「従軍慰安婦」強制連行は無かった






◇従軍慰安婦で、日本の名誉を売った二人の弁護士
                      [WiLL2013年9月号] 藤岡信勝

■「反日ネタ」の最高傑作

 慰安婦問題をでっち上げ、世界にその嘘をばらまいて国際的な大問題に仕立て上げた二人の弁護士がいる。戸塚悦朗、高木健一の両名である。なお、もうひとり、顕著な働きをした弁護士に現社民党党首の福島瑞穂がいるが、その件は別の機会に取り組みたい。
 「日本の慰安婦問題は、どうしてこんなにいつまでも終わらず、何度も蒸し返されるのでしょうか」という質問を受けることがある。私はこう答えることにしている。
 「慰安婦問題は、前世紀の最後の二十年間につくられた日本叩きの道具として最高傑作であり、これ以上のうまい反日ネタがないからです」
 慰安婦問題は、一九八〇年代後半の米ソ冷戦の終結と社会主義世界体制の崩壊という時代背景のなかで、社会主義・共産主義の未来を語れなくなった左翼勢力が、自分たちの存在意義をかけて日本の過去を糾弾することに異常な熱意をもち、つくりあげたものである。驚くべきことに、慰安婦問題のデマの製造者・設計者はほとんどが日本人であり、その意味で「メイド・イン・ジャパン」の謀 略なのである。


■「sex slave」の役割

 五月十三日の橋下徹大阪市長の発言以後、「日本はこの問題で反論しないほうがいい」という議論が盛んに行われている。橋下発言について、五月十四日配信のAP通信の記事は、驚くべきことに、「Japanese mayor Wartime sex slaves were necessary」という見出しをつけて報じた。他の外電も同工異曲である。これは「翻訳上の間違い」などという生易しい種類の問題ではなく、明白な捏造報道というべきである。なぜなら橋下市長の発言は、慰安婦が国家によって強制連行されたという資料は存在しないという趣旨であり、したがって「性奴隷」などと言われるような存在ではないことを主張したものであった。
 それを「戦時性奴隷は必要だった」と書かれたのだから、橋下市長は本人の主張と一八〇度正反対の内容を世界中に報道されたことになる。だから、橋下市長は直ちにAP通信などを虚偽報道で訴えれば、ことの本質を世界に向かって明らかにするのに役立っただろう。そして、AP通信などの報道に接した世界中の人々が、「性奴隷が必要だった」とは日本は何という酷い国だ、と思ったとしても当然である。「反論してもかえつて逆効果」という事情は、メディアの謀略というべきなのである。
 では、そもそも「慰安婦」を「性奴隷」として扱うような流れをつくり出したのは誰か。それは日本人の戸塚弁護士が、国連の人権委員会に持ち出したことに始まるのである。
 そして、元慰安婦の老婆を日本国を相手取った訴訟に引っ張り出すことによって、捏造されたストーリーに「裏付け」を与えたのが高木弁護士であった。以下、順に二人の弁護士の行状を検証する。


■「sex slave」の発案者

 戸塚悦朗は一九四二年、静岡県生まれ。一九六四年、立教大学理学部物理学科を卒業後、同大学文学研究科修士課程(心理学専攻)を中退して同大学法学部に学士編入し、一九七〇年卒業。一九七三年から八一年までスモン訴訟原告代理人となり、八四年以降、国連人権NGO代表として活動してきた。
 二〇〇〇年から神戸大学大学院助教授、二〇〇三年から龍谷大学法学部教授。専攻は国際人権法。なお、二〇〇〇年に戸塚は弁護士を廃業している。
 戸塚は国連人権委貝会に「sex slave」という言葉を持ち込み、それ以後、国連機関が「慰安婦」を「性奴隷」と定義するようになったのである。そして、日本軍の「慰安婦」という言葉が被害実態にそぐわないので、クマラスワミ報告書が「軍性奴隷」という言葉を提唱し、国連用語として定着した。
 ここでクマラスワミ報告書と言われているのは、一九九六年二月六日に、「女性のための暴力特別報告者」に指名されたスリランカの女性活動家(弁護士)のラディカ・クマラスワミ女史が、日本の慰安婦問題について行った報告書を指している。「軍性奴隷」は、英文では「military sexusal slavery」となっている。「軍用性奴隷制」とも訳すことができよう。その内容についてはのちに触れる。


■金学順の提訴で決断

 人権擁護に携わる国連の政治機関である人権委員会には、国連との協議資格を持つNGO代表でなければ出席できない。そこで、「日本の象徴的な重大人権問題を国際的人権擁護の政治的手続を使って提起することが、この分野でボランティア活動に携わる筆者の責任でもあるのではなと考えるようになった」という。慰安婦問題に取り組むキッカケになつた直接の動機については、次のように書いている。
《九一年暮れには、金学服さんなど韓国の日本軍性奴隷被害者が民事訴訟を提起した。九二年初頭には吉見義明中大教授によって、この問題への日本軍関与を証明する資料が公表された。その直後韓国を訪問した宮沢首相(当時)が、日本軍の関与を認めて、あいまいながらも謝罪するという事態になっていた。だから、この間題も国連に報告するべき時期だと判断したのである。問題提起の直接の動機はこのようなところにあった》
 こうした経過のなかで特に、「勇気を奮って名乗り出た被害者とそれを支援する内外の多くの女性・市民運動の声」に動かされたとも書いている。金学順らの訴訟戦術は、国連で活動していた戸塚を動かし、局面を大きく変えたのである。そして、その訴訟の主任弁護人こそ、もう一人のこの運動の立役者・高木健一なのである。


■クマラスワミ報告書の嘘話

 戸塚の文章を読むと、彼は弁護士として証拠の扱いについては慎重であるべきなのに。慰安婦の証言を丸ごと信じているかのようである。九三年十一月七日・八日、北朝鮮の平壌で開催された国際会議で慰安婦三名の「証言」を聞かされた戸塚は、次のように書く。
《「慰安婦」に対する加害行為の凄惨さは、筆舌に尽くしがたいものがある。ピョンヤン国際会議での被害者の証言を聴けば、当時の日本の刑事法に照らしても、数え切れないほどの殺人、誘拐、強姦、監禁、強要、暴行傷害、その他の犯罪が行われたことが誰の目にも明らかだ。加害者の行為は、世界中どの国の当時の法に照らしても、重罪として裁かれる犯罪とされるはずだ》
 では、戸塚が工作し、全面的にバックアップしたと思われるクマラスワミ報告書は、どのようなものだったのだろうか。その中身を見てみると、何とそのなかには日本では完全に嘘話であることが確定した吉田田清治の著書を引用し、報告書の第二十九項で、吉田清治は「一〇〇〇人もの女性を『慰安婦』として連行した奴隷狩りに加わっていたことを告白している」と書かれている。
 また、三つの国で十六人の元慰安婦の証言を聞いたとして、その内容を紹介している。そのなかには、チョン・オクスンという北朝鮮出身の元慰安婦の証言として次のような記述がある。
《中隊長ヤマモトは彼女に対して剣で打つことを命じました。私たちが見ている中、彼らは彼女の衣服を剥ぎ、足や手を縛り、釘のうち出た板の上を釘が彼女の血や肉片で覆われるまで転がしました。そして最後に、彼らは彼女の首を切り落としました》
 別のヤマモトという日本人は、「こいつら朝鮮人女は空腹ゆえわめいているのだから、この人肉を煮て、食べさせてやれ」と言ったことになっている。
 これは普通の日本人が読めば、ほとんど一笑に付すような馬鹿話にすぎない。むしろ、証言者の「民族性」が色濃く反映している。しかし恐ろしいことに、このような程度の悪い作り話が、国連の名を冠して英語圏で堂々と流通しているのである。「sex slave」という偽造語には、こうしたイメージの「裏付け」が用意されていたのである。
 ここで読者は、二〇〇七年のアメリカ下院の対日慰安婦非難決議の冒頭部分を思い出していただきたい。そこには、日本の「慰安婦」システムが「その残忍さと規模において前例を見ない強姦、強制中絶、陵辱、性的暴力を含み、その結果、手足の切断、死亡または自殺にまで至らしめたもので、二十世紀における最大の人身売買事例の一つだったのである」と書かれていた。
 内容の当否以前に、「手足の切断」(英語では mutilation)とは何だろうと疑問に思った読者も多いだろう。日本にはそういう文化はないからだ。中国には皇帝の愛人の四肢を切断して便所に放り込んだ皇后の話があり、英語圏には当然、言葉に対応する事実があったのだろう。決議文の筆者が、クマラスワミ報告書などに洗脳されていることは疑いない。


■情報ロンダリングのカラクリ

 報告書はクマラスワミ本人が書いたのではなく、某日本人運動家によって書かれたという風評があるという。いずれにせよ、その内容は酷いもので、先の吉田清治の本や慰安婦の作り話、それとオーストラリア人のジャーナリスト、ジョージ・ヒックスが一九九五年に刊行した『The confort women という本(日本語訳は『性の奴隷 従軍慰安婦』三一書房刊、一九九五年)からの引用で埋かられている。
 そのヒックスは日本語が読めないので、東大のある教授に在日韓国人の女性を紹介してもらい、彼女が日本の女性運動家たちから資料を集め、(おそらく英訳もして)送ったものを材料にして書いたのである。
 そのヒックスの本は何に基づいているかというと、金一勉の一九七六年の著書『天皇の軍隊と朝鮮人慰安婦』(三一書房)という本の引き写しである。その金の著書は、戦前の日本の統治が全て朝鮮民族を滅亡させるものであったという妄想の上に立ち、先の元慰安婦の嘘話を集めたような、まともに相手にするのもばかばかしい種類のシロモノなのである。
 ところが、この金の本がヒックスの英語の本に移しかえられると、何かまともな文献であるかのような体裁を取る。金→ヒックス→クマラスワミと、日本語から英語に書き写される過程で、マネー・ロンダリングならぬ情報ロンダリングとも言うべき事態がおこり、日本では破綻したデマが英語圏で堂々とまかり通る、というカラクリになつているのである。
 戸塚は、たしかに六年間で国連に人脈をつくり、情報を絶えず流してロビー活動を行い、世界のNGOとネットワークをつくつて、「慰安婦」を「性奴隷」にでっち上げることに成功した。


■新しい運動モデルの開発

 高木健一は一九四四年、中国・鞍山市生まれ。一九七〇年、東大法学部卒業。一九七三年、弁護士を開業。サハリン残留朝鮮人問題、在韓被爆者問題、韓国・太平洋犠牲者問題など、アジアに対する戦後責任問題に取り組んだ。高木は現在も東京第二弁護士会所属の弁護士として開業している。
 慰安婦問題を使った反日運動で独創的な点は、相手国の「被害者」を探し出し、原告に仕立て上げて日本国家に対して訴訟を起こさせる、という運動モデルを開発したことである。
 それは、日本国内の公害や薬害の犠牲者を原告とする訴訟のパターンの延長上にあるとも言えるが、国内の訴訟は少なくともある程度の実際の被害を受けた当事者が主体となつているのに対し、この運動モデルでは、日本帝国主義・軍国主義の「被害者」を地の果てまでも出かけて探し出し、何ら訴訟など考えもしなかった当事者に、原告になるよう依頼・説得し、訴訟を通じて「事実」をつくり出すという点にある。
 被害者がいて、それを支える運動がおこるのではなく、反日運動のため被害者を見つけ出して利用するというところに、この運動モデルの特異性があるのである。
 高木の弁護士としてのキャリアのなかで、そのモデルをつくり出した最初のテーマは、サハリン残留朝鮮人の問題であった。この問題では、民主党政権で官房長官を務めた仙谷由人も同僚であった。
 面白いことに、のちに慰安婦強制連行の詐話師として勇名を馳せることになる吉田清治が、サハリン訴訟の証人として早くも登場している。高木がサハリン残留韓国・朝鮮人の帰還請求裁判を東京地裁に提起したのは、一九七五年だった。吉田の法廷証言は、一九八二年九月三十日と十一月三十日の二回にわたって行われた。
 吉田証言を高木は次のように紹介する。
《軍の命令のままに多くの朝鮮人労働者を朝鮮総督府の機関や警察官、村役場の職員の協力によって木刀で追い回しトラックに乗せたと、強制連行の実態を生々しく証言したのだった。そしてそれらの証言のなかで女性の連行もおこなつたという証言が飛び出して、これが以下に引用する従軍慰安婦の強制連行の証言となったのである》(高木健一『従軍慰安婦と戦後補償 日本の戦後責任』三一新書、一九九二年、一五頁)。
 吉田清治の『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』は一九八三年の発行だから、この法廷証言当時は、著書を執筆している最中だったと思われる。高木前掲書には、法廷での高木と吉田の問答が速記録のような形で長々と収録されている。
 「朝鮮半島から何人くらいの婦女子を徴用されたのでしょうか」という高木の質問に、吉田はもっともらしく、「全部で私が労務報国会動員部長中に九百五十人、これは間違いないと思ぅのは、私は非常にこれは深刻でございますし、当時の部下たちと数年前から時々山口県に行った時に会ってその話で大体皆の意見も九百五十人と言っておりました」と答えている。
 詐話師の面目躍如である。というのは、秦郁彦は九三年三月、吉田に電話で「裏付けをとりたいので旧部下の誰かを紹介してくれ」と依頼したところ「絶対に教えられない」と断られた、と言っている。それで秦は済州島の調査に向かったのであった。また、上杉千年は吉田の講演会のあと、楽屋を訪ねて元の部下の紹介を依頼したところ、吉田は脱兎のごとく逃げ去ったと書いている(『検証「従軍慰安婦」』全貌社)。
 秦と吉田の先の電話のやりとりのなかで、吉田が最後に「私を支持するNGOも多いので、近く国連に持ちこんで大問題にさせます」と話している。高木−吉田−国連−戸塚といった形で、水面下では早くから地下茎のごとく、人脈が繋がっていたらしいことが次第に見えてくる。


■慰安婦を反日運動に利用

 さて、一九九一年十二月六日、金学順ら慰安婦三人を含む原告三十五人(慰安婦のほかに軍人軍属十六人、遺族十六人)が、東京地裁に提訴した。日本国に謝罪と賠償を求めるという内容だった。
 朝鮮人慰安婦を名乗り出させて訴訟の原告にするという案は、もともとは大分市の主婦・青柳敦子が初めて実行したものであった。青柳は一九八九年、韓国に出かけて鉦や太鼓で原告探しをした。初めは反応がなかったが、翌年、韓国側遺族遺族の組織ができ、提訴の段階となつた。
 ところが、韓国側の団体が青柳のグループと手を切り、高木弁護士のグループに接近した。こうして、東京地裁への提訴は高木が主任弁護人を務めることになったのである。
 ところで、原告のなかの元慰安婦だった金学順は、訴状には十四歳の時から三年間、キーセン学校に通ったこと、養父に連れられて中国に渡り、性的サービスをさせられるようになったことなどが書かれていた。しかしこれでは、どこに日本政府の責任があるのかさっぱりわからない。このことについて、秦は次のようなエピソードを紹介している。
《私がその頃、高木弁護士へ「もう少し説得力のある慰安婦はいないのか」と聞くと、「実は私もそう思って韓国へ探しに行ってきた。追加分[あとで原告に加えられた元慰安婦を指す引用者]はよいのばかりですよ」と言われたので訴状で検分したが、似たりよったりなので失望したことがある》
 要するに、高木らは自らの反日運動のために、韓国の元慰安婦の老婆を利用したのである。


■テレビ番組の情報操作を暴露

 一九九六年九月二十九日深夜、日本テレビ系列で「IANFU インドネシアの場合には」というドキュメンタリー番組が全国放送された。これは、名古屋の中京テレビというローカル局が制作したものであった。竹中直人のナレーションで、インドネシアの元慰安婦たちがやっと声を上げ始めたというストーリーである。
 番組に登場するインドネシアの女性が、日本兵に強制連行されたかのような話をしている。これには作為ほどこが施されていると私は直感した。放送の前日に、日本共産党の機関誌「しんぶん赤旗」だけが内容の予告をしていたのも大いに怪しい。組織的に仕組まれているのは問違いない。
 そこで、いまは故人となつたアセアンセンターの中島憤三郎に相談し、番組のビデオをみんなで視聴して番組の嘘を突き止める公開検討会を開催することにした。中島は福田元総理大臣(父の方)のインドネシア語の専属通訳を務めており、インドネシア語にも現地の事情にも精通している。
 検討会は、ビデオを再生して、登場する女性のインドネシア語の発言と字幕の日本語のズレをチェックするという方法で行った。予想どおり、女性の証言をねじ曲げて訳した箇所が次々と判明した。二つだけ例を出そう。
▽元慰安婦とされる女性の証言の字幕は、「買い物から帰る途中で無理矢理連れ去られました。日本兵に単に乗せられたのです」となつている。ところが、実際にビデオで彼女の発言を聞くと、そのようなことは言っていない。「買い物から帰る途中で無理矢理連れ去られました。オランダの車、いや、日本の単に乗せられたのです」と言っているのである。字幕にある「日本兵」という言葉は、どこにも出てこない。番組が勝手に書ぎ加えたのである。悪質な偽造である。
▽元慰安婦とされる別の女性の証言の字幕は、「戦争が終わると日本人は誰もいなくなつちゃつたんです。私たちは無一文で置き去りにされたんです。手元に残ったのはお金じゃなくてキップ(軍票?)だけだつた。キップというただの紙キレだけ」となっている。実際の発言は、「はい、いま私が一番つらい事はこうなんです。私は体を悪くしているのでゆっくりしゃべります。(戦争が終わって)散り散りになって帰るとき……あの朝鮮人は誰だったろう。全員いなくなってしまったんです。一銭も手元に残されませんでした。キップが残されただけでした。紙キレのお金、それをキツプと言っていました」となる。
 「あの朝鮮人」とは、慰安所の経営者のことであるのは間違いない。番組は経営者が朝鮮人だったということを隠し、わざと「日本人」という言葉を挿入して、あたかも日本人が慰安所を経営して、彼女たちを置き去りにしたという話に仕立て上げた。テレビ・メディアを使った悪質な情報操作である。この検討会の内容は産経新聞で報道され、反響を呼んだ。


