革新された神道と武士道



 [日本のレジスタンス](日本会議ブックレット6 竹本忠雄著)を読み、一部M様にお伺いしながら抜粋しました。



 二十世紀の理想は「自由」「民主主義」でしょうか。唯物主義的平等がそれをもたらすと信じられていた。しかし、共産主義により虐殺された人々は、旧ソ連が2000万人、中共が6500万とも一億人ともいわれています。
 十九世紀日本に於いて二十世紀の世界と日本の運命を新渡戸稲造は「やがて世界はキリスト教と唯物論に両断されるであろう。そのとき武士道はどっちに就くのであろうか」と予告した。いずれにしても、「戦後民主主義,主権在民」という言いぐさによって己の最良の宝を投げ捨ててしまった日本は、一体どうなるのか。

 フランス人アンドレイ・マルロー(1901〜1976)は、伊勢神宮で「伊勢とアインシュタインは収斂する」との啓示を受けた。明日の人類文明は科学的真理と宗教的真理が一致する総合的なものとなるであろう、日本の神々の世界においてのみそれは実現されるということをマルローは言おうとした。ここにこそ、我々が考える日本の使命があるのではありますまいか。

「フランスでは、いま、日本の経済財政上の危機ということがしきりに聞こえてきます。これについていろいろとコメントされていますが、ぜんぶ皮相的なものばかりです。いかなる民族においても、亡国をもたらすものは、けっして技術的な原因ではなく、つねにモラル的なものなのです。今回の「危機」のおかげで、日本はますますこのことを意識するに至るでしょう。世界の民族は人間存在とおんなじです。即ち、そのすべての器官が精神的鼓舞を必要としているのです。あらゆる観点からして、新しき神道革新された神道)の時代が到来しつつあることが、ますます証されていくことでしょう……」

 [キリスト教に固執しない自由な精神を持ち、真摯に人類の共存と繁栄を願う方だったので、伊勢の神々を通じて故マルロー氏に啓示を与えました。M様](何故日本人ではなくマルロー氏に啓示されたのですか?との質問に対して、[当時の日本人には、全ての宗教の源が同じで、しかもキリスト教と共産主義が悪魔の傀儡であることなど思いもよらないことだったからです。フランス人であるマルロー氏は比較的偏見が少なく、正しいものを受け入れる精神の持ち主でした]とのご返信がありました。尚、1977から最期の審判が開始されており、まさに千乃正法出現の預言だったのではないかと思い当たりました。北)
 しばらくして、それではマルロー氏ではなく、高橋氏を通じてでも良かったのではと思い、そのことをお伺いしました。[仏陀様の本体である信次氏に、その晩年に天上界の関わってきた宗教について筋道を立ててお話を致しましたが、かえって混乱されるばかりでした。]とのご返信でした。
 更に、「革新された神道」とは、神道からサタンの影響が排除された形で、ユダヤ教・原始キリスト教の流れをくむ正法そのものではないでしょうか。であれば、仏陀様の教えの正当な後継者として、キリスト教の洗礼を受けておられる先生に啓示された現正法を、神道に接ぎ木して世界を救う一つの杖にされようとご計画されていたのかについて、お伺いしました。[いいえ、革新された神道の理解を広めることで、千乃正法を世界に広めるための土ならしのようなものでした。もちろんサタン軍団をすべて消滅しなければ人類に希望は残されていませんでした。][私達天上界の善霊は、いつの世でも常に心正しき者達、真理を柔軟に受け入れる人々に協力を求め、啓示と守護を与えてきました。優秀な霊能者でもない限り、天上界の計画を理解し伝えることなど不可能なのです。短い言葉を伝えたり、インスピレーションの形でイメージを与え続けることしかできないのです。しかし、それでもサタンの妨害が甚だしく、協力的であった人々までもが私達に懐疑心を抱くように誘導されてしまうのです。]
 このお話を伺い、もし日本の保守派=「改革された神道」を信念とする方々であれば[そのような方々もおれられます。M様]と思うばかりです。


