外務省の罪を問う



 [外務省の罪を問う 自由社]から、抜粋しました。
 尖閣購入に当たり、何故外務省は民主党の国有化を応援したのか。また、捏造慰安婦像の設置を無慈悲にも放置し続け、米国では日本人の小学生が虐められているというではないか。しかも、中韓の前では一言も発しないその姿に、疑問があった。
 本書の冒頭を概略すると、「日米開戦に当たり、送別会を優先し、最後通告を予定より1時間半遅らせ、その為に真珠湾攻撃が騙し討ちになった。怒った米国民は原爆を落とすのに躊躇しなかった。しかも、吉村吉三郎駐米大使は責任を取ることはなかった。元首相の園田外相は外務官僚を「理路整然としたバカ」と呼んでいた。つまり、試験に合格しようと没頭した為、教養を欠いて社交下手だから、肩書きとしか付き合おうとしない。だから、外国要人が主催するパ−ティへのお呼びがない。しかも、天安門以降の人権問題を尋ねると「その前から中国にはっ人権なんてありません」と答え、日本の国益よりも中国を優先するのが新中派なのだ。だから、自民党政権は外務省の改革なくして、これからの日本の再生はないことを分かっていただきたい。明治以降、日本は近代化を進める中で、外務省ほど失敗した官庁はない。外務省により、日本国民はどれだけ悲惨な目にあってきたか、明らかにしたのがこの本だ。」と述べている。是非、原書の一読をお勧め致します。
 また、「新しい歴史教科書をつくる会」の制作した自由社版の「公民教科書」「歴史教科書」を手に取り、購入して頂きたいのです。日本を守る為に!




◇概要:外務省の罪と無能ぶり

 外務省は何をしてきたか。日米開戦にあたって、「最後通告」手交を予定より約1時間半遅らせ、そのために日本海軍の真珠湾攻撃が「騙し討ち」になった。怒ったアメリカ国民は日本に原爆を落とすのに蹟躇しなかった。その失態の最高責任者である野村吉三郎駐米大便は、手交遅延の責任をとって自殺するのではないかと懸念されたが、そのことを気づかって問いかけた人に野村は答えた。「私はなぜ自殺なければならないのか。私は外交官である。」と。まったく、自分に責任の一端も存在しないという口ぶりである。これが日本の国益を守る大使の言葉なのだろうか。
 日米開戦にあたって、その前夜、「最後通告」をタイプしなければならないのに遊びに出かけてしまい、そのために「最後通告」手交が遅延し、そのために日本海軍の真珠湾攻撃が「騙し討ち」になってしまったという、その直接の責任者である奥村勝蔵一等書記官は、戦後、外務省内で処分されるどころか、吉田茂首相によって外務次官に抜擢され、外務官僚としては最高の勲一等の勲章を授与された。つまり、吉田は外務省の罪を完全に隠蔽し、戦前からの外務省の反日体質を助長し、戦後にまで引き継がせた張本人である。


◇外務省の体質:逃げろ、対応するな、抗議は後でする


■ソ連とのあいだの北方領土問題

 ここから、外務省が、外務省職員が、外交官が、いかに欺瞞で、無能で、脆弱か、そのことによって日本をいかに台無しにしているか、戦後繰り広げられた実際の具体的な事件、事例をもとに見てみよう。
 まず、北方領土問題に関してである。いわゆる北方領土が、江戸時代以来、日本の固有の領土であることにはまちがいない。したがって日本の敗戦にともなってソ連軍が、南樺太、千島列島への侵入が連合国間で許諾されていたとしても、北方領土は別である。よってソ連軍もこの北方領土を占領するにあたってはかなり慎重であったようだ。
 ソ連軍は海のかなたより調べて、つまりアメリカの星条旗がかかっていないかどうか、アメリカ軍が進駐しているかどうかをよく調べて、いまだアメリカ軍が進駐していないことを確かめたうえで上陸してきたようだ。
 だとしたら、もしこの北方領土の居住者のだれかが絵に描いた星条旗(と日の丸)でもよいから、海のかなたから見えるように山の上にでも掲げていたら、ソ連軍は侵入してこず、北方領土問題というのは生じていなかったかもしれないのである。そのような知恵をなぜ外務省はもたず、それを北方領土の居住民に知らせ知恵づけないまま終わったのか。……
 戦後約七〇年、北方領土の問題が、いささかも解決していないのは、やはり外務省の無能のせいとして責めてよいであろう。昭和三一(一九五六)年七月から一〇月にかけて行われた鳩山一郎内閣の日ソ交渉は、懸案の国交回復が主たる狙いであるから北方領土問題がなおざりにされたのは、ある程度いたしかたない。
 否、逆に考えるべきかもしれない。もしかすれば日ソ国交回復よりも北方領土解決を優先すべきだったかもしれないのだ。日ソ国交回復の必要性は年々、高まってくる。したがっていつかは日ソ国交回復はなる。しかし、北方領土解決の目途はそう簡単には立たない。とすれば、北方領土問題を解決しなければ、国交回復の交渉のテーブルに着かないと、頑なに堅持していたら、北方領土問題は日ソ国交回復時に解決していたのではないだろうか。
 つぎの解決の大きな機会は、平成五(一九九三)年一〇月十一日、ソ連崩壊後のロシア大統領エリツィンが来日してきたときであろう。疲弊するロシアの経済をかかえていて、エリツィンは日本の経済援助が必要であった。このときこそ、国交断絶ぐらいの気構えで北方領土解決に向けて臨むべきではなかったか。また、国交断絶ぐらいの交渉をしなければ、北方領土問題 は解決しないことを日ごろ想定しておいて、国交断絶を実行する機会をつね日ごろからうかがっている、というようにあるべきではなかったか。


■韓国とのあいだの竹島問題

 竹島問題はどうか。竹島問題はいうまでもなく講和条約が間もなく発効する昭和二七
(一九五二)年一月一八日、韓国の李承晩大統領が、韓国の国内事情もあって、一方的に李承晩ラインなるものを設定して、竹島を韓国領土に編入してしまったのだ。しかし当時は、朝鮮戦争のさなか、日本も韓国もアメリカ占領軍の強い指導下にあった。だとしたら、占領軍、アメリカ政府を介在させるなかで十分に解決できていたはずだ。
 日本と韓国は、占領が解除されても、アメリカの強い指導のもとに自由主義圏で、きわめて友好関係を良好にしていかなければならない立場にある。だとしたら、両国のあいだに領土問題をつくつてはならない。私、杉原としては、やはりこのときの日本の首相吉田茂及び外務省の交渉に問題があったと思う。日本政府の要請を受けて占領軍は、何度か竹島は日本の領土であるとの声明を発してくれた。しかし李承晩ラインの撤回はならず、竹島に対する韓国の実効支配が続いたのは、やはり吉田茂のもと外務省の交渉の仕方に根本的問題があったといわなければならないであろう。考えてみれば、なぜこの占領期に解決しなかったのであろうかと、逆に不思議になるのである。
 竹島問題を解決するための、つぎにおとずれた大きな機会は、昭和四〇(一九六五)年の日韓基本条約の締結のときであった。このとき、佐藤栄作首相のもと、竹島奪還の機会とせず、あえてあいまいにしたようだ。当時として日韓基本条約を締結する意義は日本にもあった。しかしその必要は韓国のほうが大きかった。領土問題をかかえることは、その後の日韓関係を考えるにあたって好ましくない。だとしたら、この日韓基本条約の締結のときこそ解決の機会であった。だとしたら、竹島問題をこの日韓基本条約のなかに明確に位置づけておかなければならない。しかるに、日本の外務省はこのときあいまいなままにしたのだ。
 表の責任は、首相佐藤栄作にあるといえるが、日ごろからそのような思考の訓練を経ていな外務省官僚にとって、この機会を生かすことはできなかった。その結果、今日のように、につちもさっちもいかなくなっている。


■功労者に褒賞を出さなかった大韓航空機爆破事件

 昭和六二(一九八七)年一一月二九日、大韓航空機がビルマ沖で爆破され一一五名の乗客、乗員が犠牲となるという事件があった。イラクのバグダッドを発ってアラブ首長国連邦のアブダビを経由して韓国のソウルに向かう途次であった。これにともない日本人の父親と娘と見られる二人連れがアブダビで降りており、その不審人物の問い合わせが、バーレーンの日本大使館にもあった。その不審人物がバーレーンに入国していないかどうか調べてほしい、という問い合わせだった。
 だが、通常、そんな問い合わせにすぐ答えられるはずはない。また、通常では、そのようなことを即座に調べられる方法はない。通常であれば、いくつかの関係方面に電話で問い合わせ、そのうえで、「調べてみたが不明」と返答すれば、責任は完了する。
 もしこのとき、このバーレーンの大使館で通常状通りのことをしていたら、このときの親子連れは特定されることなく、その後、この事件は日本人のしたことと歴史に記録されたであろう。日韓関係も大変なものになっていたであろう。しかし幸いなことに、父親役の男は服毒自殺したものの、生き残った娘のほうの金賢姫は逮捕された。そして彼女の口述によって、北朝鮮が翌年の昭和六三(一九八八)年に開かれるソウルオリンピックを妨害しようとして、日本人が仕かけたように見せて引き起こした事件であることが分かった。
 このとき、バーレーンの日本大使館のノンキャリア砂川昌順という館員が、日ごろ培った情報網とその信頼関係を駆使して、二人の宿泊ホテルを見つけ、空港で身柄の拘束に成功したのである。あいにく父親役の男性は服毒自殺したものの、この女性金賢姫を逮捕することによって、事件の全貌が分かり、この爆破事件を引き起こしたのは日本人ではないことが分かり、ことなきをえたのである。
 さて、問題は、このように金賢姫の身柄を拘束したそれ以降の日本の外務省の対応である。身柄を拘束した時点での明瞭な嫌疑はパスポートの不正使用だった。だとしたら、身柄をひとまずは日本に移送して、日本の官憲で取り調べるべきだった。しかし、日本の外務省はあっさり韓国への移送を認めてしまった。この金賢姫は、日本から拉致された田口八重子から日本語を習ったことが判明した。もし日本に移送しておれば、拉致問題は、もっと早く解決の糸日が解明できた可能性がある。
 さらに問題あるのは、このような手柄を立てた砂川昌順に適切な褒賞を与えなかったことである。砂川がどれほど日本の名誉を救ったか。そのあまりの大きな功績にキャリアの外交官は嫉妬する。自分たちではまったく実現できない功績をノンキャリアが実現すると、冷たくせせら笑う。何もできないキャリア組は減点主義でつつがなく何とかマイナスをつくらず出世していくなかで、真に褒賞に値する業績をあげたノンキャリアを排除しようとする。外務省はやはりキャリア組の外交官の幸せのために存在するところになっているということが分かる。
 平成二(一九九〇)年八月二日、イラク軍がクウェートに侵攻した。このときのクウェートの日本大使館の危機管理のなさは言語に絶するようだ。
 当時の週刊誌が現地の様子を報じている。クウェートの在留邦人は侵攻後、八月六日ごろから大使館に集まり始めたが、大使館には自家発電装置もなく、緊急に備えての井戸もなく、食料の買い置きもなかった。八月二一日、邦人たちとイラクのバグダッドに移ることになったのだが、移動中、行き先が変更になったとき、あわてふためいた大使館職員は、取り乱し、まったく役に立たず、バグダッドの日本大使館に連絡しようにもバグダッドの日本大使館の電話番号を控えることさえしていなかったことが分かった。
 このとき、クウェートに近い、そしてさきの大韓航空機爆破事件で砂川昌順が活躍したバーレーンの日本大使館ではイラク軍のクウェート侵攻当時、大使と参事官が不在で、邦人が脱出しようにも情報がなく、退去勧告が大幅に遅れたというのである。イラク軍のクウェート侵攻の情報は一週間くらいまえからあるのにもかかわらず、大使は休暇中、参事官はメディカルチェックで帰国していたというのである。
 日本の在外公館は危機管理について何ら期待できない状況にあり、そこにつめる外交官は外交官の役割を果たすことができない状態にいつもあるというよりほかはない。