■インドネシアに火をつけた

 そこで私はこの際、インドネシアに出かけて、ことの真相をつきとめようと考えた。産経新聞も独自の取材を計画し、阿比留瑠比記者と同道することにした。案内役・通訳として中島翁にご足労願った。
 調べていくと、驚くべきことが判明した。インドネシアの慰安婦問題に火を付けたのは高木健一だった。
 高木はインドネシアを訪問し、地元紙に「補償のために日本からやってきた。元慰安婦は名乗り出て欲しい」という内容の広告を出した。このことが、「慰安婦は名乗り出れば二百万円の補償金がもらえる」という話として伝わった。
 インドネシアで二百万円といえば日本円で二億円に相当し、数世帯が一生遊んで暮らせる額である。当然ながら、希望者が殺到してパニックとなった。実に二万二千二百三十四人もの人々が「慰安婦被害者だ」と名乗りを上げたのである。戦時中、インドネシアに駐留していた日本兵は二万人である。これが、中京テレビのナレーションが言う「アジアの女たちが声を上げ始めた」ということの実態なのである。改めてイヤというほど感じた。
 インドネシアでは英字紙「インドネシア・タイムス」のジャマル・アリ会長にも面会した。アリ会長は中京テレビの番組を見て、次のように語つた(中島憤三郎「日本人が捏造したインドネシア慰安婦」『祖国と青年』一九九六年十二月号より引用)。
《ばかばかしい。針小棒大である。一人の兵隊に一人の慰安婦がいたというのか。どうしてインドネシアのよいところを映さない。こんな番組、両国の友好に何の役にも立たない。我々には、日本罵倒体質の韓国や中国と違って歴史とプライドがある。「お金をくれ」などとは三百六十年問、わが国を支配したオランダにだって要求しない》
 村山内閣は「アジア女性基金」の寄付金の配分を打診していた。これに対するインドネシア政府の対応も、まことに立派で完壁なものであった。九六年十一月十四日、スエノ社会大臣が記者会見し、次のような発表をした。
1.インドネシア政府は、この問題で補償を要求したことはない。
2.しかし、日本政府(村山首相)が元慰安婦にお詫びをして、お金をはらいたいと
  いうのでいただくが、元慰安婦個人には渡さず、女性の福祉や保健事業のために
  使う。
3.日本との補償問題は一九五八年の協定により、完結している。


■「朝生」で高木の行状を追及

 名乗り出た慰安婦の登録実務を行ったのは、インドネシアの兵補協会であることが分かった。そこで、ジャカルタ郊外にあるその事務所を訪ねることになった。兵補とは、旧日本軍の雑用をする仕事に携わった現地の人々のことである。
 事務所までは、埃っぼい道を激しく振動する単に揺られて一時間以上も走ってやっと辿り着いた。民家の二階の事務所に招き入れられて、インドネシアの兵補中央協議会元会長のタスリップ・ラハルジョと面会した。
 ラハルジョは、「東京の高木弁護士の指示を受けて慰安婦の募集を始めた。『早く進めろ』と催促も受けた」と語った。ラハルジョ会長は、高木が日本語で手書きした慰安婦登録用書式を見せてくれた。
 九六年十一月三十日、テレビ朝日で「朝まで生テレビ」が放映された。タイトルは、「元日本帝国軍人五〇人の戦争と平和」というもので、五十人の元軍人をスタジオに招いて、その前で慰安婦問題について討論するという趣向だった。出演者は秦郁彦、小林よしのり、高木健一、海老名香葉子、それに私という顔ぶれだった。
 このなかで高木は、アジアの女性たちが声を上げ始めた、という類の発言をした。そこで私は、兵補協会の事務所で撮影した高木の手書きの慰安婦登録用紙を拡大写真で見せて、その実体を暴露した。アジアの女性が自発的に立ち上がっているかのような話は嘘で、自作自演、火のない所に煙を立てて回っているのは他ならぬあなたではないか、と私は高木を追及した。
 この放送にはその後、ちょっとしたトラブルがあった。「朝生」は普段は文字どおり生放送なのだが、この日は元軍人五十人をスタジオに招いたため、ご高齢で深夜の出演は無理だった。そこでこの日だけ、例外として午後五時からの録画撮りとなった。
 収録後、日下プロデューサーから電話がかかってきた。高木が「自分の言い分を字幕で入れよ。そうでなければ放送することを認めない」とごねているとのことである。そこで私は、テロップを入れることにやむなく同意した。テロップは私の発言の場面にかぶせて、「この論争のなかで藤岡氏の発言の一部に事実を歪曲したものがあり名誉を傷つけられたとの抗議が高木氏からありました」というもの。論争のなかで反論すべきなのに、こういうやり方はアンフェアである。生番組にどうしてテロップが出るのかと不思議に思った人もいることだろうと思うが、以上のような事情があったのである。なお、このテレビ討論の私の発言部分を YouTube でいまも見ることができる。
 金で釣って慰安婦に名乗り出させて運動に利用する反日活動家の醜い姿。それによってアジア各地に「反日産業」を扶植していく恐ろしさ。彼等こそ、日本国の獅子身中の虫である。


■「首の皮一枚」だった日本

 最後に、戸塚悦朗の一文を引用して本稿を締めくくりたい。戸塚は二〇〇八年に前掲の『日本が知らない戦争責任』という著書の改訂増補版を出したが、それはちょうど二〇〇七年の参議院選挙で民主党が勝ち、参議院の与野党逆転が起こつて政権交代の可能性が言われ出した時期であった。
 そこで戸塚は増補版の前書きに、「政権交代を実現することができれば、『解決不能』と言われていた日本軍性奴隷問題の立法解決が可能となり、それをきっかけにアジアとの和解のプロセスが始まるというヴィジョンがはつきりと見えてきました」と書いていた。
 幸い、その民主党政権は三年三カ月で終わったので戸塚の期待は実現していないが、日本は首の皮一枚で救われたのである。




◇日本を批難するドイツは恥知らず

                下記[WiLL 2013年8月号]より抜粋

■ドイツの“従軍慰安婦”

 さて、CDU(与党のキリスト教民主同盟)はこうして日本の犯罪性を最大限に強調したが、しかし、最後にそれを現状の女性の問題にすり替えて焦点を逸らすという手法を採っている。つまり、ここからわかるのは、CDUがこの議決案に反対した理由は、旧日本軍への理解でも現日本政府の擁護でもないということだ。別の理由があるのだろう。
 次の文章を読んでいただきたい。
《この女性たちがいかなる辛苦を嘗めたか、いかなる屈辱、懲罰、疾病を耐えなければならなかったか、それらの苦しみのあと、高齢になったいまも精神的苦痛に襲われ、何人もの女性はそのために自殺をし……》(クリスタ・パウル著[強制売春)]邦訳なし)
 これは、日本の“従軍慰安婦”のことではない。ドイツの従軍慰安婦″の話だ。
 ヒトラー政権下のドイツ国防軍は、ドイツ国内、紛争地、および占領地全域に、大規模な売春所を運営していた。売春施設は兵士用、将校用、親衛隊員用、外国からの徴用労働者用などに分かれ、驚くべきことに、それは強制収容所、絶滅収容所にまであった。
 売春婦として働かされたのは占領地の女性、およびラーヴュンスブリエツク女子強制収容所の女囚である。ここでは、様々な国籍の若くて美しい女性が囚人のなかから引き抜かれ、全土に配置された。
 ナチは他のすべてのことと同様、国民や兵隊の性行動も統制下に置き、緻密な計画をもって監視し、管理しょうとした。
 順を追っていくと、まず、政権を握った直後(一九三三年)に売春婦狩りが始まっている。売春婦の定義は、妙に人目を引く態度やふしだらな行為で個人、あるいは公衆に対して不快な思いをさせる人間ということだったので、警官は売春婦だけではなく酒場にいる女性、あるいは、単に独身で進歩的な行動をとる女性なども独断的に逮捕することができた。また、ニュルンベルク法が制定されたあとでは、ドイツ人と関係を持ったユダヤ人女性も逮捕の列に加わった。それらの女性の多くが「反社会的」という烙印を押され、収容所に送られた。
 囚人のランクでは、「反社会的」というのが一番下で扱いも劣悪、死亡率は非常に高かった。「娼婦が酷使されようがされまいが、我々には関係のないことだ。どんどん酷使し、できるだけ早く除去できればなお良い」というのが、党の方針だった。
 その一方、党は着々と売春施設の設置を進めていた。つまり、売春は公共の場から駆逐されたものの、新たに党と軍のイニシアティブで再編成されたのである。占領地で兵士たちが女性を強姦したり、地元の売春宿を訪れたりしたなら統制が取れなくなるばかりか、性病が蔓延し、軍の能力が削がれる。それを防ぐため、軍は売春施設を必要とした。また、軍のなかに蔓延っていた兵士の同性愛を抑える意味もあったと言われている。


■ドイツ国防軍の売春施設

 一九四〇年夏、ドイツ国防軍はフランスの占領地において地元の売春宿を接収し、国防軍の売春施設とした。もちろん、駐留しているドイツ兵士のためのものだ。これが、初期の売春施設の一つである。
 そしてすでに同年十月には、ポーランド占領地のドイツ軍衛生部の士官が売春施設の設置を求めている。「国防軍、奉仕団、空軍、親衛隊が売春施設の設営を引き受ける。売春婦としては、ポーランド人の売春婦として働いていた女性を使うことになるだろう」という文書が残っている。こうして、一九四〇年から四二年までの間だけでも、三万五千人の売春婦が働いていたという。そして、大抵はほぼ六カ月で取り換えられた(前掲書より)。
 なお、強制収容所に作られた売春施設は、収容所を運営していたエリートである親衛隊用のものと囚人用のものがあった。囚人で特に働きのある者がそこを訪れる許可を貰ったというが、これは日本でいま、論じられている慰安婦問題とは比較にならないため、言及しない。
 いずれにしても、専横的に選抜された女性は便宜上、売春婦に応募させられ、売春の許可を貰い、売春施設に幽閉された。そして比較的良い食事を与えられたものの、労働は過酷だった。特に、一般兵相手の売春婦は休みなしで働かされた。四三年三月に、ポーランド地区の売春施設付の軍医が、売春婦の不足を訴えている。報告書には、売春婦一日一人当たり、少ない日で二十二・六人、多い日で四十六・五人の兵隊を相手にしたという統計が添えられていた。
 フランツ・ザイトラー著『売春・同性愛・自己毀損 ドイツ衛生指導の諸問題1939−1945』によると、一九四二年、ドイツ国防軍が経営していた売春施設は五百カ所を超えていた。前線の位置や部隊の規模が変化するたびに、いくつかの売春施設は閉鎖され、新しい施設が開かれた。徴用された売春婦はポーランド人、ロシア人、ギリシャ人、フランス人、ユーゴスラビア人の、ユダヤ系ではない女性であった。
 兵隊の買春が合法化されたことにより、四〇年十月からは、ドイツ兵による強姦事件は親告罪となつた。つまり、被害者が告訴しない限り取り締まる必要のない行為となり、強姦はあってもないと同様になつた。第二次世界大戦中のドイツ兵における強姦の数は、十万人につき二・三件とされ、ドイツ軍はその規律の良さを誇ったが、真にはこういう事情が絡んでいたのである(『強制売春』クリスタ・パウル)。


■個人補償は払っていない

 また、ドイツは村ごとの虐殺など、正規の国防軍が働いた犯罪に対する個人補償などは払っていない。〇六年、イタリアの高等裁判所が、チヴイテッラという村で四四年に二百五十人が虐殺された事件を裁き、ドイツ国に対して、犠牲者の遺族に七十八万ユーロの支払いを命じる判決を出した。
 しかし、ドイツは〇八年、この判決は国際法に抵触するうえ、「戦後五十年が過ぎ、ドイツが国際社会の一員として各国と豊かな協力関係に入っている現在、要求には根拠がない」として、オランダの国際司法裁判所に訴えていた。
 その結果、一二年二月、ドイツ政府は賠償を払わなくてもよいという判決を勝ち取った。ちなみに、この時の国際司法裁判所の裁判長は小和田恆氏であった。以上抜粋




カリフォルニア州の公聴会で、慰安婦像に日系住民反発 2013/07/13産経

 【ソウル=黒田勝弘】韓国の中央日報が12日、米国発で伝えたところによると、米カリフォルニア州グレンデール市で設置される予定の「慰安婦記念像」をめぐる公聴会で日系住民の反対意見が続出し、2013年7月9日の公聴会は大荒れとなったという。
 80歳をはるかに超えた老人からグレンデールで生まれ育った二世、引退した教授や有名建築家までが発言台に立って、日系住民たちは「慰安婦問題は歴史の担造だ」「市は日韓外交問題から手を引くべきだ」「慰安婦は売春婦」「きちんと真実を検証したという書類を提出しなさい。売春婦を記念する都市がどこにあるか」「売春婦は日本の将校よりも多くのお金を儲けた」「米国も韓国戦争で韓国の慰安婦を利用した」などと発言し、記念像設置に激しく反発したという。
 米国では近年、慰安婦問題を持ち出した在米韓国人による反日活動が活発だ。同市でも韓国系住民の呼びかけを受け市議会が慰安婦記念の「平和の少女像」の設置を決め、30日に公立図書館で除幕式が行われる予定という。
 これまで米国の地方自治体では日本非難決議や慰安婦記念碑設置はあるが、ソウルの日本大使館前に反日団体が設置したものと同じ慰安婦記念像が設置されるのは初めてだ。
 報道によると公聴会には約20人の韓国系を上回る約30人の日系住民が出席。日系住民の抗議は地元の日系新聞が「慰安婦像の撤去を要求しよう」と呼びかけた結果という。慰安婦問題で日系住民の反発が伝えられるのは極めて珍しい。以上抜粋




◇立ち上がった在米日本人達
                      [WiLL2013年9月号] 目良浩一

■公聴会に出席

 ロサンゼルスの北にある郊外都市、人口十九万人のグレンデール市で、米国連邦政府の下院が日本軍の従軍慰安婦″を非難する決議をした七月三十日を「慰安婦の日」とする議題が昨年、可決された。
 続いて今年の七月三十日に慰安婦の像を市の中央公園に建立する議案が掟出され、七月九日、その議決にあたって一般の市民が意見を述べる機会が設けられたという広報を見た友人からの連絡で、この議案に反対する日本人や以前から反対運動をしている有志などに声をかけて、市議会に出席した。
 グレンデール市における慰安婦像の建立の話は、かなり以前から伝わっていた。市は韓国系の民間団体から慰安婦像の寄贈を受けて、にわかに姉妹都市になつた韓国の二都市の記念事業として行うという計画になつていた。
 なお、ここに建立されようとしている慰安婦像は、韓国の首都ソウルの日本大使館に向かい合う公園に建てられている慰安婦像と同一のものであり、慰安婦の記念碑が建てられた米国のニュージャージー州のパリセーズパーク市とハッケンサック市には、この像は建てられていない。米国内では最初のソウルの像の複製で、韓国が米国に建てると宣言している二十以上の慰安婦像の第一弾である。
 七月三十日に像の除幕式が予定されていることは在米の日本人の間では広く知れ渡っていて、それが日本人に与えるであろう深刻な影響を懸念する人々はかなり早い時期から警戒をし、日本領事館に意見を求めたり、対策を考えてきていた。七月五日になつて、ようやく九日の特別市議会の開催が公示されると、直ちに、この特別市議会において正々堂々と反対意見を陳述することによって、この議案に対処することにした。
 この件に関しては、日本の「史実を世界に発信する会」や「なでしこアクション」からも、メールを通じて支援をいただいていた。南カリフォルニア在住の日本の進路に懸念を持っている人たちは、これは絶好の機会であるとして、この機会を利用して市会議員を説得し、この議案を葬り去ることを願って、多数が参加したのである。
 市民のための座席は百席ぐらいあったが、すべてが満席になり、一階のロビーでテレビを注視する一般市民も出てきた。二階の会議場は、ほとんどが早くから来場した日系人で埋まっていた。


■日本から反対メールが殺到

 市議会の開会が宣言され、この議案が掟出された。議長のウィーバー市長は「最近、多数の電子メールが来て、その数は三百五十にも達する。多くは日本からで、反対意見である」と状況を説明したあとに、一般市民からの陳述が始まった。
 意見の陳述ができるのは前もって申請していた人で、名前を呼ばれると市会議員の並んでいる前に出て陳述するのである。各人の持ち時間は陳述希望者の数によって決まり、今回は一人二分であった。
 合計三十六名の人が陳述し、日本系が二十九名、韓国系が七名であった。物怖じしたり、英語が下手だからと引っ込みがちな日本人がこのように多数発言したことは、注目すべきことである。
 韓国側は少数であったが、英語を第二言語とする人(アメリカ生まれの韓国人)が多く、場慣れしていて堂々と発言している姿から経験を積んだ人のように思われた。
 市議会での一般人からの発言は、市によっては居住者に限られているが、グレンデール市ではどこの住人でも発言の資格が与えられた。その意味では、民主主義の極限といえるかもしれない。しかし、発言はなんらの拘束力も持たないのである。
 多くのアメリカの地方自治体と同じように、市の行政は雇われた行政官、シティマネジャーに任され、彼には相当の収入が与えられる。市会議員は市の方針は決めるが、実施には直接に関与しない。
 そのために、市会議員の職は多分に名誉職で、以前は無給だった。最近では年に三万ドル(三百万円相当)の所得を得ているが、他業種の役職者と比較すると低所得である。その結果として、給与以外の収入を得ることを考えるようである。
 ロサンゼルスに長く居住し、以前、市の職員をしていたという日本人によると、市庁舎のなかでの話の多くが、常に不明朗な金にまつわる噂やそのことに関する話だったそうである。
 カリフォルニア州では近年、ベルという市が、法外な給与・年金などを特定の職員に支払っていたことが暴露されて醜聞が広く報道されたが、地方自治体の行政にはかなり問題がある。
 このプロジェクトの推進者の先頭に立つ市会議員フランク・キンテロ氏(ヴュネズエラ系アメリカ人)は昨年と今年の二回、韓国に招かれて、日本大使館の前の慰安婦像などを訪問したり、元慰安婦に会ったりしてきたと言われている。もう一人のローラ・フリードマン議員も、韓国を訪問したと言われているが、彼らの訪問が誰の費用によって行われたかは不明で、どのような密約がなされたかもわからない。