 アメリカとソ連と中国は手を結び、世界に誇る日本の精神文化の伝統を断罪したのであった。ことに中国では、「天皇」は日本のヒットラー、「神道」は迷信、「武士道」は軍国主義、という教育を一貫して国民にほどこしてきています。日中友好は大事には違いないが、神聖をめぐつて、我々はそれを認め、彼らは認めない、彼我まったく相反する文明の関係なんだということをもっと認識してかかる必要がありましょう。

 米国とソ連が聖戦を行ってきたというメシア思想の裏返しとして、戦勝国側は、天皇を中心とした日本の文化体系の破壊を第一目標とし、東京裁判に始まる一連の対日政策をとおして完膚なきまでにそれをやってのけました。「青い蛇が日本をぎりぎり巻きにしている」と三島由紀夫は幻視しましたが、その青蛇の毒は今や全身にまわり、手足にまで来て、子供たちが「キレル」、つまり発狂する事態が国中に起こつています。『朝日新聞』は、例によって「キレル子供が日本を亡ぼす」などと囁いていますが、日教組とともに自分たち左傾メディアが国を滅茶滅茶にしてしまったから子供がキレてしまったのではないですか。

 はたして日本の神聖の伝統は、そのように絶滅されるべき偏狭なものだったかどうか、いまこそ顧みるべきときでありましょう。神々との絆なき「政治」が如何に際限なき失墜であるかは、時を追って歴代内閣の露骨な土下座外交にも端的に現れ出たことにほかなりません。日本を永久に奴隷化しておくことを好都合とする内外の勢力に屈し、そのほうが政権維持に好都合であるが故に、屈辱的態度をとり続けている。こうした国辱行為を、恐れ多くも如何に今上天皇・皇后両陛下の大御心が救ってくださって余りあるかを、振りかえってみなければなりますまい。

 革命の輸出国であるフランスが最も反省しているのは、王制を倒すことによって神聖をも破壊し、神を殺したことによって人間精神まで殺してしまったことです。重要なのは神を復活し、それによって人間性を復活することであって、そのための文明形態とは何かということが真剣に問われている。それはもはや従来のキリスト教やイスラム教の絶対的創造主[全知全能の神GOD=サタン・ナブー]ではなく、日本の神道への期待が高まりつつあるのです。

 日本国憲法の「主権在民」はフランス革命の「人間宣言」に端を発する革命思想に他ならない。「大日本帝国憲法」のどこにも「主権は天皇に有り」「天皇は神」とは書かれていない。「天皇は神聖」と書かれてあり、「神聖」がどうして「民主主義」と対立するのか。「神聖」は「卑俗」と対立するものであって、堕落した民主主義と対立する者である。そして、日本の国体は君臣共治であり、主権という言葉は必要なかった。また、「上下心を一つにして」の明治憲法は、押しつけられたものではなかった。

 昭和49年に朝日論説員にして日教組教師、永井道雄氏が文部大臣となり、「小学校学習新指導要綱」が発行されて、従前の「天皇についての理解と敬愛の念を深め・・・」という字句が抹殺された。わが国の初等・中等教育は、こうして民族の神聖なる中軸を失い、道義的失墜の一路をたどっていった。今日、「平和記念館」の美名に隠れた反日教育の牙城まで建設された。
 そしてこのことは、政治・外交の世界で中国と韓国、いや、北朝鮮にまで殆ど完全にコントロ−ルされた情けない我が国のありさまと見合ったものなのであります。パキスタンのような途上国でさえも、北朝鮮から拉敦された、たった一人の国民を救うためにも、大統領がただちにこれに反応し、強行にねじこんですぐさま取り戻しているではありませんか。レバノンでも、四人の女性を連れ去られてヾ二十年がかりで強行に交渉しっづけ、新聞の報じるとおり、ついこの数日前に全員釈放に漕ぎつけたではありませんか。これが国家というもの、主権というものでありましょう。横田めぐみさん一人をも救おうとしなかった日本政府とは全く比較にならないのであります。