■「河野談話」と「従軍慰安婦」

 韓国の女性に対する従軍慰安婦強制連行の事実は存在しなかった。もともと軍に従属したという意味になる「従軍慰安婦」という言葉は、歴史的には存在しなかつた。
 にもかかわらず、いわゆる「河野談話」で、強制連行があったかのように言及したのは、、当時の韓国政府から強制連行を認めれば韓国政府の責任で幕引きとするとそそのかされ、それでまるく収まるならばという政治的配慮によったものである。しかし、結果は幕引きどころか教科書にも載るようになり、もはや日本を悪宣伝するときの格好の材料にされている。このときの政治判断の最高責任者は、官房長官河野洋平にあるわけであるが、これにつきそっていた外務省の役人は何をしていたのか。
 このとき韓国政府の責任で、問題の幕引きをするという韓国政府のものいいは、かつて衷世凱が日本を騙して最後通告のかたちで二十一か条要求を出させたのとは違って、ある程度は、韓国政府もそのように努力しようと思っていたのかもしれない。しかし韓国はどうあれ、ありもしないことをあるとして、ありもしない非を認めることが、その後、どのように展開していく問題になるかは、外交を知らない普通の人でも分かる。外交の専門家としての職員がつきそいながら、なぜこういうことが起こるのか。展望をもたない無能力の外交官がつきそったゆえんである。こうして巨大な国益が日に日に失われていっているのである。

 ■朝日の誤報同様に責任がある外務省の怠慢
 植民地支配を受けた民族として、もともと基本的に反日・嫌日の韓国だが、その感情をより強く持つに至った責任は、一体誰に、どこにあるのか。
 国連の人権委員会で「吉田証言」は引用され、国連の公式文書には「性奴隷(セックス・スレイブ)」と表現された。日本は国連加盟国のはずだから公式に反論すればいいのに、外務省はそれをやっていない。この外務省の怠慢は、朝日の誤報同様に責任重大で、その結果「セックス・スレイブはあった」ということになってしまった。
 現在、慰安婦問題はアメリカに飛び火している。アメリカの華僑と在米韓国人による反日ネットワークが、この10年くらいの間に急成長している。背後には韓国の左翼勢力と北朝鮮、抗日連合(中国共産党との関係が深い)がいる。
 従軍慰安婦については、アメリカの保守派までもが誤解をし、決議がされようとしているのに、在米日本犬便館では「決議を通さないでくれ」と根回しをするだけ。事実に踏み込んだ検証や説明はしていない。「日本は歴代の総理が謝っている。このことに対する事実誤認がある(謝罪していないと思われている)」というお粗末なことを言ってのける始末だ。
 つまり、やっていることと言えば、「河野談話」から「村山談話」の紹介、そして歴代の総理がアジア女性基金にお金を出す時につけた謝罪の手紙を英訳して配っているだけだ。こういうお役人の対処では、「性奴隷」はあったけれども謝ったのだから決議はやめてくれ、と言っているに等しい。(※逆効果だ。つまり、外務省は反日なのです。)
 韓国外務省報道官は「『河野談話』を見直さないことだけでは問題は解決しない」と、相変わらずの強気な姿勢を示している。それどころか、韓国女性家族省は、慰安婦関連資料をユネスコ(国連教育科学文化機関)の「世界記憶遺産」登録に向け、申請する計画を進めている。日本側がどう対処しようが、韓国側は慰安婦問題の拡大をエスカレートさせる姿勢だ
 現在、アメリカでは「カリフォルニア慰安婦像撤去訴訟」が争われている。やっと日本側が反撃を始めたのだ。原告の一人は南カリフォルニア在住の目良浩一元ハーバード大助教授。「グランデール市議会で行われた公聴会で、訴訟に反対する演説者が「日本軍の兵隊はセックスの褒美をもらうために一生懸命、戦争をしたのだ」と主張したことには呆れたようだ。
 訴訟は最高裁まで視野に入れ、5年がかりの長期戦を想定しているようだ。しかし、日本の名誉がかかったこのような法廷闘争を、個人に任せっばなしでいいのか。日本は国家として対処すべきだろう。[この国に「朝日新聞」は何をしたのか]より抜粋
 
 ■産経:次になすべきは外務省の反論だ 西岡力。2015/01/15
 朝日新聞が慰安婦問題について事実と異なる報道をしていたことを認めた今、次になされるべきは外務省の責任追及である。 1991年夏以降、朝日が日本人活動家らとともに展開した慰安婦キャンペーンに煽られ、1992年1月、訪韓した宮沢喜一首相は盧泰愚大統領に何と8回も謝罪した。権力による強制連行があったのか調べもせずにまず謝罪したのだ。この驚くべき無責任さは昨年に政府が行った河野談話作成過程の検証でも明らかにされている。
 この間、外務省は国際社会に事実に反する日本非難が拡散することに対して、「朝鮮で権力による強制連行はなかった。吉田清治証言は虚偽だ。性奴隷制度と慰安婦は全く異なる。一部元慰安婦の強制連行証言は事実関係の矛盾があり裏付けが乏しい」などと、当然すべき反論をしてこなかった。
 1996年、国連人権委員会のクマラスワミ氏が、吉田証言などを根拠に奴隷狩りのような強制連行の存在を前提として、慰安婦を性奴隷と規定する報告を提出した。このとき外務省は反論文書を撤回して「日本は慰安婦問題について河野談話などで繰り返し謝罪をし、償い事業のためアジア女性基金もつくった」という趣旨の弁解に差し替えた。それ以降、外務省は同じ弁解だけを繰り返し、事態は悪化し続けた。
 2007年には米国議会下院が、クマラスワミ報告の事実認識をほぼ下敷きにして、日本政府を非難する決議を採択した。このとき、下院が開いた公聴会には元慰安婦や反日活動家らが出席したが、日本の立場を主張する外交官や専門家は一人も参加しなかった。それ以降も、米国で開かれている議会やシンクタンクの慰安婦問題などに関する議論の場に、日本政府を代表する人間が出て事実関係をきちんと説明する作業を一切しなかった。
 そしてここで大書特筆したいのは、朝日が誤報を認め、安倍晋三政権が国際社会に広がった事実に反する認識に反論するという方針を明らかにした後も、外務省はそれを実行していないことだ。
 外務省のホームページの慰安婦という項目に、「慰安婦問題に対する日本政府のこれまでの施策(H26年10月)」がある。ここでも河野談話以降、〈日本政府は機会あるごとに元慰安婦の方々に対し、心からお詫びと反省の気持ちを表明してきた〉〈お詫びと反省の気持ちを…表すため「女性のためのアジア平和国民基金」が設立された〉などと書くのみで、ただ日本はこれまで何回も謝ってきたという従来の主張を繰り返すが、誤解に対する反論はない。
 外務省は5百億円を予算計上して、国際広報を強化するという。その中にはジャパンハウスという施設を世界主要都市に作ることも含まれている。これまで、国際広報に失敗してきたのは施設がなかったからではなく、外務省がただ謝るのみで事実に基づく反論をしてこなかったからだ。
 まずなすべきことは慰安婦問題など歴史認識問題でなぜ、事実に反する日本非難が広がったのか、国際広報の敗北の原因を究明する作業だ。事実に踏み込んだ反論の発信なしに予算だけを増やすのは優先順位が違うと強く訴えたい。

■ペルー大使公邸人質事件の反省

 つぎに平成九(一九九七)年一二月一七日、ペルーの日本大使公邸で起こつた人質事件について見てみよう。
 苦悩の人質生活を経て日本人人質全員が、翌平成一〇(一九九八)年四月二二日、ペルー海軍の特殊作戦部隊の突入によって救出された事件である。解放後、閉じ込められていた青木盛久駐ペルー大使が濃い煙を立て煙草をふかしながら、記者会見をし、その様子がテレビで放映され、顰蹙(ひんしゅく)を買ったシーンをまだ覚えている人は多いだろう。青木は、外交官試験を通った外交官のある種の典型の姿を表している。このような事件は、事件じたいがまさに想定外のものであるから、どうしようもないと一面ではいえるのだが、テロリストは隣家の空家の壁を爆破して侵入してきたという。ということは、隣家が空家であるのに、日ごろその空家の様子を確かめていなかったということになる。ということは日ごろ要請されている警戒を怠ったということになる。
 このペルー大使公邸人質事件については、その後の外務省の事後処理の仕方にも問題がある。
 事件が解決すると、外務省の外務次官を委員長として調査委員会を立ちあげた。事件は、平和的解決を主張してやまない日本側を騙すかたちで、ペルー大統領の、特殊部隊投入による実力行使によって解決した。大統領の強行突入たる実力行使は危険であった。日本人人質が全員無事に救出されたのは、奇跡であるという評価もあるようであるから、安易ないい方はできないが、日本にはテロに対して取引は行ってはならないとする国際的な対処方針に基づいて解決を模索した形跡がない。


■「南京事件」は原爆投下を正当化するために占領軍によって創作された
 マーシャル陸軍参謀総長が、1945年9月1日、陸軍長官宛に提出した2年次報告書のなかで、日本に原爆を落とした理由を述べている。
 原文はつぎのとおりである。
  
 マーシャルのこの報告書は、日本でも占領軍民間情報教育局(CIA)の支援を受けて翻訳され、昭和21(1946)年8月15日、訳者は不明だが、『勝利の記録』と題されてマンニチ社という出版祉から出版された。そこで上記英文はつぎのように訳されていた。
《八月六日の週間は、紛争の連発する中で第一弾を放ち、遂に第二次世界大戦へと進展せしめた国民にとって余りにも唐突な異変の週間であった。日本は奉天、上海、真珠湾、バタアンにおける悪逆に対し充分なる償ひをさせられているのであった。≫
 ところが、この本は同年11月30日堅山利忠の訳で『欧・亜戦の戦闘報告』と題されて東京勤労社から再度出版された。そしてそこでは、前記2つの文の第2文がつぎのように訳されていた。
《日本は南京、奉天、上海、真珠湾及びバタアンにおける反逆に充分なる代償を払はせられつつあった。≫
 注目していただきたいのは、2番目のこの本では、ゴシックで示されているように原爆を落とした理由として、原文にはなかった「南京」が追加されていることだ。
 以上の経緯は、2つの重要なことを示唆している。
 一つは、マーシャルが第二次世界大戦を回顧して原爆を落とした理由を述べるとき、「南京事件」は念頭になかったということを明らかにしていることだ。このことは、「南京事件」は、占領下で占領軍によって創作されたものである、ということを傍証している。
 他の一つだが、日本で、「南京事件」が初めて日本国民に知らされたのは、昭和20(1945)年12月9日より始まった「真相はこうだ」というラジオ放送であった。だがこのとき日本人のだれもがこんな事件があることを信じなかった。しかしその後、いわゆる東京裁判で糾弾され、マンニチ社の翻訳本の出た昭和21(1946)年8月15日は、ちょうど「南京事件」の審理が行われているときだった。そこで、同年11月30日に出た堅山利忠の訳では、マーシャルの原文にはなかった「南京」が追加されて訳されたのだ。つまり、原爆投下を正当化するために占領下で「南京事件」は創作されたのだということがよく分かる。
 つまり、「南京事件」というのは、日米開戦にさきだって、ワシントンの日本大使館で事務失態があり、そのために「最後通告」手交遅延が起こり、そのために日本海軍の真珠湾攻撃が「騙し討ち」となり、それに対するアメリカ国民の憤激から原爆投下が起こり、そしてその原爆投下を正当化するために、原爆の惨劇に匹敵する惨劇として、占領軍によって創作されたものなのだ、ということが分かる。
 斎藤邦彦駐米大使は、「南京事件」を糾弾するアイリス・チャンに表立って反論をしなかったのであるが、じつは、「南京事件」はもともと外務省の事務失態から発していたのである。斎藤は、そのような経緯、因果関係はまったく認知していなかったであろうが、外務省は真珠湾の「騙し討ち」に関する責任を隠しきって、それがあまりにも成功しすぎて、現在では、外務省自身も隠したことを忘れてしまっているのだと分かる。
 上記、マーシャルの報告書の翻訳で、原爆を落とした理由のなかに、原文にはなかった「南京」がつけ加えられたという大切な事実は、「南京問題」研究家の溝口郁夫氏によって発見された。