■日本側、韓国側の言い分

 日本側の発言は、大まかに分けて以下のようなものであった。
「通常に言われている従軍慰安婦の話は作られたもので、真実ではない。日本政府や日本軍は慰安婦の募集、採用に関与した事実はなく、韓国からの慰安婦は韓国の民間人によつて募集され、採用されたものである。
 米国の軍隊で一九四四年に作成された調査報告書には、明確に慰安婦とは売春婦に過ぎないと書いてある。彼女らは兵隊らの三十倍以上の収入を得ていた。性奴隷とは到底いえない」
「市議会議員、キンテロ氏に直接、質問したい。韓国への旅行はどこから旅費が出たかを明らかにすることを要請する」
「一九六五年に日本と韓国の問で締結された日韓基本条約を以って、それまでの両国の問の問題はすべて解決されたことになつている。その際に、日本は韓国に三億ドルの無償援助と四億ドルの借款を供与した。したがって、韓国政府が残った問題を解決すべき義務がある」
「市議会は、韓国側からは情報を集めたが、日本側からはほとんど情報を取っていない。このような偏った情報だけで判断することは、公平とは言えない。日本からの情報を十分に取って検討すべきである」
「この議案は、基本的人権の問題ではなく、外交問題である。したがって、地方自治体は外交問題から撤退し、連邦政府に任せるべきである」
 それに対して、韓国側の発言は以下のようなものだった。
「日本は、歴史認識をまげようとしている。過ちをしたことを率直に認めて、謝罪すべきである」
「韓国では、慰安婦について詳細な調査を行った。その結果として、多数の若い韓国の少女や女性が日本軍によって徴用され、虐待され、性奴隷にされたことは歴史的な事実である」
「そのような悲惨な仕打ちを受けた女性のために記念碑を立てることは、女性の人権を尊重して人類の幸福を推進するためのものであり、決して外交問題ではない」


■領事館から抗議ナシ

 一般市民の発言が終わると、市会議員が発言を始めた。時間は無制限である。最初に発言したのは、キンテロ氏で、彼は旅行費用の出所については言及しなかったが、彼自身の歴史観について時問をかけて披露した。
 まず、韓国側の歴史認識が正しいと言明して、日本では正しい歴史が教えられていないと宣言した挙げ句、日本人は正しい歴史を学ぶべきだとした。たとえば、日本ではフィリピンのバターン半島での死の行進や南京虐殺が正当に教えられていないと述べて、日本の教育を批判した。
 そして、「私は歴史に詳しい」として一九九三年の河野談話に言及し、「日本政府自身が、政府の関与を認めて謝罪している」。
 さらに、彼は二つのことを述べた。
「第一は、ロスの日本領事館にこの件について問い合わせたが、領事館からはまったく抗議の言葉はなかった。第二には、日本とメキシコにある姉妹都市にはすべて通知してあり、彼らの同意を得ている」
 これについては、のちに言及する。
 次に発言したのはフリードマン女史で、彼女は日韓の紛争を激化するのが目的ではなく、目的は悲惨な扱いを受けた少女たちの経験が再び繰り返されることがないように、人道的な立場から像を建てるのであると述べて、議案に賛成すると言明した。
 この市には、アルメニア系の市会議員が二人いる。彼らは大体において、市の人口の三四%を占めるアルメニア系市民によって選出されている。アルメニア人は、百年程前にトルコ人から大量虐殺を受けた経験があり、いまでもそれを根に持っている。非迫害民族としての彼らの立場を韓国民の感情に重ねて、強い同情心を抱いている模様である。彼ら二人は、議案に賛成すると声明した。
 残るは、市長のウィーバー氏である。彼は直接には歴史観を語らずに、まったく別の理由で反対する旨を述べた。第一には、当該市では韓国側からの情報には事欠かないが、日本側の情報については乏しいので、よりバランスの取れた検討をしてみる必要があること。第二には、予定されている公園は、近いうちに再開発計画によって土地利用の変更がありうるので、いずれ現在の予定地から移動させる必要性が出てくるという理由である。


■四対一で議案は採決

 投票の結果は四対一で、議案は採択された。
 この議決の経過を見て思うことは、戦後に東京で行われた極東国際軍事裁判と称するいわゆる「東京裁判」である。いかに正当な議論をしても、いかに相手の非を的確に捉えた批判をしても、裁判官はすべて戦勝国から出ているために、判決においては悲惨な敗北を喫することになる。
 今回は、裁判官は必ずしも敵国からではないが、公正な、民主主義的な手続きは踏むが、議案についてはすべて韓国側から市会議員への運動は完了していて、儀礼的に一般住民の発言が許されて議事が完了したということである。
 ここでは、勇気をもってウィーバー氏が「東京裁判」におけるパール判事の役をしたことに注目する必要がある。
 議決が終了したあと、韓国系の人々(いろいろな年代の韓国人をバスに乗せて会場まで連れてきていた)は大喜びで、(事前に勝利が約束されていたとしか思えない用意の良さであった)プラカードを掲げて記念写真を撮影し、それを韓国系のテレビ局が撮影して放映しているようであった。韓国H側は明らかに、グレンデールで成功をおさめ、次の都市を目標として動き出すであろう。


■歯がゆい日本政府の対応

 今回の反対運動を経験して痛感したのは、まず第一には、在ロサンゼルス日本総領事館の無関与である。市会議員キンテロ氏が発言したように、市は一応、日本総領事館に問い合わせているのである。しかし総領事館の対応は、「これは政治問題化してはいけないし、外交問題化してもいけない」というもので、他の何らかの方法で穏便に片付けようというものだった。
 総領事は市長に会いに行った模様であるが、何を提案したかについては、行動を起こした日本人の有志が尋ねても何らの回答も得ることはできなかった。逆に、穏便に、韓国側の感情を逆撫でしないように、と注意された。
 そして結果から判断すると、総領事が市長に会ったことは効果がなかった。しかも、隠密に解決しようという方針で明確な日本側の意見を表明しなかったため、キンテロ氏が表明したように「承認した」と受け取られたのである少なくとも、そのような表現を阻止することができないような対応であったのである。
 グレンデール市は、「これは姉妹都市関係の事業である」としている。市は、広島と東大阪の二つの都市が姉妹都市であると公示していたが、信頼できる筋からの情報では、この件については当の広島はそのような関係を持ったことはないと言明し、五月に正式に姉妹関係を否定する通知を出している。
 グレンデール市はこの案件について、日本の姉妹都市に連絡し、東大阪市はこの事業に反対する意思を外務省を通じて表明したが、何らかの理由で、その情報は総領事館か外務省で留め置かれ、グレンデール市には伝えられなかったということである。
 日本の姉妹都市からの批判が出るのを恐れての判断であったかどうかは不明だが、明らかに外務省が、このようなグレンデール市の行為を許すことに手を貸している。日本の国益を守るべき役所が、まったく逆の行為をしているのである。
 さらに慰安婦像の設立反対運動にとって障害になるのは、一九九三年八月に出された、当時の河野洋平官房長官の従軍慰安婦に関する談話である。
 この談話はしばしば国内で厳しく非難されているが、政府がまだ正式には修正をしていないために、日本を非難するために従軍慰安婦を持ち出す人々からは、この談話が日本政府の立場であると主張される。
 それに対し、それは誤りであり、その後の調査で政府は政府や軍の直接関与はなかったと内閣が決議をしたことを付言しても、なかなか説得をすることが困難である。
 河野談話は早急に訂正しなければならない。そうしなければ多勢に無勢で、反対派の日本人は常に敗北の憂き目に遭うということを、今回の公聴会で痛切に感じた。これは参加した日本人一人ひとりが実感したことである。
 次に必要なのは、一九九五年八月十五日の終戦五十周年記念に出された、当時の村山富市総理の声明である。このなかで総理は、「遠くない過去の一時期、国策を誤り」「多くの固H々、とりわけアジア諸」国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」ことを認めて謝罪したのである。韓国は当然、そのアジア諸国のなかに含まれていると解釈して、慰安婦問題もこのなかに含まれると考えているであろう。貧困やその他の事情から慰安婦になった人たちの苦悩に同情はするが、このような一般的な謝罪は、健全な外交には障害となるだけで何らの利益もない。この声明も訂正されなければならない。


■領事館の弱腰

 今回の経験は貴重であった。グレンデール市の決定に関して、数十人の日本人と日系人が集まり、そのなかの二十九人が反対声明をしたことは画期的であった。あのおとなしい日本人が発言台を前にして、明確に反対意見を述べたのである。日本からのメールでの応援も後押しになつたし、南カリフォルニア地区の日本人および日系人の意識の向上を反映しているのかもしれない。
 しかし、如何せん丸腰で戦場に駆り出された戦士のようであった。在外公館は、このような日本の名誉を守ろうとしている人々を単に中立的な立場から見ているだけではなく、むしろ軽蔑の念を持って見ていることが明らかになった。
 十一日付「なでしこアクション」の通信に載っていたが、在米の人からの質問に領事館側が次のように答えている。
抗議すれば韓国は益々怒って次の慰安婦像を作ることになるだろう。設置を止めることは不可能だった。水面下ではいろいろ手を尽くした。日本国の指示がないと動けない。現場でのスピーチは韓国の人のほうが説得力があった。売春婦という言葉が不快感を買った。韓国系の組織は大きいので力を持っている
 あたかも、韓国の領事が答えているかのような返事が返ってきた。
 日本政府は、この韓国からの外交攻勢に対してどのように対抗するかを明確にし、抵抗する必要がある。外交の基本問題として、国の方針を決めることが緊急の課題である。参議院選挙後の安倍政権の重要課題の一つであろう。以上抜粋

 ■産経:「賛同」は虚偽 東大阪市が米グレンデール市に抗議 姉妹都市解消も
 米カリフォルニア州グレンデール市が慰安婦を象徴する少女像を設置した問題で、グ市のホームページ(HP)に姉妹都市の大阪府東大阪市が設置に賛同したかのような虚偽の記述があるとして、東大阪市がグ市に抗議文を送っていたことが1日、分かった。(2013/08/02朝刊)
 東大阪市の野田義和市長は「一方的な行為で、はなはだ遺憾」とし、グ市が適切な対応を取らない場合は姉妹都市提携の解消も視野に検討する考えを示した。
 像は現地の韓国系団体が主導し、7月30日に設置。費用約3万ドル(約295万円)は韓国系団体が負担した。しかしグ市のHPには像設置の背景として、姉妹都市が碑や記念物の設置に興味を寄せていると表明した▽維持費は姉妹都市により賄われることを保証する−などと記述されていた。
 東大阪市の職員が7月中旬にHPの記述を見つけ、野田市長名の抗議文を25日付でグ市長宛てに郵送した。
 抗議文には「このような意見表明をした事実はない」と修正を求めるとともに「像設置は市民の心証をいたく害しており、誠に遺憾」としている。
 像設置をめぐり、東大阪市には同月31日までの約1カ月間で124件の抗議が電話などで寄せられた。東大阪市は旧枚岡(ひらおか)市時代の昭和35年にグ市と姉妹都市提携を締結した。
 ■産経:「残念」「丁寧に説明していく」佐々江駐米大使 2013/08/02
 駐米大使は31日の記者会見で、米ロサンゼルス近郊のグレンデール市で慰安婦を象徴する少女像が設置されたことに対し、「日本政府の立場と相いれず、残念なことだ。アジア女性基金などの措置について、(米国の地方議員や行政府に)丁寧に説明していきたい」と述べた。
 慰安婦像の設置がグレンデール市だけでなく、全米各地に広がる動きが出ていることについては、「韓国系住民の多い土地では、われわれの声が反映されないのは遺憾ながら事実」とした上で、「(米側も)聞く耳を持っているので、ワシントン大使館を中心に静かに説明する努力をしていきたい」と語った。

 ■桜チャンネル:グレンデール市長が設置は間違い
 慰安婦像を設置したグレンデール市の市長が設置は間違いであったと証言。大高未貴さんのインタビューでの発言の動画が地元メディアに掲載された。※日本人の地道な電子メールでのしっかりとした主張が米国世論をも動かすことになる。そして、韓国人の捏造慰安婦を押しつけるやり方を、彼らは迷惑がっている。
◆グレンデール市長長
 どうして私たちが国際関係に巻き込まれなければならないのか。議論はしましたが、評決したのです。私はセレモニーに出席しませんでした。日本からの批判が多かったと思いますが、日韓から千通を超えるメールをメールを受け取りました。私は日本の人々のことが好きですが、当市は最も嫌われる都市となってしまい大変遺憾です。このような論争が始まってしまったことを大変遺憾に思っています。
 性奴隷という言葉は、本件が持ち上がって初めて耳にしました。碑文に書かれてあるからと云って子供に問われても私には分からないと答えるだけです。
◆ブエナバーグ市長
 日本から千通程度のメールを貰い、本件には関与しないことを決めた。設置したいと考えているグループは教育目的だと云っていますが、私の回答は他にも良い方法があるのではないかということです。
 日本からのメールには、署名だけのものもありましたが、事実関係の次に自分の意見が明確に述べられている、非常に効果的だと考えました。
 そして、この問題を理解するほど、当市やカリフォルニアが取り組む問題では無いことが分かりました。
◆桜によるグレンデール市通行人へのインタビュー
  • 公園管理人は、慰安婦が可哀想だと思う。素晴らしいモニュメントだと思う。
  • 歴史については詳しいことは分からないが、プロパガンダとは思わない。売春婦であったかも知れないが、私には分からない。
  • 南京もだが、長期滞在の兵士のニーズに使われた。日本は出来事を認めているのに、謝罪を否定している。日本人はプロパガンダというかも知れませんが、中韓からの証言もあるのです。売春婦であるという証拠は聞いたことが無い。米国政府の証言があるのなら、メディアに送れば良い。
  • ベトナム戦争に行ったが、権力を行使する側と虐待される側があるのは、世の常です。兵士は死に行く存在で、そんな時にモラルどうのこうのと言えますか。慰安婦は戦時中のビジネスです。



テキサス親父:慰安婦は売春婦!証拠はこれだ!
               http://www.youtube.com/watch?v=ggQaYD37Jm4 2013/07/22

 国立公文書館からの書類は、1944年に米国軍がビルマで慰安婦を捕まえて書いた間違いなく本物の報告書だった。
 彼女らは米軍の進撃に遭い、日本軍と共に逃れていたんだ。日本軍のすぐ後ろにこの慰安婦達はいたんだ。離れてしまい、そして迷っている所を捕まえられたんだ。その後に米軍に「事情聴衆」されたんだ。
 思い出してくれよ!1944年だぜ!戦争のまっただ中だぜ。
 戦中には日本軍も米軍も自軍に有利に働くことに関しては、プロパガンダに利用していたんだ。米軍がこの日本軍の慰安所で働いた「慰安婦」「売春婦」を捕まえたわけだから、米軍はこう言えたはずだよな「彼女らは売春を強要されていたんだ!」「日本人はどれだけ酷い奴らか分かるだろ!」。でもそうじゃないんだ。そう言えなかったんだ。それが「嘘」になるからな。
 この報告書で米軍は事実を報告し、これらの女性達は「志願して雇用された」訳で、日本軍が力尽くで朝鮮半島から20万人の女性を連れてきたわけじゃ無いっていっているんだ(もし慰安婦が20万人もいたのなら、彼女らは「雇用」され対価として「高額を支給され」ていたんだ)。
 この書類の興味深いところだが、この報告書にはこれらの女性達は「日本人の基準に照らしても白人の基準に照らしても綺麗じゃない」って書いてあるんだ。「綺麗じゃなかった」ってんだ。言い換えれば米軍が言っているのは、これらの女性達は「ブサイク」だって言っているんだぜ。
 この報告書は更にこう続いているんだ。
 女性達は大金を持って楽しんで、洋服や化粧品や他にも自分たちの為の物を買うことができて、街に出かけていたんだぜ。「性奴隷」がそんなことできるか?「性奴隷」がそんな大金を稼げるか?借金を返したら家にだって帰っていたんだぜ。「性奴隷」がそんな事できるか?慰安婦の中にはこんな不平を言っている者も居たんだぜ。日本の兵士との時間が足りなくて、すべての兵士達を迎え入れることができず、「来てくれる兵士達みんなに奉仕できなくて残念だ」って言ってるんだぜ!「性奴隷」がそんな考えをするか?
 報告書は更にこう続いているんだ。
 慰安婦達は日本軍の兵士達とスポーツをしたり、ピクニックに行ったり娯楽や宴会をしたり、「性奴隷」がそんなことするのかよ?1944年の米軍の報告書によれば、彼女らは雇用されてたんだ。
 朝鮮人達は現在ここ合衆国を慰安婦に捧げる慰安婦碑や慰安婦像なんかで汚染しているんだ。「日本軍に強制されて性奴隷にされた」って主張してな。お前らは『嘘吐き』だ!そんなことは起きていない。俺はお前らを『嘘吐き』って呼ぶぜ!大東亜戦争中の米軍よりもな。当然これを戦争のプロパガンダに使えたであろう米軍よりもな。しかし彼女らはこの「慰安婦は雇用された」と真実を語っているんだ。
 記念碑だかを感染させてるニューヨーク州ロングアイランドのナッソー郡に、ニュージャージー州にデトロイトの馬鹿者達へ、お前らは「慰安婦香具師」に取り込まれているんだぜ。それに最近、南朝鮮のソウルにある日本大使館前に建てた慰安婦像と同じ物を建てることを可決したカリフォルニア州グランデール市の市議会議員の間抜け野郎ども!

