身を沈め、米軍も所在を把握できなくなるのではないだろうか。
 日本もアメリカも手が出せなくなる。そしてもちろん束シナ海、南シナ海は『中国の海』となる。アセアン諸国の周辺海域は中国海軍の勢力下に陥ることになるだろう。
 そして中国の内政の観点から見よう。台湾を併合すれば、人民の団結はより高まることになるだろう。中共政権安定のためにも『台湾』は必要といえるのだ。
 こうした三つの要素から見ても、中国が絶対に台湾併呑をあきらめることはないことは明らかだ。」
 以上が林氏の論述の引用であるが、「中国が絶対に台湾併呑をあきらめることはない」という彼の結論には私は全面的に同意している。しかも、それは、すでに目の前に迫ってきた「今そこにある危機」となっていることは改めて指摘しておこう。
 それは、二〇〇八年の秋に入ってからの中国政府と中国軍の動きを見ればすぐにわかることである。
 二〇〇八年十月に、中国の戦闘艦など四隻が津軽海峡を初めて通過したことがよく知られているが、そのわずか一カ月後の十一月に、最新鋭のミサイル駆逐艦を含む中国軍戦艦の四隻は沖縄本島沖を通ったと報じられている。…空母三隻の建造…(中略)
 いずれにせよ、尖閣諸島と台湾が中国共産党の手に落ち、東シナ海は文字どおりの「中国の海」となるような事態が現実となっていれば、それは台湾の死を意味するだけでなく、わが日本国にとってもまさに存亡の危機の到来であろう。
 そのままいけば、われわれ日本国民もいずれか、今のチベット人やウイグル人と同じように、中国の「少数民族」としての「日本族」にされたうえで、「中華帝国」による侵略と略奪と虐殺の対象となってしまわないとも限らない。それは、最悪でありながら、まんざらないとは言えないシナリオの一つなのである。
 そういう意味では、四人の著者が本書で語ったそれぞれの民族受難の歴史と現実は、われわれにとってはけっして他人事ではないのだ。彼らの「今日」は、われわれにとっての「明日」となるかも知れない、ということである。
 それでは、われわれ日本国民はこうなることの運命をいかにして避けるべきか。実はその答えもすでに本書にあるのである。四人の著者が一致してわが日本に対して、より強い国家を作っていくこと、中国共産党に対してより毅然とした姿勢で臨むこと、自由・人権と民主主義の旗印をより高らかに掲げること、そしてそれらの人類普遍の価値観において台湾やチベット、ウイグル、モンゴルの独立運動をより積極的に支援することを求めているのである。
 私から見れば、それはけっしてわれわれ日本人に対する「物乞い」でもなんでもない。中国共産党と「中華帝国」という共通の敵をもったわれわれに対して、彼らが「互恵的な」協力関係を求めてきたのである。そして、いつまでも平和ボケに浸る日本国民に対して、彼らが警鐘を鳴らしてくれたのである。
 われわれはそれに答えなければならない。彼らがわれわれとの連帯において自民族の独立を勝ち取り、そうすることによって「中華帝国」を崩壊させてしまうようなシナリオこそ、東アジアの平和とわれわれの安全を守るための最善の道であり、民主主義的価値観に基づく日本と台湾、日本とアジア諸民族との連携の強化こそ、中国共産党の暴走を防ぐための最強の防波堤となるからである。
 問題はむしろ、われわれは果たして、彼らの期待と彼らからの連帯の要請に応えられるのか、である。今のような現実離れした日本国憲法下において、自衛隊の高官が自国を弁護する論文を書けば直ちに解任されなければならないような歪な国家体制下において、われわれは果たして諸民族から信頼されるような「平和と繁栄の弧」の砦となれるのか、われわれは果たして中固からの脅威に対抗して自民族の存統を守れるのかというと、残念ながら、今のところ、答えはやはり「NO」 である。
 つまり、本書の四人の著者から期待される以前に、われわれはまず、われわれ自身の抱える国家的大問題を片付けなければならないのである。同時に完全ではないにしても、強く彼らの手を握りしめることが彼らの期待に応える第一歩ではなかろうか。
 本書は中国共産党の覇権主義的体質を暴露し「中国からの脅威」への危機感を促し、われわれはアジア諸民族と手を携え、いまそこに迫っている脅威に立ち向かわなければならないことを気づかせてくれた。それこそが日本において本書が出版されたことの最大の意味となるのではないかと私は思う。  (石平)



7.5 ウイグル虐殺の真実から抜粋しました。


◇はじめに

 私の名前はイリハム・マハムティ。日本で生活しているウイグル人です。
 私が生まれたのは、日本人や中国人から『(いわゆる)中華人民共和国 新疆ウイグル自治区』と呼ばれている地域の『ハミ』という街です。しかし私は中国人がつけたこの名前で、故郷のことを呼びたくありません。
        
 『新疆』という文字は中国語で『新しい領土』を意味します。しかしこの土地は私たちが長年に渡って住み慣れた故地です。ここを『新しい領土』などと呼ぶことは、明らかに中国人を中心にした視点でしかありません。単に彼らの領土的野心を証明しただけのものです。
 さらにバカバカしいのは、『ウイグル自治区』という言葉でしょう。これだけ見ると、なんだかこの地域ではウイグル人による自治が行われているような印象が感じられるかも知れませんが、もちろんそんなことはありません。『自治区』なんて言う言葉は100%、ペテンです。第一、中国国内には、支配民族である中国人(漢族)の社会ですら、市民による自治などというものはひとかけらも存在していないではありませんか。
 この『自治区』という名称でも判るように、中国人が口にする言葉はいつも美しく理想にあふれています。中国人の口から発せられる言葉やスローガンだけを聞いていれば、人類の理想や正義は全て中国人によって実現するのだと思い込む人々も多いに違いありません。しかし中国人を本当に理解しょうとするのならば、彼らの言う言葉を聞いていたのでは駄目です。彼らが実際に何をしているのか、その行動を見なければなりません。
 口先で美辞麗句を弄しながら、我々ウイグル人に対して、あるいはチベット人に対して、そして日本人に対して中国人が実際には何をやっているのか、皆さんもっと注目してみてください。きっと彼らの本当の姿が理解できるはずです。
 そういう訳でこの本の中では『新港ウイグル自治区』ではなく、私たちウイグル人のつけた国の名前『東トルキスタン』と呼ぼうと思います。
 2009年の7月5日、東トルキスタン最大の街ウルムチで、大変に悲しい事件が起こりました。中国人の武装警察や公安特警隊の銃撃によって、私の同胞であるウイグル人が大勢、殺されたのです。まず、わたしはこのことから語ろうと思います。

     2009年12月   世界ウイグル会議日本代表 イリハムマハムティ
 ■産経:新疆自治区は「青空監獄」あらゆる施設で行われる身体検査。2018年8月23日
 今月、スイスのジュネーブで開かれた国連人種差別撤廃委員会で「百万人以上のウイグル人が中国で拘束されているという情報がある」との指摘があり、世界の人々を驚愕させた。これに対し、中国の代表は、「根拠のない中傷だ」として、強く反発した。百万人という数字の確かさは別にしても、ウイグル人への弾圧は紛れもない事実である。
 新疆自治区では、自治区に住むウイグル人全体が、さまざまな形で自由を剥奪・制限され、日常的に監視されている状況下にある。監視カメラとAIとを結合させた国民監視システムが、新疆自治区全体をカバーしていることはいうまでもないが、それに加えて、自治区のあらゆる公的場所では今、「安全検査」という名の強制検問が日常的に行われている。銀行、郵便局、病院、百貨店、スーパーマーケット、映画館、自由市場、電車の駅などなど、あらゆる施設の入り口に検問所が設置され、出入りする人々は全員、身分証明書の提示を求められた上で、所持品のすべてや身につけているものまでを検査されているのである。その結果、新疆の人々は街に出かけたり買い物したりして普通に生活しているだけで、1日十数回以上、場合によって数十回以上の検問を受ける羽目になっている。もちろん、相手が女性であってもお構いなし。「人権」なんか、なきもの同然である。
 武装警察と政府要員による町のパトロールも日常化している。このようにして今の新疆自治区では、そこに住む人たち、特にウイグル人たちは、日常的に監視されたり検問されたりして、基本的な人権が恣意的に蹂躙され、人間としての尊厳と自由を奪われている。
 ウイグル人たちの独立運動を力ずくで押さえつけるために、中国政府は今、新疆自治区全体を、まさに「青空監獄」にしてしまったのである。中国共産党が、どのような政権なのか、国家と民族の独立を中国によって奪われていたらどのような結果となるのか、われわれは心の中で銘記しておくべきであろう。

 ◇ ◇ BBC:中国政府、ウイグル人を収容所で「洗脳」 公文書が流出 (2019/11/25)
     ⇒BBCの毅然とした報道に対し、NHKには公共放送の価値がない!