 「A級戦犯」として処刑された東条英機首相にして、遺言で、「一部軍人のなかには間違った行為をしたものもあったようである。これに対しては衷心謝罪する」と書き遺しています。このことを最近、あるフランスの知識人が知ってびつくりするという事態が起こりました。フランスの著名作家オリヴイエ・ジェルマントマ氏が、去る八月十五日に靖国神社に詣で、その様会に花山信勝師の『永遠への道』を読心で、こう言ったのです。
「ドイツのナチス戦犯には、謝罪した者など一人もおらん。しかし、日本の首相は、処刑される前にちゃんと詫びているではないか。しかも、巣鴨の絞首台上の露と消える前に、敵であるMPの一人ひとりに対して、世話になった礼の言葉を述べて去っていっている。」

 事実究明もせず、ただただ自ら卑下して、何もかも自分たちがやったように、叩頭謝罪を重ねる現代日本の首相たちの態度と、東条さんのこの態度とは、本質的に分けが違うと、私は考えるのであります。

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 大国の清を相手に一歩も引かず、のみならず、国際法を守って正々堂々と戦って、世界中から送られてきた従軍記者たちを感動せしめた。さまざまの証言が残されていますが、そのなかの同紙記者、カレスコー氏のリポートを引用してみたい。(塚本政登士『大東亜戦争における日本軍の戦略・戦術の反省』、昭和五十三年、九段社より)
 第一に感心したことは、万余の兵卒、数千の軍夫が整然として少しの混雑もなく、各自その順序を乱さず栄城湾に上陸したことである。
 第二に、軍司令部の用意周到なのに驚いた。われわれが上陸すると、すでに土民慰撫の公告が掲示されており、また村はずれのある家には、「産婦あり、入るべからず」と記してあるのを見た。このように何事にも行き届いていることは実に予想外であった。
 そして軍夫が一杯の飯と、二個の梅干しでよく重労働と酷寒に堪えていたことは第三である。
 そして最後に全世界に公表すべきことは、清兵は日本兵に対し残酷であったが、日本兵はこれに報復せず大いに寛大優厚の処置をもって清軍捕虜を待過し、病人にも負傷者にもみな治療を与えた。われわれは日本民族のような慈愛心に富んだ民族のごとき存在をこの広大な地球上に発見できるかを怪しむ・・・

   ◆ ◆ ◆

 武士道とは、むしろ、「至誠」プラス「利他」として定義されうる、すなわち、自刃に至るまでの誠をもって、他を活かしめんとする殉教的精神であるということになります。この点、歴史上、シナの隋朝から来た「捨身飼虎」の思想に、より深い思想解釈をほどこして示したのが、聖徳太子でありました。
 武士道と言うと、「大和魂」という言葉を連想する方も多いでしょう。「身はたとひ武蔵の野辺に朽つるとも留めおかまし大和魂」という吉田松陰の歌によって、広く人々に胎泉しました。しかし、一面また、戦時中、軍部が余りにも濫用したために、アレルギー反応を起こす人々も戦後育ちの世代には少なくないことと思われます。しかしながら、皆さん、「大和魂」という言葉を最初に使ったのは、実は紫式部だったんですね。『源氏物語』のなかの『少女の巻』に「やまとだましひ」として出てくるのが初出とされています。また、その同じ時期に、赤染衛門という女流歌人が「やまとごころ=大和心」という言葉をも使っています。「やまとだましひ」で紫式部は何を言おうとしたのでしょうか。彼女が言ったことは、帝となる人、あるいは偉大な貴人は、日本古来の高貴なる魂を持たねばならない、ということでした。
 武士道は「至誠」であった。死を賭してまで利他に生きる心、これが至誠というものです。戦争中、この死の面のみ強調されすぎたことから、戦後この言葉はほとんど聞かれなくなりましたが、1990年代にはいって、俄然、大きな意味を持つに至りました。それは、先ほども触れましたように、大国間の戦争の可能性とは別に、「原理主義」に基づく残酷な殺し合いが、地球上の各地に蔓延してきたからであります。原理主義とは何ぞやと申せば、「自分たちの信ずる宗警けが唯一の真理であり、それを守るためには何をしてもいい。もしちょつとでも自分たちの考える神聖を傷つける言動があったなら、相手を殺すも可なり。一人でもよけい殺せばアラーの神(イスラムの場合)はお喜びになる」という考えかたであり、これが武士道の「至誠」の考えのまったく対極に立つものであることは明白でありましょう。