 ■米国戦争情報局資料「心理戦チーム報告書」(1994年10月1日)
 米軍がビルマ(現ミャンマー)・ミートキーナ(同ミチナ)で捕らえた朝鮮人慰安婦20人らから尋問した内容をまとめている。それによると慰安所における慰安婦の生活の実態は、次のように記されている。
 「食事や生活用品はそれほど切り詰められていたわけではなく、彼女らは金を多く持っていたので、欲しいものを買うことができた。兵士からの贈り物に加えて、衣服、靴、たばこ、化粧品を買うことができた」「ビルマにいる間、彼女らは将兵とともにスポーツを楽しんだりピクニックや娯楽、夕食会に参加した。彼女らは蓄音機を持っており、町に買い物に出ることを許されていた」
 報告書はまた、「慰安婦は客を断る特権を与えられていた」「(日本人兵士が)結婚を申し込むケースが多くあり、現実に結婚に至ったケースもあった」と書いている。雇用契約に関しては、慰安所経営者と慰安婦の配分率は50%ずつだが、平均月収は1500円だった(当時の下士官の月収は15円前後)。(⇒[Youtube従軍慰安婦〜彼女たちの叫びが聞こえますか])

 ■「従軍慰安婦」は捏造だ。間違った情報を教科書に入れてはいけない
 反対運動にアメリカ人女性が立ち上がった!ここに[拡散&署名のご協力を!]アクセスして署名お願いします。勇気あるアメリカ人女性に敬意を表します。捏造慰安婦の事がアメリカの教科書に載る?阻止しましょう!あまり正確でないかもしれませんが、内容を簡単に訳しました。皆さん署名を!!
内容
 戦争というものが、勝利を通じてさえ幸福をもたらさない事は、すべての方々が合意すると思います。日本の政府は、国際連合の常任理事就任に関してさえ、これらの強制的な売春のクレームに異議を唱えてきました。
 韓国は、200,000人の若い女性を慰安婦として軍の為に働かせる為、自宅から連れて行ったと日本を非難しています。安倍晋三首相は、民間業者が募集した慰安婦は存在し、その大部分は朝鮮半島からだったと述べています。
 多くの韓国家庭が、人身売買で娘を売りました。
 Lee Youg-sooさんは元慰安婦です。彼女は、アジア太平洋地球環境会議のアメリカ下院外交委員会公聴会で2007年2月15日(木)に証言しました。彼女が最初に証言して以来、彼女の話は変わり続けています。
 近年にいたるまで韓国政府によって公式に記載されたものも、慰安婦システムへ強制された売春婦の証拠もありません。これは宣伝用の作り上げられた物語です。さらに、戦時中の政府と軍事指導者からの命令を保存するアジア歴史資料センターのアーカイブの探索では、女性が慰安婦として働くことを強制されたという事を示すものは何も出てきませんでした。
 探索で見つかったただ一つの命令や指令は、下記のように女性の権利を保護するためのものでした:「1938年3月4日に発行された軍の覚書では、不正に軍の名前を使ったり、誘拐と分類されるような募集方法を明確に禁止しており、こうした方法を使うものは罰せられる」としています。「1938年2月18日発令された自治省指令No.77は、慰安婦の採用は国際法や女性の奴隷化か誘拐の禁止に従わなくてはならない」と述べています。「1938年11月8日に発令された自治省指令No.136は、21歳以上の女性で既にプロとして従事している女性のみ慰安婦として採用してもよいと」命じています。
 1944年には、ソウルの大手新聞Gkeijo Shinbunhに、地方の雇用機関による宣伝も出ています。
 アメリカの戦争情報局による日本の捕虜尋問レポートNo. 49番は、慰安婦の収入を証明する書類です。慰安婦性奴隷制度は全く根拠がなく、偽りの主張です。
 韓国の慰安婦がショッピングしたり、日本兵士と一緒に外食する写真さえあります。奴隷は賃金を得ますか? 買い物に行きますか? 食事に出かけますか?
 しかし、慰安婦は民間業者の管理下にありましたが、軍は、軍隊の戦闘能力を損なう性病を防ぐ為に、健康診断を提供するなどといった占領地での売春宿の管理に携わる必要がありました。古代のローマの軍隊から今日の現代の米国の軍隊にいたるまで軍隊組織はみな、キャンプの近くに多くの売春宿を持っていました。
 過去6年にわたって変遷するLee Young-sooさんの証言は、教育委員会における捏造を後押し、アメリカの歴史教科書に嘘の告発を入れ込もうとています。私たちは、教育制度における歴史の偽情報を許可してはなりません。私達の子供達の心を本物の真実の知識で育む事は非常に重要です。どうか、アメリカの歴史教科書に嘘の情報を入れる行為を止めようとしている私を助けてください。



慰安所職員の日記発見=日韓「極論」否定する内容も
     慰安所で働いていた朝鮮人男性が書いた日記(韓国・イスプ出版社提供)

 第2次世界大戦中、ビルマ(現ミャンマー)とシンガポールの慰安所で事務の仕事をしていた朝鮮人男性の日記が韓国で発見された。慰安所職員の日記が見つかったのは初めて。慰安婦の生活実態を知る貴重な資料だが、日韓両国内にある「極論」を否定する内容も含まれている。
  
 男性は1905年生まれで79年に死去した。韓国の博物館が数年分を欠いた22〜57年の日記を古書店から入手。安秉直ソウル大名誉教授らが、慰安所時代の43、44年分について、堀和生京都大教授、木村幹神戸大教授と共同研究した。近く韓国で出版される。
 日記は「夫婦生活(結婚)することになって慰安所を出た春代と弘子は、兵たんの命令で再び慰安婦として金泉館に戻るようになったという」「兵たん司令部に行って5日間の日報を提出した」などと記述。日本政府も認めている慰安所への軍の関与を裏付けている。
 また、「文楽慰安所は私と一緒に来た朝鮮忠州の人・新井清次氏が経営している」と、慰安所を朝鮮人が経営していたことや、「慰安婦の金○先が送る600円を本人の貯金から下ろし、中央郵便局で送付した」と慰安婦に収入があったことも記述。「鉄道部隊で映画の上映があって慰安婦たちが見てきた」などと、慰安婦の生活にも触れている。
 木村教授は「非常に信用性が高い。慰安婦は民間の売春婦だった、逆に完全な奴隷状態だったという日韓の両極端な主張を、いずれも否定する内容だ」と評価した。
(ソウル時事:2013/08/12-15:36)

 ■産経:テキサス親父がグレンデール市議会で発言、韓国批判。2014/10/22
 テキサス親父がグレンデール市議会で日本擁護を行った。マラーノ氏は慰安婦像設置に賛成した市議らを前に「慰安婦像は日本人の名誉を毀損している。侮辱している」「今ある慰安婦像が、日本を侮辱する目的で設置したわけではないということを証明できる。この新しい慰安婦のグループのために2つ目の像を考えたらどうだろうか」と、静かに話し始めた。
 グ市の慰安婦像のの説明として「20万人の女性が」「日本軍に強制的に慰安婦にされ」「セックス・スレイブとして」などと記されている。これは韓国側の主張だ。グ市がこれを“歴史”として認めるならば、在韓米軍の慰安婦も同じように扱わないと不公平だ、と言っているのだ。だから、マラーノ氏は「今ある慰安婦像のとなりに大理石の記念碑などを設置することをすすめる」と述べたのだ。
 不思議なものだ。在米日本人らが、慰安婦像について反対意見を述べると、「もっと歴史を学ばなければ」「なぜ、過ちを認めない」などとヒステリックに反論していた市議らも、マラーノ氏には何も言わなかった。米国世論に、日本の立場、日本の主張を説明することがいかに重要かを示している。
 慰安婦像設置に賛成した市議らは、マラーノ氏の話を聞き終わると、「サンキュー」と述べた。設置に唯一、反対した市議は「あなたの名前は」と改めて聞いた。



グレンデール市、クエントロ市議並びに議会議員の皆様へ
                           ⇒[原文Youtubeへ]

 グレンデール市議会が、永遠に「慰安婦」を記憶する為の記念碑を建てる決議を出したことを読み、大変不快で残念に思いました。それはまるでアウシュビッツの看守を記憶する為の記念碑を建てるような者だからです。もし私がユダヤ人だったら、侮辱と感じるでしょう。私はユダヤ人ではありませんが、歴史研究者としてこれは歴史の冒涜だと感じています。
 戦時中、朝鮮人は日本人でした。そして大日本帝国の成員として生きたのです。それなのに一転して被害者になろうと彼らが決意したのは戦争直後のことです。その上、自分たちの国である韓国では、売春婦達が権利を主張してデモを起こしています。それなのに韓国人は日本を売春の罪で告発するのでしょうか?自分に火を付けて抗議している韓国人売春婦達。
    

 もう少し詳しく説明しましょう。米国は個人の人権を重んじる国です。とくに世界中の女性の権利について米国人は関心を持っています。ですから「慰安婦」を「性奴隷」という言葉に呼び変えると、米国では大きな反響を引き起こします。しかし、それら慰安婦は本当に奴隷だったのでしょうか?いいえ、違います。
 まず、これは残念なことですが、日本でも朝鮮でも戦前、娘を身売りするのはよくおこなわれていたことでした。貧しい家庭にとって、家族全員が生きてゆくにはそれしか方法がなかったのです。
 慰安婦に関していえば、給与が支払われていました。朝鮮人慰安婦の斡旋業者はすべて朝鮮人でした。性奴隷と聞くと、大日本帝国軍が朝鮮の村々から泣き叫ぶ朝鮮人女性を無理矢理連行しているイメージを思い浮かべてしまいます。しかしそんな事実はまったくありませんでした。
 下記に1944年の新聞に掲載された慰安婦の募集広告があります。この資料によると、慰安婦の給与は毎月300円です。当時、日本軍の軍曹の給与は一ヶ月30円でした。
     

 韓国政府は日本が去った後、米軍の為に慰安婦制度をそのまま活用しました。このことについて私のブログで更に詳しく書いています。また私自身、そこに記述してある「シルバータウン」を訪れたこともあります。なんであれ、韓国人は戦後その制度を継続したのです。そして現在、韓国人は米国における最大の人身売買業者であります。もし、韓国人がそんなに真剣に売春を無くそうと戦っているのならなぜ、FBIに協力して祖国からの人身売買を止めないのでしょう?
    

 米国には日本人の組織売春は一件もありません。大阪とか名古屋などの(日本の地名である)名前のマッサージパーラーは韓国人経営のものです。とにかく、日本は韓国に莫大な賠償金をすでに支払っています(そのおかげで、漢江の奇跡が実現しました)。賠償金は、慰安婦を含む全ての賠償請求の支払いにあてるというものでした。そして日本は何度も何度も謝罪しています。それにもかかわらず更に謝罪賠償を要求する韓国人は、単に、もっとお金を取るのが目的のようです。
 韓国人は歴史に問題を持っています。何年も前、私は韓国に滞在しました。そして幾人かの韓国人と第二次大戦について議論しました。彼らは自分たちの国が戦争で一番辛い体験をしたと、主張しました。私は第二次大戦の研究者ですので、その意見に与することはできませんでした。もし、一番酷い被害国を選べと言われたら、私はポーランドを選びます。ドイツとソ連の両国に侵略され、ドイツに占領され、1943年にはワルシャワのユダヤ人ゲットーが蜂起し、翌年にはポーランド祖国自衛軍も立ち上がり、その結果、国土は荒廃しました。そしてソ連軍がベルリンに向かって進攻するのに対して、ドイツ軍が反撃しました。もちろん、ゲリラ活動も続けられていました。戦後、ポーランドは領土のうち東部の三分の一をとられ、ドイツの領土であったプロシアとシレジアを領土にするよう命令されました。多くの人々が殺され移動させられました。おおよそ、戦前の人口の25%を失ったのです。
 そう説明したにもかかわらず、それでも韓国人達はポーランドよりも自分たちの方がずっと酷い目にあっていると言い張りました。それ以来、第二次大戦に関する韓国人のいかなる主張にも、私は同情できなくなりました。
     
  

 実は。日本が朝鮮を併合するときには、ほとんどの朝鮮人は抵抗するどころか喜んだのです。それが今日、韓国人の恥となっています。朝鮮国内には抗日運動はありませんでした。唯一、1919年3.1運動の暴動で、数百人が死亡したと言われています。それだけです。北朝鮮の北部の方ではゲリラ運動がありましたが本部は満州国にあり、朝鮮国内に本部を置くことはできませんでした。彼らの活動と言えば、時折朝鮮に侵入して略奪を働くことであり、同胞からの支援はなく、1500名ほどの組織でした。
 1938年に朝鮮で、特別志願兵制度が始まり、朝鮮人男性は日本軍の兵士になりたがり、1942年には4077名の定員に対して、25万4273人の応募が有り、倍率は62.4倍にものぼりました。日本と戦って死んだ韓国人よりも、戦後、韓国政府に殺された韓国人の方がはるかに多かったのです。
 3,1運動では日本政府によると553人の朝鮮人が死にました。しかし、戦後の韓国政府の発表によると、1948年の済州島事件では1万5千人から3万人が亡くなったと認めています。市民団体は10万人と発表。また、1948年には麗水・順天事件の反乱で400人が殺されました。1950年の朝鮮戦争には、夏の間に30万人の民間人が韓国政府によって殺され、その冬には更に国民防衛軍事権で数十万人が殺されています。もちろん、朝鮮戦争で北朝鮮に殺された人の総数は不明であるが、北朝鮮で多くの民間人が殺されたであろう事は容易に想像が付きます。
 韓国人はこう主張するでしょう。日本が残虐だったので戦争中、協力するよう強制されたのだと。だが欧州では、バルト地方やウクライナ、ロシア、その他の国民も、ドイツ軍の制服を着てドイツ側に立って戦ったのです。その数は一説によると百万人ともいわれています。グレンデール市では、そういう人々の記念碑を建てますか?皆様のやっている、慰安婦の為に碑を建てることは、ドイツ軍に協力した人々の為の碑を建てることと同じことなのです。
 とはいえ、それらドイツ軍に協力した国では同時に抗独ゲリラ運動もありました。だが朝鮮にはそういう歴史がありません。そしてそれこそが今日、韓国人の恥となっているのです。第二次大戦時、朝鮮人は日本の為にすすんで戦ったのです。朝鮮の女達を進んで斡旋して慰安婦にしました。
 慰安婦の碑を建てて展示することで、皆様は韓国人の日本への劣等感に巻き込まれています。そしてたいへんな、歴史的間違いを犯しているのです。韓国側の証拠は慰安婦の口述証言だけですが、歴史研究者の間では、体験者の証言だけでは信頼性に欠けるので他の証拠も必要とされています。韓国人が「あった」と主張していることは実際は「なかった」のです。
     

 日韓関係は本当はどうだったのか、もっと調査して下さるよう、心より真剣にお願い致します。フェアであるためにも、皆様が女性の問題について発言なさるのなら、今現在、米国で行われている韓国人の人身売買いの問題について声を上げるべきです。よろしくお願い申し上げます。
マックス・フォン・シュラー・小林 (Max von Schuler-Kobayashi 2013年4月3日)



戦時の慰安婦 「朝鮮人業者も募集した」 産経 2013/05/24


 戦時の慰安婦などをめぐる日本維新の会共同代表の橋下徹大阪市長発言をめぐり賛同の声が多いことを先週の「読者サービス室から」でお伝えしました。その後も「バッシングが過ぎると、正論がきちんと言えなくなる」▽「歴史的事実を言ったまで。厳しい現実から目を背けるべきではない」など発言内容への支持・評価の声が圧倒的です。
 慰安婦の実態について「軍の経理を担当した当時、日本人や中国・朝鮮人の売春業者から兵隊相手の売春宿をやりたいと申し入れが相次ぎ許可した。これが慰安所の始まり。それまで上層部から設置を指示されたことはなかった」(東京都八王子市の94歳男性)▽「慰安所には多くの日本人女性もいた。収入は大卒者の平均収入並みと聞いた」(栃木県の70代男性)▽「慰安所の管理担当者は生理用品の配給までしていたという。当時の状況からして非人道的とはいえない」(男性)▽「朝鮮で慰安婦を募集したのは朝鮮人の業者。慰安所認可に日本名が必要だったので創氏改名して募集した。なぜ朝鮮人業者の存在が指摘されないのか不思議だ」(八王子市の85歳男性)▽「募集時には前払い金も渡された。恨むならカネを受け取った親を恨むべし」(東京都、60代男性)などの指摘も。
 ベトナム戦争の韓国兵がベトナム女性を陵辱したことについては「残された子供『ライダイハン』が象徴する事実を世界に知らせるべきだ」(静岡県の50代女性)▽「韓国はベトナムでの蛮行を棚に上げて慰安婦問題を批判。対馬では仏像を盗んで居直っている」(男性)の声。「元寇で手先となった高麗兵は壱岐・対馬で、日本人の想像を絶する残酷さで陵辱と略奪を行った」という声が以前ありました。約700年後のベトナム戦争でも同じことを繰り返したわけです。「英語版ウィキペディアでは韓国の組織的編集で戦時の慰安婦を『強制連行や売買された性奴隷』と記述。正しい情報発信が必要だ」と21日にメールがありました。(5月15〜21日の意見)



産経:米を利用する反日組織「抗日連合会」 2013/08/31

 米国カリフォルニアのグレンデール市に慰安婦像が設置されて1カ月が過ぎた。すぐ近くのブエナパーク市での同様の動きは地元在住の日本人たちの明確な反対もあって阻止されたようだ。だがこんどは同州のミルピタス市で似た動きがあるという。
 日本非難を露骨にした活動を米国内で一貫して進めるのは、日本側では単に「韓国ロビー」というだけで、その実態は伝えられない。すでに慰安婦碑を建てたニュージャージー州などでは、ごく少数の韓国系米国人の名と「カリフォルニア州韓国系米国人フォーラム(KAFC)」という新参の団体名だけなのだ。…真の主役は、中国系在米反日組織の「世界抗日戦争史実維護連合会」(抗日連合会)である。
 抗日連合会はカリフォルニアやニュージャージーでの慰安婦像などの設置を自己の活動の「最新の前進」として、米国各地での慰安婦像の設置を今後も推進すると自サイトで宣言している。
 しかも抗日連合会の創設者で現副会長のイグナシアス・ディン氏は、グレンデールの慰安婦像に関する中国共産党直轄の英字紙「チャイナ・デーリー」で、設置運動の最高責任者のように描かれていた。同会の元会長、アイビー・リー氏の「慰安婦問題では中国も犠牲者なのだ」という言葉をも強調、グレンデールでもこの中国系組織が韓国系を背後から全面支援していたというのである。
 米国下院の2007年の慰安婦決議も抗日連合会が最初から最後まで最大の推進役だった。同連合会は1990年代からカリフォルニア州会議員だったマイク・ホンダ氏に慰安婦をはじめとする日本の「戦争での罪悪」を教示し、州議会で日本糾弾の決議を採択させた。ホンダ氏が2000年に連邦議会の下院選に立った時は同会は選挙資金を集中的に寄付した。その後、ホンダ氏は下院に慰安婦決議案を4回も出したが、その内容は同連合会との完全な合作だった。
 抗日連合会は1994年に、中国政府と連携した中国系米人たちによりカリフォルニアを本部に設立された。「日本に戦争での残虐行為を謝罪させ、賠償させる」ことを主目的とし、南京、捕虜虐待、731部隊、慰安婦を挙げてきた。戦犯裁判や対日講和条約での日本の責任受け入れを一切、認めない点で明白な反日組織である。
 だから抗日連合会は米国での慰安婦問題での日本たたきはもう20年近くの超ベテランなのだ。ちなみにその活動の頂点に立つディン氏は今年6月、橋下徹大阪市長の慰安婦発言を非難するサンフランシスコ市議会の決議案も自分が起草したと述べている。
 グレンデールの実情に詳しい在米26年のビジネスマン、今森貞夫氏も「地元では、韓国系だけでは組織も活動も希薄で、抗日連合会に扇動され、指導された構図が明白だった」と語る。米国を利用してのこの慰安婦問題は日本への汚辱を世界に、そして日本の後世に、残そうとする意図が露骨である。そんな対日攻撃への備えでは主敵がだれなのかの認定がまず重要だろう。(ワシントン駐在客員特派員)