■「南京事件」に見る斎藤邦彦駐米大使の失敗

 平成九(一九九七)年、アメリカで発行された、中国系アメリカ人、アイリス・チャンの書いた『ザ・レイプ・オブ・ナンキン第二次世界大戦の忘れられたホロコースト』の「南京事件」告発の本をめぐる外務省の対応も慨嘆にたえなかった。
 この本には写真三四枚が掲載されているが、「南京事件」の証拠となる写真はなかった。そしてチャンの主張する被害者数は、四三万人、二六万人、二二万七千人、三七万七千人と、述べるごとに異なる人数を示し、その点だけでも単なる宣伝のための本ということで信憑性に問題があるのであるが、しかし本書はアメリカで出版して四か月にして一二万部も売れるというベストセラーになった。最終的には五〇万部を超えたといわれている。
 だが、今日、この「南京事件」なるものは、日本が占領下におかれたなかで、占領軍によって計画的につくられた虚構の事件であることが明らかとなっている。
 平成二一(二〇〇〇)年一〇月二八日、東中野修道亜細亜大学教授を会長として「日本『南京』学会」という学会が立ちあがった。この学会の研究活動はすさまじく、中国南京市にある「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞記念館」に掲げてある写真は一枚の例外もなく「南京事件」にかかわるものでないことを実証し、そして「南京事件」をさす「南京事件」という言葉も戦前にはなかったことを証明した。現時点では、「南京事件」は虚構の事件であるということが胸をはっていささかの疑念もなくいえるようになつた。
 問題は、アイリス・チャンの本が売りだされた平成九(一九九七)年の時点である。まだ、「日本『南京』学会」も立ちあがっておらず、「南京事件」は、虚構であるということはまだ完全には証明されていなかった。しかし、いうまでもなく、四三万人とか二六万人とか、二二万七千人とか、そのような多人数の虐殺がなかったことは、一目瞭然であった。ほんのわずか調べれば、この本は宣伝のための本であって、信憑性のないものであることは明白だった。だったら、この本の宣伝的効果を防がなければならない。
 しかるに、アメリカの日本大使館は、何ら対応せず、沈黙したままだった。平成一〇(一九九八)年一二月になつて、ようやく斎藤邦彦駐米大使が反論した。テレビでアイリス・チャンと対談したのである。しかし斎藤は、日本の教科書に「南京事件」について書いてあるというばかりで、このアイリス・チャンの本が宣伝書であり、多くは根拠のないことを書いていると、この時点でいえる反論をいっさいしていない。斎藤は能吏らしく、踏みこんだ謝罪を求めるアイリス・チャンに対して、日本政府よりも踏みこんだ謝罪は上手に逃げているが、すべて「南京虐殺」ならぬ「南京大虐殺」を前提にした弁解に終わっている。そのみじめなさまは、今日でも、ユーチューブで見ることができる(http://www.history.gr.jp/~nanking/books_changtv98.html)。
 外務省は、虚構の「南京事件」に対する日本の名誉を守る行動をまったく起こそうとしていないのだ。いまなお、外務省のホームページでは「南京事件」について虚構であることを明示するものになっていない。学会の学説状況によるという逃げの道は、用意されているが、だとすれば、自らも日本の名誉を回復するための調査研究を行うべきである。ない事件が「ある」として外務省の見解として世界に発信されているのである。
 右の「日本『南京』学会」設立の寸前の話しだが、平成一二(二〇〇〇)年一〇月二二日、外務省出身の、文部省の教科書検定審議会委員野田英二郎が「新しい歴史教科書をつくる会」の制作した中学校歴史教科書を不合格にする工作をしていたことが発覚した。
 「新しい歴史教科書をつくる会」といえば、平成八(一九九六)年、中学校歴史教科書で、平成五 (一九九三)年のいわゆる「河野談話」の影響を受けていっせいに「従軍慰安婦」の記述が現れたのを契機として結成された民間の教育運動団体である。もともと「従軍」とは、「従軍看護婦」のように軍隊に直接付属して使う言葉であり、そうだとすれば、前記のとおり、「従軍慰安婦」というのは初めから存在しない。軍の駐屯地の傍らにある慰安所は民間の施設であって、「従軍慰安婦」なるものは制度的に存在しない。しかるに「河野談話」を契機にいっせいに中学校歴史教科書に載ったのである。これを怒って平成九(一九九七)年、この教育運動団体が結成されたのであるが、日本の名誉を守り、日本の文化と伝統を尊重する立場で制作した教科書を、意図的に不合格にしようと、外務省出身のこの教科書検定審議会委員は、日本人たる資格があるのであろうか。外務省を代表しての審議会委員であるから、この点でも、いかに外務省は反日、反国家的か、その抜本的な改革がいかに必要か、分かろうというものである。もちろん、この野田の画策は、報道した『産経新聞』らの努力によって潰えた。


■組織として体をなさない松尾克俊らによる機密費の大型詐取事件

 つぎに平成二二(二〇〇一)年一月一日に『読売新聞』で報じられて発覚したところの、ノンキャリア松尾克俊によって引き起こされた総額四億八千六百万円にのぼる外交機密費詐取事件である。
 松尾は平成五(一九九三)年一〇月から平成一一(一九九九)年八月までの要人外国訪問支援室長在任中、計一六回の首相外遊を担当、官邸から総額約一〇億八千六百万円の機密費を受領し、そのうち立件されただけで総額四億八千六百万円を搾取したのである。
 松尾事件の中身は衝撃的だった。搾取した金の使い道は、高級マンション、ゴルフ会員権、競走馬、そして女性と、いかにもスキャンダラスなものだった。
 外務省の汚職事件はこれだけでは終わらなかった。七月には平成一二(二〇〇〇)年の沖縄サミットのために使用したハイヤー代など二千二百万円を水増しした詐欺容疑で、小林裕武課長補佐ら職員二人が逮捕された。同七月には、アメリカのデンバーの水谷周総領事が公費流用で懲戒免職となつた。さらに九月には、平成七(一九九五)年のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)大阪会議で、総額四千万円を超える水増し請求の詐取をしたとして浅川明男課長補佐が逮捕された。
 これら一連の外務省の失態を見るとき、一部の不心得な職員の引き起こしたものといってすませないものがある。松尾事件や浅川事件のように、このような巨額の公金が着服され、それが何年にもわたって発覚しないということはどういうことなのか。他の省庁にあっては、このような巨額の公金横領が可能であろうか。にもかかわらず外務省では、このような巨額の公金が長期にわたってそれが発覚しないままに続く。外務省は組織的に体をなしていない、というべきであろう。


■藩陽事件に見る日本領事館の怠慢

 平成一四(二〇〇二)年五月八日に起こつた渚陽事件もひどかった。洛陽事件といえば、すでに分からなくなっている読者もいるかもしれないので、少しく解説する。幼女をも含んだ北朝鮮の亡命者五人が、中国の洛陽の日本領事館に救助を求めて侵入しようとした事件で、総領事館の門のところでは必死に入りこもうとする北朝鮮の母子ら、反対に引きずり出そうとする中国の武装警官とのあいだで激しいもみあいが繰り広げられた。結局、亡命者は、中国武装警官にとらえられ、亡命は成功しなかった。その情景は当時は連日、テレビで放映された。
 このとき、姿を現した副領事宮下謙は、ただ武装警官が落とした帽子を拾いあげるだけで、幼児らに救いの手を差しのべようとはいささかもしなかった。中国武装警官につかまったこれらの亡命希望者は北朝鮮に送還されるかもしれない。図らずも日本外交の恥ずべき実態をさらしてしまった。
 しかしこの副領事宮下謙は、日本の外交官として異常な怠慢をしたのか。そうではない。この宮下謙の行動こそが、日本の外交官に外務省から先輩から伝えられている行動様式なのだ。
 外務省には外交官の知恵として、危機管理に際して、「逃げろ」「対応するな」「抗議は後でする」という行動指針があるという。なるほど、これによれば外交官自身の身体への危害は最小限にくいとめられよう。
 そのさい、どのような国益がからんで、どれほど大きな国益が失われようとしていてもかまわないのだ。「逃げろ」「対応するな」「抗議は後でする」では、外交官の身の安全のみが保障されることになる。これでは外交官としての知恵の蓄積も、情報の採取もできなくなる。
 外務省の職務は徹底して減点主義なのだ。任期中、相手国とのあいだでもめごとはもちたくない。したがって何か事件に巻きこまれそうなときには、逃げて対応を回避して、そして抗議は後ですることによって、問題は処理したことにするのである。まさにひとえに外交官による外交官のためだけの外交である。


■何のためのODAか:ODAの三つの側面

 二一世紀の日本の国際福祉として、直接の国益は顧慮しないで、まさにひとえに善意として低開発国、発展途上国に対して、経済開発その他生活向上に向けて貢献するということは認められてよいことであろう。
 しかしODA供与の相手国自身が、他の国に対してODAを行っている場合、あるいはまたその国内において明らかに反日教育が行われている国に対して、日本国民の税金であるODAの資金を供与することは、日本国民に対する裏切り行為ではないだろうか。日本のODAは、昭和二九(一九五四)年、ビルマ(現ミャンマー)と結んだ協定において、戦後賠償を込めたような意味でODA供与がなされたのを嚆矢とする。内容は、有償資金協力(いわゆる円借款)、無償資金協力、技術協力の三種で、かかわる省庁も、外務省だけではなく、財務省、経済産業省を初めとして一〇省庁以上がかかわりをもつ。だが、そのなかで、やはり外務省が、中心であり、その中心となる外務省が無能であるため、広い意味での国益にはならず、ただ垂れ流し、さらには逆効果となるODA供与が行われているのだ。
 この外務省を中心とした戦後の日本のODAは、結果的に見て、戦後賠償、国内還流、国益追求の三つの側面をもっていた。戦後賠償というのは、いうまでもなく、かの戦争の敗戦国として、広く戦勝国として位置づくところの諸国に対して行う賠償としてのODA供与の側面である。国内還流というのは、援助資金で、日系企業に事業を発注したり、日本企業から物品を購入したり、日本企業がODA供与によってうるおうODA供与の側面がある。そこに巨大な利権が生まれてくるのであるが、そのことは本書で直接に問題にするところではない。が、やはり外務省の責任を問わなければならないところも多いに出てくる。国益追求とは相手国からわが国の外交政策への支持を確保したり、相手国に親日的社会状況をかもしだしたりして、まさに国益を追求することである。ほんらいのODAはまさに国益追求として行われなければならないのである。それがそのようになっていないところに、ODAを主導する外務省のまさに嘆かわしい無能とおぞましさがある。
 つまり、ODAの戦後賠償の側面は、敗戦に基づいた戦後という国際関係のなかにある部分のほかに、外務省が自己の都合でそれに乗っかり、その敗戦構造による自虐史観を拡大させ、そしてそこに外務省自身が安住しているのだ。つまり、外務省は、外交という重要な役割を使って、戦争贖罪意識の外国への発信機関、そしてそのために自虐史観の拡大再生産機関となつているのである。


■国内還流としてのODA

 つぎの国内還流の側面の問題である。道路、橋、運送、エネルギー施設などインフラヘのODAは、その受注企業が日系企業であり、ODAの支出は日本の経済の拡大に確かに貢献してきた。しかしそれは多大な利権を生むことになり、政治家が割りこんでくる弊害がある。国内政治に疎い外務官僚は、他の省庁と比べて、政治家に弱い通性がある。政治家から見て、外務省のからむODAは政治家が介入しやすいのである。そこで民間業者との癒着も起こりやすい。しかもそこには国民の目も行き届きにくい。
 昭和六一(一九八六)年二月、フィリピンで革命が起こつた。長年大統領の職にあったフエルディナンド・マルコスが国外脱出し、コラソン・アキノが大統領になつた。そして日本企業が円借款をめぐつてマルコスに巨額のリベートを支払っていたことが発覚した。当然、日本の国会でも問題になった。
 このとき、外務省はどういう役割を果たしたか。このODA疑惑を密閉し、真相が暴かれるのを防ぐ役割を果たしたのだ。外務省は、新任のアキノ大統領に対し、「日本とフィリピンはこれからも協力し合っていかなければならない」という言い方で、援助再開か停止かの二者択一を迫り、真相が日本の国会に伝わらないようにした。なにぶん外国における事件ということで国民の目が届きにくいのだが、そのうえさらに外務省という国家機関が外交機密という手段を使って隠蔽をしたのである。