 中国西部の新疆ウイグル自治区にある、高度の警備体制が敷かれた収容施設で、中国政府がイスラム教徒のウイグル人を何十万人も組織的に洗脳していることが、流出した文書によって初めて明らかになった。
 中国政府はこれまで一貫して、収容施設では希望者に、過激思想に対抗するための教育と訓練を提供していると説明している。だが、BBCパノラマが確認した公文書は収容者の監禁や教化、懲罰の状況を記録しており、中国政府の説明を覆す内容になっている。
 これに対し、中国の駐英大使は、文書は偽物だとしている。
 収容施設は過去3年間に、新疆ウイグル自治区内で建設されてきた。イスラム教徒のウイグル人を主体に、100万人近くが裁判を経ずに施設内で拘束されているとみられている。

  ◇「悔い改めと自白を促せ」

 文書は、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が入手した。ICIJにはBBCパノラマや英紙ガーディアンなど17の報道機関が参加。今回流出した中国政府の公文書を「中国電報(The China Cables)」と呼んでいる。
 文書には、2017年に新疆ウイグル自治区の共産党副書記で治安当局のトップだった朱海侖氏が、収容施設の責任者らに宛てた9ページの連絡文書も含まれている。
 その連絡文書では、収容施設を高度に警備された刑務所として運営するよう指示。以下の点を命じている。
 流出した文書はまた、収容者の生活が細かく監視、管理されている状況も示している。
「生徒のベッド、整列場所、教室の座席、技術的作業における持ち場は決められているべきで、変更は厳しく禁じる」
「起床、点呼、洗顔、用便、整理整頓、食事、学習、睡眠、ドアの閉め方などに関して、行動基準と規律要件を徹底せよ」

  ◇一週間で1.5万人が入所

 別の文書からは、ウイグル人の拘束と収容の規模がわかる。
 ある文書は、2017年のわずか一週間の間に、新疆ウイグル自治区の南部から1万5000人が収容施設に入れられたとしている。
 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチの中国担当責任者ソフィー・リチャードソン氏は、流出文書は検察当局に活用されるべきだと話す。
「これは訴追に使える証拠で、甚だしい人権侵害が記録されている。収容者は全員、少なくとも精神的拷問を受けていると言っていいと思う。自分がいつまでそこにいるのか、まったく分からないからだ」

  ◇人格改造が目的か

 流出文書はさらに、収容者は自分の行動や信条や言葉を変えたと示すことができて初めて、解放されるのだと詳細に書いている。
「生徒には悔い改めと自白を促し、彼らの過去の活動が違法で犯罪的で危険な性質のものであることを深く理解させよ」
「浅い理解や悪い態度、反抗心すらうかがえる人には(中略)教育改革を実行し、確実に結果を達成しろ」
 こうした指示を受けた収容施設について、人権問題に詳しく、ウイグル人組織「世界ウイグル会議」の顧問をつとめる英勅選弁護士のベン・エマーソン氏は、収容者の人格改造が狙いだと話す。
「ひとつの民族コミュニティー全体を対象に作られ実行されている、巨大な集団洗脳計画以外の何かだとみなすのは、非常に難しい。新疆ウイグル自治区にいるイスラム教徒のウイグル人を、個別の文化集団として、地球上から消滅させようとしている。そのために彼らを完全に作り変えることを意図した取り組みだ」(※撫順収容所の洗脳を思い出す。「撫順(ぶじゅん)収容所」方式はGHQににより戦後自虐史観に利用されている。⇒中国:民族絶滅の危機参照)

  ◇点数システムで管理

 文書によると、収容者は「思想変革、学習と訓練、規律の遵守」について点数が与えられる。収容者の家族との接触の可否や解放時期は、罰と報酬のシステムにより判定される。解放は、共産党委員会が変革の証拠を得たときだけ検討される。
 流出文書は、中国政府が集団監視と、個人情報の分析に基づいた予測による取り締まりを実行している様子を明らかにしている。ある文書には、携帯電話にZapyaというデータシェアリングのアプリを入れていることだけを理由に、180万人が要注意人物とされたことが記されている。当局は、そのうちの4万557人を「一人一人」調べるよう命令。「疑いを晴らすことができなければ」彼らに「強制訓練」を受けさせるべきだと述べたという。

  ◇「中国に対する中傷だ」

 流出した文書からは、外国の市民権をもつウイグル人の逮捕や、外国で暮らすウイグル人の追跡に関する明確な指示も読み取れる。世界規模で捕獲網を張り巡らせるため、中国の大使館や領事館が役割を果たしていることも暗示している。
 中国の劉暁明・駐英大使は、中国の施策は新疆ウイグル自治区の人々を守るためであり、同自治区では過去3年間、テロ攻撃は1件も起きていないと述べた。(※法治国家の価値基準では、中国人も韓国人も平気で嘘をつくことが知られている。大概反対と思うといい。)
「当該地域は現在、社会的に安定し、民族集団もまとまっている。人々は満足と安全を以前よりずっと強く感じ、生活を楽しんでいる」
「西側には、そうした事実を完全に無視して新疆について中国を熱心に中傷している人々がいる。彼らは、中国の国内問題に介入し、新疆における中国のテロ対策を妨げ、中国の順調な発展を妨害する口実を作ろうとしている」
    (英語記事 Data leak details China's 'brainwashing system')


◇2009年7月5日、ウルムチでは何が起きたのか

 手に梶棒を持った暴徒が商店やバスを襲い、次々と破壊していく…。これが2009年7月5日にウルムチ市で起こつた事件について、中国政府が繰り返し繰り返しテレビなどで放送している宣伝画像です。
 北京の共産党政府はこの事件を『ウルムチ市7月5日暴力・破壊・略奪・放火重大犯罪事件』と名付け、中国の全てのメディアでそう呼ぶことを強要しています。
 しかし私たちは中国政府の決めた名前であの事件を呼ぶことはありません。7月5日にウルムチで起こつたのは間違いなく中国政府によるウイグル人デモ隊に対する虐殺であり、あの事件は『7月5日ウルムチ虐殺事件』と呼ばれるべきなのです。
 この点について本来、不偏不党・公平中立がモットーであるはずの日本のテレビや新聞が、あの事件を安易に『ウルムチ暴動事件』と呼称していることに私は激しい怒りを覚えます。『暴動』というのは明らかに中国政府側に立った表現です。もし暴動という呼び方をするのであれば、日本のマスコミは現地に記者を派遣して徹底的に取材し、デモに参加したウイグル人たちが最初に暴力事件を起こしたという証拠を提示した上でそう呼ぶべきでしょう。
 しかし実際には、現地でそんな詳細な調査・取材を行っている日本のマスコミは、テレビでも新聞でも一社もありません。にもかかわらずマスコミは、中国政府に都合の良い報道を毎日のように繰り返しているのです。
 このことの理不尽さは、実際に中国政府の迫害を受けている私たちが一番良く知っています。逆に日本の方たちは、自分たちの新聞やテレビがなぜ、真実を伝えようとしないのか不思議に思われるのではないでしょうか。


■中国の真実を報道することができない日本のマスコミ

 まだ日本と中国の間で正式な国交が結ばれていない1964年、日本の大手新聞・テレビなどのマスコミは、中国政府との間で『日中記者交換協定』という取り決めを交わしました。これは両国の新聞やテレビ局などが相手国に記者を派遣・常駐させる場合に、その安全や取材を保証する協定ということになっています。しかし実際、中国政府が日本人記者の安全なんかに配慮していないことは北京オリンピックでもチベットでも、あるいはウルムチでもことあるごとに日本の特派員や記者が公安(中国では、刑事警察を『公安』と呼ぶ)に不当に身柄を拘束され、殴る蹴るの暴行を加えられていることで判ります
 しかしそんな扱いを受けているにもかかわらず、日本の記者たちは中国で起きている現実を正しく記事にして日本に送ることができません。なぜなら日中記者交換協定の中には、『(日本人記者は)中国政府に不利な言動を行わない・日中関係の妨げになる言動を行わない・台湾独立を肯定しない』という取り決めが含まれているからです。
 ですからこれに反してウルムチで起きた事件やチベットで起きた事件を正確に記事に書いて日本で発表すれば、中国政府は報復として『日中記者交換協定違反=xを口実に、その記者を国外退去処分にする事ができます。
 場合によっては記者一人だけでなく、その会社が中国国内に置いている支局や総局を全部閉鎖させることすらできるのです。インターネットなどで調べていただければ、実際にそうやって中国を追放された記者が何人もいることがすぐにお判りになるでしょう。
 この『日中記者交換協定違反″』になることを恐れて日本の大手マスコミは、中国社会の暗部を報道することにすっかり臆病になつてしまいました。
 これはチベットやウイグルのような少数民族間題だけではありません。毒入り餃子事件にしてもしかり、SARS(2002年に大流行した新型肺炎)の蔓延、2012年の官製反日デモへの批判と賠償、PM2.5など殺人大気汚染、鳥インフルエンザ、殺人環境汚染、官製臓器売買い、年間20万件もの反中共デモの問題にしてもしかり、中国人自身の民主化運動の弾圧問題にしてもしかりです。
 ですから大手新聞やテレビの報道を見ている限りでは、中国の真実の姿は判りません。中でも特に酷いのは日本のNHKでしょう。NHKは『新シルクロード』などの大型番組を中国で製作していますが、そのほとんどが共産党政府の宣伝そのままに“発展を続ける中国”を手放しで礼賛する内容になっています。
 皆さんは北京市の西郊に梅地亜(メディア)飯店というホテルがあるのをご存知でしょうか。ここはNHKが中国政府直営のテレビ局である中央電視台との合弁事業で作ったホテルなのです。しかし相手国政府の機関と合弁でビジネスをやっていて、はたしてその国の実情を公平・正確に報道できるのでしょうか?
 さすがにこのことは日本国内でも批判が強かったらしく、しばらく前からNHKは梅地亜飯店の経営からは手を引いているようですが、今でもこのホテルは中国中央電視台のメディアセンターとして使われており、NHKの中国取材は全てこのメディアセンターを通して現地の手配がなされています。
 つまりNHKの中国番組は、共産党政府の組織がその取材を取り仕切っているわけです。これでは中国に都合の悪い報道など、最初からできるわけがありません。
 日本の皆さんはご存じないことと思いますが、中国にある全ての新聞社やテレビ局、出版社は西側諸国のそれのような報道・言論機関ではありません。中国共産党の“教育・宣伝機関”であることが法律で定められているのです。
 しかし今では日本のテレビ局や新聞社まで、その多くが中国共産党の教育・宣伝機関になつてしまったかのようですね。日本の大手マスメディアに勤めている皆さんは、もしこの本をお読みになつたらぜひ、社内でこの『日中記者交換協定』を問題にしてください。
 真実を報道するという新聞やテレビの本来の姿に立ち返れば、現在、国全体で社会の矛盾が最高水位まで高まっているのが中国という国です。虐げられているのはウイグルやチベットのような少数民族だけではありません。
 支配民族であるはずの漢族でさえ、年間10万件以上の暴動事件を起こしているといわれています。さすがに中国政府もこの状況を恥じてか、それまで毎年発表していた暴動の統計を、翌年の2006年からは発表自体を取り止めてしまいました。


■まず6月25日に発生していた“ウイグル虐殺事件”

 “7.5虐殺事件”のきっかけはその10日前の6月25日、ウルムチを3000キロ以上も離れた広東省の韶(ショウ)関市という街にある玩具工場から始まりました。
 この工場には当時、カシュガル地区のトクザク県から集められた815人(トクザク県発表)のウイグル人労働者が働いていました。なぜ、故郷からこんなに離れたところに、そんなにたくさんのウイグル人労働者がいるのか。もちろんそれは彼らの自由意志によるものではありません。中国共産党の政策によって、強制的に配置されてしまったのです。
     