産経:米慰安婦像撤去訴訟で、抗日連合会が参戦
 米カリフォルニア州グレンデール市が設置した慰安婦像をめぐり、在米日本人らが同市に撤去を求めた訴訟で、在米中国系反日団体が「日本政府は慰安婦制度を認め謝罪してきた」との意見陳述書をロサンゼルスの連邦地裁に提出していたことを、原告の目良氏が明らかにした。
 団体は世界的に反日運動を展開する世界抗日戦争史実維護連合会(抗日連合会)。慰安婦像は在米韓国系団体が中心になって設置し、抗日連合会は水面下で支援しているとされてきたが、表舞台に出てきた格好だ。
 意見陳述書は、訴訟とは無関係の第三者でも裁判所に提出できる。抗日連合会が今月15日に提出した意見陳述書は、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の河野談話などを引用して日本が「慰安婦計画」を繰り返し認め、謝罪してきたことを詳述。河野談話の部分では、「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」との箇所を下線で強調している。
 目良民は「グレンデール市が米連邦政府の独占的領域である外交権を侵したことが訴因であり、意見陳述書は訴訟の本質から外れている」と述べ、反論文書を裁判所に提出する方針。
 訴訟では原告側代理人の弁護士事務所が撤退したが、目良民は裁判続行を強調。撤退の理由について「シリコンバレーの(IT)会社による脅しが決定的な力であったようだ。このことを裏付けるのが意見陳述書だった」と語り、抗日連合会が企業に影響を及ぼした可能性を示唆した。
 訴訟は現在、被告である市側と文書のやりとりが続いており、初公判の日程などは、未定となっている。(2014/05/20)



元慰安婦報告書          (産経の元記事へ)2013/10/16
      杜撰な調査と曖昧証言で、河野談話の根拠崩れる


 産経新聞は15日、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年8月の「河野洋平官房長官談話」の根拠となった、韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査報告書を入手した。証言の事実関係はあいまいで別の機会での発言との食い違いも目立つほか、氏名や生年すら不正確な例もあり、歴史資料としては通用しない内容だった。軍や官憲による強制連行を示す政府資料は一切見つかっておらず、決め手の元慰安婦への聞き取り調査もずさんだったと判明したことで、河野談話の正当性は根底から崩れたといえる。産経新聞は河野氏に取材を申し入れたが、応じなかった。
 H5年7月26日から30日までの5日間、ソウルで実施した聞き取り調査に関しては9年、当時の東良信内閣外政審議室審議官が自民党の勉強会で「(強制性認定の)明確な根拠として使えるものではなかった」と証言している。ところが政府は、この調査内容を「個人情報保護」などを理由に開示してこなかった
 産経新聞が今回入手した報告書はA4判13枚で、調査対象の16人が慰安婦となった理由や経緯、慰安所での体験などが記されている。だまされたり、無理やり連れて行かされたりして客を取らされるなどの悲惨な境遇が描写されている。
 しかし、資料としての信頼性は薄い。当時、朝鮮半島では戸籍制度が整備されていたにもかかわらず、報告書で元慰安婦の生年月日が記載されているのは半数の8人で空欄が6人いた。やはり朝鮮半島で重視される出身地についても、大半の13人が不明・不詳となっている。
 肝心の氏名に関しても、「呂」と名字だけのものや「白粉」と不完全なもの、「カン」などと漢字不明のものもある。また、同一人物が複数の名前を使い分けているか、調査官が名前を記載ミスしたとみられる箇所も存在する。
 大阪、熊本、台湾など戦地ではなく、一般の娼館はあっても慰安所はなかった地域で働いたとの証言もある。元慰安婦が台湾中西部の地名「彰化」と話した部分を日本側が「娼家」と勘違いして報告書に記述している部分もあった。
 また、聞き取り調査対象の元慰安婦の人選にも疑義が残る。調査には、日本での慰安婦賠償訴訟を起こした原告5人が含まれていたが、訴状と聞き取り調査での証言は必ずしも一致せず二転三転している。
 日本側の聞き取り調査に先立ち、韓国の安秉直ソウル大教授(当時)が中心となって4年に行った元慰安婦への聞き取り調査では、連絡可能な40人余に5〜6回面会した結果、「証言者が意図的に事実を歪曲していると思われるケース」(安氏)があったため、採用したのは19人だった。
 政府の聞き取り調査は、韓国側の調査で不採用となった元慰安婦も複数対象としている可能性が高いが、政府は裏付け調査や確認作業は一切行っていない。
 談話作成に関わった事務方トップの石原信雄元官房副長官は産経新聞の取材に対し「私は報告書は見ておらず、担当官の報告を聞いて判断したが、談話の大前提である証言内容が杜撰で真実性、信憑性を疑わせるとなると大変な問題だ。人選したのは韓国側であり、信頼関係が揺らいでくる」と語った。
 ■河野談話
 平成5年8月、宮沢喜一内閣の河野洋平官房長官が元慰安婦に心からのおわびと反省の気持ちを表明した談話。慰安婦の募集に関し、強制連行の存在を示す政府資料が国内外で一切見つかっていないにもかかわらず、「官憲等が直接これに加担したこともあった」「募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた」などと強制性を認定した。閣議決定はされていない


◇河野洋平氏を提訴へ 「国民運動」談話撤回求める署名も3万超

 慰安婦問題とは直接関係ないはずの米国に慰安婦の碑が建てられるなど、韓国・中国による慰安婦問題を題材とした日本バッシングが繰り広げられる中、今年7月に発足した「慰安婦の真実」国民運動(加瀬英明代表)が10日、参議院議員会館で記者会見し、騒動を泥沼化させた根源といえる「河野談話」の撤廃を求める署名3万867人分を同日、国に提出したことを報告。また近く河野洋平氏個人を提訴する考えも明らかにした。(産経元記事へ)2013/09/16

 加瀬代表は「慰安婦問題をめぐっては、全世界で日本はぬぐいがたい深刻な汚名を着せられている。これはひとえに平成5年、河野官房長官が出した談話に発している」と、河野談話の罪深さに言及した。
 いわゆる「従軍慰安婦」問題をめぐって、日本バッシングの風潮が世界的に広がっています。日本の慰安婦は代価を払わない「性奴隷」であったとか、「20世紀最大の人身売買事件」だったとか、ナチスのユダヤ人虐殺に匹敵するホロコーストだったとか、事実無根の途方もない言説がばらまかれています。アメリカの公共施設に朝鮮人慰安婦の像や碑が建てられ、地方議会の非難決議も行われています。韓国、中国、アメリカにロシアまで加わって日本批判を展開しています。
 アメリカでの慰安婦問題は1990年代初頭から在米中国、韓国人のロビー活動で始まり、2007年にはアメリカ議会下院での日本非難決議がなされ、引き続いてオーストラリア、オランダ、フランス、EU、フィリピン、台湾と続き、今や日本はこの問題で、四面楚歌ともいうべき深刻な状況に置かれています。
 このような事態がもたらされた最大の原因は、日本政府が、何一つ証拠がなかったにもかかわらず、慰安婦の「強制連行」を認めたかのように読める「河野談話」を平成5年(1993年)に発表したことにあります。「河野談話」は、慰安婦の強制連行さえ認めれば事は収まるという韓国側の誘いに乗って、事実を曲げて政治的妥協をはかって作成された文書です。しかし、その結果は全く逆に、「河野談話」こそが強制連行の最大の証拠とされ、各国の日本非難決議の根拠となり、韓国人の妄言に見せかけの信憑性を与えることになったのです。
 あるアメリカの有識者は、「古今東西、軍隊と売春婦はつきものであり、それについて謝罪したのは有史以来日本政府だけである」と指摘しました。そして「そのような当たり前の事に謝罪したのは、本当はもっと悪いことをしていて、それを隠すためではないかとさえ勘ぐられている」と言います。日本を貶めようとする外国の謀略に乗せられ、国益を無視して安易に発した「河野談話」が、慰安婦問題で日本を苦境の縁に立たせた元凶なのです。
 日本国民がこのいわれのない屈辱に対して怒らないとしたら、それは日本国家の精神の死を意味します。私たちはどんなことがあってもこの汚名を私たちの子々孫々に負わせることはできません。
 今年7月、この問題を憂慮する個人・団体が集まり、私たちは〈「慰安婦の真実」国民運動〉を結成しました。今後は日本国内外の多くの同志と広く連携をとり「河野談話」の撤回運動を初めとする、日本の汚名をそそぐための様々な運動を展開していきます。……
 実は第1次安倍政権の平成19年3月、当時は社民党に所属していた辻元清美衆院議員の質問主意書に答えて、政府は「河野談話」に関連し「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」とする答弁書を閣議決定している。閣議決定は官房長官談話よりも重いものであり、この時点で根拠が崩れた河野談話は空文化しているはずなのだが、いまだにその亡霊が猛威をふるっている。
 国民運動では、この閣議決定の再確認や、河野談話の撤廃ないし新談話の発表などを、国や政治家に働きかけていくことにしている。反日勢力の悪質なデマを許さないためにも、その根拠となっている河野談話の「最終処分」が急務だろう。
 ■国家への裏切り行為
 河野談話氏をめぐっては、石川県在住の諸橋茂一氏がかつて、東京地検に河野氏を刑事告発したものの「時効」を理由に却下された経緯がある。今回は民事で責任を問う方針で準備が進められており、年内にも提訴できる見通しという。
 さらに国民運動としては慰安婦問題をあおってきた研究者との公開討論呼びかけも含め、講演会の開催や意見広告の掲載、全国に40以上ある「慰安婦決議」をした自治体への抗議といった活動を進めていく方針が示された。「なでしこアクション」の山本優美子代表は、慰安婦像が設置された米カリフォルニア州グレンデール市に住む日本人女性が肩身の狭い思いをしている現状を報告し、外務省の無策ぶりを告発した
 それにしても、米ニューヨークの街路を「慰安婦通り」と命名しようとするなど、反日勢力の活動は尋常ではない。もしかして、日本のみならず米国に対しても「軍隊と性」の問題に向き合うよう促しているのかもしれない。それを止めるつもりはないが、その前に韓国は自らを省みる必要があるはずだ。その内容については『悪韓論』(室谷克実著、新潮新書)に詳しいのでここでは繰り返さない。あわせて『面白いけど笑えない中国の話』(竹田恒泰著、ビジネス社)、『日本人が知っておくべき「慰安婦」の真実』(SAPIO編集部編、小学館)もお勧めだ。
 ■米を利用する反日組織「抗日連合会」
 ジャーナリストの大高未貴氏は、慰安婦問題をあおっている“司令塔”は在米の中国勢力であることを指摘し、「おかげさまで中国・韓国の常軌を逸した嫌がらせによって、普通の日本人も『これはおかしい』と気づきはじめました。今こそ自虐史観から脱却するチャンスを中国・韓国から与えていただいたと感謝して、日本再生のために頑張っていきましょう」と訴えた。中国・韓国は図らずも、日本人の目を覚まさせようとしているのかもしれない。


◇河野氏、矛盾点を無視し確認せず 産経2013/10/16

 河野談話の主役である河野洋平元官房長官と、談話作成時に河野氏を補佐した谷野作太郎元内閣外政審議室長は今回、産経新聞の取材に応じなかった。ただ、過去の発言から河野氏の考え方と発想はうかがえる。
 河野氏は平成9年、自民党の勉強会で、元慰安婦16人の聞き取り調査についてこう述べている。
「私はその証言を全部拝見した。『その証言には間違いがある』と指摘した人もいたが、少なくとも被害者でなければ到底説明できないような証言がある」
 ここから分かることは談話作成時の政府内協議でも証言内容に疑問を示す意見があり、それにもかかわらず河野氏が当事者にしか分からない迫真性があると判断したということだ。実際には聞き取り調査報告書を通読しても、軍や官憲による強制連行の証拠とただちに認められる証言はない。「軍人に連れていかれた」と語った女性は複数いるが、当時、兵隊のような服を着ていた人は大勢おり、本当に軍人だったかは疑わしい。
 逆に疑問点は枚挙にいとまがない。例えば証言者の一人の黄氏は、日本政府の調査には「義姉に『令状』が来たので身代わりに行った」と語ったが、安秉直ソウル大教授(当時)らの調査には「工場に仕事に行けばカネがもうかるとだまされた」と述べている。黄氏の場合、日本の調査では生年月日を1927年12月1日、安氏には22年8月15日と述べているが、調査報告書はこうした矛盾点は無視しており、聞き取り時に確認した形跡もない。


■韓国に配慮、まず強制ありき 「事実より外交」のツケ重く

 河野談話の根拠となった元慰安婦への政府聞き取り調査のずさんさが産経新聞が入手した資料で浮き彫りになった。談話はその後も独り歩きし、国際社会での日本の立場を大きく傷つけ続けている。当時、日韓関係を考えて、ポイントは(慰安婦募集の)強制性を認めるかの一点だけだった。それを、元慰安婦の聞き取り調査内容を担当官から聞いた心証として認めたわけだ。
 石原信雄元官房副長官は今回、河野談話作成時の宮沢喜一内閣の事情を振り返った。石原氏は平成19年の民主党の会合では、「事実判断ではなく、政治判断だった」と証言しており、当時の政府首脳らのあやふやな「心証」が今も日本の足を引っ張っている。
 この頃、韓国側は元慰安婦の名誉回復に非常にこだわっていた。そのため、日本政府に「強制」を認めるよう強く求めていた。
 「強制性を認めれば、問題は収まるという判断があった」
 石原氏は産経新聞の17年のインタビューで、当時の政府の見通しをこう明かしている。ところが、政府が国内外、関係省庁に公文書館と「八方手を尽くして調べた」(石原氏)にもかかわらず、証拠文書も日本側の証言も見つからない。
 物的証拠を発見できなかった政府は、5年3月23日には、わざわざ「強制」の定義を広げる国会答弁までしている。談話作成に関与した当時の谷野作太郎内閣外政審議室長は、参院予算委員会でこう述べた。
「単に物理的に強制を加えることのみならず、脅かし、畏怖させて本人の意思に
 反してある種の行為をさせた場合も含む」
 同じ頃、政府首脳も「精神的苦痛、心理的なものも含めて強制とする」という見解を示した。石原氏は今回、「かなり広げた。宮沢首相や河野洋平官房長官は、日韓関係を将来良くしようと考えたら、彼らの言い分をある程度もう認めざるを得ないという気持ちがあった」と振り返る。
 このようにして、慰安婦募集の強制性を認めた河野談話の下準備を進め、その上で臨んだのが、韓国側の要請と人選による元慰安婦の聞き取り調査だった。ただ、実際には調査は元慰安婦一人当たり3時間程度で、通訳や質問者が話す時間を考えると、証言時間は短い駆け足調査だった。そして、この「形式的な調査」(現在の政府関係者)のわずか5日後、河野談話は発表された。だが、苦心惨憺して韓国のために強制性を認めた結果、日韓関係は逆に悪化した。



◇河野談話根拠に性奴隷決めつけ 2013/11/05 産経

  
 ■6カ国・地域で決議
 これまでに慰安婦問題に関する何らかの決議を行った外国議会は6カ国・地域に及ぶ。 一連の流れを作った2007年7月の米下院の決議は、河野談話が「日本政府の心からのおわびと反省を表明した」と指摘。その上で「日本政府の高官などが最近、談話を希薄化、または撤回しようとする願望を表明している」と牽制するなど、河野談話をよりどころにしている。
 決議文の提出者である日系のマイク・ホンダ下院議員は07年2月に日本のテレビ番組に出演し、慰安婦の強制連行説に疑問を示されると、「官房長官談話が出て、首相が謝っている」と反論している。
 ■国連報告書「強姦所」
 1996年、国連人権委員会にクマラスワミ特別報告官が提出した報告書は、慰安婦を強制連行された「性奴隷」と決め付け、日本政府に慰安婦の募集に当たった者の処罰を求める内容だった。この結論になったのも、河野談話が記した「官憲等の直接加担」が根拠だったとされる。
 また、2年後に国連人権委に提出されたマクドガル特別報告官の報告書は、慰安所を「強姦所」と書き、「人道に対する罪および戦争犯罪は公訴時効の対象ではない」と訴えている。
 ■「命令書存在しない」
 河野談話は「慰安婦の募集は、官憲等が直接これに加担したこともあった」などと指摘し、官憲、つまり役所や警察などの役人が直接的、強制的に慰安婦募集を実施したと認定した。
 ところが、河野氏自身が、「女性が強制的に連行されたかは、文書、書類ではなかった。本人の意思のいかんにかかわらず連れてこい、というような命令書は存在しなかった」(平成9年の自民党勉強会での講演)と明かしている。
 ただ、それでは「元慰安婦の名誉回復のため強制を認めてほしい」との韓国側の要請に応えられない。そこで韓国で元慰安婦16人の聞き取り調査を行い、その証言をもとに強制性を認めたのが河野談話だ。だが、肝心要の聞き取り調査は極めてずさんな内容だった。

 文部科学省へ自分の意見を伝えましょう。…読者より
 「新しい歴史教科書をつくる会」は、9月17日、下村博文文部科学大臣に、この度の朝日新聞の「慰安婦関連記事」の取り消しにより「従軍慰安婦強制連行説」が完全に消滅した。だから、未だに小・中・高の歴史教科書に残る、「従軍慰安婦」「強制連行」に関する全ての記述を削除する訂正指導を各教科書発行会社に対して行うよう要請しました。
 加えて、本田勝一氏が『週刊新潮』(2014年09月25日発売)にて、南京虐殺証拠写真の捏造告白を行った(⇒[再審「南京大虐殺]参照)。
 私たちも日本国民の一人として、文部科学省のご意見お問い合わせフォームへ、「従軍慰安婦」「強制連行」「南京虐殺」に関する記述の削除を行うよう意見を表明しましょう!(入力フォームは⇒[文科省・ご意見お問い合わせフォーム]はこちらです。)
 