 武士道の「至誠」は近代において、山鹿素行をへて、吉田松陰、野木将軍・・・というふうに伝わってきた。昭和天皇が、御自らマッカーサーの前に赴いて、「国民を救うために、自分はどうなってもよろしい」と仰せられ、あの行為の中に「命を捨てる」の武士道精神は最も赤々と輝きだしていた。マッカーサーが体が震えるほど感激したというのも、誠に当然のことだった。
 世界中いかなる国の元首といえども、戦いに敗れれば、たとえばフィリピンのマルコス大統領のように、スイスに秘密預金を積み、あとは山のごとき財宝を一切合切かっさらって外国に亡命するのが、通り相場であります。世界史の伝えるところ、「余を罰せよ」と言って自ら敵将の元へ赴いた元首は一人もなかった。なぜ、それが、日本の天皇にだけおできになつたのか。そこに、昭和天皇が乃木将軍から学ばれた武士道の妙諦があったに相違ありません。明治天皇の御跡を慕って自刃する三日前に乃木将軍は、まだ親王でいらした昭和天皇を訪ね、「この書物をお読みくださいますように」と、一冊の本をお手渡ししています。これこそ武士道の秘伝と我が日本の精髄を伝える山鹿素行の名著、『中朝事実』でした。親王は将軍の切腹を知って「ああ、さてこそ、乃木先生は身をもって武士の何たるかを教えてくださったのだ」と悟り、慟哭されたということです。これが、武士道の魂「至誠」というものであります。また、「捨命」というものであります。

   ◆ ◆ ◆

 フランス「チベット擁護議員連盟」が二百名以上の議員を擁して活動をつづけ、これがノルマンディー上陸作戦記念館などと共同で、ダライ・ラマのフランス縦断講演会を組織し、全国的キャンペーンを実施した。何かというと、すぐに横槍を入れてくる中国政府も、さすがに、ぐうの音も出なかった。チベットからの亡命法王、ダライ・ラマは淡々たる口調で何と言ったか。
「我々チベット民族はあと十年後に種の絶滅を迎えようとしています。十年後にはチベット民族はいなくなります。中国政府は、チベットに自治区があるとか、民族自決の自由があるとか言っているが、そんなことはない。チベットの女性たちはみんな断種手術を強いられて子供も産めなくさせられ、近く行なわれる選挙も、投票するのは中国人だけであろう…」
こうダライ・ラマ法王は言われたのであります。

 数年前、ダライ・ラマを招待しようとした日本のある仏教系大学が、中国大使館の桐喝に屈して招待をキャンセルしたときの不様さを思わないわけにいきませんでした。『産経新聞』だけがこれを報じ、私は抗議の「オピニオン」を同紙に書きましたが、他紙で、ただの一行もこのことを採りあげたものは皆無でした。