 中国では2003年から、数十万人にも及ぶウイグル人の青年男女を強制連行し、全国各地で労働させているのです。これは表向き、困窮しているウイグル人に仕事を与えるためと説明されているのですが、もちろん共産党政府がいつも言うデタラメの一つに過ぎません。なぜならウイグル人に仕事を与えるのであれば東トルキスタン(ウイグル自治区)内にいくらでも仕事はあるからです。油田開発や道路建設など、中国政府は中国本土から大勢の漢族労働者を連れてきて仕事をさせています。ところがそういった地元の職場には、全くと言っていいくらいウイグル人は就職できないのです。そうしておいて共産党政府は、農村部の一つ一つにまで過酷なノルマを課してウイグル人の若者を掻き集め、広東省のような遠く離れた土地に送り込む……。
 もし政府に従わなければ、家族全体に理不尽な税金が課せられ、場合によっては適当な理由をデッチあげられて逮捕されます。これがウイグル人の土地を乗っ取ろうとする陰謀でなくていったい何でしょうか。
 中国政府はことあるごとに70年も前の戦争の事を持ち出して日本を非難しますが、彼ら自身のやっていることは自分たちが非難してやまない“強制連行”そのものです
 韶関市の玩具工場には当時、そうやって強制連行されてきたウイグル人が800人以上も働いていました。仕事は全て単純労働ばかり。経済が発展している沿海部では、中国人でさえもやりたがらないような安い賃金の仕事にウイグル人をつかせています。仕事は毎日3〜4交代。
 そして問題の6月25日深夜。一日の労働を終えて工場の敷地内にある寮に帰ろうとしていたウイグル人労働者200人に、同じ工場で働く漢族の労働者や一般市民など6000人が混棒やナタを持って襲いかかったのです。
 原因は、ウイグル人労働者がやって来たことで工場をクビになった漢族の労働者が、その腹いせにインターネットで『ウイグル人が漢族の少女二人を強姦した』というデマを流したためです。
 その玩具工場は、前にも書いたように最下層の単純作業の職場でしたが、そこで働いている貧困層の中国人たちは、ウイグル人が強制連行されて来た事によって、自分らが職を失うのではないかと恐れていました。
 外見も言葉も大きく違うウイグル人と漢族が、偏見を持つことなく理解し合うのは難しい事です。『少女が強姦された!』とデマを信じた漢族の労働者や市民は、手に手に武器を持ってウイグル人労働者に襲いかかったのです
 この襲撃で18人のウイグル人が、その場で殺されてしまいました(中国政府は死者2人と主張している。)。警察の保護を受けることもできず、裁判も受けられず、要するにリンチを受けて虐殺されたのです。
 もちろんその他にも大勢が怪我をしました。無事に工場の敷地から逃げ出せたウイグル人はほんの数人しかいません。そうして命からがら逃げ出したウイグル人が故郷にかけた電話によって、事件は明らかになりました。
 さらには、この襲撃を携帯電話で撮影した漢族の襲撃者が、その動画を自慢げにインターネットにアップしたことで、全てのウイグル人が激高したのです。動画には、『殺せ!殺せ!』と叫びながら、地面に倒れたウイグル人を殴打している漢族の声も録音されていました。さらには、『やったぞ!』と歓声を上げている撮影者自身の声も吹き込まれています。同胞がこのような目に遭わされても怒らない者がいたら、それは人間ではありません。
 さらに驚いたことには……、身動き一つしないで生きているのか死んでいるのかすら判らないウイグル人を漢族が棒で殴打している動画のかたすみに、制服を着た公安(警官)の姿が写っていました。警官は狂ったように暴行を続ける漢族の襲撃者を制止するでもなく、まるで法の執行者としての任務を忘れたかのごとく傍観しているだけでした。
 今や中国国内では、ウイグル人は人間として生きていくことができません。法を守り、守らせる立場であるはずの公安が暴力を黙認し、リンチによって大勢の若者が虐殺される。これが国連の常任理事国でもある中国社会の実態なのです
 事件が発生してから5時間も経った後、ようやく被害者のウイグル人労働者たちは病院に収容されました。しかし彼らの中で携帯電話を持っていた者たちは、全てその携帯電話を病院で取り上げられてしまいます。治療を受けている間も彼らは公安の監視下に置かれ、故郷に自由に電話をかけることは許されませんでした。被害者であるはずのウイグル人が、まるで犯罪者であるかのような扱いを受けていたのです。
 当初、事件のあった舘関市の人民政府は事件の迅速な解決を約束していましたが、その姿勢はすぐに事件を操み消してしまう方向に転じます。玩具工場に勤めていて幸いにも被害に遭わなかった他のウイグル人の労働者は、故郷の家族に身の安全と、虐殺事件を否定する主旨の電話をかけることを当局から強要されました。
 韶関市政府はこの事件が北京の共産党政府で問題視され、失政の責任を追及されることを恐れて徹底的に凍み消しにかかったのです。しかしこのことは、我々ウイグル人の怒りと不安をいっそう掻き立てる結果にしかなりませんでした。
 中国政府はその後、虐殺事件の犯人である漢族の元従業員に対して1人に死刑、1人に無期懲役を言い渡しました(※往)が、本当に責任を問うのであればそれはまず、民族的な偏見を拭いさりもせぬまま、ウイグル人を故郷から強制的に連行した北京中央政府こそが第一に追究されるべきではありませんか。
(※注‥三権が分立していない中国では裁判所も共産党の指導の下にあり、
    判決は政治的・恣意的に行われることが多い。)

■血の日曜日

 こうして中国国旗を先頭に掲げたデモ隊は、市内を行進してウイグル自治区政府が置かれている人民広場を目指しました。国旗が掲げられているのを見て安心したウイグル人の一般市民も、たくさん合流しでいたようです。やがてデモ隊は人民広場に到達します。もちろんここまで、一つの暴行事件も破壊活動も行われていません。デモはあくまでも平和的に、秩序を保って行われていました。
 広場に到着した学生たちの代表は、自治区政府の代表者との交渉を求めました。その時、裏通りに待機していた警察部隊が四方八方から人民広場に殺到し、あっという間にデモ隊を取り囲んだのです。
 韶関市の事件では、目の前で虐殺が行われていても制止しょうとしなかった中国の警察が、ウイグル人の平和的なデモに対しては直ちに中止して解散することを要求してきました。しかしこのデモは決して反政府デモではありません。あくまでも犯罪に対する厳正な法の執行を要求するだけのものです。
 学生の代表が解散を拒否すると、警察部隊は一斉にデモ隊に襲いかかってきました。彼らは手に手に電気警棒を持っています。これは警棒の先端に高圧電流を走らせて相手を昏倒させる武器で、普通の国では人間に対して用いるものではありません。日本では肉に傷をつけないように牛や豚を屠殺する時にだけ使われます
 中国の特警たちはこの電気警棒で学生代表たちを殴り始めました。デモ隊がこれに強く反発したのは当然のことです。
 そして……、人民広場の虐殺は始まりました。
 後方に待機していた武装警察や特警の部隊が、警告射撃無しで散弾銃をデモ隊の中心に向かって発射したのです。たちまち人民広場は悲鳴と絶叫に包まれました。多くの学生や市民が銃撃に倒れ、かろうじて生き残った参加者たちが市内に逃げ散って、携帯電話やネットなどでこの事実を伝えたのです。
 ここに及んで、ウイグル人市民民の怒りは爆発しました。
 同胞のために身を挺して抗議に立ち上がった学生たちを、中国政府は無惨にも電気警棒と散弾銃で虐殺しました。世界中のどこの国のどんな民族でも、未来ある青年たちをこんな風に殺されたら、反抗を始めることでしょう。私たちウイグルの民族も、そうした地球上で暮らす民族だったというだけのことです。
 しかし散弾銃と自動小銃に電気警棒まで持って、防弾チョッキとヘルメットで完全武装した人民武装警察隊に、身に寸鉄も帯びていないウイグル人の市民がどうして抵抗できるでしょうか?
 憤りを押さえきれず街の各所に集結したウイグル人市民に対して、自治区の政府は『集団的に反政府行動をしている』と一方的に宣告し、翌々日には156人が死亡するという事態になりました。
 しかし、犠牲になつたのはとても156人などという規模ではありません。私たちウイグル人の連絡網では、少なくとも3000人以上のウイグル人が7月5日以降、行方不明になつています
 あの日、共産党政府は市内の二道橋などのウイグル人居住区を計画的に停電させ、武装警察などの部隊に無差別発砲をさせていました
 あるウイグル人の少女は、流れ弾が手をかすって翌日、市内の病院で診察・治療を受けました。そうして自宅に帰ってきた後、白衣を着た漢族の医者と称する一団がジープで彼女の家へやって来て、精密検査をするからという口実で彼女を連れ出してしまいました。
 そしてその後……、三ケ月を過ぎても彼女は自宅に帰ってきません。病院に問い合わせても『知らない』という返事が返ってくるだけです。中国当局は、虐殺事件の流れ弾に当たって怪我をしたという証言を操み消したいがために、彼女を逮捕・拘束しているものかと思われます。
 このような証言は、無数に寄せられています。もし皆さんが関心を持ってくださるようであれば、ぜひ世界ウイグル会議の日本語サイトで事件の目撃者による証言を検索してみてください。
 翌日の7月6日にはカシュガルでもデモがあり、200人がその場で逮捕されました。さらにはカシユガル地域全体で1万人近くのウイグル人が身柄を拘束され、どこかに連れ去られています。これはたまたまカシュガルを訪れていた外国籍のウイグル人が逮捕を免れて、国外に脱出した後でその事実を証言したものです。
 カシュガルという土地は中国共産党にとって一番扱いに苦慮する地域です。なぜならカシュガルは、その人口の90%がウイグル人で占められていますから。カシュガルの町中で無数に張り巡らされた公安の監視カメラに写っていた全てのウイグル人はその日、“デモに参加した容疑”をかけられて連行されていきました。またカシュガルには非常に歴史のあるエテカルという有名なモスクがあるのですが、その周辺を歩いていたウイグル人も問答無用で逮捕されています。
 このカシュガルのデモも、インターネットの掲示板で参加の呼びかけがなされた極めて平和的なデモでした。中国政府がインターネットを全て監視して管理下においていることは今日、世界中で有名です。この日のカシュガルのデモについても、彼らがその呼びかけに気がつかなかったはずはありません。なぜ中国政府はネットの掲示板を閉鎖するのではなく、敢えてウイグル人のデモを決行させて、そのうえで参加者を逮捕するという行動に出たのでしょうか……?
 もちろんその理由が、ウイグル人の中から(彼らがそう考えるところの)不満分子を見つけだし、一網打尽にしようとする企みであることは明らかでしょう。
 確かに今、多くのウイグル人が身柄を拘束され、中国政府の目論見は一見成功したかのように見えます。しかしインターネットや国際携帯電話などの情報網が発達した現在、彼らの陰謀は世界中の心ある人々の前で明らかになつてしまいました。
 中国政府がヒステリックに『7月5日にウルムチで起こつた暴動事件』を叫べば叫ぶほど、共産党の少数民族政策に対する疑問が漢族の間にすら広がっています。中国の権力者たちが私たちウイグル人に対して行うこうした仕打ちは、何も彼らの気まぐれや偶然によるものではありません。古代帝国の時代から何千年も続いた中国社会のシステムが民族の別に関係なく、弱者に対して恒常的にやってきたことです。
 ウルムチやカシュガルで起こつたことは、たまたま被害者が私たちウイグル人であったために現象的には少数民族間題″として認識されていますが、同じような悲劇は程度の差こそあれ中国の全土で今も普通に行われていることなのです。 中国の庶民であれば誰でも、地域の公安や党幹部の横暴によって惨めに傷つけられた友人や親戚がいるはずです。しかしどんなに相手に非があっても、中国人はそれを告発したり追究することはできません。そんなことをしたら、たちまち様々な嫌がらせをされ、あるいは適当な罪名をでっち上げられて逮捕されてしまうからです。これが何千年も変わらず、中国という国では日常的な光景でした。
 そういう意味では『7.5ウルムチ虐殺事件』は、日常的に行われている『中国全土虐殺事件』の一断面でしかありません
 漢族中国人の一部は、ウルムチの事件から現在進行している事態の意味を正確に察知しています。中国では歴代、時の王朝が崩壊するときに今回のウルムチと同じような事件が起きていました。それを思えば7月5日の事件はまさに中華人民共和国の終わりの始まりなのです。
 そしてカシュガルのデモがあった翌日の7月7日には、ウルムチで漢族の“クデモ”がありました。この光景は日本でもテレビのニュースで映像が放映されたので、ご覧になつた方も多いことでしょう。
 画面では屈強な漢族の若者たちが、手に手に棍棒やナタ、青竜刀のような武器を持って、町中の通りを威嚇するように歩いていました。彼らはウイグル人を追い掛け回し、ウイグル人の居住区に押し掛けると商店や住宅を叩き壊しました。
    