 米最高裁判所は慰安婦問題で「日本には謝罪も賠償も必要ない」と判決ずみ
 慰安婦問題をめぐっての日本非難の動きがなお絶えない。アメリカではなお韓国系勢力による慰安婦漫画展などという日本へのいやがらせも続いている。
 しかし、アメリカではこの慰安婦問題は2006年2月21日に最高裁判所によって、「日本側の謝罪も賠償ももう必要はない」という判決が出たことは、あまり知られていない。司法には国際的に「一事不再理」という大原則があり、一度、裁かれて判決が出た事件や容疑はもう二度とは裁かれない。アメリカでは司法も行政も、日本の慰安婦問題はすでに解決済みという立場を明確にしたのである。この点を日本は米中韓などの世界に向けて、いまこそこのアメリカ最高裁の判決を告げるべきなのだ。
 訴訟では女性たちが日本軍に強制的に徴用され、慰安婦となったため、賠償と謝罪を日本政府に求めた。訴えられた日本政府は、戦争にからむこの種の案件の賠償や謝罪はすべて1951年のサンフランシスコ対日講和条約での国家間の合意や、1965年の日韓国交正常化での両国間の合意によって解決済みと主張した。ワシントン連邦地裁は2001年10月に日本側のこの主張を全面的に認める形で訴えを却下。そして訴訟は最高裁へと持ち込まれ、同様に却下となったのである。(古森義久)
 
 ■産経:韓国政府は吉田証言を慰安婦強制性の根拠としている。2014/08/29
 韓国政府が1992年7月に発表した「日帝下の軍隊慰安婦実態調査中間報告書」で、慰安婦動員の実態について「奴隷狩りのように連行」と書いた際の証拠資料とされたのは、吉田氏の著書であり吉田証言だった。加えて、クマラスワミ報告書では、クマラスワミ氏が特別報告者として「女性に対する暴力」をテーマに慰安婦問題を取り上げた。吉田証言を根拠の一つとして引用した上で、慰安婦を「強制連行された軍用性奴隷」と断定し、日本政府に法的責任の受け入れや元慰安婦への賠償などを勧告した。※朝日は慰安婦問題は、女性の人権問題だと特集したが、論点をすり替えて、自社が積み重ねてきた誤報や歪曲を正当化したいのだろうが、これもお得意の捏造であり、死ぬまで治らないと思う。
 ■読売:朝日慰安婦報道 「吉田証言」ようやく取り消し。2014/08/06
 朝日新聞は1982年9月、「済州島で200人の若い朝鮮人女性を『狩り出した』」とする吉田氏の発言をうのみにして報じた。吉田証言を初めて虚偽と判断し、それをめぐる記事をようやく撤回。西村幸祐によれば、朝日は虚偽報道の訂正を自らの英字版で報道していない。重大なペテンですが、読売が英文で報じています。朝日が1.〜3を公式に認めたことで、「慰安婦強制連行説」は完全に崩壊した。
  1. 韓国・済州島で慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏の証言を「虚偽だと判断」し、「記事を取り消し」た。「当時、虚偽の証言を見抜けませんでした」とも書いた。朝日は32年間、だまされていたことになる。
  2. 女性を戦時動員した「女子勤労挺身隊」は「慰安婦とはまったく別です」と書き、慰安婦と同一視した記事を「誤用しました」と認めた。
  3. 朝鮮や台湾では、「軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていません」と認めた。
 ■産経:朝日記者、22年前に「慰安婦と女子挺身隊」と指摘。2014/08/23
 当時の朝日ソウル特派員の波佐場清記者が22年前、女子挺身隊と慰安婦の混同を指摘していた。しかも、元朝日記ソウル特派員の前川惠司氏は「研究が乏しかったと云うが、当時は戦時中を知る人が沢山いた。取材すればすぐに気づいたはずだ」と首をかしげる。その上で、後にソウル特派員になった植村隆はH3年に、金さんは「養父に説得されて、連れられた」と証言しているにもかかわらず、「そこへ行けば金がもうけることができる。仕事の中身は云いませんでした。」と捏造したのだ。
 尚、産経は波佐場清氏(立命館大学コリアン研究センター上席研究員)に事実関係の確認を申し込んだが、拒否されている。尚、下記はネットから拾いました。

 
 ■産経&NHK&時事:朝日新聞従軍慰安婦記事 検証委が報告書。2014/12/22
 朝日新聞社が、従軍慰安婦を巡る自社の報道について検証するために設置した第三者委員会は、22日報告書を公表し、長年にわたって日本の歴史を糾弾し、おとしめてきた一連の報道の実態と傾向がどのようなものだったか、その概要を明らかにしている。 「韓国・済州島で慰安婦を強制連行した」とする故・吉田清治氏の証言について、真偽不明との心証を共有しながら次第に取り扱いを減らす消極的な対応に終始した、「慰安婦を強制連行した」とする証言に基づく記事の取り消しや謝罪が遅れたことについて、「ジャーナリズムの在り方として非難されるべきであり、報道機関としての役割や読者と向き合う視点を欠落させたものだ」、「読者の信頼を裏切るもので、ジャーナリズムの在り方として非難されるべきだ」、「致命的な誤り」との報告書をまとめた。
 同社は1982094年、吉田氏の証言を16回報じた。1997年の特集記事では「真偽は確認できない」としたが、今年8月に掲載した検証記事で「証言を虚偽と判断し、記事を取り消す」と誤報を認めるまで訂正しなかった。
 第三者委は、吉田証言を取り上げた記事について、「インタビュー以外に十分な裏付け調査が行われた事実はうかがえない」と指摘。さらに、90年代前半からは、証言の疑わしさを社内で共有していたが、済州島で裏付け取材もしないまま、吉田証言の取り扱いを減らす消極的な対応に終始したと批判した。
 同社は97年の特集記事で、だまされて慰安婦になった女性らにも「広義の強制性」があったとしたが、第三者委は「論理のすり替え」と批判。この時点で訂正か取り消しをすべきだったとした。
 また、朝日新聞が慰安婦強制連行にかかわる吉田証言記事を取り消しながら、吉田氏が朝鮮人男性6千人弱を同様に連行したと証言した記事は放置していることについて、「慰安婦以外の者の強制連行について吉田氏が述べたことを報じた記事についても検討し、適切な処置をすべきである」と述べている。
 平成3年8月、母親にキーセン=朝鮮半島の芸妓=学校に売られた韓国人元慰安婦を「女子挺身隊の名で戦場に連行」と書いた元朝日新聞記者、植村隆氏の記事に関し、朝日新聞は「意図的な事実のねじ曲げはない」と主張してきた。植村氏自身は現在、海外メディアを通じ自己弁護に余念がないが、この問題に関する報告書は「安易かつ不用意な記載であり、読者の誤解を招く」との解釈だ。捏造に当たるとは踏み込んでいない。
 その一方で4年1月、宮沢喜一首相(当時)訪韓の直前に朝日新聞が1面トップで報じた「慰安所 軍関与示す資料」の記事については、「首相訪韓の時期を意識し、慰安婦問題が政治課題となるよう企図して記事としたことは明らかである」と、断じた。
 この記事に関しては今年6月、政府の河野談話作成過程検証チームも「朝日新聞が報道したことを契機に、韓国国内における対日批判が過熱した」と指摘している。
 第三者委からの朝日新聞記者への「提言」には、「事実を軽視することのないよう努める必要がある」と、記されている。こんな当然かつ初歩的な指摘を受けることは恥ずかしいが、朝日新聞だけの問題ではない。
 また、今年8月に記事を取り消した際、謝罪を見送り、池上彰氏の連載コラムの掲載を拒否したのは、いずれも木村伊量前社長の判断だったことも明らかにした。第三者委は「『社を守る』という大義によって、さまざまな編集現場の決定が覆された。『経営と編集の分離』の原則を維持し、記者による自由闊達な言論の重要さをいま一度確認すべきだ」とした。
 ■「朝日新聞は報道機関ではないのではないか ZakZak」  2014/09/18
 著者は、元空将・軍事評論家佐藤守氏で、是非原文を参照して頂きたいです。  朝日新聞を「報道機関」と見るから腹が立つのである。今回の慰安婦問題や、福島原発の吉田所長の証言をまとめた「吉田調書」の大誤報をめぐる対応や、同社の過去を振り返って、私は「実は、朝日は報道機関ではないのではないか」と思わざるを得なくなった。
 保守派言論人の中には「朝日は終戦後、変身した」という人がいる。確かに、朝日は戦争中、「海鷲の忠烈、万世に燦たり」などと軍を賛美し、「鬼畜米英」と国民の反米意識をかき立てた。従軍記者の報道を大々的に報じて大きく部数を伸ばした。
 だが、開戦(1941年12月)の3カ月前に発覚した「ゾルゲ事件」を忘れてはならない。
 同事件では、朝日記者だった尾崎秀実が首謀者の1人として逮捕された。尾崎は近衛文麿政権のブレーンとして、政界や言論界に影響力を持っていたが、実際は共産主義者で、コミンテルンの指示で諜報活動や、日本軍の北進(ソ連侵攻)を阻止し、日本に共産主義革命を起こす工作活動を行っていた。
 尾崎は「対中国強硬論」「対米開戦論」を声高に主張していた。ソ連を日本から守る一方、日米両国を戦わせて双方を自滅させ、戦後の世界をソ連が支配するために狂奔していたのである。朝日報道などの後押しも受け、日本は対中、対米戦争を戦い、敗戦した。
 日本人は諜報・工作活動に疎い。古今東西、「報道の自由」を旗印に情報活動ができる新聞記者はスパイに近い職業だが、政治家や高官は「新聞記者」なる肩書に、つい気を許してしまう。
 1963年に統合幕僚会議事務局に勝手に入り込んだ新聞記者が「演習秘文書」を持ち出し、社会党議員に渡して国会で大問題になる「三矢事件」が起きた。この時の“窃盗犯”は出世したようだが、“被害者”である自衛官は処罰され、日本で有事研究はタブーとなった。
 私が空幕広報室長時代(当時・一佐)、庁内を闊歩する朝日の記者が、公務中の私の机上の文書に勝手に手を伸ばすので注意した。すると、記者は「一佐なんか飛ばしてやる!」と暴言を吐いた。われわれは、彼らをジャーナリストとして扱わざるを得なかったが、その正体は「インテリやくざ」に他ならなかった。
 朝日の慰安婦や「吉田調書」報道の“恩恵”にあずかってきたのは、世界各国で日本を貶める活動を続けている韓国や中国だろう。その大誤報について、朝日の木村伊量社長は先週11日(2014/09/11)夜、やっと記者会見を開き、謝罪したが、他国の誤解を解くための真剣な努力をしているようには見えない。これでは、真実を伝える報道機関ではなく、他国のために動く「工作機関」といわれても仕方がないのではないか。
 Netでは、やはり朝日新聞は報道機関などではなくて、戦前、戦中、戦後と、一貫して他国のために動く反日売国の「工作機関」だった。朝日が慰安婦捏造のきっかけを作った植村隆批判をしないのはなぜか。それは工作員としてのポジションが朝日新聞社長の木村よりも上の可能性があるらし……。

 ■産経:慰安婦問題、クマラスワミ報告書の引用は捏造ばかり。 2014/10/30
 広島県教職員組合と韓国の全国教職員労働組合が共同作成した日韓共通歴史教材「学び、つながる 日本と韓国の近現代史」は、日本軍が朝鮮の女性たちを「戦場に連れていき、性奴隷としての生活を強要しました」と記し、こう決め付けている。
 「望ましいのは、『朝鮮女で、しかも若いほどよい(15歳以下が望ましい)』という軍医の報告により、朝鮮人女性たちが『軍需物資』として犠牲になった」
 ここでいう「軍医」とは産婦人科医の麻生徹男氏のことだろう。麻生氏は陸軍軍医大尉として中国各地を転々とし、上海で慰安婦約100人の検診をした経験から、昭和14年に「花柳病(性病)の積極的予防法」という論文をまとめ、上官に提出した人物だ。
 麻生氏はこの中で、検診では「(朝鮮)半島人の内、花柳病の疑いのある者は極めて少数なりし」と記し、その理由として日本人慰安婦より若年者が多かったことを挙げている。要するに、検診結果の一例を示しただけである。だが、これを作家の千田夏光氏が次のように裏付けなくこじつけて著書に書いた結果、麻生論文が朝鮮人女性の強制連行のきっかけだとの誤解が広まっていく。
「レポートの結果として軍の目は当然のようにそこへ向けられていく。(中略)朝鮮半島が若くて健康、つまり理想的慰安婦の草刈り場として、認識されていくことになる」
 この千田氏の「創作」話が、さらにゆがんで日韓共通歴史教材の記述につながったとみられる。千田氏は軍属を連想させる「従軍慰安婦」という造語の発案者でもある。
 千田氏自身は後に麻生氏の娘である天児都(あまこ・くに)氏からの抗議を受け、手紙で「私の記述が誤解をまねき、ご迷惑をかけているとすれば罪は私にあります」と間違いを認め、謝罪している
 にもかかわらず、虚構は事実を装って独り歩きしていく。
 慰安婦を「性奴隷」と認定した平成8年の「クマラスワミ報告書」には、豪人ジャーナリスト、ジョージ・ヒックス氏の著書が多数引用されている。この本の索引欄を見ると千田氏や、朝日新聞が虚偽と判断して関連記事を取り消した「職業的詐話師」、吉田清治氏らの名前が並んでいるのである。
 ちなみに歴史教材は、拉致されたのは「ほとんどが十代の若い女性たち」とも記す。だが、米軍が昭和19年、ビルマ(現ミャンマー)で捕らえた朝鮮人慰安婦20人に行った尋問記録を読むと、10代女性は1人(19歳)しかいない。
 また、日本軍が朝鮮人女性を「軍需物資」としたとも指摘する。とはいえ、韓国軍が朝鮮戦争期、軍慰安婦を「第5種補給品」と位置づけ各小隊に(ドラム缶に詰めて)支給していたことは、韓国陸軍本部刊行の「後方戦史(人事篇)」に明記されているのである。自らの行為を日本に投影してはいないか。
 こんな教材で子供たちに偽の歴史を植え付けて、日韓が「つながる」道理がない。
 ■「韓国軍が慰安所設置」ベトナム戦争時 米公文書に記述。2015/03/29
 韓国がベトナム戦争時、サイゴン(現ホーチミン)市内に韓国兵のための「トルコ風呂」という名称の慰安所を設置し、そこでベトナム人女性に売春させていたことが29日、米公文書で明らかになった。韓国軍がベトナムで慰安所経営に関与していたことが、公文書として確認されたのは初めて。韓国が朝鮮戦争時に慰安婦を「第5種補給品」として部隊に支給していたことはすでに知られているが、外国であるベトナムでも慰安婦を運用していた実態がうかがえる。
 この米公文書は、週刊文春(4月2日号)でTBSの山口敬之ワシントン支局長が最初に発表した。
 現代史家の秦郁彦氏「ベトナムにおける韓国軍の住民虐殺、強姦はつとに知られていたが、その陰に隠れて慰安所経営にかかわっていたことが判明したのは、公文書では初めてだと思う。引き続きさまざまな公文書が出てくることを期待する。今後、米国にいるベトナム難民移住者らが声を上げる可能性もあり、韓国に旧日本軍のことを言う資格はないという意見も出るだろう」
 ■産経:ベトナム戦争時に韓国兵から性的暴行、朴大統領に謝罪求める。2015/10/16
 在米ベトナム人の団体が15日、訪米中の朴大統領に謝罪を求めた。記者会見にはベトナム人女性4人が、テレビ電話で参加した。また、15日付の米紙ウォールストリート・ジャーナルに、被害者に対する公式な謝罪を朴大統領に求める広告も掲載した。
  • 66歳の女性は「薪を集めていたときに兵士に襲われた。その後妊娠し1970年に出産した。働くこともできず、子供に教育を受けさせることもできなかった」と訴えた。
  • 60歳の女性は「家族でお茶やバナナなどを売る店を営んでいた。韓国兵士が来て母親が暴行され妊娠し、69年に男の子を産んだ。その後、私も暴行を受け71年に息子を出産した」と証言した。
 被害者を支援するノーム・コールマン元上院議員は被害者の数を「数千人」と見積もり、このうち生存しているのは「約8百人」だと説明している。 

 ◆産経:米政府の慰安婦問題調査で“奴隷化”の証拠発見されず 2014/11/27
 米政府がクリントン、ブッシュ両政権下で8年かけて実施したドイツと日本の戦争犯罪の大規模な再調査で、日本の慰安婦にかかわる戦争犯罪や「女性の組織的な奴隷化」の主張を裏づける米側の政府・軍の文書は一点も発見されなかったことが明らかとなった。戦時の米軍は慰安婦制度を日本国内の売春制度の単なる延長とみていたという。調査結果は、日本側の慰安婦問題での主張の強力な補強になることも期待される。尚、同じIWGの調査で731の最近細菌兵器、人体実験の嘘も暴かれている。これを報道してこなかったのがNHKを始めとする日本のマスコミ、及び外務省だ。
 米政府の調査結果は「ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班(IWG)米国議会あて最終報告」として、2007年4月にまとめられた。米側で提起されることはほとんどなかったが、慰安婦問題の分析を進める米国人ジャーナリスト、マイケル・ヨン氏とその調査班と産経新聞の取材により、慰安婦問題に関する調査結果部分の全容が確認された。
 調査対象となった未公開や秘密の公式文書は計850万ページ。そのうち14万2千ページが日本の戦争犯罪にかかわる文書だった。
 日本に関する文書の点検基準の一つとして「いわゆる慰安婦プログラム=日本軍統治地域女性の性的目的のための組織的奴隷化」にかかわる文書の発見と報告が指示されていた。だが、報告では日本の官憲による捕虜虐待や民間人殺傷の代表例が数十件列記されたが、慰安婦関連は皆無だった。
 報告の序文でIWG委員長代行のスティーブン・ガーフィンケル氏は、慰安婦問題で戦争犯罪の裏づけがなかったことを「失望」と表明。調査を促した在米中国系組織「世界抗日戦争史実維護連合会」の名をあげ「こうした結果になったことは残念だ」と記した
 IWGは米専門家6人による日本部分の追加論文も発表した。論文は慰安婦問題について、下記のように指摘した。
(1)戦争中、米軍は日本の慰安婦制度を国内で合法だった売春制の延長だとみていた。
(2)日本軍は将兵の一般女性への暴行や性病の拡散を防ぐためにその制度を始めた。
(3)その結果、米軍は慰安婦制度の実態への理解や注意に欠け、特に調査もせず、
  関連文書が存在しないこととなった。
 ヨン氏は「これだけの規模の調査で何も出てこないことは『20万人の女性を強制連行して性的奴隷にした』という主張が虚構であることを証明した。日本側は調査を材料に、米議会の対日非難決議や国連のクマラスワミ報告などの撤回を求めるべきだ」と語った。(ワシントン駐在客員特派員・古森義久)
 ◇IWG:ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班
 クリントン政権時代に成立した「1998年ナチス戦争犯罪開示法」と「2000年日本帝国政府開示法」に基づき、第2次大戦での日独両国の戦争犯罪の情報開示を徹底させる目的で2000年に始まった調査。国防総省、国務省、CIA、FBIなどに未公開の公式文書を点検し戦争犯罪に関する資料の公開を指示した。
 