                      以上 2011/11/20 北





日本伝統の新嘗祭の祝儀(博士の独り言より抜粋)
                   http://torakagenotes.blog91.fc2.com/

 十一月二十三日は「勤労を尊び、生産を祝い、国民互いに感謝しあう」の主旨をもとに、昭和二十三年に「勤労感謝の日」として制定された国民の祝日にあたります。
 今秋、今上陛下におかれては、本年も麗しく稲刈りの儀に臨まれた、との報が一部にあり、小さな記事ではありましたが、国家の万民の幸せと弥栄を願われる御意をあらためて拝し、心温まる思いで深秋を迎えることができました。
 新嘗祭の記述は日本書紀にまで遡ることができ、その中に「皇極天皇の元年十一月十六日に「天皇は新嘗祭を行われた」と記されています。すでに「新嘗祭」とされていることから、文面のさらに奥には、すでにそれ以前の御代より祝儀が伝わって来た様子が拝せられるのであります。[カインとアベルが、その実りを神前に奉納したことが始まりだろう。感謝祭など宗教宗派により、形に変遷はありますけれど。M様より]
 代々の家々においてもその年の新穀をそれぞれにお供えし、感謝の念を以って食(は)み、収穫を祝う日と今日まで伝えられてまいりました。この古来より伝わる日本の清(すが)しき伝統の心に触れ、日の丸を粛々と掲げ、本年の新穀の実りに感謝致す日でありたく思います。
 何より、地上の諸国には様々な変遷はあれども、日本は不変にして皇紀連綿と今日にまで続く無類の国家であります。
 日の丸は、本来、日本国民の誰もが共有する宝です。世界の国旗の中でも最もシンプルであり、美観が整い、これほど明快な国旗は他に類を見ません。常々、この日の丸のように在りたい。お天道さまの下で、正直を本分として生きる一人でありたいと。瑣末な身でありながら、私もこの思いを新たにする次第です。
 心あるみなさまとともに、次世代に胸を張って引き継げる先祖代々の日本を願い、いかなる強風にも折れない巨木の威容にも喩えるべき厳とした誇れる強い心を以って、日の丸のもとに凛然たる日本を願い、良識のみなさまとともに、前へ、前へと歩を進めてまいることができればと思います。
 国思うみなさまとともに、新嘗祭を心よりお祝いいたします。
平成23年11月23日




一人でも多くの日本人に知らせたい川口ユディ女史の言葉
                   http://koramu2.blog59.fc2.com/blog-entry-491.html

 川口ユディ=ハンガリー・ブダペスト市生まれ。日本人男性と結婚し、日本人や日本文化を世界に紹介している。コラムニスト、レポーター。元特攻隊員の貴重な証言を自身で設立。
 十七年くらい前、シカゴの大学に留学しているときに、たくさんの日本人留学生に会ったんです。けれどその人たちはみんな日本に対する誇りがなかった。日本は不思議な国だと思いましたね。大学には、いろんな国の人がいたけど、みんな自分の国が好きでしたよ。
 私も「ハンガリー素晴らしい」って、いつもPRしてた。日本人だけしないの。そんなとき主人に会ったんです。彼はそれまでに会った日本人とは正反対で「日本は世界一だよ」って言ったんです。彼のことを好きになって、日本に来て、私も「日本、最高!」と思った。
 彼はすばらしい先生だった。まず自分の国の歴史を知らないとPRできないですね。だから彼は一般の日本人より、すごく歴史を勉強していました。それも誇りもつべき歴史。戦後教育の日本人は大体の場合、日本の歴史知らないですよね。私もハンガリー生まれだからそういう左翼系の教育に敏感です。主人以外の日本人に会うたび、「あれ?日本は社会主義かな」と思ってた。ハンガリーの教育もソ連(当時)でしょ、だからダメ。歴史は親とかおじいちゃんおばあちゃんから勉強しました。ハンガリー人はそういう人多いから、学校で教える歴史は嘘だってみんな知っている。
 日本に来て、テレビを見てびっくりしました。日本人が作っている番組とは思えなかった。「これ、中国が作っているの?」そう思いましたよ。それくらいアンチ日本に感じた。ハンガリー人の知人が来日したとき、同じこと言っていた。NHKの子供向け番組で「日本人にはユーモアがない」みたいなことをやっていたって。「なんでわざわざ番組まで作って、子供にそんなこと教えるんだ?」って。新聞もそうでしょう。その日本のメディアが海外に向けても情報発信するんだから、日本のイメージがダウンするのは当然ね。
 二〇〇三年に私、ハンガリーのとても有名な経済雑誌で南京大虐殺についての記事を書いたんです。「南京大虐殺を日本人の目で検証しましょう」みたいな内容で、実際に当時、南京にいた人に取材もして、アイリス・チャンの言っていることとの矛盾点などを指摘したんです。その記事が出た次の日、誰が文句言ってきたと思いますか?日本の外務省ですよ。編集長に「あなた、何をやっている?この川口ユディはどんな人物ですか?日本でも知られている経済雑誌で、こういう話はやめてちょうだい」(笑)