 武器を手に持って集まっていたことを見れば、最初から暴力をふるうことが目的であったことは明らかです。この7月7日の漢族の行動こそが、言葉そのものの意味で“暴動“と呼ばれるべきではありませんか。しかし、この7月7日の事件を“暴動”と報道した日本のマスコミは私の知る限り一社もありません。ウイグル人の平和的なデモを“暴動”と侮辱した日本のマスコミは、無法な乱暴狼籍を“漢族のデモ”と報道したのです
 この日ウルムチで起こつた漢族の集団暴行で、中国少数民族が共産党政府に対し抱いていた不信感は決定的なものになりました。皆さんも考えてみてください。7月5日の虐殺事件が起きてから東トルキスタン(ウイグル自治区)全域は、人民武装警察や公安特警隊、それに生産建設兵団の兵士たちまでもが街の至るところで警戒に立ち、まるで戒厳令が敷かれたような有り様でした。そんな状態でデモなどできようはずがないのは、6日に弾圧されたカシュガルのデモの結果で明らかです。
 ところが、そうやってものものしい厳戒態勢が敷かれているはずのウルムチで、漢族たちは手に手に武器を持って堂々と隊伍を組み、ウイグル人の店や住宅を襲撃しているのです。
 これはつまりウイグルの土地に大量に投入された漢族の治安部隊は、社会の安寧を守るためではなく、ただウイグルの民を抑圧するための実行部隊なのだ、ということでしょう。これから先、共産党政府がどんなに美辞麗句を弄したとしても、ウイグル人が彼らを
信用することは二度と無いでしょう。


■2013/06/26の中共からの弾圧
 各紙は「住民と警官隊衝突、27人死亡 ウイグル自治区」と中共からの情報をそのまま報じた。しかし中共の報道に事実は無く、中共のウイグルへの弾圧について、トゥール・ムハメット氏がツイッターから日本人へ訴えていますので、紹介します。
 おはようございます。ルクチン町で起きた弾圧以来、東トルキスタン(ウイグル)のホータン、ウルムチなどでも相次ぎデモや抵抗が起きています。26日以来、東トルキスタンはまるで戦争状態で、各地の衝突で命を失った人の数は100人に達しています。
 朝日新聞の今朝の記事は許し難い。現地取材もなしに、中共の嘘を垂れ流しにしています。2013/06/26日、中共新華社が公表した"暴動"は、実は中国人がウイグル人を襲って、町のウイグル人を無差別に殺戮した集団リンチです。数枚の写真はこれを証明しています。また、人民解放軍を満載した軍用車がウルムチ市街で交通渋滞を起こし、中共はウルムチ市街で今ウイグル人居住区で"絨毯式"捜査を行い、人々を逮捕しています。衝突の現場写真の手前にはウイグル人女性の遺体が頭部は潰された状態で倒れています。離れた所で中国人男性が手に棍棒を持って歩いています。これは明らかに中国人の襲撃光景です。襲われいたのがウイグル人なのに、中共新華社は逆にウイグル人が襲ったと、全く嘘を公表しています。

 日本の皆様、26日からの毎日東トルキスタンの各地で軍や警察による殺戮が相次いて起きています。このような情報は外部に出にくいので、国際社会はわかっていない。日本政府は直ちにウイグル(東トルキスタン)における中国政府の異民族弾圧姿勢を非難する談話を発表することをウイグル人は期待します。親中議員や、中共を恐れる議員は日本や日本国民の利益を考えていないのです。
 ウイグル人の土地を奪い、ウイグル人の家を壊し、ウイグル人の若い娘を絶え間無く中国本土に強制連行し、また、宗教への弾圧、言葉の禁止、全ての分野における差別、これらの結果はウイグル人の抵抗として現れています。ウイグル人は不滅であり、アッラーの御加護の下で、自由を勝ち取ります!


■中国は事実上の階級社会

 この日の“デモ”には、それ以前のものと明確な違いが一つありました。“デモ”に参加した漢族たちは口々に、自治区の事実上のトップである王楽泉の解任を要求していたのです。王楽泉は自治区共産党委員会の書記で、山東省の共産主義青年団出身。ウイグル自治区に転出してからは、地元の山東省から大勢の漢族を呼び寄せて、一大派閥を作り上げました。
 私はこの本の中で、ウイグル人に加えられている様々な差別や抑圧について説明していきますが、では支配民族である漢族の間では何の差別もなくお互いに人権を尊重し合っているのかというと、もちろんそんなことはありません。
 漢族の価値観の基本である儒教は、日本ではまるで崇高な道徳の大典のように考えられていますが、見方を変えればあれは中国という階級社会で生き抜いていく処世訓の集大成だとも言えます。儒教が教えている道徳というのはつまるところ、目上の者(権力者)に対して目下の者(弱者)がどのように仕えれば良いのか、という事ばかりです。
 中国人の社会では、たとえ義兄弟になつたとしでもそこには『兄』と『弟』の格差が厳然と存在します。孔子は世の中に平等・対等の人間関係″があるという事は、一言も語っていません
 そのせいか中国人の作る社会には、必ず人間の地位の上下が存在します。現在の東トルキスタンで言えば、漢族の頂点にまず最高の支配者として王楽泉が君臨しています。その下に彼が山東省から連れてきた派閥の漢族が、一等市民として利権をあさっています。さらにその下には、派閥のうま味にあずかれない他の地域出身の漢族が二等市民として、自治区“開発”のおこぼれをあさっています
 そしてさらにその下に、いつでも漢族になぶり殺しにされる奴隷のような存在として、先住民であるウイグル人が生活しているのです


■改革開放の影響で変質していくウイグルの世界

 1978年から始まった改革開放経済は、上海や広州、大連などの沿岸地域に中国政府の限られた予算を徹底的につぎ込み、また外国資本を呼び込んで経済を発展させるというものでした。逆に言えば遠く離れた東トルキスタンなどは、発展から遠く取り残されていく運命にあったのです。
 とはいえ、ウイグル人だけではなく、内陸部に住む漢族にとっても大きく価値観・道徳観が混乱した時代でした。大革命時代の人民公社〜生産大隊の生活では、商売をやって“お金儲け”をするなどということは、人殺しや泥棒よりも悪い事だと教育されていたのです。それが一転、ケ小平が改革開放経済を始めた途端、商売をやって個人が営利を追求する事は、中国の発展のために不可欠な事だとされるようになりました。
 ちゃんとした教育を受けていた人ならばともかく、教養のない田舎の中国人たちは、モラルが混乱したのも当然でしょう。何しろ盗みや殺人よりも悪い事だったものがある日突然、奨励されるようになつてしまったのですから。
 しかし、改革開放経済のモデル地区とされた沿岸部ならばともかく、内陸の閉ざされた地域ではそんなモダンな消費生活を送る経済的・社会的な基盤がありません。そんな土地で手っ取り早くお金を儲けようと思ったら、中国の伝統的なやり方、つまり『強盗』や『殺人』、『強制売春』に『麻薬密売』……、という方法しかなかったのです。
 かくして……、日本ではほとんど報道されなかったようですが改革開放経済が進められたあの頃、中国全土で強盗殺人や窃盗、人身売買や営利誘拐などの事件が多発するようになりました。
 慌てたのは北京の共産党政府です。
 今さら、改革開放経済を中止することはできません。しかし全国各地の刑務所は、だんだん受刑者たちであふれかえるようになりました(この時期、81年から82年にかけて中国政府は、全国で犯罪者の一斉取り締りを行う“厳打”という最初のキャンペーンを行っています)。
 そして次に政府のやった事といえば……、全国で摘発された凶悪な犯罪者たちを、東トルキスタンに新たに建設した監獄に、集中して送り込むことでした
 80年代の初めからこれは政策的に行われ、東トルキスタン各地に作られた監獄には中国全土から連日、専用列車に詰め込まれた凶悪犯の受刑者達が送られてきました。
 中国の刑務所(監獄)に収監された犯罪者達の運命は、日本の受刑者とは全く違います。日本の刑務所で懲役刑に処せられている受刑者には、労働に応じて報償金が支払われ、病気になれば治療が受けられる1に、病気が全快するまでは労働を免除されるそうですね。 しかし中国の刑務所では、そんなことはありません。中国政府は全く無給の労働力として、こうした犯罪者達を“自治区開発”のために投入する事ができました。彼らとしては全く一石二鳥というぐらいのつもりだったのでしょう。
 また中国全土からの犯罪者を受け入れていた事は、他の面でも東トルキスタンの社会に悪い影響を与えていました。こうして東トルキスタンの治安は、確実に悪化していったのです。