 マイケルヨン氏の日本語訳 … Netより抜粋
 マイケル・ヨン氏の記事の日本語訳 著名な米国人ジャーナリストであるマイケル・ヨン氏と連絡を取り、彼が昨日発表した記事を日本語に翻訳して、皆さんに紹介する許可をもらいました。
 第二次世界大戦中、大日本帝国陸軍が20万人もの韓国人女性を強制連行して、性奴隷(慰安婦)にしたという疑惑について、裏付けの取れない主張が現在も拡大し続けている。それらは主に韓国からの主張である。
 慰安婦たちの主張を裏付ける証拠を求めて、米政府は3000万ドル(30億円超)の費用を掛けて調査を行った。約7年の歳月を掛けて、大勢の米政府職員や歴史学者が過去の公文書を徹底的に調査した結果、有力な証拠は何一つ見つからなかった。結局3000万ドルが無駄に費やされた。
 IWGの最終報告書は2007年に米国議会に提出され、発表された(文末のリンク参照)。誰も、この報告書を最初から最後まで読むことなく、慰安婦問題について書いたり語ったりする資格を持っていない。
 数多くの裏付けを取れない主張が韓国から次々と出されている。しかし韓国人の主張は、裏目に出てしまうことがある。
 その当時の韓国(朝鮮半島)は実際のところ日本の一部だった。プエルトリコが米国の一部であるようなものだ。
 日本軍には韓国人の兵士がたくさんいた。だから日本軍が20万人の女性を強制連行したのであれば、韓国人兵士が韓国人女性の強制連行に加担していたことになる。これはやっかいな現実である。しかし、もっとややこしくなる。現在、韓国の大統領である朴槿惠は、日本が大勢の韓国人女性を強制連行したと何度もしつこく責め立てている。この主張がブーメランのように戻ってくる様子を想像してみよう。朴大統領は日本が数十万人の韓国女性を、性奴隷にするために強制連行したと言うが、彼女の父親はその当時、日本軍の陸軍将校だったのだ。しかも韓国人男性が日本軍の行為に反抗して戦ったという証拠は何も残っていない。
 戦争中、韓国の人口は約2,300万人だった。そして現在、テキサス州の人口は約2,600万人である。テキサス州の女性を20万人強制連行しようとしたら何が起きるだろうか。きっと辺りは血の海に染まるだろう。その目的で動員された軍隊は何千人もの兵士を失うし、報復として何千人もの市民が軍隊に虐殺されることは間違いない。その場所には証拠がいくらでも残るだろう。写真、動画、戦闘の痕跡など。テキサスで20万人の女性を奪ってレイプしようとしたら、辺りは間違いなく血の海になる(しかし韓国にはそのような痕跡が無い)。つまり朴大統領の話は必然的に、第二次世界大戦中の韓国人男性は、臆病者の集団だったと言っていることになってしまうのだ。
 この件について日本軍の将軍や提督の立場からも考えてみよう。日本は米国、オーストラリア、イギリス、中国、その他の連合国とも戦争している最中である。どう考えても手いっぱいのはずだ。特に米国は海軍と海兵隊が進軍し、日本兵を見つけ次第どこであろうと攻撃していたのである。軍隊の全ての指揮官は、常により多くの兵力と補給を求めるものだ。それが世の中の常である。誰か将軍に聞いてみるといい。もしくは企業の経営者に聞いてみるといい。競争相手に勝ちたい時、あるいは防御したい時には何が必要かと。彼らは常により多くの経営資源(=人、物、金)を欲しがるはずである。
 20万人の女性を強制連行して、彼女たちを監視し、移動させ、食べさせる目的に経営資源を費やす将軍がいるとすれば、どんな種類の馬鹿なんだろうか。わざわざもう一つの戦争を作っているようなものだと気付くはずだと思うが?
 日本人は軍事戦略を立てることに長けていた。日本人は独自に潜水艦や航空機、空母まで製造していたのだ。真面目かつ非常に賢明な民族でなければ出来ないことだ。米軍と連合軍の攻撃がのど元まで迫ってきているのに、日本軍の将軍たちが貴重な資源を女性の強制連行に費やすはずが無い。彼らは戦争の真っ最中だった。春休み中だったわけではない。
 真面目な軍人やビジネスマンであれば、20万人の女性を強制連行することの愚かさが常識として分かるだろう。全く馬鹿げているし、そんなことをしたら朝鮮半島内で新しい戦争を生み出してしまう。朝鮮半島(韓国)は日本の陣地である。そして韓国人は米国人を相手に戦争をしていたのだ。韓国人は我々(米国人)の敵だったのである。
 韓国人男性の話に戻ろう。米陸軍が20万人のテキサス女性を強制連行しようとすれば、惨劇になるだろう。特に、軍人の中に多くのテキサス男が含まれていたとしたらどうなるだろうか。多くの韓国人男性が日本兵に含まれていたのと同じように。テキサス男は立ち上がり、米陸軍を攻撃するだろう。橋は爆破される。兵士たちは毎日射殺される。基地は燃やされる。陸軍側も報復して全面戦争になるはずだ。ということは、韓国人男性は韓国人女性を守ろうとこぶしを振り上げる人間が一人もいないほど臆病者なのだと我々は信じればいいのか? 数多くの女性が強制連行されるのを黙って許したのであれば、確かに韓国人男性は臆病者であり、その息子である現代の韓国人男性は、臆病者の父親を持っていることになる。
 現実は私たちも良く知っているように、韓国人は臆病者などではない。韓国人はとても勇敢な民族だ。そうすると、実際には何が起きたのか? 資料を見ても、サルでも分かる常識で考えても、大規模な強制連行が行われた事実は無かったということだ。全部が嘘だったのだ。誰かがどれだけ日本を憎んでいようとも関係が無い。嘘は嘘であることに変わりはない。
 今までほとんど誰も存在すら知らなかったIWGの報告書を読んで欲しい。もし全部を読む時間が無いようなら、報告書の中で慰安婦(Comfort Women)を検索して、その部分だけでも注意深く読んで欲しい。⇒(http://www.archives.gov/iwg/reports/final-report-2007.pdf)
参考資料:米政府の慰安婦問題調査で「奴隷化」の証拠発見されず…日本側の主張の強力な後押しに。⇒(http://www.sankei.com/wor…/news/141127/wor1411270003-n1.html)
 
 ■産経:IWGの日本戦争犯罪調査、3つの教訓。2014/11/29
 米国政府が8年もかけて実施したドイツと日本の戦争犯罪再調査の結果(11月27日付の産経朝刊)は、日本にとって慰安婦問題での貴重な教訓を与えた。まずはこの問題での国際的な日本糾弾が虚構であること、その日本糾弾の真の主役が中国系勢力であること、そして日本が次世代の国民のためにも冤罪を晴らす対外発信を欠かせないこと、などだといえる。…
 さて、ここでの日本側への第1の教訓は米国政府がここまで努力して証拠や資料がなにもないということは、実体がなかったということだろう。「日本軍が20万人の女性を組織的に強制連行して性的奴隷にした」という非難の虚構は米側の調査でも証明されたのだ。
 第2には、この米国政府をあげての大調査の推進には、在米中国系の反日組織「世界抗日戦争史実維護連合会」(抗日連合会)が、異様なほど大きな役割を果たしていた。
 IWG報告の序文では、調査の責任者が冒頭に近い部分で抗日連合会の名を具体的にあげて、この組織が代表するとする戦争の犠牲者たちへの同情を繰り返し、今回の調査が慰安婦問題などで日本の残虐性を証明する新たな書類を発見できなかったことを謝罪に近い形でくどいほど弁解していた。
 抗日連合会は在米中国系の活動家中心の組織だが、中国政府との絆も緊密で、日本の「戦時の残虐行為の糾弾」を使命として掲げ、1990年代から戦争捕虜、南京事件、731部隊などを提起して、日本をたたいてきた。IWG調査でもクリントン政権に強力なロビー活動を仕掛けていたという。慰安婦問題でも、主役は表面では韓国系にもみえるが実際は抗日連合会を主軸とする中国系だという実態がここでも証されたといえる。
 そして第3の教訓は、慰安婦問題での日本非難の虚構が米側でもここまで実証された以上、日本側にとってのぬれぎぬ晴らしの必要性がさらに鮮明になったことである。このままでは日本の国家も国民も20万人の女性をセックスの奴隷へと強制したという無実の罪を次世代へと残していくことになるのだ。(ワシントン駐在特派員 古森義久)
 ■共同:「性奴隷」謝罪に米紙関心 読売英字紙の慰安婦報道。2014/11/29
 米紙ワシントン・ポスト電子版は28日、慰安婦問題をめぐり、デイリー・ヨミウリの記事に「性奴隷」を意味する単語など不適切な表現があったとして、読売新聞が謝罪記事を掲載したことを詳しく伝えた。
 米紙ニューヨーク・タイムズ電子版も今回の謝罪記事について伝え、慰安婦に関する朝日新聞の一部記事取り消しなどについても紹介した。
 ■産経:デイリー・ヨミウリに「性奴隷」など不適切表現、読売が謝罪記事。11/28
 読売新聞は慰安婦問題に関する報道で同社が発行する英字紙「デイリー・ヨミウリ」(現ジャパン・ニューズ)が平成4年2月から25年1月にかけて、「性奴隷」など不適切な表現を97本の記事に使用したとして、28日付読売新聞朝刊に謝罪記事を掲載した。
 謝罪記事によると、慰安婦問題に関する読売新聞の翻訳記事やデイリー・ヨミウリの独自記事で、性奴隷を意味する「Sex Slave/Servitude」を85本使用。「慰安婦(Confort Women)」という表現が関連知識のない外国人読者には理解が難しいため、外国人通信社の記事を参考に「性奴隷となることを強制された慰安婦」などの説明を付け加えたという。
 また、性奴隷という言葉は使用していないが、慰安婦を「日本軍によって売春を強制された女性たち」などと定義し、政府・軍の強制を客観的事実かのように記述した記事も12本確認された。5年に発表された河野談話についても、当初は「官憲等が直接これ(慰安婦募集)に加担したことはあった」と訳していたが、単純化し「軍当局による強制連行を認めた」と誤解を招く表現を使用したこともあったという。
 同社は「誤解を招く表現を使ってきた」と謝罪し、記事データベースの該当記事に表現が不適切だったことを記載する方針。
 ■産経「慰安婦の真実」米に送付…反日運動に反論。2014/12/26
 加瀬秀明氏が代表を務める「史実を世界に世界に発信する会」が、「慰安婦の真実 売春婦に過ぎない」と題した英文の小冊子(A5版30ページ)を作成し、米上下両院議員や慰安婦像が設置されたグレンデール市の市長と市議会議員、米主要誌などに送付した。
 小冊子には、1944年に米陸軍がビルマで朝鮮人慰安婦を尋問し、「慰安婦は単なる売春婦に過ぎない」と結論づけた米国立公文書館所蔵の調書を紹介。元ニューヨーク・タイムズ東京支局長の英国人記者、ヘンリーストークス氏は「韓国人は日本と日本人を尊敬していた。日本の植民地政策は白人優位で人種差別があった欧米とは異なり、平等で差別が無かった。日本軍による性奴隷は歴史の捏造」との手記を寄せた。
 また、韓国における慰安婦が朝鮮戦争勃発時から、国連軍(米軍)と韓国政府によって管理されていたっことが韓国人の研究で明らかになったと、加瀬氏も寄稿している。
 加えて、同会は、欧米諸国で流布されている反日プロパガンダに反論するため、近現代史に関する日本語分権を英訳し、Web上などで公開している。



慰安婦、反転大攻勢へ 豪の慰安婦像はこうして阻止した

 月刊正論2月号「慰安婦、反転大攻勢へ オーストラリアの慰安婦像はこうして阻止した(P158〜P168)」という記事は、7日に掲載されました。本当に!?と云う喜びに似た驚きがあり、下記抜粋しました。とにかく、なでしこアクションが体当たりで奮闘し、初対面の日米豪人の熱意が、豪市民の心に訴えかけ、慰安婦像の阻止を勝ち取ったのだ。だから、グレンデール市でもそうだが、日本の外務省は血税泥棒の無能であり、最初から白旗を揚げ、喜んで反日を煽っているのだと云う事が分かりました。

 私は韓国人が目を丸くして驚嘆している光景を何度か見たことがある。予想しない事態に遭遇して、心底驚いた、という顔だ。それは、彼らが日本人に堂々と反論された時だ。
 日本人は反論しない、歴史問題で責めれば黙って下を向く−−。韓国人や中国人はそう思い込んでいる。だから日本人が冷静に、論理的に反論してきたら、それは驚天動地の事態なのだ。そんな体験のうちの一つを、紹介しよう。

1.慰安婦像設置阻止へ日米豪混成チームを結成
 アメリカ各地で、韓国系団体などの働きかけにより慰安婦像が建立されているが、その動きがオーストラリアにも飛び火している。
 2014年4月1日、シドニー郊外のストラスフィールド市議会において慰安婦像設置に関する公聴会が開催された。私が公聴会開催の動きを知ったのはその前日のことだった。
 3月31日。仕事中、パソコンに「なでしこアクション」からの拡散メールが届いた。シドニー郊外の町ストラスフィールド市に住む、匿名の日本人女性からのメッセージだった。
「日本人の皆さん、明日の午後6時、市庁舎に集まってください! 公聴会が開かれます!」
 一瞬、時が止まったように感じられた。「とうとう来たのか」−−初めて見る「なでしこアクション」のホームページに飛び、メッセージを送った。「この女性に私の電話番号を伝えて、すぐに連絡をくれるようお願いしてください」。「なでしこアクション」は、慰安婦問題で日本を貶める勢力と戦う日本の女性たちのグループだった。
 公聴会で誰がスピーチするというのか? 準備はできているのか?
 しばらくして、メッセージの主の友人というオーストラリア人男性から私に電話が入った。
 私「明日、公聴会でスピーチする必要があるんだって? 準備は?」
 豪「できていない。何か意見はあるかい?」

 私「相手はいつも通り歴史問題で日本を糾弾してくるだろう。しかし、相手の土俵に乗って反論すべきではない。事実関係がどうであれ、そんな問題をローカルコミュニティに持ち込んだらダメだという原則論を一貫して主張すべきだ。君のような地元のオーストラリア人が発言してくれたら説得力があるんだが」と持論を述べた。
 豪「同感だ。そういうことを主張するのに最適な友人がいる。アメリカ人だけど、夫婦でチャリティーに熱心なクリスチャンだ」

 私「でも、公聴会は明日だ。どうしたらいいと思う?」と、ためらわずに言った。
  「今夜君の友達をみんな集めてくれ。母親達もみんな、できるだけの人数を」

 その夜、見ず知らずの日本人、オーストラリア人、アメリカ人が10人弱集まった。
 自己紹介の暇もなかった。数時間でスピーチの準備をしなくてはならないのだ。地元の日本人男性の言葉は衝撃的だった。
「明日出向いても、どうすることもできないんです。なにしろ、この地区に住む日本人は、子供まで含めて70人程度、中韓は合計で1万人以上いるんですから」
 70人対1万人の差は確かに大きいが、「マイノリティだから負けるとは限りませんよ。マイノリティにはマイノリティの戦い方があるはずです」と自分自身を鼓舞するように答えた。