■国益追求としてのODA

 国益追求の側面では対中国ODAのあまりにもみじめな失敗に焦点を当てざるをえない。対中国ODAは、昭和五四(一九七九)年一二月、大平正芳首相の訪中で決まるのであるが、このとき大平は「中国が安定して、また日中間に友好な二国間関係が存在することは、我が国のみならず、アジア太平洋地域の平和と繁栄に極めて重要」と述べてODA供与を開始したのだが、平成二四(一九一二)年の今日、日本と中国はどのようになっているか。
 平成一三(二〇〇一)年、アメリカのウッドロー・ウィルソン国際センターの報告書でバナモ大学デービッド・アラセ教授は、日本のODA供与を支柱とした日本の村中外交は、所期の目的を達せられず、失敗に終わっている、と書いているようだ。いまから一〇年以上前のことである。
 対中ODA政策で、最も残念に思われるのは、平成元(一九八九)年、中国で天安門事件が起こつて、江沢民が総書記となつてきたときからだ。江沢民は平然と反日教育を開始した。このとき外務省はいっさい抗議せず、傍観しているのみで、ODA供与を中止しようとはしなかった。このまま反日教育が進行すれば日中関係はどのようになつていくか、そのことを読みとれなかったのである。読みとれば、それを少しでも防止する巨額のODA供与を中止する手段があるのにもかかわらず、いっさいそのような措置をとろうとはしなかった。
 人殺しを平然と行う中国の政治文化と、人殺しをほとんどしない日本の政治文化とは、同じく漢字文化圏にありながら、水と抽のように異なる。そのうえ大国意識の強い中国は、必ずや心を開かないところがある。よって潜在的には反日的になる可能性がある。だが、そのようにして反日的傾向が少しでも芽生えれば、ODAの供与はその意義を失う。よって対中国ODA政策はつねに中止の動向を内に秘めておかなければならない。そういうことが昭和五四(一九七九)年、ODA開始のときから準備されていなければならない。しかし外務省にはそのような長期の展望を抱く能力はない。あれば、中国が感謝の念の表示が少しでも弱めれば、それだけODA供与を減らすようにするという政策を最初に抱いているべきだった。そうすれば、中国の日本ODAへの感謝は中国国民にもっと深く絡みこんだはずである。
 昭和三九(一九六四)年、当時社会党議員であった佐々木更三議員が中国を訪問したとき、毛沢東主席は何と言ったか。「過去、日本の軍国主義が中国を侵略して皆さんに大変ご迷惑をおかけしたことを申し訳なく思う」と言った佐々木に対し、毛沢東はつぎのように述べた。「もし、皇軍(日本軍のこと)が中国の大半を占領していなかったら、中国人民は団結して闘うことができなかったし、中国共産党は権力を奪取することはできなかったであろう。日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、おかげで中国人民は権力を奪取した。皇軍なしには、われわれが権力を奪取することは不可能だった」。
 中国の巨大な独善的な国家のまえに、日本の外交が翻弄されることはよく分かるが、しかし日本の外交として打つべき手を打たず、ただただ威に服する外交しかできないとは、外務省の存在価値を疑わせるというよりほかはない。
 平成二四(二〇一二)年の現時点で、経済成長をとげ、経済力世界第二位となつた中国に対して、なおODA供与をする必要はどこにあるのか。他国へのODA供与を行っている中国に対して、なおODA供与をする必要はどこにあるのか。平成四(一九九二)年に定められ、平成一五(二〇〇三)年に改定された「政府開発援助大綱」には民主化を促進するとか、軍事費拡張に注意を払うとかあるが、この「大綱」から見ても明らかに反した方向にある中国に対して、なおODA供与をする必要はどこにあるのか。
 日本の外務省は、依然として、中国に対し、そのODAについて、反国家的、反国民的供与を続けようとしている。どこの国のための外務省なのであろうか。



テキサス親父:慰安婦は売春婦!証拠はこれだ!
               http://www.youtube.com/watch?v=ggQaYD37Jm4 2013/07/22

 国立公文書館からの書類は、1944年に米国軍がビルマで慰安婦を捕まえて書いた間違いなく本物の報告書だった。
 彼女らは米軍の進撃に遭い、日本軍と共に逃れていたんだ。日本軍のすぐ後ろにこの慰安婦達はいたんだ。離れてしまい、そして迷っている所を捕まえられたんだ。その後に米軍に「事情聴衆」されたんだ。
 思い出してくれよ!1944年だぜ!戦争のまっただ中だぜ。
 戦中には日本軍も米軍も自軍に有利に働くことに関しては、プロパガンダに利用していたんだ。米軍がこの日本軍の慰安所で働いた「慰安婦」「売春婦」を捕まえたわけだから、米軍はこう言えたはずだよな「彼女らは売春を強要されていたんだ!」「日本人はどれだけ酷い奴らか分かるだろ!」。でもそうじゃないんだ。そう言えなかったんだ。それが「嘘」になるからな。
 この報告書で米軍は事実を報告し、これらの女性達は「志願して雇用された」訳で、日本軍が力尽くで朝鮮半島から20万人の女性を連れてきたわけじゃ無いっていっているんだ(もし慰安婦が20万人もいたのなら、彼女らは「雇用」され対価として「高額を支給され」ていたんだ)。
 この書類の興味深いところだが、この報告書にはこれらの女性達は「日本人の基準に照らしても白人の基準に照らしても綺麗じゃない」って書いてあるんだ。「綺麗じゃなかった」ってんだ。言い換えれば米軍が言っているのは、これらの女性達は「ブサイク」だって言っているんだぜ。
 この報告書は更にこう続いているんだ。
 女性達は大金を持って楽しんで、洋服や化粧品や他にも自分たちの為の物を買うことができて、街に出かけていたんだぜ。「性奴隷」がそんなことできるか?「性奴隷」がそんな大金を稼げるか?借金を返したら家にだって帰っていたんだぜ。「性奴隷」がそんな事できるか?慰安婦の中にはこんな不平を言っている者も居たんだぜ。日本の兵士との時間が足りなくて、すべての兵士達を迎え入れることができず、「来てくれる兵士達みんなに奉仕できなくて残念だ」って言ってるんだぜ!「性奴隷」がそんな考えをするか?
 報告書は更にこう続いているんだ。
 慰安婦達は日本軍の兵士達とスポーツをしたり、ピクニックに行ったり娯楽や宴会をしたり、「性奴隷」がそんなことするのかよ?1944年の米軍の報告書によれば、彼女らは雇用されてたんだ。
 朝鮮人達は現在ここ合衆国を慰安婦に捧げる慰安婦碑や慰安婦像なんかで汚染しているんだ。「日本軍に強制されて性奴隷にされた」って主張してな。お前らは『嘘吐き』だ!そんなことは起きていない。俺はお前らを『嘘吐き』って呼ぶぜ!大東亜戦争中の米軍よりもな。当然これを戦争のプロパガンダに使えたであろう米軍よりもな。しかし彼女らはこの「慰安婦は雇用された」と真実を語っているんだ。
 記念碑だかを感染させてるニューヨーク州ロングアイランドのナッソー郡に、ニュージャージー州にデトロイトの馬鹿者達へ、お前らは「慰安婦香具師」に取り込まれているんだぜ。それに最近、南朝鮮のソウルにある日本大使館前に建てた慰安婦像と同じ物を建てることを可決したカリフォルニア州グランデール市の市議会議員の間抜け野郎ども!



外務省は一度解体

 読売「南シナ海の中国にらみ…米軍、比での展開強化へ(2013/08/16)」と報じた。一度追い出した米軍を呼び戻すくらい、中共はフィリピンにも毛嫌いされている。それでも、なにかあると、日本はアジア諸国に嫌われていると、嘘を強弁し続けてるその異常心理は、中共が人民に憎悪されているからで、その逆噴射は甚だ迷惑だ。にもかかわらず、外務省官僚はおろおろするばかりで、柳腰外交とODA垂れ流し以外に役に立たない。つまり、近隣諸国の国益を損なっている存在なのだ。
 外務省は、日本人勇士が韓国の反日運動の中で、本当の歴史を非暴力で語り、日本領事館前から韓国警察に拉致されても。平気なんでしょうね。本当は、外務省が命がけでやるべき仕事なのに、智恵も勇気も出さず、税金で高給を貪っている。http://nicovideo.jp/watch/sm21596034
 外務省は、米国人が慰安婦像の建設について、捏造だと歴史的事実を提示し、米国の誇りへの冒涜だと述べても、北朝鮮家族の亡命を見捨てたように、平気なんでしょうね。エリート意識ばかりが強く、現実問題には何の役にも立たない反日集団だ。(⇒[慰安婦米国人の証言])
 外務省は、テキサス親父が、戦時中の米軍捕虜となった慰安婦の事実を提示し、韓国の捏造だとして、米国の誇りへの冒涜だと述べても、平気なんでしょうね。本来は、外務省が真実を米国世論に伝えるべきで、虐められる日本人小学生をも見捨てました。
 外務省は、ルーズベルトの不戦宣誓を日本に伝えず、しかも宣戦布告を故意に送らせ、米国民を参戦に導き、原爆投下をも決意させる原因を作った。戦後は、河野談話、近隣諸国条項の根回しをし、中共にODAをジャブジャブ垂れ流し続けている。しかも、外務省と警察は、2013/08/15に韓国人政治家が、靖国前で安倍政権批判の政治活動を行うことを知りながら、無策だった。それは、外務省が批判に晒されないようにだ。慰安婦、南京、尖閣・竹島、教科書…、すべては外務省が無能だからだ。
 本件に関して、渡辺氏のツィートによれば「そもそも論として、外国人は日本国内で政治活動出来ません。入国審査で上陸を拒否すべき案件であったと言えます。また、明確な内政干渉であるので、本来、韓国政府が対処すべき案件(出国拒否)だったとも言えます。これを安倍政権批判につなげる報道は違法行為の容認であり法律論上許されない。」「靖国問題での韓国国会議員による安倍政権批判は、 外国人の政治活動にあたるため、違法行為です。つまり、韓国議員を擁護したり容認するような報道は、違法行為の容認となり放送法違反 企業等の資金提供(スポンサー行為)もISO26000等で禁じられています。」とある。ということは、外務省がへなちょこだから、毅然とした姿勢が示せなかったのか!
 かつて真紀子外務大臣は外務省を伏魔殿だと言った。であれば、国益に役に立つ組織として、解体すべきだろう。外務省本庁や領事館大使は、外国で起こった日本人人質事件で、どんな貢献をしたのだろう。北朝鮮亡命家族を見捨てて、人民解放軍の落ちた帽子を拾ったように、慰安婦像建設や日本人小学生が虐められるのを見過ごしたように、第九条を保身の楯にして日本人人質を見捨てたのではないか!?
 外務省は007とまではいかないが、現地の正しい情報収集と、日本の国益を現地の人に流布する、そして将来の正しい指針を内閣に提示でき、海外邦人の安全と財産を守れればと、庶民の私は思う。だが、現地の情報も、将来の指針も間違っていたから、中韓の横暴がここまでのさばったのだと思う。
 そういえば、米英大使が外務省の選りすぐりだと云うが、慰安婦像が立ったから、無能なのだ。その人事を行う外務省本省はおバカなのだ。グ市の慰安婦像で、外交官は韓国の方が説得があったとい云い、大使はまるで人事のような迷惑かけるなというコメントを残した。庶民から見ても、国益を損なう決血税泥棒だ。
 米国人はどんな意見でも聞く耳を持つ。必ず反論の機会を与えてくれるフェアーの精神がある。だから、ただ黙っている、無言なのは黙認した、その意見を受け入れたとみなされる。数年米国にいて、どうどうと反論することが、かえって信頼もされる。だが、日本外務省は何を米国民に伝えたのか??
 蒋介石は米国は世論により政治が動く事を承知していた。だから、クリスチャンに改宗し、夫婦で米国中で反日宣伝を行い、米国を反日にするのに成功した。外務省は国益になることを米国民に伝えていない。伝えていれば、国内の反日マスコミと中韓が騒ぐ。外務省は、大騒ぎを静めるだけの知恵も無いのだ。    (2013/08/16)