■君臨する生産建設兵団(開墾担当の軍人)

 現在でもクムル市には、生産建設兵団に所属する多数の施設が存在します。実質的にクムル市全体が、中国人の兵団に包囲されている状況と言っても良いでしょう。もし皆さんの住んでいる日本の国に、現在の自衛隊の二倍以上の兵力つまり50万人くらいの規模の中国人民解放軍がやってきて、街の周囲や水源地に居座って勝手に基地を作ってしまったら、日本人の皆さんはこれをどう感じるでしょうか? 何度も言いますが、これが中国人たちの言う『開発』の正体なのです
 人民解放軍の兵士には“不逮捕特権≠ニいうものがあり、仮に犯罪を行っても通常、公安(警察官)は彼らを捕らえる事ができません。解放軍軍人を逮捕できるのは人民武装警察か、あるいはそのために出動した糾察隊と呼ばれる解放軍内部の憲兵組織だけなのです。
 東トルキスタンだけではなく中国ではどこでも、人民解放軍はこのように特別扱いをされています。人間だけではなく自動車だって、人民解放軍のナンバープレートをつけていればたとえ一方通行の道を逆走しようが、駐車禁止の場所に車を停めようが、スピード違反をしようが、一般の公安はどうすることもできません。
 もし人民解放軍の自動車と接触事故でも起こしたら、ぶつかった車は泣き寝入りするしかないのです(ちなみに、解放軍の軍用トラックやジープは一般の車よりも丈夫で分厚い鉄板で作られています。ですからちょっとした接触でも、民間の車はメチャメチャになってしまうことが多いのです)。
 このように現在の中国では、人民解放軍に所属している事はオールマイティのカードと言えるでしょう。
 日本人の方は中国を観光で旅行される時、街中を軍服姿で歩いている人民解放軍の軍人を見かけることが多いのに気づかれたことでしょう。また、大きな百貨店などの店内には必ず『軍人優先』と善かれた看板が出ているのに気がついた人も多いと思います。中国はこのように、どこでも“人民が軍隊に奉仕する社会”になっているのです。(※そして軍は中共の私兵でしか無い。恐ろしい社会だと思います。)
 逆に中国人は日本に来て、自衛隊の隊員が街中を制服姿で歩いているの見かけないので、奇異な印象を持ちます。彼らは祖国で『日本では、軍国主義が復活しつつある』という宣伝を繰り返し開かされて、それを信じていますから、日本ではどれだけ自衛隊員が威張っているのだろうかと心配して来日してくるのです。
 そう言えば私自身もかれこれ8年間、日本で暮らしていますが、街の中で制服を着た自衛隊員を見かけた覚えがありません。それに自衛隊のトラックやジープも、交通違反をするとパトカーに捕まってしまうそうですね。こんなことは中国ではありえない事です。
 街中で自衛官を見かけることの無い日本と、どこへ行っても人民解放軍の軍人が閥歩している中国と、いったいどちらが軍国主義の国でしょうか
 休みの日にクムルの街にやってくる生産建設兵団の兵士の中には、酒に酔って乱暴を働く者もいます。物を盗んだり、女性をからかったりする者もいたでしょう。もちろん、全ての軍人がそんな奴らだったはずはありませんが、子供だった当時の私たちは解放軍の軍人が街へやってくると、息を潜めて見守っていました。なにしろ彼らに何かされたら、こちらは泣き寝入りするしかないのです。クムルの街には当時も、ウイグル人の公安がいましたが、もちろん彼らだってどうすることもできません。
 国家安全部はどんな違法な事をやっても、摘発される事がありません。調査対象者を無理やり誘拐しても、尋間中に殴る蹴るの暴行を働いても、全てお各め無しです
 中国国内において、この国家安全部はたいへんな権力を持っています。普段は威張っている公安(警察)といえども、国家安全部の調査員の前では、子供みたいなものでしかありません。
 2002年の秋に日本のNGO団体である北朝鮮難民救援基金の代表者とその通訳が、中国の大連で突然行方不明になるという事件が起きました。彼らは飢餓に苦しむ北朝鮮から生命からがら中国に逃げ出してきた北朝鮮人難民を保護して、秘密裏に韓国や第三国に脱出させる活動をしていたそうなのですが、それが中国当局に発覚してしまい、身柄を拘束されたのです。
 支持者の通報によってこの事態を知った日本の外務省は、中国の外交部(外務省にあたる役所)に事実の確認を求めましたが、それに対する外交部の返事は、『そのような事実は、存在しない』というものでした。
 それも道理。彼らを逮捕した中国国家安全部は、外交部などよりはるかに権力を持った機関なのです。たとえ外国人を逮捕・拘束しようとも、彼らは身内である外交部にさえその事実を報告などしません
 ましてや、私たちウイグル人を取り調べる時は、令状も何も無く突然、自宅に押し掛けてきて身柄を取り押さえ、連行していきます。そして拷問のような取り調べをしたあげく、放免する時には『どのような取り調べを受けたのか、尋問の内容はどんなものだったのか、一切他人には口外しない』という念書を取って釈放するのです。もちろん誓約を破って、どのような扱いを受けたかを一言でも知り合いに話せば、それを理由にまた捕まえられてさらに酷い拷問を受けます


■中国農業事情

 当時の中国では化学肥料や農薬を売る商売がとても儲かっていました。
 なぜならあの頃から中国では、小麦にしろ大豆にしろトウモロコシにしろ、従来から植えられていた在来種ではなく、遺伝子工学的にかけ合わせられたハイブリッド種と呼ばれる一代雑種のタネを植えることが大流行していたのです。このハイブリッド種のタネは、成長すると在来種とは比べものにならないくらい大量の収獲を得る事ができます。
 中国の貧しい農民たちが、改革開放経済によって少しでも現金収入を伸ばしたいと願っていた時に、誰もがこのハイブリッド種の作物に飛びついたのは当然だったでしょう。
 しかしこのハイブリッド種の作物には、いくつかの欠点があります。その一つは飛躍的に収獲が増える反面、生育させるためには大量の肥料を必要とし、農地を急速に痩せさせてしまうという事です。またハイブリッド種はたいてい病害虫に弱く、それを防ぐための農薬も大量に撒かなければなりません
 このためハイブリッド種のタネを一度撒いてしまった農家は、まるで禁断症状を訴える麻薬患者のように、次々と化学肥料と農薬を必要とするのです。こうして東トルキスタンだけでなく、中国全土の農業用地はあっという間に薬品漬けになってしまいました
 本来ならば農民は、長期的な視点で見ると地味を痩せさせるハイブリッド種を栽培させるべきではないのかもしれません。しかし東トルキスタンだけでなく中国全体の農地は、結局のところ農民自身の土地ではなく、国家から耕作権を借り受けている土地に過ぎません。農民たちもまた、自分が耕している土地に対して愛する気持ちは薄いのです
 2008年に日本で発生(発覚?)したいわゆる“中国製毒入り餃子事件”以降、中国製食品の危険性は様々なところで指摘されていますが、その背景にはこのような事情もあるのだということをご理解ください。


■東トルキスタンの歴史

 私たちの祖国である東トルキスタンは現在、中国共産党に占領されて彼らから『ウイグル自治区』と呼ばれています。しかし私たちウイグル人はあの土地で長い間、独自の文化と歴史をつちかってきました。
 日本の平安時代から鎌倉時代にかかるH世紀から13世紀にかけて、すでに私たちの祖先は天山ウイグル王国を建国していました。
 その後、元の時代から清朝の末期まで、ウイグル人たちはモンゴル人の王朝や満州人の王朝に積極的に協力し、特に独立するということはありませんでしたが、名目上は元や晴の支配を受けていたとはいえ、実質的には地方政権としてウイグル人の王が直接的に統治をしていたのです。
 それが中国国民党による中華民国の時代になると漢族の軍閥による混乱が始まり、同化政策や差別、抑圧が強まったために1931年、ついにクムル王国で蜂起したウイグル人たちはまたたくまに東トルキスタン全域に革命の火の手を広げて、ついに1933年の11月に、カシュガルで『東トルキスタンイスラム共和国』を建国します。大統領はホジャ・ニヤズアジ。東トルキスタンの国名で正式に貨幣や新聞も発行されました。現在、ウイグル民族運動の象徴となつている青天牙月旗もこの時に東トルキスタンの国旗として制定されたものです。
     