2.4対4のスピーチ対決の結果…
 兎にも角にもスピーチの順番と構成を着々と進める。先頭打者はオーストラリアで生まれ育った日本人大学生。2番手は私に電話をくれたオーストラリア人男性、3番手に慈善活動に熱心なアメリカ人男性、そしてもし、4枠目があったら、私が自分で立つ。そう決めた。
 見ず知らずの人々と作業する。奇妙に充実した数時間が過ぎる。自己紹介する余裕はなかった。
 ストラスフィールド。人口4万人弱。うち、中国韓国系住民が約30%を占める。
 夕暮れに白壁が浮かび上がる市庁舎。何やら楽しげなお祭り騒ぎの一団がいた。中高年の中国人・韓国人男性の群れだ。すでに戦勝ムードで歓談している。3人のお地蔵さんのような銅像の絵を掲げて記念撮影に興じているグループもある。普段は接することのないタイプの人々で、70〜80人はいるようだ。
 日本側もメールの拡散が効いたのか、主に女性が30名ほど集まっている。
 私の頭の中は、公聴会が始まる前にいかに素早くメンバーの原稿をチェックするか、で一杯だった。市庁舎の外に立ったまま、中韓団体の喧騒を背に各人の原稿に目を通す。どれも良く書けている。打ち合わせ通りだ。考えてみれば、私以外の3人は西洋社会で教育を受けている。スピーチは得意だろう。英語もネイティブだ。
 やがて公会堂の扉が開かれた。聴衆用のパイプ椅子が並び、正面には市長を中心として左右に3人ずつ市議が座り、向かい合う位置には、発言者用のマイクが一本置かれている。日本とは違い、市長は市議の中から互選で選ばれる仕組みで、実は市議でもある。
 市の事務方職員がやってきて、発言予定者の名前を書くように言う。4枠あるとのこと。それなら最後に、相手の主張を踏まえて、私がまとめの反論をしよう。中韓団体は北米での活動組織と連携しているはずだ。何か変化球を投げてくるに違いない。
 スピーチ合戦が始まった。韓国人の中年男性がトップバッター。アクセントが強すぎて何を言っているのかわからない。とにかく《日本はひどい、安倍は悪い奴だ》とまくしたてているようだ。制限時間のベルが鳴っても、終わる気配がない。市長が手振りで「話をまとめてくれ」と合図する。これは最初から荒れ模様か。
 日本側の1番手は大学生。日本でいう所の芸大生だ。爽やかな青年である。この慰安婦像問題が勃発してから、彼の友人が学校で中韓系の同級生や講師から差別されるようになったという。こんなことでは、大好きな豪州が誇る多文化主義が崩壊してしまうのではないか、と懸念を表明した。
 相手側の2番手は中国人のようだ。彼のスピーチもまた聞き取りにくい。手元の長い原稿を読み上げているが、「日本はひどい国だから、慰安婦像がすでに複数建つ北米のように建てさせてくれ」と哀願調だ。どうやら時間内に原稿を読み切れなかったようである。
 こちらの2番手は私と電話で話した豪州人。「このような銅像は、国の反差別法に抵触し、そもそも市のモニュメントポリシーに明確に違反している」ことを指摘した。市のモニュメントポリシーには「いかなるモニュメントも市に直接関連したものでなくてはならない」と明記してあるのだ。
 中韓の3番手は、特別ゲストである。インドネシアで発生したスマラン事件の被害者であり、本も出版しているオヘルネ氏が豪州人と結婚してアデレードに住んでいるとは知らなかった。その娘が代理でスピーチするのだ。英語がネイティブなので、やっと理解できてほっとした。《日本人はあんなにひどいことをして、なぜ謝らないのか、豪州政府もラッド首相(労働党政権当時)がアボリジニーに“Sorry”と謝罪したではないか》という論調。なぜ日本政府が謝罪していないという前提に立つのだろう、よく理解できない。
 こちらの3番手は米国人男性。ストラスフィールドに22年も住み、チャリティー事業で地元に貢献してきた。夫人は市の「Woman of the Year」に選ばれたことがあるという。その彼にしてみれば、慰安婦像はコミュニティを分断し、夫婦して行政と共に築いてきた地域の融和を破壊してしまうもので、看過できない。また、昔のことより現在の豪州社会が直面している、性犯罪を含む深刻な課題にこそ集中すべきだ、と述べた。
 そして相手の最終話者。先ほど外で見かけた、お地蔵さんが3つ並んだ絵を描いた画用紙を掲げている。「私達は日系住民を責めているのではありません。これは韓国人、中国人、豪州人の慰安婦三姉妹です。この銅像を駅前に建てれば、観光名所となることでしょう」と訴える。お地蔵さんかと思ったら、慰安婦三姉妹だったとは。むりやりオーストラリア人を入れれば反発をかわせると判断したのか。
 そして公聴会最後のスピーカー、私の番となった。
 相手のスピーチは聞き取れない部分も多かったが、言いたいことはほぼわかった。
 私は原稿の代わりに日系無料情報誌を手にした。掲載されている中韓団体の取材記事が、問題の本質を顕かにしている。私は可能な限り穏やかに話し始めた。
歴史の学び方はいろいろありますが、こんなやり方は感心しません。私たちはいつでも、中韓コミュニティの方々と歴史について語り合う用意があります。しかし、慰安婦像を建てる真の目的は何でしょう。この新聞のインタビュー記事にはっきりと書いてあるようです。慰安婦像推進団体の代表の方が、明言していますね。
 慰安婦像を建てる目的は、日本が昔も今もどんなにひどい国か、世間に知らしめるためだと。その日的のために、全豪に10基の慰安婦像を建てるのが目標だと。この内容に間違いがないことを会長さんが承認しているとあります
アメリカでは慰安婦像が原因で日系の子供達に対して差別やイジメが発生しているのですが、それについては(日本人特有の嘘だ)と言い切っています。こんなことがまかり通るのなら、私は決して自分の子供をストラスフィールドの学校には行かせないでしょう
これは明らかに政治的な反日キヤンペーンであり、慰安婦像はその象徴に過ぎないということです。慰安婦三姉妹と言っていますが、女性の人権をとりあげるならば、他の国の女性も含めなければ差別にあたるのではないのですか?
これまでのところ、ストラスフィールドは、多文化主義が最も成功した町です。その評判を維持しなくてはなりません。慰安婦像によって分断された町として記憶されてはいけません。市議会の皆さんもきっとそう思うのではないでしょうか!」と言った途端、まるで測ったように時間終了のベルが鳴った。これは偶然である。
 日本人応援団の拍手を背に一礼して、私は席に戻った。これでスピーチ合戦は終わりだ。市議たもが協議のために別室に移った。
 内容はこちらが凌駕していたと確信した。相手をけなしたり、攻撃したりするのではなく、淡々と終始一貫、理を説いたのだ。我々は感情に支配されることなく、しかし、情感を持ってコミュニティの融和の大切さを訴え続けた。
 ざわめく会場で45分が経過した。市議たちがやっと戻って来た。市長が静かに話し始めた。「この問題は市で判断できる問題ではないので州や連邦の大臣に意見を求めます」
 一瞬意味がわからなかったので、近くに座るオーストラリア人に尋ねると、彼は腕を組みながら谷えた。「自分たちで判断せず、州や連邦に投げて、棚上げにするという意味さ」
 却下しなかったのはおおいに不満である。しかし、とりあえず強行突破はされずに済んだ。9回裏10対0から同点に追いついたのだ。市議会は明らかに我々のスピーチに軍配を上げたのだと思う。しかし、中韓団体のゴリ押しの政治力を考慮して、即時却下はできなかったのだろう。
 中韓応援団は皆、ポカンとしている。やがて事情が呑み込めると、「信じられない」「こいつらは何者だ」という目でこちらを見つめてきた。日本側が毅然とした態度で反論した。そんなことは筋書きにはなかった、と顔に書いてある。
 一方、こちらは見知らぬ人々から握手を求められた。親日派韓国人から握手を求められた仲間もいたらしい。
 公聴会ではなんとか防戦したが、これからが本格的な戦いになるのは明らかだ。我々は依然としてお互いをよく知らぬまま、健闘を称え合って帰路についた。
 今回、像設置に動いた反日団体「日本の戦争犯罪を糾弾する中韓連合」(以下、中韓連合)はあくまでも慰安婦像設置に向けて活動を継続しょうとしていることから、我々もその週末、公聴会参加のメンバーが集合し、既存の日本人会とは別に、慰安婦像阻止活動のためのグループを結成することになつた。JCN(Japan Comumunity NetwOrk)の誕生だった。
 集まったメンバーは、地元の母親たち、スピーチに立ってくれたオーストラリア人、引退した日系企業の元駐在員など、こんなことでもなければ知り合うこともない様々な背景の顔ぶれだ。

3.国家とローカルコミュニティの「防衛二元論」
 日米豪の一夜漬け混成チームで臨んだ公聴会でのスピーチは、切り口は様々ながら、全体を貫く一本の芯があった。嫌韓、嫌中という言葉があるが、我々はそこに雪崩れ込むことはしないよう心掛けた。なぜならば、地元の母親たちは地域に溶け込んでおり、子供たちは中国人や韓国人の友達とも遊んでいるからだ。
 守るべきは、この地域共同体の融和と平和な生活であり、特定の政治的イデオロギーとは一線を画すよう努力した
 日本人の母親たちは、韓国系から攻撃されている被害者の立場なのに、地域社会では波風を立てないように常に気を遣っている。そこまで気を遣う必要はないと思うものの、彼女たちの意向は最大限尊重されるべきだ。彼女たちが勇気を持って立ち上がらなければ、JCNが発足することもなく、慰安婦像設置はあっさり可決されていただろう。
 公聴会のスピーチを組み立て、アンカーに立った私が、成り行きでこのJCNの代表となつた。最初の作業が「活動理念」を明確にすることだった。というのも、慰安婦像設置に反対する我々の意見に地元の市議会が賛同してくれるよう、活動のスタイルと理念を明確に定義して言語化し、皆の連帯を維持しなくてはならないからである。
 最初に提示した理念は、「非敵対的合理主義」である
 我々は公聴会でも、敵対的な言動は慎み、感情的にならず、ひたすら論理的合理的な反論に終始した。簡単に言えば、ヘイトスピーチで敵を作らない、ということだ。これがJCNの基本理念であり、その後の参加希望者もこの姿勢を貫ける方に限ることにした。
 英語では non-confrontational rationalism と訳しつつ、欧米人メンバーと共有する。これは、中韓反日団体の挑発に乗らず、常に、より高次元の議論に徹する、という決意表明でもある。
 次に、JCNの戦略の基盤となるのが、「防衛二元論」である。国家レベルの防衛と、コミュニティレベルの防衛は、当然戦略が異なる。
 国家レベルの防衛は、汚名を払拭して、名誉を取り戻すことが目的だ。沈黙もしくは「謝罪済み」と言って逃げるのは、国際社会では最悪の、不適切な対応である。この問違った対処を長年続けた結果、歪曲した歴史が既成事実化してしまっているが、それを解消しなければならない。
 慰安婦問題に関して言えば、これまで少なくとも30年は放置してこの事態に至ったのだから、目的を達成するのに30年かかってもおかしくない。強力に、かつ地道に対外発信を続けるしかない。それが国家レベルの防衛だ。
 一方、我々民間による、コミュニティレベルの防衛は、あくまでも目の前の慰安婦像設置を阻止し、地域の融和的共存を守ることが目的である。国家レベルとは目指すものが異なる。それをまず認識すべきだ
 公聴会での我々のスピーチは、切り口を変えながらも、全員がそこにぴったりと照準を合わせていた。我々の相手は常に日本を残虐非道と非難してくるから、「捏造だ!」と反論したくなるが、そもそも話し合ってわかり合える相手ではない。反論しても泥仕合となり、相手は事実の検証など無視して、「無反省の歴史修正主義」などと声を荒らげるだろう。いわゆる慰安婦問題に関する歴史戦に深入りして、被告席から反論するような不利な状況をつくつてはならない。
 もちろん歴史戦を戦う準備と覚悟は常にできていなければならないから継続的な勉強は必須ではあるが、基本は別次元で優位の議論を展開すべきだ。これが防衛二元論の骨子である。
 具体的に言えば、我々は当初、オーストラリアの国是である「多文化主義の尊重」を掲げて論陣を張った。慰安婦問題をことさらにクローズアップし、特定の国家を非難するような活動は、オーストラリアの国是である「多文化主義の尊重」に反する、と批判したのだ。これは、我々が希求する嘘偽りのない主張である。他の民族とも連携できる永遠のテーマだ。

4.女性の人権とは無関係! 慰安婦像建立の本当の目的
 だが我々は中韓連合の攻撃の中に、さらなるヒントを見出した。
 彼らは派手なパフォーマンスが好きだ。4月1日の公聴会で、我々は「慰安婦像の建立は、人道問題や人権問題ではなく、日本を非難するための政治活動だ」と指摘したのに、9月になって再度わざわざ韓国系メディアに以下の活動方針をぶち上げている。
  1. 我々は、日本政府の安倍首相及び政治家が靖国神社に参拝したことに強く抗議し、韓国と中国に謝罪することを要求する。
  2. 我々は、日本の軍国主義復活、歴史修正主義、慰安婦や南京大虐殺のような戦争犯罪を豪州人、および豪州在住の韓国系中国系の第2世代に伝えるため、展示会、フォーラム、セミナーなどを行う。
  3. 我々は、日本軍が朝鮮人、中国人、その他のアジアの若い女性を拉致して性奴隷にしたことを広く知らしめるために「3姉妹」の像を豪州に複数建立する。
  4. 我々は、世論を興し、日本政府に圧力をかけ、物言わぬ良心的日本人を目覚めさせ、日本が嘘の歴史を次世代に伝えることを阻止する。
  5. 我々は、アポツト豪首相に、第二次大戦中、日本が侵略し、女性の基本的人権を蹂躙したことを認めるよう、日本がアジアの中で最良の友人だという認識を変えるよう、要求する。
  6. 我々は、豪州政府に、日本を同盟国とみなすのをやめ、韓国と中国を日本と同等に待遇するよう、現在の日本重視の外交政策を変更することを要求する。
  7. 我々は米国政府に、日本に騙されずに、安倍の狡猾な悪魔のような本音を直視し、日本が再び軍国主義に戻るのを阻止し、日本を韓国や中国より尊重する外交政策の転換を求める。
  8. 我々は、韓国と中国両国の利益のため、両国人民が共闘し、以上の目的が達成されるまで活動を続けることをここに宣言する。
 実に正直な人たちである。これなら誰が読んでも、彼らの真の目的は、反日、反安倍であり、慰安婦像はその政治的道具に過ぎないことがはつきりわかる。
 当初は「慰安婦像は女性の人権の象徴で、敵対的なものではない」などと言っていたのに、ここでは「日本軍の残虐性を広く知らしめるのが目的だ」と明記している。これだけでも十分、慰安婦像がローカルコミュニティにふさわしくない代物だとわかる。ここまでは我々もすでに4月1日の公聴会の時点で指摘した。
 その上、この9月の記事は、はっきりと、アポツト豪首相に、日本をアジアにおける最良の友人とみなすことをやめさせる、と書いてある。それは日豪関係の分断ということだ。
 記事はさらに日米関係の分断にまで言及し、米国政府に、安倍の狭狩な悪魔のような本音を直視するよう求めるとしている。なぜ活動方針に、米国まで出てくるのか?
 この反日団体の目的は、韓国人の慰安婦センチメントを利用し、「日豪・日米を分断し、日本を孤立させる」という中国共産党のアジェンダを遂行することだと自ら明かしているのである。
 韓国政府は、慰安婦問題で対日批判を繰り広げているが、中国共産党の噛ませ犬として利用されていることに満足なのだろうか。中国及び北朝鮮と対略して日米と同盟を結んでいることを韓国はすっかり忘れているようだ。
 中国共産党の世界戦略に沿って世界中の大学に設置されている孔子学院という組織が、文化交流の皮をかぶったプロパガンダ組織に過ぎないことがわかって、米国やカナダの大学で孔子学院を閉鎖する動きが出ている。日本ではどうだろう。
 最近では米国国防稔省も、中国共産党によるサイバー攻撃だけではなく、対米宣伝工作の横行にも危機感を持ち始めているとも聞く。
 オーストラリアでも最近、中国人留学生を使ったスパイネットワークが構築されていることがわかり、衝撃が走った。中国人の講師がオーストラリアの大学で民主主義について論じると、いつの間にか本国政府がそのことを知り、中国に帰国した際、何度も当局の尋問を受けたという。教え子の中国人留学生が密告していたのだ。
 どうみても慰安婦像は、女性の人権の尊重とは無関係で、却ってオーストラリアの移民社会に分断と対立をもたらすとしか考えようがない。そればかりか、日豪関係や日米関係を分断破壊する目的の国際的謀略行為の道具と言っても過言ではない
 中韓連合の活動方針の最後には明確に「中韓の国家利益のために共闘する」と書いてあり、オーストラリアのためとは一言も言及していない。コミュニティの調和を破壊するだけでなく、これではオーストラリアの国益を損ねることは自明の理である
 従って、これからの戦略として、中韓の仕掛けるこうした工作を、オーストラリアや米国で広く周知させ、米豪の国益に反すると認識させる活動を慰安婦像対策の中心的戦略とすべきである。
 すなわち慰安婦像の建立問題は、韓国や中国共産党の国際的謀略活動にどう対処すべきか、という日米豪共通の問題である。日米豪3カ国が共闘することを視野に入れたパラダイムを作ることが最も合理的な対応である

5.外務省は邦人保護任務に傾注すべき
 JCN第3の理念が「邦人保護優先論」である。
 外務省は従来「この問題を政治外交の問題とはしない」と発言してきた。これはどういう意味なのか? こちらがどう考えようと、相手は執拗に政治外交の問題にしているように見えるのだが。そう言い続けていれば中韓は慰安婦問題攻撃の矛を収めるのだろうか?
 我々は、地元の日本人の母親と子供たちを護るために立ち上がった。豪州人の副代表も「僕らの目的は、純粋に母親と子供を護ることなんだ」と言っている。すなわち、慰安婦像問題には、根本的に国内外の邦人保護の要素があると理解すべきだ。いうまでもなく、在外邦人保護こそ外務省の最重要任務のひとつであり、存在理由と言ってもよいだろう。
 5月に中丸啓衆議院議員(次世代の党)にお会いした際にこの観点をお話ししたら、早速、国会質疑で取り上げてくださった。その模様もネット上で動画として公開された、JCNメンバーは「ようやく日本の国会議員が、オーストラリアに在住する自分達の安全を考えてくれた」と感激した。
 第4の理念が「小異を捨てて大同につく」である。JCNは前述したように、多種多様な人々の集まりである。意見が違うのは当たり前だ。欧米人メンバーの間でさえ、意見の食い違いがよくある。しかし、共有する理念と大義があれば、共に戦える。高次の目的の為に、小さな差異を乗り越えて、一致団結することが極めて重要だ
 以上は、南半球で戦う我々JCNの理念と戦略のご紹介である。
 我々は平凡な母親と父親の集団であるが、静かに、しかし合理的に戦つている。この慰安婦像の問題をどのように論ずるにせよ、本来、右も左もない、日本全体の問題であり、だからこそ、多種多様な人々が手を携えて取り組めるはずだ。
 だが日本国内では、この日本全体の問題が、リベラル左翼対保守という対立構造の中で論じられ、慰安婦像に反対すると、右だとレッテルを貼る風潮がある。それは日本社会の病理だ。日本人全体がイデオロギーを超え、一丸となって日本の名誉のために戦わずして、どうやって海外で慰安婦像建立を阻止できるのか?
 日本国内での戦いも大変だが、海外では普通の母親やサラリーマンが日々、反日謀略組織の攻撃にさらされている実態がある。
 海外各国での民間の戦いを組織化し、体系的で統一的な戦略を全世界で展開していくことができれば、我々の戦いは飛躍的に発展するだろう。そのためにも、我々JCNが、ひとつの参考モデルを提示できれば、まことに幸甚である。



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