■手厚い外国人留学生に対する優遇制度 フィフィ著より抜粋
 日本で学ぶ留学生の多くは、中国や韓国などアジア諸国の出身者で多くを占めています。そのうち中韓だけで全体の七五%以上になります。彼らが留学先として日本を選ぶ理由のひとつに、この留学生優遇制度が挙げられます。
 まず学費ですが、たとえば欧米に留学した場合、その学費は自国の学生の三〜四倍ほど納めなければいけません。また出稼ぎ目的での入国を防ぐために、アルバイトを含めた労働も制限されます。入学の条件も厳しく、学力テストや語学テストの厳しい基準をクリアしなければ入学は認められません。奨学金制度も存在しますが、学力テストよりさらに厳しい審査をパスした数少ない有能な学生にしか給付されません。
 これとは対照的に、外国人留学生に手厚い制度を設けているのが日本です。たとえば日本では国立大学の場合、国費留学生の授業料は無料。さらには大学院の細田学生には毎月一一万七〇〇〇円から一四万八〇〇〇円の奨学金(院のレベルによって異なる)が支払われます。もちろん研修生や学部留学生にも奨学金が支払われます。さらには往復の旅費も出るといいます。
 また生活費の支援や留学生会館など、無料の居住スペースも与えられます。私立大学については、外国人留学生の授業料に対して減免措置を設け、その一部を文科省が補助しています。
 これとは別に私費留学生に対しても返還不要の学習奨励費(文部科学省外国人留学生学習奨励費給付制度)を支給しています。これらの給付を受けている外国人留学生は、国費留学生と私費留学生を合わせると、全体の五分の一ほどの割合になります。
 もちろんこれらは日本の税金からまかなわれています。今後政府はさらに外国人留学生を三〇万人まで増やすプロジェクトや、「知日派」育成への留学支援を計画しています。でも実際のところ、その目的は経営難に苦しむ大学の救済措置なのではないかとの指摘もされています。
  
 




慰安婦問題は外務省の戦後最大の失敗−「国民集会」
                   2014/12/18産経

 73年前の日米開戦日である8日、東京都内で「慰安婦問題と戦後日本外交の失敗」をテーマに、「新しい歴史教科書をつくる会」と「史実を世界に発信する会」による集会が開かれた。
 「つくる会」理事の藤岡信勝氏や、米カリフォルニア州グレンデール市に設置された慰安婦像撤去を求める訴訟の原告の一人、目良浩一氏らが、慰安婦問題と日本外交について、それぞれの視点から講演した。藤岡氏は「慰安婦問題は外務省の戦後最大の失敗だ」と指摘し、外務省改革を求めた。
 集会の参加者は約170人。集会は、「日本人が名誉を回復するために、外務省の改革は不可避である」として、日本政府に(1)世界に正しい情報を発信するための独立機関を早急に設置(2)国連に世界各国で守る「特定国に対する敵対教育を禁止する条約」を提案(3)外務省改革のための内閣直属の会議を設置−を盛り込んだ決議を採択して閉幕した。

 第1の大罪は近隣諸国条項の制定だ
 1982年6月、歴史教科書の検定で「侵略・進出誤報事件」が起こった。その後、教科書検定基準に「近隣諸国条項」が入ったが、これは外務省の後押しで実現した。
 慰安婦問題とどうかかわるのか。近隣諸国条項の運用のガイドラインは文部省(当時)が定め、「朝鮮人強制連行」という言葉には一切検定意見をつけないことにした。以来、「朝鮮人強制連行」が小中高の全ての歴史教科書に載ることになった。朝鮮人強制連行の嘘は大手を振るって教科書に入り込んだのだ。
 この嘘があったからこそ、その上に慰安婦強制連行の嘘を建て増すことが可能になった。嘘の2階建て構造だ。肝心なことは、建物の1階がなければ2階は建てられないということ。慰安婦問題の原点は、朝鮮人強制連行を定着させた教科書問題にあった。

 第2の大罪は宮沢喜一元首相の謝罪外交だ。
 1991年12月、翌月に控えた宮沢氏の韓国訪問について、慰安婦問題で何の調査もなされていないのに、首相が謝罪するという方針を外務省は決めた。外務省は首相に謝罪外交を指南したのだ。慰安婦問題を政治問題化する決定的な誤りだった。
 宮沢氏は盧泰愚大統領との30分の会見の中で8回も謝罪した。一国の指導者は、国家と国民の名誉にかけて、謝罪なんかしてはならない。まして慰安婦については政府として何一つ調査もしていない。「この件は調査してから、政府としての見解を公表する」と言っておけばよかった。宮沢氏に振り付けをしたのは紛れもなく外務省。この間違いは、どんなに糾弾しても足りないほどひどいものだ。

 第3の大罪は「強制連行」を「強制性」にすり替える、言葉のトリックだ。これを主導したのが外務省で、外からバックアップしたのが朝日新聞だ。
 1992年1月の宮沢訪韓で、慰安婦問題は日韓間の政治・外交問題になった。さすがに、これは日本国家にとっての一大事であると考えた保守系メディアは、(朝鮮半島で女性を強制連行したと証言した)吉田清治の慰安婦強制連行の話を検証し始めた。
 同年4月30日、産経新聞に現代史家、秦郁彦氏の韓国・済州島調査の結果が載った。このほか、西岡力、上杉千年(ちとし)両氏の調査で、慰安婦問題は学問的・実証的には、この年の春までに決着がついていたといえる。
 そのことに最も敏感に気付いたのは、実は朝日新聞だった。これ以後の紙面では、意図的に「強制連行」の言葉を使わなくなった。しかし、朝日はそれ以来22年間、嘘と知りながら吉田証言を22年間も取り消さなかった。
 社会主義世界体制の崩壊によって行き場を失った左翼勢力は、戦前の日本の糾弾を生きがいにするようになる。慰安婦問題は赤ん坊のおしゃぶりのように、彼らにとって手放せないおもちゃになり、彼らは、3つのことをやり始めた。
 1つ目は、慰安婦問題を東南アジアに広げること。朝鮮半島での慰安婦の強制連行、すなわち奴隷狩りは、どうやら立証の見込みがないということがわかった。そこで、朝鮮がダメならアジアがあるさ、といって、反日弁護士たちが東南アジアの各地を手分けして、日本軍により「人権」を踏みにじられた「被害者」を求めて、調査に出かけた。そのうち、インドネシアで、調査票まで作らせたのが高木健一という弁護士だった。
 その結果、戦争中、インドネシアには2万人の日本兵しかいなかったのに、2万2千人の元慰安婦が名乗り出た。私が雑誌で高木氏の、この反日活動を批判したら高木氏は私を名誉毀損(きそん)で提訴した。言論で戦えないから商売道具の訴訟を仕掛けてきた。ついに私は高木氏と法廷で直接対決することになった。
 2つ目は、国連の舞台でこの問題を広げること。国内の論争に負けたので、事情を知らない外国を巻き込んで逆輸入しようという作戦だ。その宣伝のキーワードとなったのが、戸塚悦朗弁護士が考案した「sex slave」、「性奴隷」という言葉だった。
 3つ目は「強制連行」を「強制性」にすり替える、言葉のトリックだ。これを主導したのが外務省で、外からバックアップしたのが朝日新聞だ。
 宮沢訪韓のあと、韓国政府は盛んに「強制連行」だけは、慰安婦の名誉にかけて認めてほしいといってきた。そこで、政府は2回にわたる大がかりな調査をしたが、出てくるのは、もめ事を起こすなという、いわば「強制連行」のようなことを禁止する通達ばかりで、強制連行の証拠は何一つ見つからなかった。
 最近、米政府の官庁横断で行われた作業班(IWG)の調査結果が注目されている。米政府によっても、日本が強制連行や性奴隷制をとっていたなどという証拠はただの一件も見つからなかった。
 日本政府は調査結果を淡々と発表すればいいのだ。それなのに、慰安婦問題を何とか認めようとしてひねり出した詭弁が、慰安所における「強制性」という問題のスリカエだ。 

 第4の大罪は、河野洋平官房長官談話を出したことだ
 詳細は省略するが、今年の6月20日、政府は河野談話の作成過程についての調査報告書を出した。報告書は、政府が強制連行を示す資料はないと認識していたのを、河野官房長官(当時)が記者会見で強制連行を認めたと報告した。個人プレーだった。河野氏の間違いは当然糾弾されなければならない。しかし、報告書は外務省の責任には全く何も触れていない。河野談話は強制連行を肯定しているともとれる曖昧な文面ととともに、「強制性」をうたっているのだが、この論理を用意したのは外務省だった。

 第5の大罪は、「クマラスワミ報告書」への反論を引っ込めた
 1996年、国連の人権委員会で、慰安婦を性奴隷と認めたクマラスワミ報告書が提出された。これに対し、外務省は珍しく、今読んでも立派な、事実関係に踏み込んだ反論文書を作った。ところが直前になって撤回してしまった。この後、外務省は一切、事実関係に踏み込んだ反論をしなくなった。

 第6の大罪は「新しい歴史教科書」を検定で不合格にする策動をした
 2000年10月の、野田英二郎事件として知られている出来事だ。元インド大使で、教科書検定委員になった野田氏が、外務省の課長や課長補佐クラスのメンバーを7〜8人集めて、検定で不合格にするためのプロジェクト・チームをつくっていたのだ。外務省の本質がよく表われている。

 第7の大罪は、慰安婦問題で事実関係に踏み込んだ反論を全くしない
 不作為の罪と言えるが、実はそれ以上の罪を犯している。単に、事実で反論しないだけでなく、「日本は謝罪しています。見舞金を払っています」とわざわざ宣伝することで、むしろやってもいない罪を世界に自白したことになっている。

 外務省が犯した7つの大罪の結果、米カリフォルニア州グレンデール市に慰安婦の像まで建つことになった。この結果に、外務省は政府機構の中で最大の責任を負っていると思う。

 歴史の真実を求める世界連合会(GAHT)・目良浩一代表は、グレンデール市に設置された慰安婦像撤去訴訟の原告として、この訴訟についての要点について話す。
 慰安婦像が設置されたのは2013年7月9日、訴訟を起こしたのは今年2月20日。…これまでの寄付金は日本から7200万円、米国では4万7千ドルぐらい、計7800万円相当となった。使途について説明すると、かなりの部分は裁判費用だ。
 5つの点についてお伝えする。

 第一は、慰安婦像の設置にこぞって反対すべきであるということ。
 どうして反対しなくてはいけないのか。慰安婦像を建てるということは、日本人、日本国に対する貶めだ。これは、日本人は卑劣な人間で人道をわきまえず、冷酷で女性に対して非礼な人類であることを世界に広めようとする動き。日本人としては当然これに抵抗し、慰安婦像撤去に向かって努力すべきである。ところが日本政府は反論しない。従って、(韓国などは)別のところで噂を広げる。特に米国で「従軍慰安婦問題があって、女性たちは性奴隷で20万人もいた」という話を広めている。黙っていれば、世界の人は「そうか、日本軍は悪かったのか。日本人は冷酷であったのか」と思ってしまう。これに絶対に抵抗しなくてはいけない。
 一旦、日本人が卑劣な民族であるということが一般常識になれば永遠に続く。数世紀にわたって汚名が世界に広がり、消すことができない。消すとすれば現在、生きているわれわれの努力以外にはないとの思いでがんばっている。

 第二は、米国における慰安婦像撤去訴訟は勝てるかという問題だ
 一審で敗訴した。かなりの人が「訴訟を起こしても勝てない。無駄なことをやっている」と考えていると思うが、それは間違い。一審では、担当の連邦裁判所の判事の質が悪く、「原告には訴訟の資格がない」という奇妙な理由で敗訴した。しかし、ほかの司法関係者に意見を聞くと、これは明らかにおかしいという。二審では、こういう判断はないと考えている。
 現在、連邦裁判所の高裁に控訴しているが、それ以外に州裁判所にも裁判を起こしており、2つの裁判が進行中だ。裁判の成果はもっぱら弁護士の能力によるところがかなり大きい。最初の弁護士事務所だった大手メイヤー・ブラウンは、外的な圧力、つまり中国系反日団体の世界抗日戦争史実維護連合会(抗日連合会)から圧力を受けてわれわれの弁護から撤退した。しかし、現在は強力な弁護チームを抱えている。費用はかかるが、今回の判決はかなり有利ではないかと思っている。これまでも多くの資金援助をいただいているが、さらなる協力をお願いしたい。

 第三は、グレンデール市の慰安婦像はカリフォルニア州韓国系米国人フォーラム(KAFC)という韓国系の団体が推進したが、その裏には中国系米国人がいる。抗日連合会だ。韓国系だけでなく中国系を相手にして戦う覚悟が必要だ