■川口ユディ氏の発言抜粋(2)

 あとやっぱり自衛隊に対する日本人の意識が問題。この国守れる人は自衛隊だけ。なのに、日本の国民全体、自衛隊のこと尊敬してないでしょ。もっともっと尊敬しないといけない。世界中、どこの国でも軍隊は尊敬されてますよ。
 毎日、東京歩いていて、こんな素晴らしい街は世界で他にないと思っちゃう。発展していて安全。電車は時間通りに来るし。それが当たり前になっているって素晴らしいことですよ。そんな国、どこにもないですよ。その素晴らしい日本をどうやって作ってきたのかを教えるべきです。それをうまく教えられれば日本は変わると思います。
 グローバルスタンダードなんていらないですよね。たとえば、日本の植民地統治のことをもっと教えるべきですよ。西欧諸国に支配されているところへ日本の軍隊が入っていって、いっぱい追い返したでしょう。西欧諸国にとっての植民地は利益を搾取するところ。日本は違う。日本は逆にその国にいっぱいお金出しました。今、世界で発展しているアジアの国は日本が統治していた国ですよ。フランス、ポルトガル、イギリスが統治していた国は今も発展してない。今も貧乏。この点だけでも日本人、誇りもつべきだと思う。
 私、アメリカに行ったときに植民地支配のやり方勉強したの。日本以外はすごいひどいでしょ。「戦争で日本はひどいことした」なんて、どの国にも言われたくない。日本人、そんな言葉、信じちゃいけないですよ。だから、もうちょっと日本の素晴らしい歴史をPRするべきね。それが日本人、超下手ですよ。自己PRできない。もちろん、それまた日本人の美徳なんですけれども。だから、そこに私の仕事あると思う。アイ・ラブ・ジャパンな外国人だからできること。


■川口ユディ氏の発言抜粋(3)

 今、全世界で日本のこと大好きな若者いっぱいいるでしょう。アニメや漫画から入っちゃって、ああいう人たちにうまく教えたらもっと日本好きになるよ。そういう外人集めれば変わると思う。今度、フランス人の女性記者を靖国神社に案内するんです。私が『ジャパンタイムズ』のウェブサイトに載せた特攻隊の記事を読んで、「感動した。ぜひ取材したい」と頼まれたんです。元特攻隊員の人からの話を聞く番組を作りたくて、いろいろ頑張ったんですよ、私。
 NHKも民放もみんな断られました。ウェブサイトに載せるしかない。生きている歴史でしょう。今、その言葉を受け継がないと、日本の財産なくなってしまう。本当に日本に感謝している国たくさんあります。私の友人のセネガル人の友達に、主人を紹介したとき、すごく喜んで「私たち日本人にお世話になったよ。日露戦争で白人に勝ったのを見て、すごく励まされた。アフリカのフリーダムを勝ち取ろうと思えた。私、日本大好きよ」って言ったの。
 ハンガリーでも学校では、嘘の歴史を教える。でもみんなそれを知っているの。日本のほうが骨抜きにされてます。私もNHK国際放送で番組二百本くらい作りました。でも一緒に働いているスタッフで日本の歴史をきちんと知っている人はいなかった。左翼的なことを言うけど、ちゃんとした思想があるからじゃない。アメリカなんかに留学していた人を多く雇っているんだけど、見ていると「日本の大学に入れないからアメリカに行っちゃったのかな」と思っちゃう人が多かった。ああいう人たちだと、なかなかいい番組できない。
 日本の国民はそんなに頭悪くないのに、メディアは頭悪いですね。だから国民が感じることがテレビなんか見ていても出てこない。




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