 その後、この国は国民党政府と当時近い関係にあったソ連の軍事介入を受け、1934年には崩壊してしまいます。
 それから、ヤルタ会談の密約によってソ連が蒋介石の国民党に、北モンゴルの独立・衛星国化ならびに満州国の権益と引き替えに東トルキスタンを売り渡してしまったからです。
 その後、東トルキスタン政府は独力で外交戦を展開し、一時は国民党との連立をも模索しますが、結局はイリを中心にした独立・自治を続けます。そして1949年、中国全土を制圧した中国共産党の勢力は東トルキスタンにも迫り、イリの政府と交渉を持つことになりました。
 8月29日、北京へ向かったアフメットジャン他の政府首脳を乗せた飛行機は、なぜか旧ソ連領上空で消息を絶ってしまいます(これを共産党政府による陰謀・暗殺であると考える人は中国人の間でも多い)。
 指導者を失って混乱した東トルキスタンには、人民解放軍が怒涛のようになだれ込んできました。結局、その年の12月には中国政府によって占領″され、事実上東トルキスタン共和国は中国共産党の支配下に入りました。
 その後も東トルキスタンの一部残存兵力は抵抗を続けますが、1955年に中国政府は『新疆ウイグル自治区』の成立を宣言し現在に至ります。
 この間、人民解放軍第二軍、第六軍、第十五軍、合計10万人の大兵力がこの地に入植し、新港生産建設兵団の前身となりました。
 兵団の武力を背景に中国政府は、モスクなどのイスラム教施設が所有していた土地や財産を没収し、現地の生活に根付いていたイスラム法廷などの習慣も禁止してしまいました。
 その後1960年代から1980年代にかけて、さまよえる湖として有名なロブノール湖周辺において中国政府は数十回にも及ぶ核実験を行い、およそ19万人にも及ぶ死者と数百万人の被爆者を出したことは、日本の札幌医科大学教授、高田純博士の研究でも明らかになっています。


■中国政府が行っている卑劣な民族同化政策

 共産党政府によって強制的に連れ去られ中国内地に移住させられたウイグル人女性たちも、年頃ですからやがてその土地で地元の男性と結婚していくことでしょう。そうなればやがて生まれてくる彼女らの子供は漢族に同化していき、共産党政府はウイグル人の血を絶つことと、漢族男性の嫁不足問題を同時に解決することができるのです。
 中国政府はこの企みを糊塗するために彼女らをことさら“出稼ぎ労働者”と、まるでウイグル人が自由意志で祖国を離れて生活しているかのように報道していますが、もちろんそんなことはデタラメです。
 2008年にカシュガルのヤルカンドのある村では、一人の19歳の女性が村の共産党政府から割り当てを受け、山東省の工場に“出稼ぎ”に行くように命令されました。しかし彼女は病気の母親と兄の三人家族で、母親の治療費を稼ぐために街に住み込みで働いている兄のいない間、彼女までいなくなつてしまうと母親の介護ができなくなつてしまいます。
 命令を拒む彼女を、立ち会っていた公安が無理矢理に連れ去ろうとしたところ、たまたま自宅へ帰ってきた兄が妹を救い出そうとしたため公安と凍み合いになり、兄はその場で逮捕されてしまいました。その人民法廷はその兄に対してたった二週間で『懲役二年』という重い判決を下し、結局妹の方も連れ去られてしまったのです。残された病気の母親のもとには、娘がいったいどこの町のなんという工場に連れて行かれたかも知らされていません。これが強制移住・強制労働″でなくていったい何だというのでしょうか。
 さすがにこの政策のことは海外に出国したウイグル人留学生や亡命者たちの間でもインターネットの情報などで知れ渡ることになり、国際的な非難を受けることを恐れた中国共産党は2009年になつて男性のウイグル人にも“強制移住・強制労働”を課すようになりました。しかしこれも男女のウイグル人を同じ割合で一つの職場に送り込むということはありません。
 他にも、ウイグル語を禁止し、漢字を強制したり、学業中のウイグル青年や公務員や公共企業の労働者については、モスクへの立ち入りを禁じています。国有企業や公務員を辞めても、立ち入りを禁止しています。実質、ウイグル文化を抹消しようとしているのです。ここで著者は、中共が執拗に靖国批判を繰り返すのは、日本文化を抹殺しようとする謀略からだと述べています!


◇北京オリンピックとは何だったのか

 祖国で暮らすウイグル人同胞たちも、北京オリンピックの中継番組などほとんど見ていないと思います。
 それどころか私たちはオリンピック開催以前の4月26日に長野市で行われた聖火リレーに抗議するため、チベット人や日本人のサポーターたちと一緒に長野へ向かったのです。
 彼ら動員された中国人たちは、北京オリンピックに抗議するチベット人やウイグル人、日本人サポーターのグループに対し、旗竿を棍棒や槍のように使って襲いかかりました。平和であった長野の街は、中国語の怒号であふれかえつたのです。
 あの日の長野の様子は、まるで日本の国とは思えませんでした。日本の警察はなぜか、暴れ回る中国人の暴徒たちを制止しようともしません。まるでウルムチやラサの街で、漢族たちの乱暴狼籍を黙って見逃している中国人民武装警察隊貝とそっくりです。
 こうした混乱が発生したのは、決して日本だけのことではありません。世界中の都市で聖火ランナーが走るたびに騒動が巻き起こりました。アメリカのサンフランシスコでも、イギリスのロンドンでも、フランスのパリでも、オーストラリアのシドニーでも。民主主義国家で強行された聖火リレーでは、何かしら混乱が起こつています。なんの騒動も無しに聖火ランナーがコースを走り通せたのは、中国と同じく独裁国家である北朝鮮の平壌くらいのものでしょう。
 この結果を重く見て、国際オリンピック委員会(IOC)は北京大会以降の国際聖火リレーそのものを中止してしまいました。何かと中国寄りの報道をすることの多い日本の朝日新聞でさえも当時、この聖火リレーの騒動を『聖火リレー燃え広がる愛国心、冷める世界』と呆れたような見出しで紹介しています。
 いったいIOCはなぜこんな混乱まで引き起こして北京オリンピックを強行したのでしょうか? それはオリンピックの開催によって世界中の関心が中国に集まり、あの国の民主化や報道公開が進むのではないか、と期待されたからです。世界中から選抜された選手たちが競い合う姿を見て、中国の人民にも“フェア”の精神を感じてもらうという期待もあったのでしょう。
 確かにこれはこれで一つの見識と言えるかも知れません。スポーツを通じて平和と人類の発展に寄与するというオリンピックの精神にも見事に合致していると思います。
 しかし北京オリンピックが終わった現在、少しでも中国は民主化が進んだでしょうか?風通しの良い社会になったでしょうか? 中国の人民はフェア″の精神を身につけたのでしょうか?
 その答えが全て『NO!』である
ことは、7月5日にウルムチで起こつた事件を見れば明らかでしょう。
 中国という国の本質は、妥協や譲歩では少しも変わりません。外からあの国を変えようとしたら、それは圧力で変えるしかないのです


■中国人の“愛国心”の正体をさぐる

 中国政府は革命に成功し、外国の侵略者たちを追い払って60年も経ったはずなのに、国民に自分たちの指導者を選ぶ権利すら与えようとしていないのです。普通に考えたら、人間はこういう政府を愛する事ができるものではありません。いったい中国人たちは本当にあの国を、心の底から愛しているのでしょうか……。
 これについて私の友人は、面白い見方を教えてくれました。
 彼によると中国人たちの見せる愛国心″などというものは、実は『ストックホルム症候群』という異常心理の一種に過ぎないというのです。
 皆さんはこの『ストックホルム症候群』という言葉をご存知でしたか? ご存じない方のために一応、概略を説明しておきますね。もともとこれは1970年代初期に、スウェーデンのストックホルムで起きた銀行強盗事件に端を発して生まれた言葉でした。
 この事件で数名の銀行員を人質に取った強盗たちが、建物を包囲した警官隊に『突入してくれば人質を殺す』と宣言していたために、立て龍もりは一週間に渡って続きました。しかしやがて犯人たちに疲労の色が濃くなったのを見計らい警察の特殊部隊が突入して強盗を逮捕し、人質は無事に救出されたのです。
 ところが、この時に奇妙な事が起きました。救出された人質たちが警察に感謝するのではなく、むしろ口々に犯人たちを庇い、警官隊を非難するような言動を見せたのです。それだけではなく人質の一人であった女性は、逮捕後に刑期を終えて刑務所を出た犯人の一人とその後に結婚までしてしまいます。……これはいったいどういうことなのか。
 この事件は長時間に渡って自由を奪われ、生殺与奪の権まで犯罪者に握られた人質が、自己防衛のために犯人の側に感情移入・同化してしまう例として、ストックホルム症候群と呼ばれるようになりました。
 人間は絶対的な暴力に支配され自由を奪われた状態が長く続くと、その支配者を憎むのではなく逆に『自分は支配者を愛している』、そして『支配者も私を愛し、だからこそ私を護っててくれているのだ』と自己を欺瞞するようになるのだそうです。その結果、皮肉なことに自分を解放してくれる警察を憎み始める……。これがストックホルム症候群です。(※まさに、儒教の精神だ!)
 このストックホルム症候群はその後も研究が進み、現在では人質と犯人という関係だけでなく、家庭内においても成立するものであることが判ってきました。つまり暴力を受けている子供たちは『ボクたちはお父さんを愛している』、『お父さんもボクたちを愛しているからこそ、ボクを殴るんだ』と、自己欺瞞をするようになるのです。
 彼らは何千年もの昔から、人民をそうやって支配してきましたし、またそうやって支配する方法しか知らなかったのです。
 そうであればこそ彼らは、7月5日にウルムチで平和的なデモが行われると知ったとき、代表者との対話ではなく電気警棒と散弾銃による鎮圧を選びました。恐らく彼らには『ためしに何百人か殺してやれば、ウイグル人もすぐに言うことを聞くようになるだろう』という思い込みがあったのでしょう。
 しかし中国政府のこうした考え方がウイグル人や中国人だけでなく、世界の人類に対する許し難い侮辱であることは言うまでもありません。彼らは近い将来、必ずやその報いを受けることになるでしょう。  ⇒(続きはこちら)