 第四は、米国人が公平であるかというと、実際にはそうではない
 韓国系の情報につかっている。もう少し厳密にいうと、米国人は慰安婦について何も知らない、またはほとんど知らないというのが大多数。知っている人は韓国系の情報を信じている。日本の軍隊はアジアの女性を性奴隷にしたと考えている。オバマ大統領もそうだ。
 背景にはクマラスワミ報告書と、日本政府に謝罪と補償などを求めた2007年の米下院対日非難決議の存在がある。
 さらに、米国人は英語以外のものをほとんど読まないから、慰安婦問題については吉見義明・中央大教授の「Comfort Women」を読み、そこに書かれていることが真実と思っている。
 朝日新聞は、日本語版で誤報の告白を大々的にやったが、英語版では非常に小さく間違いを犯したと書いた。最近では読売新聞も英語版で誤りがあったと認めたが、米国人は朝日新聞の英語版も読売新聞の英語版もほとんど読まない。朝日新聞の英語版が書いただけでは全く影響を与えていない。日本では、朝日新聞が間違いを告白したので慰安婦問題は解決したと感じている人が多いが、米国でその影響はゼロだ。米国人の意見を変えるにはまだ大きなことをやらなくてはいけない。

 第五は、日本政府の対応が、いままでのところ全く手遅れであることだ。
 政府としてもっと明確に否定すべきところは否定して、反論すべきところは反論して抗議するべきだ。日本政府の対応をみていると、あたかも反論することが社会的に、国際的にいけないかのような感じを持っている。例えば、2007年に米下院が対日非難決議をやろうとしたとき、同じケースがトルコでもあった。トルコは明確に米政府に反論したため、対トルコ決議案は採択されなかった。
 最近、外務省にも少し、いい動きもある。たとえば、今年7月、ジュネーブの国連で開かれた自由権規約委員会で、外務省の課長が「慰安婦は性奴隷ではない」と明確に宣言した。これは結構なことだ。しかし、多くの場所で積極的に発表することが必要だと思う。


山本優美子・なでしこアクション代表

 今年7月にジュネーブの国連で開催された自由権規約委員会を「慰安婦の真実国民運動調査団」の団長として傍聴した。慰安婦問題は、ヘイトスピーチなど多くのテーマのうちの一つだった。
 調査団が委員に訴えたのは3点。(1)慰安婦は性奴隷ではなく戦時中の売春婦(2)慰安婦を性奴隷と認定した国連クマラスワミ報告書は嘘の資料(吉田清治証言)を基に書かれているので性奴隷の論拠に値しない(3)証言は単なる話で検証さえされていない−。これらの主張を印刷した資料と、1944年の米軍報告書(ビルマ=現ミャンマーでとらえられた慰安婦たちの調書)を添付して各委員に渡した。
 日本政府代表団は「性奴隷という表現は不適切である」といった。これは非常に大切だ。というのも、委員会から日本政府への質問に、「慰安婦は日本軍性奴隷慣行の被害者である」と書いてある。これに日本政府は「不適切な表現である」といったわけが、もし言わないで黙っていたら、認めていたことになっていた。
 しかし、私たちの配布資料と日本政府の反論があったからといって、委員会が納得したかといえば全然納得していない。「慰安婦は性奴隷」という主張はすっかり浸透していた。(日本政府の反論後の)委員会の反応はというと、「日本政府は慰安婦を強制していないというが、本人の意思には反していたという。これは矛盾しているだろう。こんな曖昧な立場は慰安婦の名誉を貶め、再び被害者にしている」というものだった。対日審査後の勧告にそう書かれていた。簡単には切り崩せない。委員会の議長はすっかり信じていた性奴隷がそうではないということで、異物を飲まされた感じだった。
 慰安婦問題は歴史問題でもあるので、事実を主張していればどうにかなるといえば、そうではないと思う。これは情報戦だ。われわれは真実を訴えているが、嘘でもいいから自分たちの都合のいいように広めれば勝ちという情報戦だ。大東亜戦争でも、日本が悪いという情報戦にある意味負けた。戦後も負け続けている。
 国連を利用した「捏造慰安婦」を切り崩さなくてはいけない。どうしたらいいか。外務省を批判するのは簡単だが、官と民でやらなくてはいけないと思う。
 国連の人権関連委員会は民の出番だ。NGO(非政府組織)は好きなことを発言できる。2016年2月15日から3月4日まで「女子差別撤廃委員会」の対日審査がある。さまざまな女性の人権問題が持ち込まれるが、慰安婦問題が中心となる。日程は国連人権委員会のサイトに発表されている。この対日審査に先立つプレセッション(準備会合)が来年7月27日から31日の間にある。プレセッションは本セッションに向けて、日本政府への質問を検討する場となる。
 この場に対して何をできるのか。われわれは英文ではあるがリポートを出せる。私たちがこういうことをやっていかなくてはいけない。具体的にやるには、「なでしこアクション」のサイトにまとめているのでみてもらいたい。(http://nadesiko-action.org/?page_id=6865)


白石千尋・国際機関職員

 私の勤める国際機関は、多数の国連機関と協力しながら世界140カ国で活動しており、各国の官僚、大臣、また首脳や大統領と緊密に連絡を取り合っている。この職場を「国際関係の縮図」としてみると、日本人の価値観とは違った常識が国際社会にあることに気づく。
 国際社会は平和と友好を目指した仲良しクラブではなく、各国の覇権争いの舞台であるということだ。日本の世論は国連を「神聖化」し、「平和で良い国際社会を他国と協力して作っていこう」と考える人が多いが、他の国々にとって国連は自国の国益を推進する「場所」であり、あくまで「道具」でしかない。日本は純粋に平和を望み、国際協力を通して平和の実現を試みているが、他の国は国益を促進する場合に限って平和を支持するだけだ。彼らの目的は国益の追求であり、平和ではない。
 日本では中韓の意見が何倍にも誇張して伝えられるため、あたかもそれが全世界の意見かと錯覚するが、それはプロパガンダだ。日本は自虐史観を捨て、普通の国として国体を守り、国益を追求するべきだ。
 この7月の国連人権委員会で慰安婦問題が議論されたとき、議長は一方的に中国、韓国、日本の左翼の弁論を擁護し、日本政府の反対意見を検証もせずに糾弾した。国連とは政治的組織であり、真実など追究していない。各国は自分に都合のいい時に国連を使い、自らの立場を正当化させ国際世論を味方につけようとしているだけ。覇権争いの舞台で、これが現実だ。
 国家間の関係とは、ある意味お互い銃を向け合ってパワーバランスを保っていることだと思う。銃を持つ国が素手の国を搾取し、場合によっては殺す。これが過去400年に亘る植民地政策だ。国際社会では今も昔もこれが常識。だから軍事力に裏づけされていない外交は影響力がない。私たち日本人は、もっと国防について真剣に考えるべきだ。「平和・平和」と念仏のように唱え、「銃は使いません。軍隊はもちません」などと宣言しても、他国に襲われる危険を高めるだけだ。
 中国・韓国が慰安婦問題を使って日本をゆするが、ある意味それは国際社会では普通の行為。付けこまれる隙を作った日本が悪いのであって、自国を防衛するのは国民と国家の義務。このような認識に基づくと、日本の外交は決定的な間違いを2つ起こしたことがわかる。
 第一の失敗は、国家間は戦略関係であるにも関わらず、戦略なしの外交を行ったということ
 後で説明するが中国の究極の目的は日本の支配であり、慰安婦問題はその手段の一つに過ぎない。それなのに日本は、あたかも個人の関係のように、謝罪して誠意を見せて丸く収めようとする。相手は計算して動いているのに、誠意などというものが通じると考える甘さ。全く思考の次元が違う。
 謝罪して誠意を見せることは日本では美徳と考えられているが、国際社会では力に屈した弱者の象徴であり、責任を取らされる。謝罪は相手に付け込まれる隙を与えるものなので、普通の国はよっぽどのことがない限り謝罪はしない。日本が謝罪し続けているために、中韓につけ込まれてどんどん批判がエスカレートしている。国際社会では、謝罪は国家の尊厳を傷つけ、英霊を侮辱する行為。日本の謝罪外交は、国際関係の本質を全然わかっていない証拠だ。国際問題の多くは人為的に作られたもので、まず各国は戦略を定め、その目的に応じて問題を起こす。慰安婦問題はいい例だ。
 2012年11月、モスクワで行われた中国・ロシア・韓国の3カ国による会議で、中国からの参加者は、尖閣諸島(沖縄県石垣市)の奪取を宣言し、その戦略として慰安婦などの歴史問題を使って日本を孤立させ、日米を離反させることを明言した。尖閣・沖縄を中国に支配されると実質的に日本のシーレーンは中国に占領され、本州への攻撃もたやすく日本は中国の属国になりさがるだろう。近年、アメリカ、オーストラリア、カナダなど、日本と防衛協力を推進する国々でで慰安婦像・碑設置の動きが起きている。これらの国の世論を反日に仕向け、日本を国際的に孤立させるのが目的だ。中国の目的は日本を支配すること、そして慰安婦問題はその手段の一つなのだ
 日本外交の第二の失敗は、日本の意見を国際世論に訴えなかったこと。
 世界への情報発信が不十分だった。日米合同であれば中国の侵略を阻止することができるが、日本単独だと中国に負ける。またロシアも味方につけ日米露で中国に対抗すれば、中国は完全に負けるだろう。他国との連帯は一国の安全保障を左右する。だから国際世論を味方につけることが大事だ。
 その重要な国際世論に対して日本は沈黙や妥協し、中韓の嘘に反論しなかった。反論するどころか30年間にも亘って朝日の捏造を放置し謝罪外交を繰り返してきた。これは世論対策を全く講じなかった証拠だ。だから国際社会が中韓の嘘を信じ、靖国参拝で安倍政権がバッシングされ、日米関係に亀裂が入った。世論は真実を支持するのではなく、拡散された情報を支持するのだ。
 日本が沈黙するということは、国際社会では「同意」を表す。嘘を暴露し、中韓の信用を失墜することで初めて相手は黙り、世論が日本の味方につく。国益に反したことは徹底的に声高に反対意見を主張しなければならないのだ。
 日本はどう動くべきか。まず、日本を支援する国際世論を形成するべきだ。それには、欧米・アジアの国々とのコミュニケーションを深め、緊密に連携すること。日本独自の意見をもっと頻繁に世界に発信し、事なかれ主義と決別すること。また、日本の誇りを傷つけるような言動に対しては断固とした対立姿勢を示すべき。そして、プロパガンダ対抗組織をつくり、どんどん真実の歴史書を英訳し海外に拡散すべきだ。
 また、日本は戦略的外交を強化すべきだ。それには、徹底的に歴史問題を議論して自虐史観を脱却し、国論を一致団結させる。国防についての教育を義務化し、国民全員が国を守るとはどういうことか、真剣に考えるべきだ。国益を見据えた戦略を立て、軍事力を強化し、国際社会の実情をよく認識する必要がある。


加瀬英明「史実を世界に発信する会」代表、「つくる会」顧問】

 福田赳夫内閣で、首相特別顧問の肩書で対米折衝にあたった。最後に同じ肩書をもらって米国と折衝したのは中曽根内閣だった。私は日本外交の第一線に立って闘ったことがある。
 日本の外交にあたって最も心すべきことが1点ある。私は「ミラーイメージ」という名前をつけているが、これは相手の国も国民も日本人と同じような価値観を持ち、同じように考え、行動するはずだと思い込んでしまうこと。自分の姿を鏡に映して相手と交渉するようなものだ。
 私は漢籍に親しんでいたので、中国は邪悪な文明であると信じるようになった。1972年に田中角栄内閣のもとで日中国交正常化が行われたときは、雑誌上で猛反対した。日本は米国が中国と外交関係を結んだ後で国交回復すればよかったのだ。
 当時、日本外務省の幹部の中には中国で学んだ人が少なくなかった。「中国人も同じ人間なんだ。心が通じる」ということを言う人たちばかりだった。しかし、中国人だけではなく、米国人も日本人と全く違う。中国や米国、他国と交渉するときは“鏡”を取り払って、相手にあたらなければいけない。
 しかし、ミラーイメージは反対の方向にも働く。というのは、日本の文化、日本の歴史と朝鮮や支那、米国などは全く異なっている。しかし、こういった外国の人々は日本も自分たちと同じような歴史を持っているに違いないと思い込んでいる。日本についてよく知らない。日本は奴隷制度がなかった珍しい歴史を持った国だ。また、日本中、どこを探しても大虐殺を行っていない。奴隷という言葉を一つとっても、明治に入ってから一般的に日本語で使われるようになった。それまでは日常的に使われることはなかった。日本の歴史、伝統文化がまったく違った国であることを海外の人に知らせなければいけない。
 先ほど白石さんが、「海外では謝罪すればその責任を取らされる」といった。日本は和の文化だから、一回わびれば水に流す。日本人はすぐわびる。しかし、海外の人にはなぜだかわからない。海外の人とは共通点が乏しい。このような相手とかけあっているという前提のもとに交渉を行わなければならないことを肝に銘じなければならない。
 慰安婦問題の主戦場は東京だ。米ワシントンに年に2度通っているが、米政権幹部や議会、シンクタンクの主要な研究員に「慰安婦は職業的な売春婦だった」と話しても、「しかし、日本政府がわびているではないか」といわれる。
 人類の歴史では戦場と兵士の性処理の問題は常についてまわる。しかし、人類の歴史で一国の政府が罪を認めて謝罪をし、その上、補償したのは日本以外ない。だから、よほど悪いことをしたに違いないと思われる。ワシントンで講演しても、この問題に触れると必ず質問があって、「ここの日本大使が謝罪しているではないか」といわれてしまう。
 河野談話が出されて以降、一度も日本政府は撤回していない。あるいはただそうとしていない。だから、まだ悪いことを隠しているに違いないともいわれる。本来は主戦場は東京にあるのだ。
 安倍政権は残念ながら河野談話だけでなく村山富市首相談話も継承していくといっている。なんとかして、河野談話、村山談話を撤回させなければならない。そうなれば、米国における戦いも大切だが、目良先生の戦いも容易になる。日本のためになると思う。




対韓交渉「失格だ」 政権内に外務省批判 … 2015/07/07


 安倍政権内で6日、世界文化遺産登録に関する日韓交渉の末に朝鮮半島出身者が「労働を強いられた」と陳述した外務省対応について、日本政府が「強制労働」を認めたと内外から受け取られかねないとの観点から「詰めが甘かった。職業外交官として失格だ」(官邸筋)と批判する声が出た。
 「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録への協力姿勢に転じた韓国が土壇場で態度を硬化させ、日本から歩み寄りを引き出した経緯に関し、政府筋は「韓国にしてやられたということだ」と不満をにじませた。
 韓国から協力を取り付けた6月の日韓外相会談の段階で、陳述内容に関する同意を得なかったため、韓国側につけ込む余地を与えたとの思いが一連の批判の背景にあるとみられる。
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 ユネスコの委員会で、日本大使は、一部の施設について「1940年代に朝鮮半島などから多くの人々が意思に反して連れてこられ、厳しい環境で労働を強いられた」と述べた。「被害者を記憶にとどめる情報センター」を設置することも表明した。
 だが、韓国側がいう強制労働との批判がそもそも誤りである。徴用は法令(国民徴用令)に基づいており、賃金支払いも定めた合法的な勤労動員である。むろん、日本人にも適用された。先の大戦の主要参戦国は、同様の制度を敷いていた。全体主義のナチス・ドイツやソ連による「強制労働」とはまったく異なる。岸田文雄外相が「強制労働を意味しない」と述べたのは当然だ。
 政府は6日、世界文化遺産登録が決まった「明治日本の産業革命遺産」に関し、朝鮮半島出身者が一部施設で「労働を強いられた」とした5日の日本政府の陳述は「強制労働」を意味しないとの対外説明を本格化させた。
 菅氏は、日韓外相が電話会談で「韓国政府が今回の発言を財産請求権において利用する意図はないと確認している」と説明しているが、違法性を帯びる「強制労働」を日本が認めたとの印象が広がれば、韓国で元徴用工の請求権問題が蒸し返される可能性が高まると判断した。
 尚、岸田文雄外相と菅氏は「日韓間の財産請求権問題は法的に完全、最終的に解決済みだ」と5、6両日にわたって繰り返し、韓国に対し予防線を張った。
 ■軍艦島での韓国人徴用そのものが嘘だった! … Netより
 軍艦島には246人の日本人に徴用の事実はありましたが韓国人の徴用は全くありませんので外務省としては譲歩するような話ではないと言う事です。つまり、佐藤大使が韓国の主張に妥協したのは、またしても国益を損ねた害務省だ。
 しかも、軍艦唐での労働者には高級と好待遇が与えられていた。
 
 ■産経:韓国の仕打ち「あきれた」 世界文化遺産登録で。2015/07/07
 「明治日本の産業革命遺産」の世界文化遺産登録決定から一夜明けた6日、九州・山口の施設は早速、観光客でにぎわった。だが、ユネスコの審査は、韓国が歴史問題を持ち込んだことでいったん延期されるなど、後味の悪さが残った。施設関係者は登録決定に安堵しながらも、韓国側の対応に不信と警戒感を募らせている。
 韓国政府当局者の話として「日本が初めて『強制労働』を認める発言を引き出したことに大きな意義がある」と記した。だが、この報道には“誤解”がある。
 登録決定後に日本側代表団が出した声明は、多数の韓国人が「その意思に反して(against their will)連れてこられ、厳しい環境の下で働かされた(forced to work)」というものだった。「強制労働(force labor)を意味するのではない」。岸田文雄外相はこう主張する。
 ■産経:「大魚を損した」「外務省のトチり」…批判続出 自民総務会。2015/07/10
 自民党は10日の総務会で、世界文化遺産への登録が決まった「明治日本の産業革命遺産」をめぐり、韓国側が朝鮮半島出身者への「強制労働」と主張していることについて、外務省から経緯を聴取した。出席者からは、世界遺産委員会で日本政府が「forced to work(働かされた)」と述べた結果、「徴用工の賠償請求につながらないか心配だ」などの懸念が出た。
 小池百合子元防衛相は、海外メディアで「戦争犯罪の極悪非道な舞台」、「奴隷労働の地」などと報じられていると指摘し、「広報戦略がなっていない。目の前の小さな魚を追って、大魚(国益)を損することになった」と批判。木村義雄参院議員は「外務省はトチったのではないか」などと語った。
 ■産経:自民党「強制労働なし」決議へ、河野談話のように誤解将来に。2015/07/10
 6月下旬の日韓外相会談で、登録に協力することで一致していたにもかかわらず、韓国が世界遺産委員会の審議直前に「強制労働」を主張したことに「約束が違う」などと不満が出た。
 また、同委員会で日本政府が述べた「force to work(働かされた)」の意味が韓国メディアなどの喧伝で、強制労働を日本政府が認めたような誤解が世界中に広がっているとして、「しっかり説明をしないと、河野談話とか慰安婦問題のように誤解を与えたまま、将来につながってしまう」と懸念する声も上がった。※頑張れ安倍内閣!




「大虐殺」は虚偽や疑問点だらけ 憤る声も


 南京大虐殺が捏造であっても、ユネスコは2015/10/10に「記憶遺産」に登録した。中国側は、資料は「旧日本軍が作成した」と主張し、日本は検証の機会を再三求めてきたが、中国が応じることはなかった。中国が「南京大虐殺文書」として申請した資料には、捏造が確認された写真や「大虐殺」があったことを証明するには不適切な文書、日本人の歴史学者らの検証(⇒[再審「南京大虐殺]参照)によって明らかになっているにも、関わらず日本側の主張は退けられてしまったのだ。来年は捏造「慰安婦」も登録されてしまうかも知れない。いずれにしろ、中韓は歴史戦争の手を緩めることはない。国益を護ろうとしない脆弱サラリーマン的外務省が中国軍人外交官に完敗した。歴史戦争に相応しい、愛国心と国益を守る意思のある外務省に改変すべきだ。そして、世界に向けて大々的に反論を行うべきだ。
 ■石平氏のツィートより
 中国の出鱈目申請を「記憶遺産」に登録したユネスコに対して、日本政府が拠出金の凍結を含めた「断固たる措置」を検討している。安倍政権ならではの毅然とした姿勢だ。われわれ日本国民の税金は中国の反日工作の傭兵となったこの恥知らずの国際機関のために使われることはない。一文も出すべきでない!
 おそらく習近平政権は今後、それを最大限に利用して凄まじい対日歴史戦を展開していくだろう。国内が危機的な状況で対米外交も失敗に終わった中、習近平にとっての起死回生の材料だが、日本の名誉を守るためのわれわれの戦いはこれからである。
 
 ■産経:世界記憶遺産に「南京」登録ならば資金拠出を拒否せよ! 2015/10/10
 日本はユネスコ(国連教育科学文化機関)に対して、莫大な分担金を支払っている。2014年度の分担金の国別の比率は次の通りである。
 1位.アメリカ 22%、2位.日本 10.834%、3位.ドイツ 7.142% …
 9位.中国 2.06%、… 11位.韓国 1.85%
 ここでアメリカは過去2年間、分担金を支払っていない。理由は、パレスチナがユネスコに加盟したことに反発し、イスラエルとともに支払いを凍結しているからだ。現在、日本が最大の分担金3537万3000ドル(全予算合計 4494万6000ドル)を支払っている。これが、あなたや私が支払った税金でまかなわれている。この膨大な金額の支出金が、2200人あまりの職員(うち日本人50人あまり)をかかえるユネスコを財政的に支えているのである。だから、その日本は、ユネスコに対し最も発言権がある立場にいるはずだ。
 ところが、実態はその逆である。多くの日本国民は、事情を知れば、世界遺産に指定されることと引き替えに、日本がアウシュビッツの捕虜収容所と同等の施設をもったホロコースト国家であったという、壮大な嘘を製造されるキッカケを、他ならぬ日本政府がつくったことを許さないだろう。これは、今年の歴史戦の中での最大の敗北といえるものになる可能性がある。
 最後まで日本政府は中国の申請の登録阻止に力を尽くしてもらいたい。もし中国側の申請が通るようなら、日本はユネスコへの資金の拠出を一切拒否すべきである。それは理念的にも資金的にも、ユネスコの死を意味するだろう。

 ■歴史に残る外交失態 … 余りにも無能な外務省
 中国側は、日本軍による「南京大虐殺」はナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺にも匹敵する人類悪と喧伝し、これをアジアにおける「もう一つのホロコースト」と称して日本の代表的な戦争責任の一つとして追及してきた。それが今回、ユネスコによってほぼ中国側の主張に沿ったかたちで世界の「記憶遺産」として認定されたということになる。日本政府=外務省は「ユネスコの政治利用だ」と中国政府に抗議したとのことだが、これこそまさに「後の祭り」以外の何物でもない。
 中国外務省の報道官は2015/10/10付で「これをきっかけにしていまや南京大虐殺は国際社会が公認する歴史的事実となった」という声明を発表した。日本人としてまことに残念なことだが、これで今後、国連をはじめとする国際社会が、日本軍によって30万人の「何の罪もない」南京市民が虐殺の犠牲となった事件として「南京大虐殺」という言葉を正式に定着させ、広く使うようになるであろう。場合によっては「日本はナチス・ドイツと同類のホロコースト国家」という烙印が世界史に刻み込まれることにさえなってしまうのである。何ということが起こったのだ、と天を仰ぐ思いだ。(Voice 2015年12月号より抜粋)
 
 ■中国は永遠の謝罪を要求しつづける
 その証拠として、まさに安倍談話が発表された直後から、中国からの歴史問題に関する対日攻撃が収束するどころか、まさに本格的に始まり、むしろ激しさを増したという事実が挙げられる。
 まず、安倍談話の十日後の2015年8月24日、中国国営の新華社通信の評論として共産党機関紙『光明日報』が掲載した記事では、「昭和天皇は侵略戦争の張本人」と断じ、「次世代の後継者として」今上陛下への謝罪を要求した。これは歴史問題をめぐつても、わが国に対するかつて一度もなかったような次元での攻撃であり、非礼極まる表現であるとともに、総体としての日本国家と日本外交がこれ以上ないほど「格下に見られている」証しでもあった。
 また翌月の九月三日には、北京・天安門広場でロシアのプーチン大統領、韓国の朴模恵大統領らを招き、世界の人びとが目をむくような大軍事パレードを挙行し、日本に対する露骨な軍事的示威行為を公然と行なってみせた。そして、その後のレセプションで、習近平主席は人民大会堂で演説して「日本の侵略戦争の当時、生まれていなかった世代の日本人もその責任を負いつづけるべきだ」と驚くような対日攻撃を仕掛けてきた。これは明らかに、安倍談話のなかにあった「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」という箇所に対し、「そうはさせじ」という中国の決意を示すものといえる。強大な軍事力のデモンストレーションを伴って、歴史戦争での本格的な追撃戦が始まっていたのである。
 「戦後七十年談話」のなかで安倍首相がいくら深く頭を垂れ、内外の戦争犠牲者に哀悼の誠を捧げたとしても、中国は日本に対し、永遠の謝罪を要求しつづけることが、決定的に明らかになったのである。(※韓国もです)(Voice 2015年12月号より抜粋)