尖閣の海にウイグルの旗が翻った日
                   [正論 21013年9月号]より抜粋

■沖縄の空にはためいたウイグルの旗

 2013年6月29日午後二時、沖縄県那覇市の牧志公園では、林立する日の丸と青いウイグルの旗(旧東トルキスタン共和国国旗)が、鮮やかに夏空にはためいていた。
 35度を超す暑さの中で始まった集会は、言い知れぬ緊張が漂っていた。集会開始の直後に事件が起きた。自シャツ姿の男が、演壇後方のガジュマルの根元に小型録音機を仕掛けたのだ。スタッフがそれに気づき追いかけたが、男は録音機を放棄して逃亡した。何者かわからなかった。現場にいた沖縄県警の公安も、見たことのない顔だと特定出来なかつた。日本人か外国人なのかもわからなかった。
 集会は、戦後沖縄で初めて行われる「6・29ウイグル人虐殺糾弾・日本・ウイグル自由のための連帯 頑張れ日本!全国行動委員会 日の丸大行進 in 沖縄」だった。その夜には、来日中の世界ウイグル会議総裁ラビア・カーディル氏の講演会「日本・ウイグル自由のための連帯フォーラム」が、那覇市の自治会館ホールで予定されていた。
 沖縄の空に、百本近いウイグル国旗がはためいたのは、戦後初めてだつたろう。二百人近い参加者たちは、中国共産党政府の弾圧で「行方不明」となった多数のウイグル人の顔写真を肩に掛け、プラカードにしていた。写真のウイグル人たちは、カメラ目線で私たちを見つめ、彼らの人生や青春、生命が、理不尽な政治暴力で奪われたことを、無言で訴えていた。
 ラビア・カーディル総裁の来日前後から、ウイグル人の住む中国「新車ウイグル自治区」では、ウイグル人たちの切羽詰まった抵抗運動が起きていた。共産党政府は、これを暴徒、テロリストと呼んで徹底的に弾圧していた。ウイグル自治区への報道関係者の立ち入りは禁止され、悲鳴に近いウイグル人たちの怒りと悲しみの声が、ドイツに本部を置く世界ウイグル会議に、様々な手段を通して伝えられていた。既に数十人のウイグル人が、殺されたり、拘束されて行方不明という情報が入っていた。
 沖縄那覇空港に到着したのは、ラビア総裁他、世界ウイグル会議副総裁セイット・トムトゥルク氏、ウイグル語通訳を担当したトウール・ムハメット博士、そして、日本ウイグル協会代表のイリハム・マハムティ氏だったが、彼等には、携帯電話を通し、中国共産党の残酷な弾圧の情報が次々に伝えられ、セイット副総裁が思わず泣き出したとの知らせも、フォーラム実行委員長の有本香氏と事務局長長尾たかし氏から入っていた。集会の緊迫感は、こういう痛ましい情報にも起因していた。
 中国当局は、共産党の御用情報機関「新華社通信」を使い、まるでウイグル人テロリストが暴徒たちを扇動し、殺人や破壊行為を行っているかのような報道を続けていた。日本のマスメディアも、この事件をほとんど小さなベタ記事扱いで伝えただけで、それも「新華社が伝えるところによると」という形で、無批判に中国当局発信の情報を垂れ流していた。世界ウイグル会議が伝えるウイグル人への「民族浄化」「虐殺」、人権無視の不法拘束や拷問が行われているとの情報を日本国民に伝えるメディアは皆無だった。
 そんな中で、ウイグル支援と連帯を訴え、中国のアジア侵略を糾弾して、デモが行われた。百本以上の日の丸とウイグルの青い旗が行進する様は美しかった。那覇市の国際通りの通行人は立ち止ほり、多くの人が店の中から出て来て、並んで進む両国の国旗を眺め、拍手や手を振った。「中国共産党政府はウイグル人を虐殺するな!」「中国は人権弾圧を止めろ!」「中国は人殺しを止めろ!」「沖縄をウイグル・チベットにするな!」等々がシュプレヒコールされた。叫びのひとつひとつが、確実に、沿道の那覇市民に伝わっていくのが実感出来た。


■感動的なラビア総裁の講演

 この日の一か月半前、五月十五日、私たち「頑張れ日本!」は、沖縄支部設立を記念する沖縄初の「日の丸デモ」を行っていた。デモ主催者の私が心配したことは、沖縄左翼の妨害だった。沿道から罵声を浴びせられたり、日の丸への抗議を装った挑発行為を警戒したのだが、全くの杷憂に終わった。今回と同様、驚くほど好意的反応を沖縄県民は示してくれたのだ。
 二回の沖縄「日の丸デモ」をして、はつきりとわかったことがある。沖縄の「言論空間」と県民の意識とは、マスメディアがこれまで伝えて来た反戦平和反基地といった左翼の世界では決してないということだ。朝日新開が「右翼」に見えると言われるほど、反日反米の新開「沖縄タイムス」と「琉球新報」によって、沖縄言論空間が完全支配されてきたからに過ぎなかったのだ。
 デモに参加してくれた七十九歳の金城テルさんは、沖縄保守の精神的リーダーの一人だが、「正しいことを言ってくれる人がいたら、沖縄の人たちはほんとに純粋で素直な人たちですから、ああ、なるほどそうなんだよと、拍手喝采すると思います」と話してくれた。
 私たちは、今こそ正直に、沖縄の国防安全保障上の戦略的重要性や平和を守る砦となっていることを伝えるべきである。金城さんのような「日本精神」は、地下水脈のように脈々と沖縄に生き続けている。
 それを証するように、その夜、自治会館ホールはほぼ満席となった。まず、ウイグルの現状を伝えるチャンネル桜製作の映像が放映され、ウイグルの犠牲者の為に黙痛が行われた。続いて、両国国歌の演奏の後、有本香代表、長尾たかし事務局長の挨拶、イリハム・マハムティ氏の挨拶と続き、ラビア・カーディル世界ウイグル会議総裁の講演となった。
 その夜のラビア総裁の講演は、悲しみと戦う気迫に溢れる感動的なものだった。会場では、多くの人が、すすり泣き、ハンカチで涙をぬぐいながら、講演に聞き入っていた。
 講演の一部を引用する。
 「二〇〇九年六月二十六日、広東省舘開市にある玩具工場である事件が起きました。一万人近い中国人が、手に棒や刃物などの凶器を持って、働いていた約八百人のウイグル人労働者に襲いかかりました。暴行は夜の九時から朝六時半まで続き、多くのウイグル人労働者が殺されるという悲惨な事件が起きたのです。
 中国政府は今日まで、国際社会や私たちに対し、この事件の真相を明らかにしておりません。犠牲になったウイグル人の致さえ明らかにしておりません。そして、犯罪に関わった中国人を、一人も罰していません」
 「私たちが平和を呼びかけたにもかかわらず、わが民族は殺我されています。わが民族が行ったすべての抗議行動は、『テロリズム』という名目の下に弾圧されてい右のです。一方で、中国政府が行っている国家的テロともいうべき暴虐については、まったく問われていないのです」
 「ウイグル人は、中国の圧政の下、民族存続のために、自分たちが犠牲になることを覚悟して、東トルキスタンのあらゆる場所(カシュガル、ホ一夕ン、イリ、トルファンなど)で戦いを起こしています。中国政府は、ウイグル人に対し、言語・宗教・文化・人権などの抑圧をずっと続けてきており、ウイグル人はもうそれに耐えられず、このような暴力的行為をとらざるを得ない状況に追い込まれているのです」
 「わが民族はこの六十三年間、中国に頭を下げ続けて来ました。しかし、ようやく奴隷状態から解放され、自由を勝ち取ることができる時期がやってきたのだとも考えています。私たちは人間としての尊厳を守るために自らの命を差し出しているのです」
 講演の開始を待つ間、控室で、私はラビア総裁と色々話し合うことが出来た。翌日、私が尖閣諸島に行くと聞くと、彼女は驚いて、中国公船に銃撃されないかと聞いた。
 私が笑って、今はその可能性は低いと思うが、近い将来はそんなことが起こり得るし、私自身はどんなことでも覚悟していると伝えた。向かい合わせに座っていた彼女は、立ち上がり、私の横に座って、両手で私の手を強く掘った。「あなたは、今、ウイグル人です。私は、今、日本人です」そして、私が二つ年下だと聞くと、私たちは姉弟だと言って、再び手を握りしめた。通訳してくれたトウール・ムハメット氏は、涙ぐんで、「私も尖閣諸島に行きたい、行かせてください」と私に頼んだ。東トルキスタンの旗を掲げ、中国船と対略したいと言うのだ。通訳等の仕事や日程的にも無理なので、私は「自由の為に戦っているウイグル人に代わり、私たちがウイグルの国旗を掲げますよ」と伝えた。彼らは大いに喜んでくれたが、元々、私自身はそのつもりで、既に石垣島にウイグルの旗を送ってあった。


■海保よ、警戒する相手が違うだろう

 6月21日、東京から始まった世界ウイグル会議総裁の公演旅行は、札幌、大阪、名古屋、沖縄で終了した。東京に戻った翌日、彼女たちは中国大使館前でウイグル人虐殺への抗議活動を行い、総裁自ら抗議状を大使館ポストに投函した。ラビア・カーディル総裁の熱い日本での戦いは終わった。
 しかし、沖縄の青空に高々と掲げられた自由ウイグルの青旗は、さらに南下して、尖閣諸島の海で掲げられることになった。
 七月一日午前三時十分、私は、尖閣諸島から23マイルの領海接続区域にいた。前夜、石垣島新川漁港から出発した日の丸漁船団は、漁船四隻、総勢32人が乗り組み、衆院議員の山田賢治さんや領土議連前事務局長の長尾たかしさんも参加していた。
 三時二十分、海保から、赤い電光掲示板の船は中国公船だとの無線連絡が入った。後で聞くと、新しく尖閣領海に派遣された海監5001だった。他二隻が目視できた。
 海保の巡視船の数はその倍ほどで、緑字の電光掲示板に中国語で「我々日本政府は領海内での無害でない航行を認めていない。くれぐれも侵入しないように」と表示していた。
 五時三十分、魚釣島周辺に到着する。砂川船長に、島の西側の灯台付近に行ってくれと頼む。漁船団が灯台方向へ向かうと巡視船も一緒に並走する。灯台付近に到着すると、巡視船「のばる」から、「尖閣諸島への上陸は政府により禁止されています。尖閣諸島の一海里以内に接近しないでください」との電光掲示板が、今回もまた、私たちに対して流される。前回、前々回と同じく、二隻の海保のモーターボートが接近し、上陸禁止と一マイル以内に立ち入るなとハンドマイクで繰り返す。
 上からの「行政指導」を実行しているとのアリバイ仕事に過ぎない。荒い波間を漂うゴムボートの海保職員には、同情を禁じ得ないが、その情けない役人根性に腹が立つ。
 私も同じ答えをハンドマイクで繰り返す。「私たちは絶対に上陸しない。漁業活動を妨害しないようにしてください」と丁寧な言葉で始めたが、ロボットの如く、同じ言葉を繰り返す海保のボートに、ついに怒鳴りつける。「漁を邪魔するんじゃない! 船から離れなさい!」「海保の警備課長がはつきり言っている。『1マイル以内に入るな』とは、泳いで上陸出来ないように協力をお願いしているだけで、法的根拠はないと。安倍総理も、日本漁師が尖閣領海で漁をするのは当然だと国会で答弁している。誰の責任で漁を妨害するのか。責任者の名前を言いなさい!」
 前回と同じく、彼等は沈黙し、漁船の周りを周回し始めた。その時だつた。
 私たちの眼前に突然、中国公船海監51が右手方向から姿を現した。そして、海保の漁船との能天気な対応をあざ笑うかのように、まんまと、島に最も近い沿岸を航行し始めた。ついに、中国公船が日本船よりも島の近くに入り込んだのである。あきれ果てた海保の大失態である。警備する相手を間違えているのだ。中国公船の艦橋では支那人乗組員が、私たちと海保を島側から撮影している。この大失態を巡視船の船長や海保の諸君は、痛切に自覚しているのだろうか。
 帰京してから、長尾たかしさんが、国交省の海保警備課にこのことを問う質問状を出した。「海保は中国公船が海保の船と島の間を横切ることを認識していたのか? 認識していて、何もしなかったのか?」
 これに対する海保警備課からの回答である。「公船が近づいてきた場合は通常、巡視船は退去要求しますが、今回のケースの場合は日本船と公船のあいだに入って不測の事態に備えて日本船を保護しました。それは日本船の保護を第一目的としているため。そのため一時的に島側に位一置することがあった」(日時:2013年7月3日件名:調査依頼より)
 どうして、このような嘘を平気でつけるのか。撮影映像を見れば、一目瞭然、巡視船が漁船と中国船の間に割って入ったのでは全く無く、巡視船が我々に「かまけて」いる間に、中国公船に入り込まれたのである。その証拠に、魚釣島の海岸スレスレを中国公船がゆったり航行しているのに、巡視船の電光掲示板は、相変わらず私たちに上陸禁止と一マイル以内に入るなとの掲示を続け、ボートの海保職員も、私たちに同じアナウンスを繰り返していた。中国公船が一マイル以内に入り、ゴムボートを降ろし、あるいは専門家が泳いで上陸するかもしれないのに、海保の職員の見ている方向は、中国公船ではなく、私たちだったのである。
 この度外れた間抜けぶり、危機感の無さが、今回の大失態を生み出したのである。厳しい言い方になるが、こんな体たらくで、我が国の神聖な領土領海を守れると思うのか。彼等には外国船に、領海侵犯されているという怒りと危機感が無さ過ぎる。
 私はハンドマイクで叫んだ。「中国侵略者は日本の領海から出ていけ! 中国公船は尖開から出ていけ! 中国の尖閣侵略を許さないぞ!」
 いつも尖閣に私と一緒に行ってくれる予備陸士長で女優の葛城奈海さんが怒りをあらわに言った。「これは海保が言うべきことですよ」
 島と海保巡視船の間に入り込んだ海監51は、中国語で掲示板に赤文字で、ここは中国の領海だから出ていけと掲示し、日本語で同様のアナウンスをして、何度も私たちの眼前を往復した。十数隻もいた海保の巡視船は、為すすべもなく、あたふた動き回るだけだった。ゴムボートの海保職員も、私たちの方ばかりを見たまま、日本人「上陸」警戒の任務を依然、一生懸命果たしているのだった。


◆天安門抗議テロ!
 天安門虐殺で有名な天安門で28日、毛沢東の肖像画をめがけるように、乗用車が突っ込み炎上した。同日、四川省では中型バスが政府機関に突っ込んだ。明らかに、習政権への同時抗議テロだと思った。
 スポニチは「天安門車炎上、死者は5人に」と題し、「現場は、故毛沢東主席の大きな肖像画が掲げられた天安門の目前で、普段から警備が厳重な場所。28日正午ごろ、乗用車は歩道を約500メートル走行しており、故意に突入したのは間違いなく、中国共産党による統治に不満を抱く少数民族や、貧富の格差など社会矛盾に絶望感を感じた人が抗議の意思を示した可能性がある。天安門の前にある天安門広場では、1989年6月に民主化を求める学生らを軍が弾圧した「天安門事件」が起きた。北京市公安当局によると、車内にいた3人を含む計5人が死亡、38人がケガをした。
 また、中国四川省南充市公安局によると、同市で28日午前、中型バスが交通警察と裁判所の敷地に突っ込み、敷地内の複数の車両に衝突、警察官2人が負傷した。当局は中型バスの運転手を拘束し、詳細を調べている。」と報じた。
 これは明らかに中国共産党への同時抗議テロだ。そして、習政権の「毛沢東へ帰れ、偉大な中国へ」の失敗を意味する。もしこのテロが偶然で無ければ、最も重要なことは、バラバラだった人民の怒りが、組織化されたことを意味していることだ。中国人民は反日だけれど、中国人民の手による「共産中国の民主化」を願う!
 ■日経:ウイグル側「国際調査を」 天安門前突入事件 2013/10/31
 「世界ウイグル会議」のラビア主席は30日、ロイター通信の質問に書面で回答した。
 ラビア主席は「北京で何が起こったかについて中国当局の見解をうのみにはできない」と主張。その上で、仮にウイグル族が事件に関与していたならば、中国共産党を通じた漢民族支配の下で不当な扱いを受け、是正を訴える手段がないことが原因だとした。
 今回の事件を機に、全国で、再発防止を名目としたウイグル族住民への締め付けが一層厳しくなっている。ウイグル族が多く住む新疆ウイグル自治区には武装警察らを大量に投入。なかでも容疑者らの出身地は、公安が周囲の道路を封鎖するなど厳しい監視下に置かれているという。
 一方、中国公安当局は拘束した容疑者らに対し、これまでのウイグル族による暴動・事件との関わりなど余罪の追及を続けている。関係筋によると、新疆ウイグル自治区の分離・独立を目指す組織が関与しているとみて、別のテロ計画がなかったかなど、厳しく尋問している。
 当局は、今回拘束した容疑者のほかに、ウイグル独立派組織のメンバーなど「関係者」がいるとの見方を捨てていない。事件直後に立ち上げた全国規模の特別捜査チームが引き続き捜査に当たる。
 北京市内では大通りで交通規制を敷くなどの警戒態勢が続く。今回の事件が社会不安の広がりにつながらないよう、当局は事件に関する報道を規制し、平静を装っている。中国の新聞は各紙とも、国営新華社が30日に発表した原稿を掲載するだけで、独自の取材内容を盛り込んだ報道は伝えていない。

◆テロではなく、民族の存続を願う独立運動 (2014/05/04)
 5月3日は憲法記念日だ。産経妙に支那憲法への痛烈な批判があったので、紹介します。
 支那憲法の第35条には「支那市民は、言論、出版、集会、結社、行進、示威の自由を有する」、第36条には「支那市民は、宗教信仰の自由を有する」と明記されているのだそうです。もし法治国家なら、支那の新聞やテレビは、ウイグルで起きた爆発事件を大々的に報じただろうし、温州市で完成間近のキリスト教会が破壊されることはなかっただろう。
 中国憲法の序文には、「被抑圧民族および発展途上国が民族独立を勝ち取り、それを護(まも)り、民族経済を発展させる正義の闘争を支持する」とある。だが、習体制になって以来、漢族によるウイグル族に対する差別と弾圧は、日を追うごとにひどくなっている、という。抵抗運動も過激になり、3月には武装集団が昆明駅を襲撃し、大惨事を引き起こした。習主席は「断固たる措置をとり、テロリストを完全にたたき潰せ」と厳命した。どんな理由があるにせよ、無辜の人々を殺傷するテロを許してはならない。ただし、テロリストを顕彰するような指導者が「テロとの戦い」を叫んでみても説得力はまるでない。テロ対策の第一歩は、ハルビンの記念館閉鎖である。
 ネットでも、東トルキスタン(ウイグル)の爆発事件は、「テロ」でなく「レジスタンス」だとの声がある。独立運動は当然の権利である。
 更に、NHKによれば、支那全土でキリスト教徒が急増することを問題視した中共が、違法建築という名目で教会を取り壊すという蛮行が相次いでいるというのだ。キリスト教が広がることは、共産党政権への不満を結集するからだ。
   
 恐らく、この光景を見て、「違法建築」という理由を信じる者がいたら、余程の支那かぶれだろう。支那に言論、報道、結社、信教の自由という概念は存在しない。だが、キリスト教への教弾圧は、経済面で依存度が高い欧州でも批判は続出することは、中共も覚悟の上だ。
 ブログ「私的憂慮の国」に本事件に共感する論述が有りました。
 4月30日、東トルキスタン、ウルムチ市の鉄道駅で爆発が起き、複数が死亡、負傷者が約80人出た。4月27日から30日まで、習氏が現地を訪れ、解放軍、武装警察などに「ちゃんと仕事しろ」と檄を飛ばした直後の事件である。中共はウイグル人2名をテロ犯と断じ、日本のメディアは事実確認も無しに、しかも中共関連の報道のほとんどが虚報なのに、この官製報道を追認報道している。
 中共では、年間20万件の暴動や騒動を完全に隠蔽することはできないので、扱うとしてもたいそう小さい。支那人民に知る権利など与えられていないのだから、知られて困るものは報道しないのだ。中共は、海外向けには「テロ」であり、「制圧しなければならない」と装うが、一方のウイグル人から見れば、これは「レジスタンス」だ。産経新聞正論執筆メンバーの櫻田淳氏がFacebookで書いていたが、自由・民主主主義体制に対する「テロ」と独裁体制に対する「レジスタンス」は、本質的に異なるのである。「テロ」という一面的な表現は、周囲の視線を本質からずらすことが目的で、その裏にある民族弾圧を隠すために用いられているのだ。
 キリスト教への弾圧、東トルキスタンやチベットへの弾圧など、弾圧と抵抗の闘いは、昨日発生したようなウクライナなどとは比べ物にならない。歴史の真実を知る我々日本人は、民族弾圧の歴史を広く共有し、情報戦を戦うべきである。「テロ」という支那サイドの言葉で、東トルキスタン・ウイグル人を理解してはならない。これは、民族の存続を願う独立運動なのだから。




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