「南京事件」世界記憶遺産登録の大失態

          [Voice 2015年12月号]

◇「南京事件」の証明には使えない資料

 去る(2015年)十月九日、ユネスコは中国が世界記憶遺産として登録申請をしていた「南京大虐殺」関係資料を登録した。もともと「南京事件」は存在せず、したがってその証拠となる資料はありえないのである。それをあるとして登録申請した資料は当然のことであるが、直接には「南京事件」の存在を実証するものではない。
 たとえば、東京裁判で「南京事件」があったとして証言したアメリカ人牧師ジョン・マギーが撮影したとされるいわゆる「マギー・フィルム」は病院内でけがの治療を受けている人などを写したもので、日本軍が中国市民を虐殺しているシーンはない。二〇万人も三〇万人も虐殺されていてこのように病院が機能しているはずはない。このフィルムは「南京事件」があったというよりも、なかったということを示しているフィルムといえよう。だから東京裁判では、マギーは「南京事件」は存在したものとして証言しながら、このフィルムを証拠としては提出しなかった。
 今回、登録された資料の中にこれまであまりいわれてきていなかった程瑞芳の日記がある。阿羅健一氏によれば、これは安全区で難民収容所になった金陵女子文理学院の舎監であった程瑞芳の書いた日記を指すが、これには殺戮を暗示するような噂話は記載されているものの、程自身が目撃した殺人は一件もない。強姦と掠奪が九件起きたと記述されているだけである。二〇万人や三〇万人が殺されたとすれば、その傍でこのように記述されるような情景はありえない。この日記も、「南京事件」はなかったという証明には使えるが、あったという証明には使えない。
 また今回登録された資料の中には、終戦後の昭和二十一(一九四六)年、中国国民党による南京軍事法廷で裁かれた第六師団長の谷寿夫中将の裁判資料が含まれている。第六師団は南京城内に五〇〇mしか入っていないことが明らかなのに、この部隊が計画的に虐殺を行なったとして、谷師団長は死刑を言い渡され処刑されたのだが、その判決文が記憶遺産として登録された。冤罪であることが明確であるにもかかわらず、その冤罪事件の判決文が「南京大虐殺」の証拠資料として登録されたのである。
 その他、一六枚の写真が登録されているが、これらはすべて、平成十二(2000)年に設立された「日本『南京』学会」(東中野修道会長)のその後の八年間の研究ですべて捏造写真であることが証明されている。

◇ユネスコ憲章の精神に反する

 もともと「南京事件」はなかったのであるから証拠資料というものは存在しない。したがって登録申請された資料はいずれもまがまがしいものであり、それをユネスコが受理、登録するということは、それ自体いかにいかがわしいかよくわかるというものであるが、このような受理、登録は、ユネスコの本来の目的、理念に反するということも重要である。
 ユネスコ憲章の前文には、有名な「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」とある。このような歴史的に根拠のない資料を中国の一方的要求に基づいて登録を認めるとは、明らかにこのユネスコ憲章の精神に反している。
 それだけではない。中国政府は申請資料の一部しか公開していないのだ。これでは、資料に真実性があるかどうか、客観的検証ができない。明らかに不当な申請のやり方である。つまり、公正な手続きを取っていないのだ
 ユネスコの理念にも反し、しかも手続き的にも公正さの欠けるままに登録決定がなされたのである
 そこで外務省は十月十日未明、報道官談話として「中国の一方的な主張に基づき申請されたものであり、文書は完全性や真実性に問題のあることは明らかである」と指摘し、「日本政府が随時申し入れを行なってきたにもかかわらず、記憶遺産として登録されたことは、中立・公平であるべき国際機関として問題であり、きわめて遺憾である」と批判した。
 当然である。よく批判した。と、言いたいところであるが、じつはとんでもない問題なのだ。
 ユネスコの理念にも反し、手続き的にも公正さを欠き、そしてありもしないことが十分に実証されている「南京事件」について、誰でも信憑性に問題のあることが容易にわかるまがいものの資料が世界の記憶遺産として登録されるのを阻止できなかった日本の外務省は何なのかという問題である
 中国政府によるこの資料の登録申請は昨年(2014年)の三月である。そのときに外務省はなぜ騒がなかったのか。上記談話の内容はまさにこの時点で出すべき談話であり、なぜ日本国民の怒りを基盤にして、ユネスコや中国政府に抗議の嵐を起こさなかったのか。なぜ、このとき何も騒がず静かにしていたのか。このような不当な申請を目の当たりにして怒りを感じなかったのか
 この、ユネスコで「南京大虐殺」の資料が記憶遺産として登録されたことは、いかに日本の外務省に問題があるかということなのだ。

◇日本外務省の失態

 別件の深刻な問題を見てみよう。今回、中国は、中国の「慰安婦」に関する資料も記憶遺産に登録を申請していた。このほうは登録を却下されたのであるが、目下、世界には、韓国の慰安婦像が建てられ続けている。これはいわずと知れたことであるが、昭和五十七(1982)年、『朝日新聞』に、吉田清治という詐話師がありもしない朝鮮人慰安婦の強制連行の作り話を載せた。これに端を発し、平成五(1993)年にほ事実上「強制連行」を認めたいわゆる「河野談話」なる官房長官談話が出た。そして、今日のように世界を巡って慰安婦像は立てられるようになった。しかし吉田清治の話が偽りであることは、それ以前にも早くから知られていた。
 少なくとも前年の平成四(一九九二)年『正論』で秦郁彦氏が自らの調査で吉田清治の話は作り話であることを完膚なきまでに明らかにしていた。つまりは「従軍慰安婦」の「強制連行」につき、正しい真実が見つかり次第、外務省が日本の名誉の問題として正しい事実に関する情報を世界に発信していたら、「河野談話」を発すること自体が必要ではなくなっていたはずである。
 それだけではない。平成八(一九九六)年、国連人権委員会で慰安婦を「性奴隷」とするいわゆるクマラスワ報告が出されたとき、外務省は反論書を用意しながらも、「反論するとかえって議論を起こしかねない」として、提出した反論書を撤回してしまった。これだけ日本の名誉が傷つけられる報告が国連の機関で正規に行なわれているとき、何ゆえに反論を差し控えなければならないのか、まったく理解できない
 外務省の職員は愛国心を失っているのである。国益とは何かという判断能力を失っているのである。

◇教育に関する国家主権の放棄

 私は、この十月二十四日まで、中学校の歴史・公民教科書をつくる「新しい歴史教科書をつくる会」の会長を務めていた。「つくる会」とは歴史・公民教科書があまりにも自虐的なので、日本を取り戻すため正常な歴史・公民教科書をつくり、中学生に手渡したいという運動団体である。
 そのような運動団体の会長をしている立場から見て外務省はいかに問題があるか。昭和五十七年、文部省(当時)の教科書検定で、「侵略」を「進出」に書き換えさせたという誤報事件があった。これは文部省の手で間もなく誤報であるということがわかるのであるが、中国、韓国が真実の報道だと思い込んで抗議をしてきた。
 このとき外務省は、誤報であるということを知りながら、「政府の責任において是正する」と、いわゆる「宮沢談話」なる官房長官談話を出させた。そしてその結果、文部省の検定規則にいわゆる近隣諸国条項なるものが付加され、教科書に自虐的な記述があっても中国や韓国に遠慮して検定意見を付すことができなくなり、一時はすべての歴史教科書に日本の「侵略」という記述が載るようになった。これは外務省による、教育に関する国家主権の放棄ではないか。
 こんなことをして外務省はその後、失敗の意味がわかり、青くなっているのかと想像していたら、昭和六十一(一九八六)年、保守の立場からの正常な高校教科書『新編日本史』の検定に関して、文部省がいったん合格させたものに中国政府の意向を踏まえて具体的に訂正文を示しながら介入してきたのである。
 さらには、「つくる会」が直接受けた事件がある。「つくる会」は平成八年、中学校のすべての歴史教科書に「従軍慰安婦」の「強制連行」が載ったのに激昂した国民が平成九年に結成したのである。その「つくる会」が検定に出していた歴史教科書を平成十二年、外務省は検定途次で不合格にしようと画策したのである。これは特定の人物が窓意的にしたのではない。外務省の内部で公式にそのような画策が行なわれたのである。

◇歴史教科書が「南京事件」をあったとする理由。

 「つくる会」は今年四月、中学校の歴史教科書の検定合格を得た。その教科書では、近時初めて、「南京事件」は存在しなかったとして「南京事件」を書かなかった。今春、検定合格した中学校歴史教科書は他に七社あるのであるが、他社のものはすべて「南京事件」はあったとして「南京事件」について記述している。だから嘘を書いているのであるが、これが検定に合格するのは、外務省がそのホームページに「南京事件」はあったと書いているからである。
 外務省のホームページでは、南京事について、「日本政府としては、日本軍の南京城入城(1937年)後、非戦闘員の殺害や略奪行為等がありたことは否定できないと考えているが、被害者の具体的人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定することは困難である」と記述している。これは平成十八(二〇〇六)年、現在名古屋市長を務めている河村たかし氏が衆議院議員のとき政府に質問し、そのときの政府答弁と軌を一にするものである。しかし「南京事件」については平成十二(二〇〇〇)年に前記の「日本『南京』学会」が発足し、その後の八年間の研究で「南京事件」は存在しなかったことが完全証明されるに至った。
 このような流れで、平成二十(二〇〇八)年には民間有志(加瀬英明代表)が中国の胡錦溝国家主席に公開質問をして「南京事件」はなかったと主張した。そのなかには毛沢東が「日本は南京を落としながら人の殺し方が少なく戦争の仕方が下手だ」という趣旨のことを著書に書いていることも示した。もちろん中国政府は答えることはできず、回答はしてこなかった
 さらには平成二十四(二〇一二)年、名古屋市長になっていた河村氏は、姉妹都市の南京市の親善訪問団に「南京戦はあったけれども南京事件はなかった」と発言して、外交問題にもなった。が結局、河村氏はこの発言を撤回せず、そのままでよいことになった
 だから、「南京事件」は存在しなかったことは政治レベルでも明々白々となっているのであって、それにもかかわらず、「南京事件」はあったと読める記述をホームぺージに載せているのはそれ自体、愛国心に悖る、国益とは何かを考えない外務省の明らかな怠慢である。
 「南京大虐殺」とは軍の組織的計画的な大量の不法殺害を指していなければならず、そのようなことは南京戦においてはなかったことがはっきりしているのであるから、そのことをはっきりさせるべきである。

◇公立中学校で嘘が教えられることに

 ところで前記のように、われわれ「つくる会」の歴史教科書は「南京事件」を書かなかったが、他の全教科書はすべて「南京事件」はあったとして「南京事件」について記述している、という問題がある。しかるにその正しい歴史教科書が全国のすべての教育委員会によって歯牙にもかけられず、公立学校では一校も採択されなかった。ということは、来年四月からすべての公立中学校では「南京事件」はあったとして嘘を教えられることになる。これは由々しき問題である。これを発行する自由社という出版社は、教科書会社としては倒産する以外にはない客観状況に陥っている。
 われわれのこの教科書がいかに意義をもっているか。もしこの教科書も「南京事件」はあったとして書いていたら、日本の中学校の歴史教科書ではすべてが「南京事件」はあったとしていることになる。そういう状態で、中国の「南京事件」資料の登鐘への抗議はどうしてできるのか。外務省のホームページにはあったとして書いてあり、中学校のすべての歴史教科書に「南京事件」はあったとして書いてあれば、どうやって、抗議できるというのか。ともあれ、日本国民に訴えたい。この教科書を発行している自由社が倒産しないように「つくる会」を支援していただきたいのだ。

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